第198話
将軍は翌朝から兵士を伴って下山を開始した
麓に向かうに連れて、山道は少しづつ道幅は狭くなっていく
道幅が狭くなったので、兵士達は間隔を拡げて下山を続けた
こうして縦列で長くなったおかげで魔物に遭遇する事はあったが、魔物は何とか討伐出来ていた
襲って来る魔物がロックリザードであったのが幸いしていた
夕刻になる頃には町の近くまで下りていたが、関所の手前で天幕を張って野営を始めた
このまま町に入っては、夜陰に乗じて襲われる恐れがあったからだ
魔物に襲われる可能性を考慮して、前列では人数を増やして野営を行った
篝火も多めに用意して、周囲への警戒は念入りにされた
「遂にここまで来たな」
「はい
明日には町を捜索出来るでしょう」
将軍は周囲を見回して、改めて魔物が出ないか警戒を強めていた。
斥候の兵士も関所まで下りて、そこから町の様子を見ていた。
このまま何事も起きなければ良かったが、斥候の兵士が暫くして走って戻って来た。
「将軍
町に灯りが見えます」
「何だと!」
斥候の兵士に連れられて、将軍も関所の近くまで下りて来た。
ここはギルバートが馬車を停めていた場所で、少し開けた広場になっていた。
「どうですか?」
「ううむ
確かに灯りが見えるな」
そこから見えるのは、少し上から見下ろした町の様子だった。
所々に松明の様な火が見えて、それがゆっくりと移動していた。
しかし先ほどの場所からは、その様な火は見えていなかった。
「おかしいな
上からは見えなかったぞ」
「え?」
「だから、上からは見えなかったんだ」
斥候はそう言われて、少し離れた場所に移動してみた。
するとどうだろう。
さっきまで見えていた火が見えなかったのだ。
「変ですね」
斥候は再び関所に近付くと、灯りが見えるのを確認した。
「町に近付かないと見えない?
これは一体…」
「まともな灯りでは無いんだろう」
恐らく魔物が出す灯りだと言い掛けて、何とか続きを飲み込んだ。
下手な事を言えば、兵士達に無用な不安を与えるからだ。
「詳しくは分からんが、警戒して見張ってくれ」
「はい」
「明日はお前達は休んで良い
その代わり今夜は、交代で見張ってくれ」
「はい」
斥候の兵士を増やして、怪しい灯りを慎重に見張る様に指示を出す。
すぐに襲って来る事は無いだろうが、警戒は必要だったからだ。
「朝まで何事も無ければ良いのだが」
しかし将軍の心配は当たらなかった。
この時期にしては寒気のする夜であったが、何事も無く朝を迎える事が出来た。
朝日が差す頃には、町中を漂う火は消えていた。
その代わりに異臭を放つ生暖かい風が吹き、関所の向こうまで吹き抜けた。
「ぐうむ
何だこの匂いは」
「強烈な腐臭ですね
私の家が教会の側でしたから、これは腐臭だと思います」
兵士の言葉から、この匂いが腐臭だと分った。
しかしこれが腐臭ならば、町中では相当な異臭となっているだろう。
「どうしますか?」
「止むを得んだろう
朝飯を食ったら町に向かうぞ」
腐臭が漂う中で朝飯を食べる気にはなれなかったが、我慢して固い黒パンと干し肉を食べた。
ロックリザードの肉もあったのだが、昨晩の内に夕飯のスープに使った。
こうした行軍では、新鮮な食材は腐る前に使い切る必要がある。
倒した魔物の数も少なかったので、スープに使うしか無いという理由もあった。
兵士達が食事を終えたのを確認して、将軍は町に向かう兵士を選別する事にした。
60名の兵士を連れて関所を越えると、将軍は町の入り口まで進んだ。
傍らには魔術師のアルノーも立っていて、慎重に町中を覗いていた。
「私は魔力を感知する術を持っていませんが、それでも強烈な負の力を感じます
ここには強力な死霊がいるかも知れません」
「そんなにですか?」
「ええ
強い力を感じます」
将軍は振り返ると、冒険者の姿を探した。
冒険者達も将軍の方を向くと、頷いて危険だと告げた。
「彼の言う通りです
索敵の魔法には数体の魔物を感じていますが…
これは今までの魔物の様な強さではありません
気を付けてください」
冒険者の言葉を聞いて、将軍は唾を飲み込んだ。
別に死霊が怖い訳では無いが、それでも強い者と相対した様な緊張感を感じていた。
「分かった
慎重に進もう」
将軍は兵士を6人ずつに分けると、周囲を警戒しながら中に向かわせた。
「気を付けてください
そこの角の先に居ます」
冒険者の言葉に、兵士達は警戒しながら角に集まった。
指で合図を送りながら、タイミングを合わせて角から飛び出した。
「行くぞ」
「おお」
角を曲がると、そこには無数の死体と血の跡が残っていた。
強烈な異臭がして、目の前の人物から異様な気配が感じられた。
「こいつ…」
「気を付けろ、人間じゃあ無いぞ」
グルルルル
振り返った人物は若い男で、腐った様な灰色の肌をしていた。
その目は真っ赤な血の様な色をしていて、鋭い牙を生やしていた。
「ぐ、グール?」
グガアアア
「散開しろ」
「うわああ」
鋭い爪を振り上げて、グールは兵士の一人に襲い掛かった。
兵士は剣を掲げて防ごうとしたが、爪がその剣に突き刺さった。
カツーン!
「え?」
「避けろ」
兵士が驚いている間も、爪は徐々に剣を切り裂いていく。
慌てて周りの兵士が、グールに後ろから切り掛かった。
しかしグールは、もう一方の爪を振りかざして剣を切り裂いた。
「な!!」
「剣が…」
いくら鈍鉄といっても、剣がそんな簡単に切り裂かれるとは思っていなかったのだ。
「くっ
気を付けろ、こいつは鉄も切り裂くぞ」
「分かった」
最初の兵士は何とか剣を放り出すと、腰からナイフを引き抜きながら身構えた。
グガアアア
「くそおおお」
兵士は何とか振り回される爪を掻い潜り、必死に反撃の隙を窺った。
それを他の兵士も取り囲みながら、後ろから肩や足に切り付けた。
皮膚は人間の者とは思えないほど固く、ショートソードも弾かれていた。
「か、固い」
「しかし、切れないわけでは」
何度か打ち掛かっていると、少しずつだが傷が入っていた。
切り裂くまではいかないが、何度も打ち掛かれば手傷は与えれる。
兵士は慎重に打ち掛かり、次第に魔物の動きは遅くなった。
「今だ」
ギャウウ
ザシュッ!
何とか左腕を切り飛ばして、魔物にも隙が出来た。
しかし相手は死霊であり、痛みも感じていなかった。
「死ねー!」
ズガッ!
グロロロ…
「ぐはっ…」
兵士は左腕が無くなった事でチャンスだと思ったのだが、その判断が甘かった。
喉元に渾身の一突きを入れたのだが、魔物はまだ生きていた。
いや、正確には既に死んでいるのだから、生きていないのだが、兎に角魔物はまだ動いていた。
だから魔物は兵士を切り裂いて、殺してしまった。
「こいつ!」
「くそお」
仲間の兵士が後ろから切り掛かり、何とか首と脚を切り落とした。
首を切り落とされても、魔物はまだ動いていた。
兵士は崩れた壁から大きな石を持ち上げると、それを魔物の頭に叩き付けた。
グシャリと鈍い音を立てて、魔物の頭部は潰れた。
これでようやく魔物を倒せたのか、魔物は動かなくなった。
「くそお
たった1体倒すのにこんなに掛かるとは」
兵士の言葉を聞きながら、将軍は苦い顔をしていた。
既に1人を失い、3人が武器を破壊されていた。
これが他に何体居るのか分からないのだ。
「慎重に進むぞ」
「はい」
「良いか
迂闊に切り掛かったり、武器で受けようとするな」
「はい」
将軍は先の戦闘を見て、他の兵士達に注意を促した。
兵士達もその光景を見ていたので、素直に指示に従った。
「どうしますか?
何なら我々が出ますが?」
冒険者達も心配して、自分達が先頭に出た方が良いか聞いて来た。
しかし将軍は首を振って断った。
確かに冒険者の武器は強力で、この魔物にも苦戦しないかも知れない。
しかし冒険者には、案内の依頼しかしていない。
いくら冒険者が自分から言っているとはいえ、危険な事をさせるわけにはいかない。
「いざとなれば頼むかも知れないが、本来は我々の任務だ
君達に危険を強いるわけにはいかない」
「分かりました
しかし気を付けてください
そこの先にも1体居ます」
「ああ」
将軍が合図をして、今度は12名が纏まって移動を開始した。
今度は遅れない様に、最初から剣を抜いて身構えている。
角から先を覗くと、こちらも死体や血痕が散らばっていた。
その真ん中で、死体の上で屈み込んでいる女性の姿が見えた。
女性の手には人の腕が持たれていて、ガリゴリと噛み砕く音が不気味に響いていた。
「うっ
人の腕を食ってやがる」
「こいつもグールか」
兵士の声が聞こえたのか、アルノーが慌てて注意を伝える。
「気を付けてください
複数人を食っているのなら、それだけ力を着けているかも知れません」
「死体を食って力にするのか」
「厄介だな」
兵士は食事に夢中なグールに、後ろからゆっくりと近付いた。
グールは食事に夢中らしく、兵士が近付いても気付かなかった。
兵士は互いに見合わすと、一斉に剣を振り下ろした。
「せえーの!」
「うりゃあ」
「食らえー」
ズドッ!
ガスッ!
ズガッ!
グガアアア
思いっきり振り下ろしていたが、3名の剣は弾かれ、4名の剣が何とか傷を負わせた。
左腕と背中から脇腹へ切り付けて、後頭部と右肩に突きが入った。
しかし致命傷にならなかった様で、グールは反撃に出た。
「引けっ」
「爪に気を付けろ」
ガアアアア
振り回す爪を躱しながら、2名の兵士が魔物を引き付ける。
その隙を狙って、後ろから首筋を狙った一撃が振るわれた。
「食らえー」
ザシュッ!
グ、ガア…
グールの首が刎ねられて、そのまま動きが鈍くなって倒れた。
しかし頭部は生きていて、まだ赤い目を見開いていた。
仲間の兵士が岩を持ち上げて、そのまま頭部に叩き付ける。
頭を潰されて、やっと魔物は大人しくなった。
「これが後、何体居るんだ?」
「そうですね
分かる範囲で12体居ます」
「12体…」
それが多いのか少ないのか?
将軍は頭を抱えていた。
周囲の状況を見る限り、魔物が居なければ死体を集めて焼くだけだっただろう。
しかし魔物が強力なので、1体倒すのも一苦労であった。
現に魔物を倒した兵士も、思った以上の硬さで腕が痺れていた。
爪で受けられていたら、また武器が壊されていた可能性もある。
このペースで進むのは想像以上に大変であった。
将軍は兵士の一人を呼ぶと、伝令をする様に指示した。
待機している兵士を呼んで、死体を集めて処分する為だ。
「このまま時間ばかり掛けては、さらなる死霊が生まれるかも知れない
後方から兵を集めて、この付近の死体を集めてくれ」
「焼くんですか?」
「ああ」
兵士は頷くと、急いで関所の方へ走って行った。
ほとんどの兵士はその先に居て、順番にこちらに下山している。
下山が済めば、そのまま関所から出て町の前に集まる予定になっていた。
しかし状況が良く無いので、場合によっては町の入り口を塞ぎ、町ごと焼くしか無いかも知れない。
そうならない為には、ここで上手く魔物を討伐するしかない。
先行していた兵士が、次の魔物に向かって移動する。
どうやら次は成り立てなのだろうか、それほど早く動けず、皮膚も固く無かった。
すぐに歓声が上がり、兵士が将軍に合図を送って来た。
「よし、次はどこになる?」
「次はこっちです」
冒険者の案内で、別の兵士達が前に進んで行く。
その後も何とか討伐は進んだが、魔物の思わぬ反撃で2名の重傷者と5名の死者が出た。
魔物は9体まで倒せたが、そろそろ兵士達の疲労が見え始めた。
剣でなかなか傷付かず、鉄も切り裂く爪を振り回すのだ。
命懸けの戦いを強いられたので、兵士は疲労していた。
「よし
ここらで一旦撤退しよう」
将軍は指示を出すと、一旦町の入り口まで下がった。
このまま外で待機するにも、いつ魔物が出て来るか分からない。
町の入り口の門は壊れていたので、壊れた門や石を積んで入り口を塞ぐ。
そうして魔物が出て来れない様にしてから、一旦休憩を挟む事にした。
時刻は昼を過ぎており、兵士達には昼食を取る様に指示を出した。
しかし死臭が漂う町の前では、誰も食欲が湧かなかった。
何とか黒パンを口に運ぶものの、肉を食う事は躊躇われた。
「気持ちは分かるが、食わないと力が出ないぞ」
「そうは言っても、将軍も…」
将軍も干し肉には手が伸びず、暗い顔をしていた。
「思ったよりしんどいな」
「ええ
まさかあんな魔物が居るとは思っていませんでした」
アルノーはそう言うと、グールの姿を思い出して身震いをしていた。
渡された資料にはグールも載っていたが、まさか本当に出るとは思っていなかったのだ。
「このまま戦うのは危険ですね」
「ああ
しかし討伐しなければ、ここが危険なままになる
何とかしなければな」
しかし残る時間を考えれば、今日はこれ以上捜索するのは無理だった。
明日に備えて一旦下がり、休息を取る必要があるだろう。
「明日は松明を用意しませんか?」
「火を使うのか?」
「ええ
もしかしたらですが、燃やした方が良いのかも知れません」
「ううむ
しかし燃え広がったら危険では無いか?」
「その時はその時です
下手に突っ込んで行って、これ以上犠牲を出す方が危険では?」
「そうだな…」
ゴブリンとの戦闘でも犠牲は出ている。
これ以上兵士に犠牲が出ると、軍隊の士気にも影響が出そうだ。
将軍は魔術師の意見を尊重して、明日は松明を用意する事にした。
まだまだ続きます。
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