第190話
いよいよコボルトとの戦闘が始まった
森の入り口の前に開けた場所で、兵士達が陣地を守る様に展開する
それに対して、コボルトは一斉に棍棒を持って向かって来た
そこには作戦は無く、ただ目の前の敵に襲い掛かっているだけであった
その為隙が生じて、兵士達は囲む様にして立ち向かった
250体ほどのコボルトと、190名に満たない兵士達
一見すると不利に見えたが、兵士達は上手く戦っていた
複数の魔物に囲まれる事も無く、上手く数人で囲んで倒す
それを繰り返す事で、徐々に魔物の数は減っていった
「良いぞ、その調子だ
囲まれなければ何とかなる」
「はい」
隊長の飛ばした檄に、兵士達も力強く応える。
天幕を障害物にする様に、魔物を誘導して囲む。
そうして囲む事で、兵士達が優位に戦っていた。
「良いぞ
このまま増援が来る前に、少しでも優位に…」
「隊長
敵の増援が来ました」
「なにい」
やはり魔物の方も、一筋縄ではいかなかった。
ようやく30体ほど倒して、同数に近付いたと思ったのに、今居る魔物と同数ぐらいの増援が現れた。
このままでは囲まれてしまい、さすがに全滅も在り得る。
「増援はまだか」
隊長が振り返るが、そこにはまだ増援の姿は見えない。
「まだです」
隣でコボルトを切り倒した兵士も、不安の色を隠せなかった。
「止むを得ん
このまま踏み止まれ!」
「はい」
しかし、返事をする兵士達も不安そうな顔をしていた。
コボルトが続々と集まり、少しずつ戦端が下がって行く。
それでも懸命になって、兵士達は剣を振り回す。
少しずつだが倒れる兵士も現れ、足元には絶命した兵士が横たわっていた。
魔物達は80体ほど倒されていたが、兵士も50名以上が倒れている。
倒れている者も、ほとんどが息をしていない様子であった。
「このままでは…」
「隊長
来ました、増援です」
「うおおおお」
「おお…」
後方から喚声が上がり、増援の兵士が走って向かって来る。
隊長の周りの兵士も歓声を上げて、気合を入れて巻き返す。
その勢いに乗って、徐々に戦端は森の方へと傾いて行く。
「押せえ!
押し込めー!」
「うおおおお」
新たな兵士の出現と、息を吹き返して盛り上がる兵士達を見て、コボルト達も怯み始めた。
そのまま勢いに乗せて、隊長は更に踏み込んだ。
「うおりゃああああ」
隊長が横薙ぎに振り抜いた時、頭の中に声が聞こえた。
戦士のジョブを授かった時のあの声だ。
スキル:スラッシュを修得しました
スキル?
何の事だ?
しかし、今の状況を変えれる力ならば…
隊長は声を振り絞って念じながら叫ぶ。
「スラッシュ!」
シュバッ!
ギャワン
キャイン
不思議な感覚が隊長を包む。
身体が自然に動いて、横薙ぎに振り抜きながら突き進む。
そのまま2体のコボルトを切り裂き、一刀両断した。
その威力を見て、隊長の前に居たコボルトが逃げ出した。
しかし集まっていた仲間にぶつかり、そこで混乱が起きる。
「今だ
一気に叩き込め!」
「おう」
兵士達はそこを起点にして、コボルトの群れに切り込んでいった。
コボルト達はますます混乱して、一斉に逃げ始めた。
「うおおお」
「待て
これ以上の深追いは危険だ」
兵士達が追撃を始めたが、隊長は素早くそれを止めに走った。
下手に突っ込んで行っては、待ち伏せに合う可能性があるからだ。
「待ち伏せの可能性もある
先ずは体制を立て直すんだ」
「はい」
負傷した者を担いで、後方の天幕に運ぶ。
しかし重傷を負った者以外は使者しか居なかった。
乱戦に巻き込まれた為、軽傷を負った者はすぐさま殺されていたのだ。
「死者は52名
重傷者は12名です」
「幸か不幸か、重傷を負った者は放置されていた模様です」
「それでも12名は居るのか…」
重傷者は村に運ぶ事にして、新たに兵士達の再編が成された。
既に隊長の部下は15名にまで減っており、他はベテランの兵士が補充される事になった。
それでも240名の兵士が集まり、陣地を守る事となった。
他の兵士は一旦戻り、馬車を持って来る事にした。
負傷者もだが、死者を運ぶ必要があるからだ。
「大分やられましたね」
「ああ
油断はしていないつもりだったが…
魔物の数が多過ぎた」
魔物の数が互角であったなら、ここまでの損害も出なかっただろう。
しかし倍近くを相手にしたと考えれば、これだけで済んだのは行幸だった。
「隊長
私も声が聞こえました」
「何?」
「戦士?
ジョブとか聞こえました」
「そうか
お前も授かったか」
「オレも聞こえました」
隊長が確認してみると、生き残った兵士の内26名が戦士のジョブを得ていた。
「これは思わぬ戦力のアップだな」
「しかしその分、多くの犠牲がありました」
「うむ
亡くなった者は武装を解き、遺品を集めておいてくれ
村に戻ったら火葬の必要がある」
「火葬ですか?」
「ああ
そのままにしておけば、亡者と成る可能性がある
残念だが早々に火葬しなければならない」
隊長は火葬の手続きなどをメモすると、それを帰還する兵士に手渡した。
「これを見せて、村の方でも準備してくれ」
「はい」
「あと、魔物も焼かなければならない
魔石の確認をした後、そのまま焼いてくれ」
「魔石だけですか?」
隊長はそう聞かれて、他に素材になりそうな物があるか考えた。
「毛皮は…
使えそうに無いな」
「ええ
全身では無いですし、そこまで丈夫そうには…」
「骨や肉も使えるとは聞いていない
恐らく使える素材は無いだろう」
「分かりました
では、魔石だけあるか確認しますね」
「うむ
頼んだぞ」
隊長が頷くのを見て、兵士は急ぎ村へと向けて駆け出した。
隊長もそれを確認してから、自分の天幕へと戻った。
今回の犠牲者の確認と、討伐した魔物の数を記録する必要があったからだ。
「こちらの犠牲者は64名
それに対して魔物は213体
最初の魔物は全て倒せた計算になるな」
計上された数を調べて、それを書類に書き込んで行く。
最初に敗走を考えていた事から、ここまで勝てたのは奇跡的だろう。
しかし犠牲者は多く出てしまった。
しかも64名の内の52名とほとんどが亡くなっていた。
そこを考えれば、とても勝てたとは思えなかった。
「隊長
怪我人は全員手当てをしました
しかし8名は手足の欠損の為に…」
「そうか
彼等は馬車で街まで送ってやってくれ」
「はい」
「残りの4名はどうだ?」
「そうですね
骨折なのでポーションは使いましたが、数日は動けそうにありません」
「そうか
それなら村に戻して、そのまま休養させてやってくれ」
「はい」
これで実質、64名が脱落した事になる。
折角領主が集めてくれたのに、既に2割り以上が失われたのだ。
憂鬱になりながらも、書類を纏めて兵士に渡した。
「これを領主様宛に渡してくれ
今回の報告書になる」
「はい」
兵士は報告書を持って、馬車に渡す為に天幕を出た。
隊長はそれを見送った後、疲れた顔をして椅子に座った。
肉体的な疲れよりは、精神的な疲れであった。
「さすがに犠牲が大きいな
明日も同様の結果になる様なら、撤退も仕方が無いか」
もう少し粘って、なるべく魔物の数は減らしたかった。
しかし犠牲がこれだけ出るのなら、ここは棄てて村まで下がるしかない。
さすがに村まで戻れば、建物がある分守り易くなるだろう。
それを思えば、天幕だけのこの陣地は危険であった。
「これがもう少し、魔物の視界を塞げれば良いのだが」
天幕があったので、今回の戦闘も多少は優位を保てた。
しかし建物では無いので、回り込まれて囲まれる可能性は十分にあった。
その為に強気に出れず、結果として囲まれてしまった。
次も同規模の魔物が攻めて来たならば、引く事も考えなければならない。
隊長の懸念は、だが今日の内には変わらなかった。
魔物の斥候も現れず、夜になっても森は静かであった。
肩透かしを喰らった様な形で、隊長は森の入り口を凝視していた。
「このまま…
何も起こらなければ良いのだが」
隊長の呟きは、静寂の森の中に消えていった。
魔物との交戦の報せは、その日の内に領主へと届けられた。
ベテランの兵士達は、その日の内に報せるべきと判断したのだ。
早馬を立てると、すぐさまリュバンニに向けて走らせた。
その為に、夕刻の城門が閉まる前に報せは届けられた。
「何だと!
魔物と交戦したのか」
「はい
魔物が森から出て来た為に、止む無く交戦したとの事です」
「ううむ」
「魔物が攻めて来た以上仕方が無い事であるが…
犠牲が大きいな」
「ええ
指示通りに配置していた為に、魔物の数が多くて…」
「いや、責めているわけでは無いのだよ
しかしワシの読みが外れたばっかりに、思わぬ犠牲が出てしまった」
バルトフェルドは後悔していた。
そんなにすぐに攻められると思っていなかった為に、部隊のほとんどが村に詰めていたのだ。
その為に魔物の数が多くなると、攻め敗けてしまったのだ。
「何とか勝てた様ですが、陣地を守っていた兵士の半数近くが犠牲になりました」
「うむ
さすがに400体も来たとなれば、200名以下では無理であろう
致し方ないか」
バルトフェルドは書類を用意すると、すぐさま遺族への手当てを申請した。
それと同時に、警備兵に遺族への説明に伺う様に書類を出した。
「すぐにこれを持って、警備兵の宿舎に向かってくれ」
「はい」
兵士は書類を受け取ると、バルトフェルドの方を向いた。
「あのう…」
「何だ?」
「私も行ってよろしいでしょうか?」
「遺族への説明にか?」
「はい」
「私は現場には居ませんでしたが、せめて最期の状況を伝えたいと思うんです」
兵士は若かったが、以前は他の町で警備兵をしていた。
その為に、遺族に詳しい説明をした方が納得がいくと思っていた。
それが亡くなった者の遺族に対する、せめてもの礼儀だと思っていたのだ。
「辛い役回りになるが…
良いのか?」
「はい
遺族もその方が、納得して受け入れると思うんです」
「そうか
分かった」
バルトフェルドは兵士の方を向くと、頭を下げてお願いした。
「すまないが、よろしく頼む」
「そんな
領主様、頭を上げてください」
「いや
君に損な役回りを任せるのだ
当然の事だろう」
「よろしく頼んだぞ」
「はい」
兵士は頭を下げると、走って警備隊の宿舎に向かった。
この後、遺族から心無い言葉も受けるのだが、彼は誠心誠意謝って、遺族に頭を下げて回った。
そんな彼の行動を見て、遺族は亡くなった兵士の死を受け入れるのだった。
バルトフェルドは、その間に対策を練っていた。
このまま残りの兵士で守っても良いが、再び多数の魔物が出て来る不安はあった。
それならば、いっそ補充の兵を送ろうか?
そこまで考えていた。
「お前が行くつもりじゃ無いだろうな」
「え?」
バルトフェルドは、マーリンに考えを読まれて焦った
「それは…そのう…」
「絶対駄目だからな」
「うう…」
「しかし、救援を送らなければ…」
「その点は大丈夫そうだぞ」
マーリンは書類の一点を指して続ける。
「どうやら隊長が、ジョブを手に入れた様だ」
「隊長が?」
「ああ
戦士のジョブを手に入れた様だ」
マーリンはそう言うと、再び書類の続きを指した。
「隊長だけじゃない、他にも数人居る様だな」
「数人もか?
それは助かる」
マーリンはしかし、少し難しそうな顔をした。
「当面は大丈夫そうだが、一つ問題がある」
「問題?」
「ああ
アーネストはジョブが授かった時に、スキルも授かったと言っていた」
「そうだな」
「しかし隊長は、スキルを授かっていない様だ」
「何だって?」
「いや
正確には、すぐには授からなかったと言うべきかな?
今日の戦闘でスキルを授かったと書かれている」
「本当か?」
バルトフェルドも書類を見直すと、そこには確かに記されていた。
「条件が違った?」
「もしくは変わったのか
いずれにせよ、確かにジョブは有用だが、スキルも獲得する必要がありそうだ」
マーリンの見解を得ても、バルトフェルドは不安を拭えなかった。
何故ならスキルを得ていると書かれているのが、隊長だけだからだ。
「そうなると、ジョブを得たと言っても喜べんな」
「ああ
しかしジョブを得た者がスキルを身に着ける
そう考えたなら、それほど深刻では無いぞ」
「そうか?」
「ああ
魔物と戦っていれば、ジョブを会得出来る
その上でスキルを身に着ければ、本当の戦士として戦えるであろう
そう考えれば、ジョブを獲得出来そうな者から戦場に向かうべきであろう?」
マーリンが言った言葉の意味を考えて、バルトフェルドは改めて理解した。
今前線に出ているのは、ほとんどが元兵士である。
そうなれば、元々経験は多く積んでいる。
そう考えてみれば、案外ジョブやスキルも早く修得出来そうであった。
「ベテランが多く向かっている」
「ああ
だからベテランがジョブを身に着ければ、案外スキルも早く修得出来るんじゃあ無いか」
あくまで楽観的な発想であったが、そう信じるしか無かった。
後はなるべく犠牲を出さずに、より多くの魔物を倒してくれるのを信じるだけだろう。
バルトフェルドは砦に置かれている、簡易の女神像の前に跪いた。
「おお、女神様よ
願わくば、ワシの代わりに旅立った仲間達を見守ってくだされ
そして、無事に連れ帰ってください」
バルトフェルドはそう祈ると、頭を下げて祈った。
少しでも兵士達を救えるのなら、幾らでも祈ろうと思っていた。
まだまだ続きます。
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