第197話
ダガー将軍は兵士を率いて進む
魔物の襲撃を警戒して、夜間は野営をしながら進んだ
その為進行速度は遅くはなったが、魔物の襲撃は少なかった
ロックリザードが2度襲い掛かって来たが、冒険者が対処して無事に討伐出来た
そして倒されて魔物の肉は野営地で調理された
2度目の魔物を倒した夕刻前に、将軍は町の見える場所まで来ていた
麓まではまだ距離があるが、眼下の森との境目に町の一部が見えていた
しかし報告にあった通り、町には炊事の煙は上がっておらず、不気味に静まり返っていた
麓に向けて下りながら、斥候の兵士が開けた場所を探していた
野営地を確保した後に、再び斥候が町の見える場所に移動した
町に誰か居ないか確認する為だ
「木々が鬱蒼として視界が悪いな」
「ああ
しかし人が居るのなら、炊事なり灯りなり火を使う筈だ
見逃さない様にしろ」
斥候の兵士が見張っていると、不意に近くの繁みがガサガサ音を立てた。
兵士は仲間が来たと思って、音を立てない様に注意した。
「おい
魔物が居たらマズいだろ
音を立てない様に…」
「何だ…
こいつは?」
その場には3名の兵士が居たが、振り返った2名はすぐに抜刀した。
それは出て来た男があまりに異形な姿をしていたからだ。
男は右手を上げているが、その腕は肉が削ぎ落ちて骨が見えていた。
左腕は垂れていて、ぼろ布の様な皮でかろうじて繋がっていた。
足も何ヶ所か骨が見えており、残っている服の残骸の布には、どす黒い血の跡が残っていた。
そして顔に至っては、左目は眼球が飛び出て垂れており、口元はほとんど肉が無かった。
「死霊!」
「敵だ!
敵襲だ!」
斥候の叫ぶ様な声を聞き、すぐに兵士達が集まって来た。
ほとんどが野営の準備中で、まだ武装を解いていなかった。
繁みの中なので鎌は振り回せない。
兵士達は抜刀して繁みに飛び込んで行った。
「うわああ」
「何だこいつは?」
「死霊だ!」
「動く死体、ゾンビだ!」
斥候の兵士を守る様に、仲間の兵士が魔物との間に割って入った。
しかし兵士達もどうすれば良いのか分からず、魔物に切り掛かるのを躊躇っていた。
ヴァァアア
地の底から響く様な、不気味な唸り声が響く。
それは声帯が破壊された事で、声を出す事が出来ない為に唸り声になっていた。
男の唸り声に応える様に、繁みの奥から複数の唸り声が響き渡る。
ヴォォオオオ
アアアアア
複数の魔物が繁みから現れた。
いずれも男の死霊で、腕や足に傷を負った跡が窺えた。
中には足が破壊されていて、這いながら出て来るものもいた。
「くそっ
倒せるのか?」
「手足を切り裂くんだ
少なくとも動けなくはさせれる」
「おう」
兵士達はショートソードを構えると魔物に打ち掛かった。
魔物は動きが遅かったので、簡単に手足を切り裂く事が出来た。
しかし腱が繋がっていると動く様で、しっかり切らないと動きは封じれなかった。
「しっかりと狙え
切らないと襲って来るぞ」
魔物が腕を振るったり、噛み付こうと迫って来る。
それを必死に躱しながら、兵士達は必死になって魔物を切り裂いた。
ようやく手足を切り飛ばした頃には、既に半刻は経っていた。
「腕や足を壊しても、まだ向かって来るな」
「首を落としても動くんだ、危険だぞ」
首を落とされた魔物も、首と胴が別々に動いていた。
しかも死ぬ事も無いみたいで、地面で蠢く姿は不気味だった。
「これが死霊…」
「何て不気味なんだ」
「しかしどうやって倒すんだ?」
兵士達が困惑していると、将軍が様子を見に繁みに入って来た。
本来は危険だから、安全が確保されるまでは近寄らないべきであった。
しかしいつまで経っても報告が来ないので、将軍は不安になって確認に来たのだ。
「どうだ?
って、うわあ」
さすがの将軍も、蠢く死体の山に驚いて声を上げた。
腕や足が地面の上で蠢く様は、とてもじゃないが正視できるものではなかった。
「早く燃やしてしまえ」
「え?」
「えじゃないだろう
死霊は殺す事は出来ない
不浄は焼いて清めるしか無いだろう」
将軍は繁みの周りに飛び火しない様に切らせて、魔物をその場で焼く事にした。
野営に点けた火を持って来て、それを魔物の上に投げる。
死体が乾燥しているので、魔物はすぐに火が移った。
そのままパチパチと音を立てて、残った脂で燃え上がる。
ヴァアアアア
アアアウウウ
燃える火の中でも、魔物は不気味な唸り声を上げていた。
そのまま見ていたら、夢に出て来そうな光景だった。
暫くは唸り声を上げていたが、やがて静かになり、後には炭化した骨が残っていた。
通常の火葬では骨が残るが、魔物になった者は骨にも変化があるのだろうか?
水気を失った骨は炭化して、風に流されて散っていった。
何とか魔物を倒す事は出来たが、素材になりそうな物は無かった。
魔石の様な物も無いし、他は普通の人間の灰しか残っていなかった。
「強くは無かったが、兎に角不気味な魔物だったな」
「そうだな
あれに殺されたら、オレ達も死霊になるのか?」
「死んでるのに動き回るとか、気持ち悪い」
兵士達はそれぞれ感想を述べていたが、将軍は腕を組んで考え込んでいた。
「町の住人かとも思ったが、どうやら違う様だな」
「将軍?」
将軍は天幕の方へ戻り、冒険者達を呼んだ。
「君達の話では、隊商が行方不明になっていると言う話だよな」
「はい
何組か行方不明になっていますが…
まさか?」
「ああ
死霊が現れた」
「先ほどの騒ぎはそれでしたか
それならばそいつは、行方不明の隊商の可能性があります」
隊商は行方不明になってから大分経っていた。
それを考えれば、既に死んでいたと考えるのが普通だろう。
しかし問題は、隊商の者達がどうやって亡くなったかだ。
「先ほどの死霊だが、外傷はどうだった?」
「外傷ですか?
肉は爛れて落ちていたので、詳しくは分かりませんが」
「噛み傷や切り傷は無かったか?」
将軍に問われて、兵士達は一生懸命思い出す。
何かで削ぎ落されてた跡はあったが、噛み千切られた様な跡は無かった。
「あ!」
不意に一人の兵士が声を上げた。
「そう言えば、胸や腹の辺りに血の跡が…
あの傷跡から考えると、鋭い刃物で刺された跡に見えましたね」
「うむ
どうやら当たっている様だな」
将軍は既に、冒険者から話を聞いていた。
そこから推察してみて、恐らくは隊商の者達は殺されていると判断していた。
それを裏付ける様な刺し傷の跡。
もう間違い無さそうであった。
「隊商の者達は、野盗に襲われて殺されたのだろう
これは既に予想はしていたが、今の死霊で確認が出来た」
「え?
という事は、あれが隊商達の成れの果てですか?」
「ああ
間違いないだろう
この辺りで殺されて、死体を棄てられたのだろう
他の外傷はその時の傷だろう」
兵士達は将軍の話を聞いて、改めて隊商達の冥福を祈った。
「気持ち悪いなんて言ってすまなかった」
「町に戻りたくて彷徨っていたんだな」
「安らかに眠ってくれよ」
兵士達は隊商達の遺灰を前にして、胸に手を当てて祈った。
いつ自分達がそうなるか分からない。
それを思うと祈りには熱が入っていた。
「遺灰はどうしますか?」
「集めてやりたいが、これじゃあな
それに遺族に報せようにも誰が誰だか…」
死霊と化していた者達は、既に異形と化していて生前の姿は分からなかった。
それに燃やしてしまったので、遺留品も残っていない。
「この辺りを調べる…
時間はありませんよね」
「ああ
すまないがここは既に戦場だ
のんびり調べる時間は無いだろう」
冒険者としては遺留品を探して、付近の捜索もしておきたかった。
それが依頼の一つになっているからだ。
しかし死霊が彷徨っている上に、麓の町にも発生している可能性がある。
それを考えたら、ここでぐずぐずしている暇は無かった。
「分かりました
遺族には結果だけ伝えます」
「ああ
そうしてくれ」
結果とは亡くなった事を確認出来たと伝える事だ。
遺留品に関しては、適当な言い訳で済ますしか無いだろう。
「さて
騒ぎで忘れていたが、麓の様子はどうだ?」
「は、はい
麓は炊事の煙も上がっておらず、現状では灯りも確認出来ていません」
「そうか
後は下山してから調べるしか無いな」
「はい」
兵士達を休ませると共に、将軍は魔術師の姿を探した。
この行軍に着いて来た魔術師はアルノーという若い魔術師で、使い魔を扱う事が出来た。
彼はフクロウの使い魔を出すと、将軍が認めた書類を括り付けて飛ばした。
「これで明日には王都に着くでしょう
しかし死霊ですか?」
「ああ
大変な事になったな
君は死霊には詳しいかな?」
「いえ」
アルノーは本を取り出すと、魔物が書かれたページを探す。
「残念ですが、現在居ます魔術師はほとんどが魔物については詳しくありません
アーネスト卿が書いたこの書物だけが頼りです」
アルノーは死霊のページを開くと、それを将軍に手渡した。
「分かっているのは下位の死霊はゾンビと呼ばれる動く死体です
これは動き回るだけで、ほとんど攻撃はしてきません
生きている者の生命力に惹かれて、追い掛けて来ます」
「しかし噛み付いたり引っ搔いて来ようとしていたと聞いたが?」
「それはあくまでも本能的な物でしょう
私達が食事をする様に、彼等も生きている者から力を取り込もうとします
それが噛み付こうとしたりする行動なのでしょう」
あくまで推測でしか無いが、資料が少ないので仕方が無かった。
「食事をしようとしていたのか?」
「ええ
その可能性が高いです」
「そうなると、見付からなければ…」
「襲って来る事は無いでしょうね」
アルノーはページを捲ると、そこに載っている魔物を指差した。
「むしろ危険なのはこっちです」
「これは?」
「死霊食いと呼ばれるグールと、骸骨になったスケルトンです」
そこには牙の生えたゾンビと、骨だけの魔物が描かれていた。
「グールは死体を好んで食い、その力を増していきます
そうして力を着けると、欠損した部位も回復します」
「失った腕とかが生えるという事か?」
「ええ
詳しくは分かりませんが、ゾンビが仲間や死体を食って、より強力な魔物になる様です
そしてグールになれば、生前の様に自由に動ける様になります
その上、新たな死体を欲して人を襲う様になります」
「なるほど
こうなったら危険なんだな」
「はい」
「次にスケルトンですが、こっちは逆に肉を失っています」
「骨だけなのか
それならば簡単に倒せそうだな」
「ええ
成り立てなら簡単に倒せるでしょう」
「成り立て?」
「スケルトンは骨だけが死霊になるのか、それともゾンビが長く彷徨って骨だけになるのか、実はどっちが本当か分っていません
ただ、分かっているのは非常に好戦的で、骨だけな分身軽です」
「それで成り立てとは?」
「そうですね
どういう経緯で成るのかは謎ですが、最初は動きも遅くてぎこちないみたいです
ここにもそう書かれています」
本の元の情報は、魔導王国の頃に書かれた書物からである。
それが本当かどうかは、調べる方法が無い以上出来なかった。
実際にスケルトンが目撃された話は、滅びた帝国の帝都で見られたと言う話だけだ。
それも証拠が残っていなくて、噂話の域を出ていなかった。
「旧帝都の骸骨剣士が本物かどうか分かりませんが、少なくとも恐れるほどでは無いかと思います」
魔術師はスケルトンよりも、グールの方が手強いと予想していた。
「他には?」
「そうですね
亡霊となったゴーストとか強い魔物もいるみたいですが、すぐすぐには発生しないでしょう
町が滅ぼされてから、数年も放置されているのなら兎も角
数日放置されたぐらいでは、精々ゾンビが発生するぐらいかと」
アルノーの見解を聞いて、将軍は少し安心していた。
実は内心、動く死体など対面したいとは思っていなかったのだ。
ノルドの町がああなっている以上、調査しないわけにはいかない。
しかし出来る事なら、動く死体が居ない事を願っていた。
「それなら良かった」
「でも、油断は禁物ですよ
最近は魔物も増えています
先ほどの死霊、ゾンビにしても、今までは出て来る事は無かったんですから」
「そうだな
死体を放置したとはいえ、そんなに簡単に魔物になるとは思えんしな」
将軍もその点には疑問を持っていた。
不慮の死を遂げた者が全て死霊になるのなら、今までも現れていた筈だ。
魔物が急に現れた事に、どうやら関係していそうだ。
「分かった
明後日には麓に着くだろうから、慎重に調べるよ」
「よろしくお願いします」
魔術師は立ち去りかけて、もう一度将軍の方へ振り返った。
「麓も気になりますが、ここも怪しいです
くれぐれも気を付けてください」
「ああ」
「頼みますよ
私も将軍に何かあったなんて伝言は送りたくありませんので」
「重々気を付けるよ」
将軍は苦笑いを浮かべると、兵士達に新たな指示を出した。
篝火を多めに焚いて、周囲に警戒しておくように指示を出す。
特に見通しの悪い繁みの周りに気を付けて、先ほどの様な死霊に警戒する様に注意した。
それが功を奏したのか、翌朝まで何事も無く時間が過ぎた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
今日は2本更新します。
通常の17時も更新しますので見てください。




