第194話
ダガー将軍は引き続き、竜の背骨山脈に向けて進軍していた
軍は騎兵と歩兵を乗せた馬車で移動されていた
通常の進軍なら、山脈を越えるのに2週間は掛かる行程であった
しかし将軍は急いでいたので、先に騎兵を先行させる事にした
騎兵には冒険者達も同行して、下りの中腹辺りから偵察する事になっていた
この結果の報告次第では、進軍は断念するしか無かった
町が落とされていては、将軍の軍だけでは兵力が足りない恐れがあるからだ
将軍の報せが入ってから4日が経っていた
その間にも王宮では、色々な動きがあった
リュバンニからはバルトフェルドの応援要請が届いていた
しかしゴブリンの件があったので、国王はそれを断るしか無かった
国王は将軍の近況と、王都付近に現れた魔物の事を記して、バルトフェルドへ文書を送った
「ふう
どうにも思わしく無いな」
「陛下?」
国王が深く溜息を吐き、サルザートは心配そうにそれを見ていた。
「ダガーの件は仕方が無い
それに冒険者の協力もあった」
「そうですな」
「しかし…
バルトフェルドの方は…」
「そうですな
ゴブリンの件が無くても、王都では兵力はギリギリです
せめて魔物に対抗する力があれば…」
ギルバートの指導で、兵士も訓練を始めていた。
しかし結果が出るにしても、少なくとも3月は必要であると言われた。
これがベテランの兵士なら、少しは期間も短くなったかも知れない。
しかし兵士のほとんどが、訓練だけで実戦の経験は無かった。
唯一警備隊関係の兵士や騎士だけが、普段からトラブルに対処していた。
その経験もあったのか、一部の者が身体強化を使える様になっていた。
しかし使えるだけで、まだ効果も低く、継続時間も短かった。
「せめてもう少し、使える様になっていれば」
「それは致し方ないでしょう
戦いとは待ってくれない物です
せめて事前に徴兵を掛けていた事だけでも、良しとしませんと」
この春にも徴兵を行っていた。
その為に兵士の補充はされていた。
しかし魔物が現れない事が、国王達に油断をさせていた。
徴兵された兵士を、集中的に鍛えていれば。
或いは徴兵する数を例年の倍にでもしていれば、状況は変わったかも知れない。
しかし徴兵自体も、ギルバートの帰還を期待して護衛騎士団を作る為だった。
「ワシの判断が甘かった」
「いえ、陛下だけではございません
私も魔物は出ないと思っていましたから」
サルザートは慰める様に言ったが、国王は首を振った。
「せめてアルベルトが亡くなった時に…
あの時に軍備を整えておれば」
アルベルトが亡くなった時に、国王は軍備を整えるか悩んだ。
ダーナに魔物が現れた事は分かったが、王都に来るとは思えなかったからだ。
間に険しい竜の背骨山脈があるので、それを越えれるとは思えなかった。
それに、王都の周辺ではゴブリンやコボルトしか現れておらず、強力な魔物は現れていなかった。
そして討伐されてから2年近く経っても現れなかったので、すっかり安心していたのだ。
もう一つの要因として、貴族の反対もあった。
これは反国王派が絡んでいたわけだが、国防に予算を裂く事を反対されたのだ。
現れもしない魔物に警戒して、軍備に無駄金を遣う必要は無いと言う主張であった。
国王の周りを固められる事を警戒した、ガモン達の計略であった。
「有力貴族が反対していたんです
あの流れでは仕方がありませんよ」
「しかしなあ…」
「強行していたなら、それこそ陛下の身が危険でしたよ?
奴等は陛下の暗殺も考えていたみたいですし」
「…」
その後の調べで、ガモンは国王の暗殺も考えていた。
しかしベルモンド卿を始めとして、反国王派も流石に暗殺には反対で、実行はされていなかった。
実行されていれば、今頃は王都は混乱していただろうし、ギルバートと国王の再会は果たされなかったであろう。
「どの道バルトフェルド殿には申し訳ございませんが、援軍を送る余裕はございません」
「そうじゃな」
国王達が思案している頃、森では少しだけ進展があった。
隊長だけではなく、ベテランの兵士にもジョブ持ちが出始めていたのだ。
「囲め!」
「はい」
今日も森から出て来るコボルトとの戦闘が続いていた。
既に討伐数は2000を超えていて、魔石もそこそこ集まっていた。
しかしどんなに討伐しても、魔物は途切れる事は無かった。
毎日200から300体のコボルトが出て来て、兵士達に討伐されていた。
その甲斐もあって、兵士達はジョブを獲得していた。
「しかし戦士のジョブを得られても、特段変わりがありませんな」
「それはそうでしょう
殿下のお話しでは、身体強化やスキルが重要だと言うお話です」
隊長と数名の兵士がスキルを身に着けていたが、他の者はまだ身に着けていなかった。
しかしスキルを持った兵士が居るおかげで、負傷者も日に日に少なくなっていた。
「後は称号ですか?」
「そうですね
称号で戦士と言われた者は、明らかに強くなっています
しかし称号は貰え難いみたいですね」
称号に関しては、ベテランの兵士が2人だけ授かっていた。
その兵士は、スキルと膂力の恩恵があった様で、力任せに魔物をぶった切っていた。
「兎も角、死者が出ないのは助かります
おい!
そっちに1体向かったぞ」
「はい」
兵士達は懸命になって戦い、何とか魔物の群れを押し返していた。
時刻は正午を回り、魔物達も撤退を始めていた。
「どうします
このまま押し切りますか?」
「いや、無理はしない
このまま持ち場を死守しろ」
「良いんですか?
このまま攻め込んだ方が…」
「いや
これまでも相当な数を倒しているのに、まだまだ魔物が出て来ている
後どれぐらい潜んで居るのか分からない以上、危険に晒すわけにはいかない」
隊長はあくまで冷静に判断すると、そのまま陣地へ引き上げる事にした。
陣地には怪我人が横たわっていて、その場で治療を受けていた。
本来は綺麗な水で洗って、ポーションを掛けた後に清潔な包帯を巻く。
しかし物資も限られているので、そのままポーションを掛けて布を巻いていた。
「負傷者はどのぐらいいる?」
「はい
軽傷が4名
重傷者が12名です」
「これで村に残った者と合わせて、重傷者は112名になります」
「そうか」
まだ戦場に復帰出来ない重傷者が112名になっていた。
死者こそ出なくなっていたが、少しづつ戦える者が減っていた。
「この場に居る者が326名
村に残した護衛は動かせんから、当面はこの戦力でもたさんとな」
村に残った重傷者達を守る為に、80名の兵士が詰めていた。
村の防備が十分であったなら、そこまでの兵士も必要でなかっただろう。
しかし村の防壁は柵だけで、魔物の襲撃を防ぐには不十分であった。
それに村では、食糧や物資の補充も必要であった。
村人が避難している以上、物資の調達は兵士が行わなければならなかった。
他にも魔物の死体の処理もあるので、どうしても兵士は不足していた。
「王都の応援が望めん以上、我々がここを死守するしかない」
「ここが抜かれたら、リュバンニが危ないと思え」
「はい」
あれからトスノからも増援があったが、以前兵数はギリギリであった。
このまま魔物の襲撃が続けば、あと2週間ももたないだろう。
何とか魔物の襲撃が減らないかと祈るしか無かった。
リュバンニの西の森で戦いが続いている頃、王都の近くでも戦いが始まっていた。
リュバンニの南、王都の西の平原にゴブリンが現れていたのだ。
この魔物はゴブリン・ライダーと命名され、乗せている魔物も魔獣と呼ぶ事となった。
これは四足歩行の魔物を、魔物と呼ぶと混乱するからだ。
四足歩行の獣型の魔物は、魔獣と定義する事で分かり易くする事にしたのだ。
武装した騎士達は、陣を張らずにそのまま魔物を囲んでいた。
下手に陣を張るよりは、移動をさせない様に囲んだ方が効率的だと判断したからだ。
この策はギルバートの提案で、数が少ないなら囲んで手早く倒した方が被害が出難いと考えたからだ。
「行けー!」
「うおおおお」
グギャア
ギャッギャッギャッ
60名の騎士達は、魔物を囲んで突進を繰り返した。
ギルバートの提案で、先に足となるワイルド・ボアを狙って突進をする。
ワイルド・ボアは毛皮が頑丈なので、短い首筋か足元を狙う事となる。
足止めをして突進を防ぎ、急所の首元を狙うのだ。
逆に腹は頑丈な皮と厚い脂肪があるので、少々切り付けても致命傷にならないのだ。
「それっ、倒れたぞ」
「うりゃあああ」
ギャヒッ
乗っている魔獣が倒されては、ゴブリンは無力になる。
武器も棍棒ぐらいしか無いので、クリサリスの鎌で簡単に狩られていった。
戦闘開始から2時間少々で、魔物の群れは全て狩り尽くされた。
「それで…
倒したのは良いが、どうやって運ぶんだ?」
「そうだな
折角の肉だし、引き摺って行くわけにはいかんだろう」
騎士達は倒す事を優先していたので、運ぶ事までは考えていなかった。
そもそも、こんなに簡単に勝てるとは思っていなかったので、考えていなかったのだ。
「私が王都に向かおう」
「そうだな
馬車を集めれるだけ集めてくれ」
ワイルド・ボアの死体を運ぶ為に、馬車を呼ぶ事にしたのだ。
騎士は王都へ向かって駆け出した。
騎士が報告に戻ったのを受けて、すぐに馬車が用意された。
用意されたのは10台の荷馬車で、1台に3体ずつワイルド・ボアが載せられた。
ワイルド・ボアは大きな身体をしているので、3台がやっとだったのだ。
ワイルド・ボアは運ばれたが、ゴブリンの死体はそのまま放置される事になった。
そのままでは死霊になる可能性があるので、手足や首は切り落とされた。
それを簡単な穴を掘って、そのまま埋める。
墓を立てる時間は無かったので、そのまま埋めるだけとなった。
馬車はそのまま王都に向かい、夕刻には城門前に到着した。
「無事に帰って来ましたね」
「ええ
全部で28体
30体は居なかったんですかね?」
報告では30体は確認出来たと書かれていたが、草原には28体しか居なかったのだ。
現場にたまたま居なかったのか?
それとも逃げ出したのか?
ギルバートは騎士達に合流すると、質問してみた。
「ご苦労さまです」
「殿下」
「わざわざ出迎えにいらしたんですか?」
「ええ
王都の安全を守ってもらう為の出動です
当然の事でしょう」
本当は国王を始めとして、宰相も忙しくて出れなかった。
ギルバートが来れたのも、まだ仕事が与えられていなかったからだ。
「それで…
魔物の数が思ったより少ないんですが?」
「はい
草原に到着した時には、これだけしか居ませんでした」
「そうですか」
「どこかに逃げたのか?
それとも最初から居なかったのか」
「何処にも見当たらなかったんですよね」
「はい」
姿が見当たらない以上、当面は安心であろう。
取り敢えずは討伐出来たので、その成果を確認してみる。
ほとんどのワイルド・ボアは、足や首筋を切り刻まれていた。
状態はあまり良くは無かったが、それでも討伐出来ただけマシであろう。
死体はすぐさま血抜きをする為に、解体職人に引き渡された。
「魔物はどの様な処理になるんです?」
「そうですね
先ずは肉は食用に使われます」
「食用ですか?」
食用と聞いて騎士達は嫌そうな顔をした。
魔獣の肉を食べる事に忌避感を抱いたのだろう。
「大丈夫ですよ
毒などありませんし、猪に比べると臭みもありませんから」
「殿下は食べた事があるんですか?」
「ええ
あれはなかなか旨いですよ
牛ですか?
その肉に似た脂の乗った旨い肉ですよ」
「牛にですか?」
牛と聞いて騎士達は驚いた。
牛は王都では食用に飼育されていたが、高級な肉であった。
「牛の肉には似ているんですが…
それより旨いかも知れませんね」
ギルバートの言葉を聞いて、騎士達は魔獣の肉に興味を示した。
牛より旨いとなれば、是非とも食べてみたい。
しかし肉は、既に職人に引き渡してある。
恐らく貴族か王宮に運ばれるので、騎士団には回って来ないだろう。
「しまった…」
「それなら騎士団で取っておけば良かった」
騎士達の落胆ぶりを見て、ギルバートはこっそり騎士にも回す様に頼もうと思った。
取れた量を考えれば、それぐらいは十分にあるからだ。
「他には骨や牙、毛皮が取れますね」
「毛皮は分かりますが、牙や骨ですか?」
「牙は丈夫ですから、そのままナイフに加工出来ますね
他に骨と合わせて防具や武具の素材に使えます」
「そうですか」
「試作はダーナでも作られていますので、そんなに時間は掛からないと思います
正式に造られる様になれば、支給されると思いますよ」
「本当ですか」
騎士達は新しい武具の支給の可能性があると聞いて喜んでいた。
基本の支給品は皮と鉄のプレートを組み合わせた鎧と、鈍鉄で作られたクリサリスの鎌だけだった。
新しい武具がどの様な物であるかは知らないが、支給品されるのは嬉しかったのだろう。
「確約は出来ませんが、手柄を挙げた者に渡る様にします」
「それはありがたいです」
「出来ればで良いんですが、次回があればまたお願いします」
「はい」
ギルバートは騎士達にお願いをした後に、国王の執務室に向かった。
武具の開発の話と、肉の話をする為だ。
20体以上の成果なので、王宮に回しても十分な量が残るだろう。
喜ぶ騎士達の姿を想像しながら、ギルバートは廊下を歩いて行った。
まだまだ続きます。
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