第191話
リュバンニの西の森で戦いが起きている頃、ギルバートは王都の兵舎に来ていた
ここで兵士達に、身体強化やジョブ、スキル等の説明をする為だ
アーネストは魔術師ギルドに向かって、魔法や魔力操作等を教えていた
二人は国王に相談して、王都の兵力を上げようとしていたのだ
ギルバートは兵士達に指導した後は、冒険者ギルドにも行く予定があった
こうして戦える者を増やして、魔物に対抗出来る様にしていたのだ
ギルバートが訓練場に入ると、既に兵士達は集まっていた
しかしどの兵士も、ギルバートを見ても挨拶もしなかった
それはまだ子供であるギルバートが、兵士に指導する事を良く思っていなかったからだ
「みなさん集まっていますね」
ギルバートが挨拶をしても、ほとんどの兵士がそっぽを向いていた。
いくら王太子と言っても、子供に指導されるという事が気に食わないのだ。
中にはフンと鼻を鳴らす者も居た。
「私が指導する事が、よほど気に食わないようですね」
ギルバートは溜息を吐くと、大袈裟に落胆した素振りをした。
「王大使だか知らんが、子供が生意気なんだよ」
「兵士長
それ以上は無礼ですぞ」
数人の兵士が囁く様に忠告するが、兵士長は平気な顔をしていた。
ギルバートが子供だと思って、舐め切っていたのだ。
「スラッシュ」
シュバッ!
ギルバートはスキルを発動させると、素早く兵士長に切り込んだ。
手に持った獲物は木剣であったが、それでもスキルを使って振り抜いている。
髭を弄っていた兵士長は、硬直して自分の胸元を見た。
ギルバートが走り抜ける際に、胸元を切り裂いていたのだ。
木剣とはいえ鋭い横薙ぎであったので、胸元が切られて服が開ける。
「な!
何をする!」
「何をするって?
私を子供と思って、侮っていましたよね
ですから先ずは、その腕前を見せたまでです」
ギルバートはそう言うと、挑発する様に木剣を構えた。
それを見て、兵士長は顔を赤くして唸った。
「むむむむ
舐めるなー!」
ガコーン!
兵士長は木剣を構えると、上段から袈裟懸けに振り下ろした。
しかしギルバートは、簡単にそれを跳ね返した。
「ぬぬぬぬ」
兵士長は簡単に返された事でますます激昂した。
そして上段から続け様に打ち込んで来た。
しかしギルバートは、それを片手で弾き返していった。
「ぬおおおお」
ガッガッガコーン!
「す、すごい…」
周りの兵士達も、ギルバートが軽々と返すのを見て驚いていた。
兵士長は更に数合打ち込んだが、ギルバートは悉くそれを返してみせた。
「はあはあはあ…」
「もう終わりですか?」
「な、何で
オレが、打ち負けるんだ…」
「簡単な事です
私の方が強いからです」
ギルバートは静かに答えると、周りの兵士達を見回した。
「他に挑む方は居ますか?」
「ふざけるな!」
そう言いながらも、兵士達は誰も向かおうとしなかった。
「お前等、そいつを囲んで叩きのめしてやれ」
「え?
でも、相手は王太子ですよ?」
「構わねえ
このまんま舐められて終われるか」
兵士長はそう言うと、再び木剣を構える。
それを見ながらギルバートは、余裕そうに挑発をした。
「私なら構いませんよ
どうせならみなさん、纏めて掛かって来なさい」
ギルバートは木剣を構えると、掛かって来いとジェスチャーをした。
「くそー、舐めやがって」
「構わねえ、叩きのめしてやる」
「大人を舐めるな!」
兵士達は掛け声こそ大きかったが、兵士長が軽くあしらわれたので警戒していた。
誰もなかなか切り掛からないので、兵士長が仕方なく先頭になって打ち掛かって行った。
「うおおおお」
しかし数秒後には、囲んでいた兵士達は倒されていた。
みな一撃で倒されていて、腕や腹を押さえて呻いていた。
「ぐ、うう…」
「一掠りもしないなんて…」
ギルバートは囲んで来た15名の兵士の攻撃を躱して、そのまま打ち倒していた。
周りに居た兵士達も、さすがにギルバートの腕を認めていた。
「何て腕前なんだ」
「強いと聞いていたが、ここまでとは」
「私は強力な魔物を相手にしていたんですよ
これぐらいは当然です」
ギルバートはそう言って、余裕そうにしていたが内心はほっとしていた。
手加減しながら戦っていたので、内心は怪我させたらどうしようと思っていたのだ。
アーネストも護衛騎士団の隊長も、兵士が舐めて掛かる様なら叩きのめせと言っていた。
しかし怪我をさせるわけにはいかないので、手加減が難しかったのだ。
上手くいって良かった…
内心を悟られない様に、ギルバートは強気に発言した。
「さあ
みんな纏めて倒したんですから、私の実力は分かったでしょう」
「はい」
今度は兵士長も、素直に従った。
さすがにあれだけの人数で囲んでも倒せなかったのだ。
従うしか無いと思ったのだろう。
「では、これから訓練を始めます」
ギルバートはそう言うと、護衛騎士団や護衛兵に教えた訓練を説明し始めた。
最初は大人しく聞いていた兵士達も、他で教えていると聞くと熱心に聞き始めた。
それは他部署に負けたくないという思いと、自分達も強くなりたいという欲があったからだ。
一通り説明を聞くと、さっそく身体強化から訓練を始めた。
先の騎士団の訓練で、身体強化をしながらスキルの訓練が効率良いと気付いたからだ。
そうして様子を暫く見た後は、他の兵士達の元へと向かった。
他にも騎士団や警備兵も何組か残っているので、ここで時間を無駄には出来なかった。
次の訓練先に向かって、足早に移動する。
しかしどの部署も、最初は反抗的であった。
同じ様に叩きのめして、ジョブやスキルの説明をする。
そして訓練を始めたら、後は兵士達の自主性に任せていた。
着きっきりで見ているわけにもいかず、他にも回る必要があったからだ。
それに、大の大人が子供に見張られて訓練するのは屈辱でしかない。
訓練の仕方を教えたら、後は自分達でやった方が良いと思ったのだ。
こうしてギルバートは、王都の主要な兵士達に訓練を教えた。
一周り回った頃には昼を過ぎていた。
午後から騎士団を回る事になっていたので、食事をする場所を探してみる。
城に戻っても良いのだが、少し距離があったからだ。
街中を見回すと、良い匂いがする店が見付かった。
それは店先に肉を吊るしており、燻製の肉を店先で切り出していた。
その切り出した肉を葉野菜で包み、それをパンで挟んでソースを掛けていた。
街中で食べながら歩ける携帯食で、旨そうなソースの匂いが鼻を突いた。
「親父さん、1個ください」
「あいよ
1個銅貨5枚だ」
ギルバートは店主に銅貨を渡すと、出来立てのパンを手渡しで貰った。
それは厚めの肉を挟んでいる為に、油断していると崩れそうだった。
しっかりと握ると、そのまま端から齧りつく。
濃厚なトマトと肉を煮込んだソースが掛かっており、燻製肉の旨味と葉野菜の甘味を引き立てていた。
「これは旨いな」
「だろう
このソースがウチの自慢なんだ」
ギルバートの誉め言葉に、店主は上機嫌で答えた。
それからパンにかぶりつくと、ギルバートは飲み物を探してみた。
街中の屋台では、冷たい飲み物は扱っていない。
熱いお茶か野菜スープぐらいであった。
それは冷やす魔道具は高価で、熱を出す魔道具の方が安価で売っているからだ。
ギルバートはお茶を買うと、再びパンに齧りついた。
そうして昼食を堪能してから、再び街中を歩いて行った。
警備隊の宿舎の隣に、騎士団の訓練所があるからだ。
警備隊も騎士団も、各区画で駐屯地を持っていた。
これは王都が広い為で、商業区と工業区、職人区と貴族街に分かれているからだ。
他にも農民が住む区画もあるが、こちらは城門の警備兵が受け持っていた。
畑は城壁の近くにあるし、農民が住む区画もその近くにあったからだ。
ギルバートは昼食を済ませると、先ずは商業区の騎士団を訪ねた。
ここでも既に集まっており、不満そうな顔をして待っていた。
「みなさん集まっていただいてありがとうございます」
「殿下…」
騎士はさすがに、兵士の様な粗暴な態度は取らなかった。
しかし見るからに不満そうにしていた。
「兵舎での話は聞いています」
「我々は殿下の強さは認めましょう」
「そうですか」
「しかし、訓練の指導となれば別です」
騎士達は実力は認めてくれていた。
しかし、やはりと言うべきか、素直に従ってはくれない様であった。
「そうですか…」
「はい」
「どうすれば聞いてくれますか?」
「はあ?」
「ですから、どうすれば素直に聞いてくれるんですか」
「それは殿下が子供ですから…」
「相手が子供だからですか
それで聞いてくださらないんですか?」
ギルバートは怒りを隠しきれずに、騎士達を睨み付けた。
「いくらお怒りになられても無駄ですよ」
「そうですか…」
「これが陛下からの指示であってもですか」
ギルバートは溜息を吐きながら呟く。
しかし騎士達は、国王からと聞いて慌て始めた。
「へ、陛下からだと?」
「どうする」
「今さら聞けるか」
その騎士の行動を見て、ギルバートは大きく溜息を吐いた。
「恥ずかしく無いんですか」
「何い」
「私が子供だと言うのなら、あなた達はそんな子供相手にどういう行為をしているんですか」
「…」
「ではこうしましょう
私が勝ったら言う事を聞く」
ギルバートの提案に、騎士達は騒然としていた。
「もし敗けたら?
どうするんですか?」
「そうですね
陛下にあなた方の要望を聞いていただく様に話します」
「なるほど
それは十分なメリットがありますね」
騎士は納得したのか、代表として一人の騎士が進み出た。
「それではワシがお相手しよう」
「良いんですか?
私は複数人でも構わないんですよ?」
「な!」
「舐めやがって…」
騎士達が怒りに任せて身構えるが、代表の騎士が押し留める。
「止せ
それこそ恥だぞ」
「しかし」
「言わせておけ
所詮は子供だ」
騎士はよほど自信があるのか、木剣を手にして身構えた。
「では殿下
約束は守っていただきますよ」
「そうですね
あなたが勝てたらですが」
「行けー!」
「我らが兵士とは違うと見せてやれ」
騎士は身構えると、慎重に進み出た。
一方でギルバートは、身構えもせずに前へ出た。
「どうしました?
構えないんですか?」
「ええ」
「そうか…」
騎士は自尊心が傷つけられたのか、目を細めてギルバートを睨んだ。
「後悔するなよ」
「どうぞ」
「うりゃあああ」
相当怒っていたのだろう。
騎士は全力で振り被ると、手加減抜きで打ち掛かった。
「うりゃうりゃ」
騎士は上段から振り下ろしたり、横薙ぎをしたり、突きを繰り出した。
しかしどれもギリギリで躱されて、当たる気配すら無かった。
「はあはあ…」
「どうですか?」
騎士は木剣とは言え、全力で振り回していた。
その為に半刻も振り回していれば、疲労して肩で息をしていた。
「何で…」
「そうですね
あなたの技量は確かに兵士より上です
しかし、今のままではコボルトには勝ててもオークには苦戦するでしょう
ましてはそれ以上の魔物が現れては…」
「くっ」
騎士は実力差を悟ったのか、木剣を投げ捨てた。
「おい、どうしたんだ?」
「後少しで当てれるだろう?」
しかし周りで見ていた騎士達は、その実力差を理解出来ていなかった。
「殿下の言う通りだな」
「え?」
「殿下はわざとギリギリで躱していたんだよ」
「え?」
「それだけ実力差があるんだ
何時間戦っても勝てなかっただろう」
代表の騎士の言葉に、周りに居た騎士達は黙った。
それだけ実力がある騎士だのだろう、騎士達は改めてギルバートを見た。
確かにギルバートは、あれだけ激しい攻撃を避けていたにしては、息も乱していなかった。
「分かっていただいたと思いますので、話をしますね」
ギルバートは兵士達と同じ様に、身体強化などの訓練を説明した。
一通りの訓練内容を伝えると、すぐに訓練場を後にした。
騎士は誇りを持っているので、兵士の様にサボったり半端な訓練はしない。
後は見なくても、各自で熱心に訓練をするのだ。
ギルバートは次に、職人区の訓練場に向かった。
ここが比較的近い訓練場だったからだ。
訓練場に着くと、そこでは騎士が直立不動で待機していた。
「えーっと?」
ギルバートは訳が分からずに困惑した。
今までの流れなら、彼等も不真面目な態度で待っている筈だ。
しかし見てみても、真剣な表情をしていた。
「先に殿下の腕前を見ました」
騎士達は数人の見張りを出して、商業区での顛末を見ていたのだ。
それを見た上で、反抗するだけ無駄だと悟ったのだ。
いや、むしろ腕利きの戦士であるギルバートに、教えを乞う方が良いと考えたのだ。
これは他の区域の騎士達も見ていて、同じ結論に至ったらしい。
そのおかげで、以後の訓練の指導は楽になった。
そのおかげで、夕刻を回りそうだった冒険者ギルドへの訪問が少し早まった。
まだ3時を回ったぐらいであったが、ギルバートは無事にギルドの入り口を開ける事が出来た。
そこには夕刻前と言うのに、多くの冒険者が集まっていた。
みな真剣な顔をしていて、早く教えてもらおうと待ち構えていた。
「これは?」
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
「殿下の事は聞き及んでおります」
冒険者達は腕こそ騎士には劣るが、独自の情報網を持っていた。
そこで兵舎や訓練場であった事を聞き、是非とも教えを乞いたいと待っていたのだ。
彼等は実力が無い事も知っているし、無駄に誇りで目を閉ざす事も無かった。
だから戦う為の技術を教えてもらえるなら、喜んで指導を受けたいと思っていたのだ。
ギルバートは冒険者に囲まれながら、ギルドマスターの元へと向かった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




