表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖王伝  作者: 竜人
第七章 王都での生活
189/800

第189話

翌日から、リュバンニの街の警備兵宿舎では、毎日の様に元気な声が上がっていた

新人の兵士達が、声を上げて訓練に励んでいた

早朝から走り込みを始め、午後までは木剣で打ち込みを行う

午後からは座学を受け、警備に必要な基礎知識と、一般常識を教え込まれた

夕刻前には自由時間を与えられるが、大半の者がそのまま訓練を受けていた

中には身体強化の訓練を希望する者もいて、みな熱心に訓練を受けていた

砦の中にある訓練場でも、若者が集まっていた

こちらは基礎訓練と身体強化を中心に行っていて、空いた時間に座学を教えていた

宿泊する施設に空きが無い為に、彼等は夜には自宅に帰っていった

しかし正規の軍人では無いのに、訓練は熱心に受けていた

それは街の危機を知っているので、魔物に立ち向かおうと思っていたからだ


「若者達は頑張ってくれているな」

「はい

 しかしまだ3日しか経ってませんので、成果は上がりませんね」


熱心に訓練は受けているが、結果は思わしく無かった。

今まで訓練も受けていない素人なので、それは仕方が無かった。


「警備兵の宿舎ではどうですか?」

「うむ

 あちらはマーリンが視察して、見込みがありそうな者を選抜しておる

 しかしほとんどが素人だからな

 伸びるにしてもこれからだろう」


警備兵の宿舎に連れられたのは、素質がありそうな者ばかりだった。

その中から、特に索敵と魔力の有る者が率先して選ばれて、重点的に訓練を受けている。

他の者も訓練を受けているが、選ばれた者は警備兵が着いて指導している。

これは警備兵を育てる目的も兼ねており、ある程度育成出来たら警備兵を前線に出す為だ。


「この調子で行けば、前線の兵士の補充も出来そうだな」

「はい」


兵士長は頷くが、少しだけ疑問があった。


「しかし、先にベテランを向かわせたのですよね?

 補充の必要はあるんですか?」

「うむ

 その事なんだが…」


バルトフェルドは言い難そうにして、兵士長を手招きする。

本来は指導する立場にあるので、兵士長は新兵を見張っておかなければならない。

その為に、前線から外されて待機しているのだ。

しかし、新兵に聞かれたら困るので、バルトフェルドは離れた場所で話をした。


「大丈夫ですか?

 私が見張っていないと、まだ怪我をする新人がいますが」

「うむ

 少しぐらいは大丈夫だろう」

「はあ」


「それでな

 前線の補充に関してだが、恐らく必要になるだろう」

「それは怪我や死人が出そうだという事ですか?」


兵士長は慎重に言葉を選んで質問する。

前線に出た仲間を信頼しているが、バルトフェルドが信用していないと思ったからだ。

しかしバルトフェルドは、兵士長が予想していない事を告げた。


「森に現れた魔物に関しては、増援で何とか収まるだろう」

「それなら何故?

 手が足りているのなら、増援の必要は無いのでは?」


「うむ

 魔物が森に出ているだけならな」

「え?

 まさか…」

「ああ

 まだ報告は無いが、他にも居る可能性がある

 そうなった時に、兵士が足りんでは済まされんだろう」


バルトフェルドの言葉を聞いて、兵士長は難しい顔をする。

このまま育成しても、使える様になるには半年は最低でも必要だ。

それを見越して、警備兵を育成しているのだろうが、それでも間に合うかどうかは微妙だ。


「いっその事、王都に相談されてはどうですか?」

「それなんだが、王都でも徴兵を始めておる」

「という事は…」

「ああ

 王都でもすぐには、出せる兵士が足りないんじゃろう」


兵士長は頭を抱える。


「それでは、警備兵の補充を急がねば」

「うむ

 その為に、今日もマーリンが視察に向かっておる」

「マーリン殿が?」

「ああ

 マーリンは相手の能力を読み取れる、鑑定という魔法を会得した

 それで能力の高い兵士を選んで、警備兵として育成しておる」


「それは先日訪れた、あの魔法使いの少年が教えたのですか?」

「ああ

 彼のおかげで魔法を得れたし

 この訓練方法も彼の提案だ」


バルトフェルドの説明を聞いて、兵士長も納得して頷く。

確かに提示された訓練は、今までの訓練に比べて効率的だった。

初日こそ頭痛で倒れる者が多かったが、今日はしっかりと訓練に着いて来れていた。


それに、通常の訓練に比べると、心なしか疲れ難そうだった。


「この訓練には何があるんです?

 普通ならすぐにへたばる筈なのに、今日はまだ元気がありそうです」


兵士長もそこが疑問だったので、改めてバルトフェルドに確認した。


「そうだな

 身体強化の為に、魔力を使う訓練があるな」

「はい

 よく分かりませんが、私も受けています」

「あれで少しだが、身体能力の向上が促される

 と言っても、魔力が残っている間だだがな」

「身体能力の向上ですか?」


「元々身体強化の為の魔法だ

 無意識に使えれば、それだけ身体能力が向上するだろう」

「なるほど…」

「それに、多少でも強化された状態がイメージ出来れば、そこを目標に頑張れる

 そうして鍛えて行けば、少しでも早く上達出来るだろう」


バルトフェルドの説明を聞いて、兵士長は納得した。

しかし、それにしても便利な物だと感じていた。

昨日は3周でへたばっていた男が、今日は4周まで走れていた。

このまま身体強化を使える様になれば、もっと伸びそうであった。


「身体強化が便利な物という事は分かりました

 しかし、それほど便利な物が何故知らされていなかったんでしょうか?」

「そうだな

 先ずは帝国が滅んだ事だろう」

「帝国がですか?」

「うむ

 元々は魔導王国で使われていた物なのだが、魔導王国が滅んだ際に帝国が資料を奪ったらしい

 その帝国が独占していた為に、我が国には伝わっておらなんだ」


「その魔法が、何でまた今頃、あの少年から伝わったんでしょうか?」

「うむ

 過去の魔導書を見付けたらしい」

「過去の?」

「ああ

 魔導王国の魔導書らしいぞ」


バルトフェルドの言葉に、兵士長は疑問を覚えた。

どういう偶然があって、そんな魔導書が少年の手に渡ったのか。

それに、少年がそれを独占している事も気に入らなかった。


「あの少年は…

 危険ではありませんか?」

「ん?

 何故じゃ?」


「どういう経緯で魔導書を手にしたのか

 怪しくないのですか?」

「そうだなあ

 マーリンも言っていたが、魔導王国の魔導書は失われて久しい

 それは帝国が独占して秘蔵していたからだろう」

「でしたら尚更危険では?」


「あの少年が、帝国の貴族の生き残りなら危険だろう

 だがしかし、ワシが知る限りその様な事は無い」


バルトフェルドはアーネストの父親の店を知っていたので、それは否定していた。

彼の店が潰れて、人手に渡ったのはガモン商会が絡んでいた。

当時は何軒か商店が潰されて、バルトフェルドもその調査を受け持っていた。

しかし証拠が無かったので、追及は出来なかった。

その事は今でも、バルトフェルドに後悔の念を抱かせていた。

アルベルトがガストン老師を引き合わせたのも、責任を感じていたからだ。


「しかし、魔法を知っていながら、それを黙っているんですよね?」

「ああ」

「それならば、我が国にとっても危険では?」

「それは無い」


バルトフェルドはキッパリと否定した。


「あの子は国王にも報せておるし、ワシも公表には否定的じゃ」

「え?

 何故です?」

「それは危険だからじゃ」


「確かに便利な魔法じゃが、危険な人物が身に着ければ…

 どうなると思う?」

「あ…」


「陛下も同じ考えじゃが

 ワシは当面は、この魔法は警備兵や軍人だけが知るべきだと思っておる」

「それは何故です?」

「一般の者が知るには、過ぎた魔法と思うからじゃ」


身体強化だけを考えれば、とても便利な魔法だと思える。

しかし、それを悪用されたとしたら、それは危険な武器になるだろう。


「じきに知らされていく事となろうが、今は公表には時期早々であろう」


バルトフェルドの考えを聞いても、兵士長はアーネストを危険視していた。

それは力を持たない者が、力を持つ者を警戒する本能的なものであった。

しかし領主であるバルトフェルドが言うので、この場では納得しておく事にしていた。


「分かりました」


兵士長は頷いてから、再度身体強化について確認した。


「バルトフェルド様のお話しでは、新兵達が頑張れているのは身体強化のおかげだという事ですね?」

「うむ」

「しかし、身体強化を使っているのなら、魔力切れになるのではありませんか?」

「そうじゃなあ

 そろそろへたばっている頃じゃろうて」


バルトフェルドの言葉を聞いて、兵士長は慌てて訓練場を振り返った。

見回して見ると、確かに若者達は倒れて、起き上がれなくなっていた。


「どうやら魔力切れの様だな」

「はあ…」


中には頭を抱えて、頭痛に苦しんでいる者もいた。

兵士長は慌てて救護兵を呼びに向かった。


「まだまだ訓練不足じゃな」


バルトフェルドは訓練場を見回すと、溜息を吐きながら短く呟く。

しかしその心中は、この訓練が続けられれば早目に育成が出来そうだと感じていた。

本来は1週間以上は成果が上がらないのに、既に3日で出始めているからだ。

この調子で行けば、半月以上掛かる基礎訓練も、もう少し短く済ませそうだ。


「後は基礎魔力と魔力操作の向上か…」


アーネストも言っていたが、魔力の総量が少ないと維持する時間も短くなる。

また、魔力を使って効果を現わす時、少ない魔力で効果を上げる事が出来るらしい。

これは何度も使う事で慣らして、効率化させる方法だと言っていた。

この能力の向上は、偏に毎日の訓練とギリギリまで魔力を使い切る事らしい。

激しい頭痛との戦いで相当に苦しい訓練になるが、兵士を鍛える為には必要な訓練であった。


「ワシも…」


バルトフェルドは手近な木剣を手に取ると、身体強化を発動しながら振ってみる。

鋭い風切り音が鳴り、木剣を鋭く振り抜く。

力はほとんど加えていないのに、全力に近い素振りが出来た。

その不思議な感覚を確かめつつ、思わず呟く。


「ワシもまだまだ鍛えんといかんな」


まだまだ現役とは思いつつも、最近では訓練が疎かになっていた。

それもこれも、魔物が現れた事が原因であったが、訓練不足を感じさせたのもそれが原因だ。

文句を言う暇があったら、対策を練るなり、自分を鍛える方が先決だろう。

しかし対策は部下に丸投げしていたので、先ずは自身を鍛えるのが先決だろう。

そう考える辺りが脳筋な発想なのだが、バルトフェルドは気付いていなかった。


「なんにせよ、前線がどうなっているかだな…」


バルトフェルドがそう呟いている頃、前線で大きな動きがあった。

補充された部隊が到着して、村に待機してから1日が経っていた。

負傷兵は民家に寝かされて、動ける物は畑や家畜の世話をしていた。

その間に、ベテランの兵士を先頭にして、森の入り口に前線の陣が張られていた。

その事に憤りを感じたのか、コボルトが前線に集まり始めたのだ。


「どのくらいの魔物が集まっている?」

「はい

 確認出来るので200体は超えています」

「200か…」


隊長は顔を曇らせて、背後の部下を見た。

隊長を始めとして、最初から居た部隊は36名に減っていた。

死者は8名と少なかったが、負傷者は36名にまで増えていた。

幸い重傷者は6名と少なかったが、残りはまだ傷が癒えておらず、後方の村で休んでいる。

そこへ増援の380名が駆け付けてくれたのだが、前線に出ているのは120名であった。

それは一度に出るには多過ぎるので、5部隊が先行して出て来たのだ。

残りの10部隊は村の中で作業をしている。


「我々と合わせても150名だからな…

 まともに当たれば危険か?」

「しかし隊長

 自分達は力を得ています」


隊長の隣の兵士が、力強く発言した。

確かに、隊長以下8名がジョブを得ていた。

それがあったので、負傷者も少なく守れていた。

しかしそうだからと言っても、他の兵士はジョブを得られていない。

その兵士達に攻撃が集中しては、守りが薄い以上破られる可能性が高かった。


「確かにオレもお前も戦士のジョブを得た

 戦力は大きく向上している」

「はい」

「しかしな、全員じゃあないんだ」


隊長はそう言うと、ジョブやスキルを持たない兵士達を見た。


「せめて全員が…

 ジョブでは無いにせよ、スキルでも持っていれば」


しかしそれは、贅沢な悩みであった。

ダーナに於いても、ジョブやスキルを得るには強敵と戦う必要があった。

強敵を打ち破る過程の経験が、兵士達にジョブやスキルを与えていたからだ。

そういう意味では、コボルトで8名もジョブが得られたのは大きかった。


しかし現状を考えれば、スキルやジョブを持たない兵士達が、自軍より多い魔物に囲まれるのは危険であった。

良くて敗走。

最悪の場合は全滅も在り得るだろう。


「このままでは危険だ

 後方に増援を呼んでくれ」

「どれぐらい要請しますか?」

「そうだな

 念の為に5部隊の増援を頼む」

「はい」


伝令の兵士は、走って村へと向かって行く。

5部隊となると後方の半数になる。

しかし、既にコボルトは200を超えているのだ。

その奥に増援が居た場合、半端な増援では足りなくなるだろう。


「隊長

 魔物が出て来ます」

「くそっ

 間に合うか?」


増援が来るにしても、最低でも1時間は掛かるだろう。

それ迄はこの兵数で戦わなければならない。

隊長は緊張で汗を流しながら、じっと森の入り口を睨み付けた。


「全軍、武装して構えろ」

「はい」


「良いな

 合図があるまで出るなよ」

「はい」


隊長が指示を出す間も、魔物は着々と歩み出て、陣地の目の前まで迫って来る。

森の入り口から陣地まで10m程度で、周囲は陰になる物は無かった。

張られた天幕を陰にして、迫る魔物を慎重に狙う。


魔物も鼻が利くのか、兵士達が隠れているのは勘付いていた。

待ち伏せされない様に、慎重に天幕へと近付く。


互いの距離が近付き、いよいよ後数歩という距離になった。


グ…ガ…


1体のコボルトが、緊張からか思わず声を漏らす。

その瞬間、口火が切られた。

両軍が飛び出すと、天幕の無い開けた場所で打ち合った。


「うおおおお」

グガアアア


いよいよ戦闘が始まったのだ。

まだまだ続きます。

ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ