第195話
翌日からギルバートは、アーネストを連れて職人ギルドに顔を出していた
王都では初めてになる、ワイルド・ボアの加工に立ち会う為だ
先ずは簡単な武器作りから始めて、防具まで指導する事になる
作成レシピはダーナでの記録があるので、それを書類にして配る
後はそれを元にして、職人がどこまで作れるかだ
先ずは老舗の職人が立ち会い、牙を取り出して加工してみる
加工と言っても、牙を3枚に割ってから、ナイフの刃にする為に削るだけだ
しかし牙を割るところから苦戦していた
ダーナではオークの骨を加工したり、魔物の骨粉を加えた魔鉱石のナイフが作られた後であった。
それが無い王都の職人達は、先ず牙を割る事が出来なかった。
ガキーン!
「ぐうっ
なんて硬いんだ」
鉄のハンマーで叩こうが、鉄のノミで傷を付けようとしてみても無傷であった。
ハンマーもノミも変形して、牙には傷一つ入らなかった。
「おかしいな?
ダーナでは簡単に割れたのに?」
「本当ですかい?
鉄製の工具でも、傷一つ入らないですぜ」
職人とギルバートが頭を捻っていると、アーネストが質問してきた。
「ギル
ここには書かれていないが、工具は鉄製だったのか?」
「へ?」
「ダーナでワイルド・ボアが獲れた時に、既にオークを討伐した後だったよな」
「あ…」
「魔鉱石が取れた後じゃないか?」
「魔鉱石?」
「魔物の素材として、魔鉱石と言うのがあるんです
強い魔物になりますが、魔物の骨粉と鉄を混ぜて製鉄した合金です」
「そりゃあ硬いのかい?」
「ええ
通常の鉄に比べると、硬くて少し軽量になります」
「うーむ」
職人は難しい顔をして、コボルトの骨を燃やした骨粉を手にする。
「それはコボルトでは駄目なのかい?」
「ええ
最低でもオーク
出来ればオーガの骨粉が必要です
そうでなければ十分な硬度が出せません」
職人は溜息を吐くと、持っていた骨粉を落とした。
「それなら無理じゃな
ここに有るのはコボルトの骨粉までじゃ
炉の温度が上がるので、コボルトの骨粉は残して置いたが、オークは見た事も無い」
職人の言葉を聞いて、アーネストも困っていた。
アーネストも魔鉱石のナイフを持っていたが、ダーナを出る時に護身用にメイドに渡していた。
そのメイド達はまだ、王都に到着していなかった。
先に出ていたのだが、どこかで隊商が留められているのか、王都に到着していないのだ。
「弱ったな」
「これは使えますか?」
ギルバートは腰のナイフを抜くと、それを職人に手渡した。
それは素材を剥ぎ取る為に、ギルバートが愛用しているナイフだ。
「これは?」
「ダーナの職人が加工した、試作のワイルド・ベアの爪です」
「そうか
ワイルド・ベアの爪なら、或いは…」
「どれ」
カキーン!
ゴトン!
ワイルド・ベアの爪のナイフは、見事に牙を割る事が出来た。
「これは凄い…」
「やはり上位の魔物の方が、より硬度の高い素材になるんだな」
「しかし…
割れたのは良いんですが、これを研磨する素材がありませんね」
「あ…」
ここでまた詰まってしまった。
それほどの硬度がある素材だ。
生半可な砥石では削れないだろう。
「試しに残った牙を使いますが、時間は掛かりますぜ」
「仕方がありません」
アーネストが答えている間に、ギルバートは興味を持ったのか、骨粉を調べていた。
「何しているんだ?」
「ん?
これってコボルトの骨粉って言ってたよな?」
「ええ、そうです
兵士達が集めてくれた、コボルトの骨を使っています」
ギルバートはそれを見ながら、質問を続けた。
「それじゃあ、アーマード・ボアの骨はどうしたんだい?」
「アーマード・ボアの?」
職人は訳が分からずに首を捻った。
「私が献上したアーマード・ボアだよ」
「え?
鱗や牙、爪以外にもあるんですか?」
「しまった」
アーネストは慌てて羊皮紙を取り出すと、急いでメモを取った。
それを職人に手渡すと、王宮に向かう様に伝えた。
「王宮の兵士達は、骨の利用価値に気が付いていないんだ
急いで向かって、処分した他の素材を探すんだ」
「はい」
職人は慌てて走り出した。
「気が付いて良かったよ
危うく貴重な素材を捨てる事になっていたよ」
「そうか
解体はしたものの、他の素材の使い道は思い付かなかったのか」
「ああ
下手をすると、今頃スープの材料になっているかも知れない」
「そう言えば、陛下が最近のスープは旨くなったと言っていたよな」
「…」
ギルバート達は、貴重な骨が全て出汁になっていない様に祈った。
職人が骨を回収に回っている間に、引き続き牙を割る作業が続けられた。
ナイフをノミの代わりにして、次々と牙を割っていく。
ナイフが両刃のダガーであった事もあり、牙を叩き割っても痛んだり曲がる事は無かった。
「これは…
本当に良いナイフですね」
「ええ
これを作る際に、何本か魔鉱石の工具が駄目になったみたいです
それだけ頑丈ですので、討伐も苦労しました」
魔鉱石のナイフが打ち負ける様な硬度だ。
身体強化を使っていなければ、ギルバート達も武器が壊されていただろう。
職人が荷車を引いて来る頃には、全ての牙が3枚に割られていた。
中には上手く割れないで欠ける物もあったが、大体が上手に割る事が出来た。
「両端は片刃のナイフに出来ますね
しかし真ん中の部分は、少し長いので短剣に出来ませんか?」
「そうですね
上手く加工すれば、短剣にも使えそうですね」
長さに多少のバラツキはあったが、長い物なら使えそうであった。
このまま研磨して、磨き上げたら使えそうであった。
問題は強度と鋭さであろう。
短剣にするのであれば、薄く硬い必要があった。
その加工に関しては、後は職人に任すしか無かった。
「戻りましたぞ」
話していると、アーマード・ボアの素材を取りに向かった職人が戻って来た。
「何とか回収しましたが、少し使われていました」
骨は3分の2近くは回収出来たが、既に幾つか出汁にされていた。
魔物の骨を出汁にしていたので、ここ数日のスープが旨かったのだ。
「他にも皮も棄てられていました
切り裂く事も難しくて、ナイフが何本も駄目になったと料理人が怒っていましたよ」
そう言って皮を拡げるが、皮は切り分けられていた。
恐らく肉を切り出す時に、無理矢理切り裂いたのだろう。
そのまま鎧にするには小さいので、上手く切り出して加工する必要があった。
「ああ…
これが元の大きさだったら、さぞや良い鎧が出来ただろうに」
職人達はガックリと項垂れていた。
「でも、棄てられる前に回収出来たんです
これで鎧を作れれば、陛下もお喜びに…」
「廃材置き場に放置されていたんです
さすがにそれを陛下には…」
「ああ、うん
そこは黙っておこうよ」
ギルバートは苦笑いを浮かべて答えた。
そこから皮は、革細工職人に手渡された。
しかし切る為のナイフが無い為に、魔鉱石のナイフが出来るまで待たないといけなかった。
それに縫うにしても、魔鉱石の針も作らないと無理だろう。
「縫うにしても、普通の糸では無理じゃないか?」
「そうだな
糸にも工夫が必要じゃろう」
昔は魔物の作り出す糸という物もあった。
しかし魔導王国が滅びてからは、そんな物は無くなっていた。
帝国でも開発は進めていたが、銀糸という物の製法も不明であった。
「せめて帝国で使われていた、銀糸が残っていれば」
革細工職人は頭を頭を抱えていた。
「銀糸はどうか分からんが、ワシ等も工夫してみよう」
職人達はそう言って、新たな糸の開発を考えていた。
「鎧も重要ですが、先ずは魔鉱石を造りましょう」
「おお、そうじゃった」
アーネストに連れられて、職人達は溶鉱炉へ向かった。
ここにコボルトの骨を砕いた粉を加えて、通常より高い温度にする。
そうして作った炎の中に、アーマード・ボアの骨を入れる。
十分に熱した骨を、ハンマーで叩いて砕く。
そうして出来た骨粉を乗せて、鉄鉱石を炉で熱した。
「これで鉄に魔力が加わり、魔鉱石が出来上がります
後は通常の製鉄と同じ様に、叩いて塊にしましょう」
「おし、任せておけ」
それから1時間ほど掛けて、魔鉱石の塊が作り出された。
それを職人達が叩いて、先ずはハンマーが作られた。
更に塊を作りながら、ハンマーが冷えるのが待たれた。
「このハンマーがあれば、丈夫な魔鉱石でも加工出来るでしょう」
職人は満足気に頷くと、出来立てのハンマーで工具を作り始めた。
先ずはハンマーを幾つか作り、作業の効率化を計る。
最初のハンマーは武骨であったが、後から作られたハンマーは頑丈でしっかりとしていた。
次にノミや金床が作られて、次々に工具が作られた。
一通りの工具が作られると、後は冷えるのを待っていた。
魔法で冷ます方法もあったが、それでは強度が落ちる為に使われなかった。
昼を過ぎた頃になって、ようやく工具が揃った。
ここからが職人の腕の見せ所であった。
「さあお前達
殿下に腕前を見せる時だぞ」
「おお!」
職人達は工具を手にすると、次々と作業に入った。
骨を砕いて魔鉱石の材料にする者。
魔鉱石を使って、牙を研磨するヤスリや砥石を作る者。
魔鉱石を叩いて、剣や鎌の刃を作る者と、それぞれの作業に散らばって行った。
工房は俄かに活気づいて、槌を振う音が鳴り響いた。
他の工房に回す工具を作る為に、新たな工具を作る者も居た。
「凄い熱気だな」
「ああ
溶鉱炉の熱気もだが、職人達の熱気も凄いな」
新たな物を作り出す情熱で、職人達は燃え上がっていた。
「この調子なら大丈夫だろう」
「そうだな
レシピは渡しているし
後は任せよう」
ギルバートとアーネストは、熱気の籠る工房を後にした。
そのまま王城に向かうと、宰相であるサルザートの元へ向かった。
結果を報告する為だ。
サルザートは国王の執務室で、国王に決裁をいただく書類の作成を行っている。
邪魔にならない様に、先ずは入り口の衛兵にお伺いを立てた。
「サルザート様はいらっしゃいますか?」
「はい
中で書類を整理しています」
「お二人が来る事は伺っております
どうぞ」
衛兵はドアをノックして、中へと案内してくれた。
中に居たメイドが気付いて、サルザートに小声で案内をした。
「おお、お待ちしておりましたよ」
サルザートはそう言うと、書類を重ねて横に置いた。
それを見て、手伝いをしていた文官が書類を受け取る。
サルザートは前に出ると、そのままソファーに座る様に促した。
「どうぞお掛けください
間もなくお茶も来るでしょう」
サルザートがそう言っている間に、メイドが軽食用の焼き菓子と一緒に、熱いお茶を持って来た。
王城に勤めるメイド達は、ほとんどが簡単な魔法を使えていた。
お湯を沸かしたり、洗い物を楽にする事もあったが、何よりも護身の為であった。
それは王族を守る事もだが、自身が捕まって人質にならない為だ。
だから魔法を使って、熱いお茶の用意もすぐに出来た。
「それで?
上手く作れそうですか?」
「はい」
サルザートが言っているのは、ダーナほどでは無いにしても、既存の武具より優れた物が出来るかどうかという事である。
事前にレシピがある事は聞いていたが、今の魔物ではそこまで期待出来る物は作られない。
しかし鉄製の武具より上の物は、帝国や魔導王国が残した物しか無かった。
だからこそ、魔物の素材で作る武具に関しては期待していたのだ。
「まだまだ作り始めですが、魔鉱石が作れますので」
「魔鉱石…ですか?」
「はい
魔物の骨粉を混ぜて作られた鉄は、魔力を内包した金属になります
それは少し軽くなりますし、硬度も上がります」
「そんな物があるんですね」
「はい
魔鉱石があれば、武具の性能も上がるでしょう」
アーネストの言葉に、サルザートは満足そうに頷いた。
「ただ…」
「ただ?」
「問題は魔物が低ランクである事です
強い魔物に挑むには、より強い魔物の素材が必要です」
「なるほど
それで素材を取りに来られたんですね」
アーマード・ボアの素材を取りに来た事はサルザートの耳にも入っていた。
それがどの様に使われるかは知らなかったので、ここで事情を知って納得したのだ。
「それならば、今後も魔物を狩った際は、持ち帰った方がよろしいのでは?」
「ええ
特にワイルド・ボアは肉も重要ですから
ただ、ゴブリンは必要無いかも知れませんね」
「なるほど
低ランクであるなら、魔物と言っても素材にはなりませんか」
「ええ
コボルトの骨は使える様ですが、ゴブリンは使い道が無さそうです」
アーネストの言葉を聞きながら、サルザートはメモを取っていく。
「それならば、ゴブリンはそのまま埋めるか、その場で焼く様に指示します」
「はい
それで問題は無いでしょう」
「コボルトに関しては、出来れば回収でよろしいですか?」
「ええ
数も多いでしょうし、回収できるとは限りません」
炉の温度が上がると言っても、そこまでの重要は無さそうであった。
それに必要であれば、冒険者に頼んで回収しても良いだろう。
幸いにして、リュバンニの近くに生息している様なので、今後も手に入る可能性は高かった。
「しかしワイルド・ボアですか
今後も現れるのでしょうか?」
「さあ
何とも言えません」
今回はゴブリン・ライダーとして現れていた。
今後も現れる可能性は高いが、確実では無かった。
むしろ魔獣が単独で現れる方が旨味があるのだが、そうそう上手くはいかないだろう。
「今後どんな魔物が現れるか分かりません
しかしダーナに現れている以上、オーガやオークと言った魔物も現れると思います」
「そうですな
それまでに私達は、戦える準備をしておく必要はありますね」
「ええ」
アーネストは現れそうな魔物の情報と、それに関するダーナで得たレシピを差し出した。
後は出て来る魔物次第だが、こればっかりは予想は出来なかった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




