第187話
王都に戻って来たギルバート達は、国王に謁見を待っていた
謁見の順番は、執事のドニスに頼んである
後は声が掛かるのを待つだけであった
しかし謁見が終わっても声が掛からず、二人は一旦食堂へ向かった
この日はノフカとトスノの領主が訪れており、その相談で時間が掛かっていたのだ
二人が声を掛けられたのは、食事も終わってから暫く経ってからだった
その間に国王は、ノフカとトスノに援軍を送る話をしていた
本格的な軍は動かせないので、騎士団から2部隊ずつ向かわせていた
その騎士と斥候の兵士で、魔物の動向を調査する事となっていた
二人が呼ばれたのは、そんな話が行われている途中であった
二人が国王の執務室に入る時に、入れ違いで二人の貴族が出て行った。
二人はその貴族に頭を下げてから、執務室に入って行った。
「すまないな
相談事が長引いてな」
「何があったんです?」
「うむ
お前達が出て行った後に、リュバンニの近くに魔物が出たのだ」
「ああ
コボルトですね」
「うむ
バルトフェルドから聞いたのか?」
「はい」
「こちらに入った情報は、魔物が現れたらしいまでだった
しかしバルトフェルドはコボルトまで確認したのじゃな」
「はい」
「して、相談とは?」
「それがリュバンニの件なんですが」
ギルバートはリュバンニの状況を説明し、出来れば援軍を送る要請をお願いした。
しかし国王からは無理だと言われた。
「すまんがそれは難しいな
先にノフカとトスノの援軍の要請があった」
「そうですか」
「先のお二人が領主様ですね」
「うむ」
結局援軍は送れないが、何かあったら考えるという事で話は纏まった。
しかしその頃、リュバンニの近くでは魔物との戦闘が行われていた。
斥候に向かった兵士達が、コボルトに襲われていたのだ。
「隊長
魔物が出てきました」
「くそっ
見つかったと言うのか?」
兵士達は森の近くに陣を張り、森の様子を窺っていた。
兵士達の総数は80名で、斥候に24名が振り分けられていた。
斥候が主な任務であったので、兵士達はベテランと言ってもそこまで強い兵士では無かった。
そこへコボルトの集団が奇襲を仕掛けて来た。
コボルトは56体で、兵士達の総数に対しては少なかった。
しかし戦力で考えれば五分五分であった。
「くそお
とにかく陣形を崩すな
生き残る事を考えろ」
隊長は叫びながら、切り掛かってくるコボルトを袈裟懸けで切り捨てる。
隣の兵士も懸命に剣を振り、コボルトの棍棒を叩き折った。
「はい」
「しかしこのままでは、敵が陣地に入って来ます」
「構わん
誘い込んでも良いから、とにかく目の前の魔物を倒せ
良いか、勝とうとか思うな
生き残る事を考えろ」
隊長は叫びながら、再び1体のコボルトを横薙ぎに切り捨てた。
しかし隊長は何とか切り倒していたが、他の兵士達は防戦一方だった。
「負傷したら下がれ
ポーションの予備はまだある」
隊長は再び、兵士に切り掛かっていたコボルトを、後ろから縦に叩き切った。
何とかコボルトの数は減ってきていたが、負傷した兵士も多かった。
特に前に出ていた兵士は重傷で、ポーションと包帯で応急処置をしていた。
「このままでは瓦解しますよ」
「もう少しだ
もう少し頑張れば、交代が来る時間だ」
少し離れた村に、交代の兵士達が控えていた。
その村は避難した村なので、村人は一人も残っていない。
最悪の事態になった時は、そこに籠城して狼煙を上げる予定になっていた。
しかしあくまで最悪の事態であって、すぐにそうなるとは想定していなかった。
その為に、周囲の防壁などはまだ作られていなかった。
隊長の奮戦もあって、コボルトが20体ほど倒された頃、異変を感じた兵士達が救援に駆け付けた。
「あそこで戦闘が起きています」
「大丈夫か?」
「うおおおお」
24名の兵士達が、剣戟の音を聞いて飛び出して来たのだ。
彼等は交代の準備をしていたので、装備はしっかりとしていた。
新たな兵士達が援軍に現れたのを見て、魔物は浮足立った。
ガウグアオ
ゴガア
コボルトは鳴き声で合図を送り、すぐさまに撤退を始めた。
魔物が逃げ始めたのを見て、応援に来た兵士達が勢い付いた。
「それ、魔物が逃げ出したぞ」
「追撃しろ」
次々と追い着き、後ろから袈裟懸けや縦切りに切り捨てる。
しかし隊長は、冷静に判断して制止を掛けた。
「止せ!
深追いはするな」
「どうしてですか?」
「今がチャンスですよ?」
中には隊長の制止を振り切り、そのまま追い掛けようとする者もいた。
しかし隊長は、負傷した者の手当てを優先した。
「先ずは負傷者の回収と手当てだ
一旦村へ引き返すぞ」
天幕はそのままにして、一旦村へと引き上げる。
その場に残した物資が勿体ないが、兵士達の命には代えられない。
「どうしてなんですか?」
「魔物が逃げ腰なんですよ?
仲間の分も倒した方が…」
「その仲間を見捨てるのか?」
「え?」
「お前達が着き進むのは勝手だが、負傷者が居る事を忘れるな」
「それは…」
「それにな、あのまま進んでいたら、お前等は死んでいたぞ」
「え?」
「森にはまだ、奴等が沢山潜伏しているんだ
下手な追撃は、魔物の群れに突撃するだけになるぞ」
隊長は冷静に分析していたので、魔物が潜伏している危険性を感じていた。
事実魔物は、森の入り口にも待ち構えていた。
あのまま追い掛けていたら、逆に挟撃を受けていただろう。
森の入り口まで逃げたコボルト達は、そのまま自分達の集落まで引き上げた。
天幕はそのまま残されていたので、翌日には再び兵士が集まっていた。
しかし前日の奇襲を警戒して、今度は天幕から索敵を行っていた。
「昨日の奇襲は驚いたな」
「ああ
しかし今日は、逆に魔物の気配は無い」
「気を抜くなよ
森の中では奴等の方が地の利はある
油断しないで見張っていろ」
隊長はそう言いながら、周囲の警戒を続けた。
村に残された兵士達は、昨日の奇襲でほとんどが負傷兵になっていた。
傷が浅い者が、代表してリュバンニへ報告に向かっていた。
残された兵士の一部は、重傷を負って動かせれないからだ。
その為に交代の兵士と、搬送の馬車を呼びに向かったのだ。
交代の兵士が合流しなければ、村に駐留する兵士が少なくなる。
それは偵察に出ている兵士が危険に晒される事となる。
だから早急に、村に駐留する兵士を呼ぶ必要があるのだ。
「想定以上に被害が大きいな」
隊長は溜息を吐きながら、負傷者のリストと使われた物資の在庫を確認する。
まさか初日から襲撃されるとは思っていなかったので、想定外の被害が出ていた。
索敵の訓練をしている兵士を前に出していたので、コボルトの奇襲に対処が遅れたのだ。
戦闘に慣れた兵士を前に置いていれば、もう少しは被害が押さえれたかも知れない。
隊長は自分の判断が甘かったと、悔しそうにしていた。
「隊長
魔物が動き始めました」
「何!」
索敵をしていた兵士が、大きな声で隊長を呼んだ。
その声で思考を中断すると、隊長は急いで前へ向かった。
「動きはどうだ?」
「今のところは、数体が入り口で警戒しています」
「こっちには向かっていないんだな?」
「はい
あくまで数体が、森からこちらを警戒しているだけです」
「ようし
それならそのまま、魔物に動きがあるまで見張っていろ」
「はい」
兵士に発破を掛けながら、隊長は再び天幕に戻った。
被害報告と救援の要請に関して、書類を書かなければならないからだ。
運が悪かっただけだが、隊長である以上責任がある。
「魔物がいきなり襲って来たのは問題だな」
「ええ
まさか初日から来るとは思いませんでした」
「ああ
そうなると今日も来る可能性があるな」
「コボルトという魔物は狂暴なんでしょうか?」
「分からない」
隊長も魔物に関しては、ダーナからの情報が主であった。
一応王都周辺にも現れた事はあったが、コボルトはそんなに戦闘記録は無かった。
数回の戦闘では、魔物の特徴は分からなかったのだ。
「分かっているのは、魔物がこちらを警戒している事だ
このまま森で大人しくしてくれていれば、助かるんだが」
しかし隊長の願いもむなしく、魔物は再び入り口に集まり始めた。
「隊長
森の入り口の魔物が、また50体ぐらいに増えました」
「分かった
ベテランが先頭に立って、魔物の奇襲に備えろ」
「はい」
なるべく腕利きの兵士を前にして、斥候の兵士は逃げ易い位置まで下がる。
それから物資も回収して、いつでも村まで後退出来る様に備える。
「魔物が攻めて来たら、先ずは一旦下がれ
1対1では無く、なるべく多い人数で当たれ」
「はい」
兵士達は緊張しながら、魔物がいつ出て来ても良い様に身構えた。
隊長の忠告を聞いて、魔物が迫って来たら集団で囲もうと前方をしっかりと睨む。
魔物も昨日とは違い、兵士達が浮足立っていない事に気が付く。
そこで入り口に固まると、徐々に数を増やし始めた。
「隊長
魔物の数が増えています」
「どれぐらいだ?」
「ええっと…
分かる範囲で70体ぐらいかと」
「ううむ
こちらと同じぐらいか
これ以上増えるなら、残念だが村まで後退するしか無いな」
「しかしそうなると、魔物に負けた事になりませんか?」
兵士達は悔しそうな顔をする。
しかし、これ以上犠牲を出すわけにはいかないのだ。
隊長は悔しそうにする兵士達に、厳しい言葉を投げ掛けた。
「お前達の気持ちも分かる
しかしここで、これ以上の負傷者を増やすわけにはいかんのだ」
「隊長は、オレ達が負けると思っているんですか?」
「そうだな」
隊長の言葉に、兵士達は悔しそうにする。
「お前達の気持ちは分かるが、魔物の数が多い以上、勝てる見込みは少ないだろう」
「オレ達があんな犬の頭をした魔物に、簡単に負けるとお思いですか?」
「そうじゃあない
奴等は思ったより狡猾で危険なんだ」
隊長は森の入り口を睨みながら、言葉を続ける。
「奴等は恐らく、まだまだ数は多いだろう」
「集まっているのは70体ですよ?」
「いや
索敵が及ぶ範囲の向こうに、まだ本隊が集まっているはずだ」
索敵には見えていなかったが、隊長には確信があった。
それはコボルトが集団で行動すると聞いていた事と、昨日の行動を見ていたからだ。
魔物の行動を見る限り、集団行動をしっかりとしていた。
そこを考えると、入り口に集まっているだけとは思えないのだ。
「隊長は、本気で本隊が居るとお思いですか?」
「ああ
間違いないだろう」
隊長は自信を持って頷いた。
それを見て、兵士の一人が森の入り口をしっかりと睨む。
そして目を瞑ると集中した。
「…」
兵士が集中しているのを見て、周りの兵士達も黙って見守る。
そして暫く待っていると、兵士が静かに告げた。
「隊長の言う通りです
手前に67体ですが…
その奥に別の反応があります」
「数は?
数は分かるか?」
「すいません
そこまでは…」
兵士は魔力が切れたのか、その場でへたり込んでしまった。
「大丈夫か?」
「え、ええ」
兵士が仲間の肩を借りて、天幕まで下がった。
そのままポーションを飲むと、少し横になって休んだ。
「あいつの言った事がどういう事か、分かるな」
「はい」
魔物が想定通り、奇襲と待ち伏せの2段構えで待ち構えている。
しかし迂闊に下がれば、そのまま後ろから追撃されるだろう。
こうなった以上は、後は攻めて来た魔物を撃退するしか無い。
それが叶わないなら、後は数を減らしながら後退するしか無い。
「こうなったら、全力で迎え撃つしか無いな」
「はい」
兵士達は、覚悟を決めて剣をしっかりと握り直した。
魔物は次第に数を増やしながら、森の入り口に集まり始めた。
まるでそこから、自分達の領土だと言わんばかりの態度であった。
そして数が集まったところで、いよいよ入り口から出て来た。
「どうやら…来るぞ」
「はい」
ウオオオオ
ガルルル
入り口から棍棒や剣を持ったコボルトが姿を現す。
そのままコボルトは唸り声を上げると、武器を構えて一気に駆け込んで来た。
「来るぞ!
構えろ!」
「おお!」
兵士達は身構えると、しっかりと眼前の魔物を睨み付けた。
グガアアア
「やらせるかあああ」
一人目の兵士に向かって、コボルトが棍棒を振り上げる。
それを横から、別の兵士が剣を突き出した。
ギャワン
「すまない」
「いいってことよ」
先ずは先頭を駆けて来た1体が倒された。
続く2体目と3体目が、剣を振り上げながら迫る。
ガオオオ
グルルル
「何の」
「せやあ」
二人の兵士が前に出ると、剣を構えて防ぐ。
「任せろ」
「喰らええ」
後ろから他の兵士が飛び出すと、そのまま魔物に切り掛かる。
袈裟懸けと横薙ぎで2体の魔物が倒された。
「良いぞ
そのまま無理をせず、連携して仕留めろ」
「はい」
隊長の掛け声に応えつつ、兵士達は連携して魔物に当たった。
既に目の前には、12体の魔物が倒れていた。
しかしコボルトの士気は下がっていなかった。
まだ森には援軍がいるので、少々やられても構わなかったのだろう。
「ふん」
ギャワン
隊長がコボルトの剣を弾くと、そのまま袈裟懸けに切り倒す。
その横ではベテランの兵士が、隙を突いてコボルトの胸に突きを叩き込む。
「せやあ」
ギャウン
「順調に減らせていますね」
兵士は肩で息をしながら、ニコリと笑った。
「油断はするなよ
まだまだ来るぞ」
「はい」
すぐに後続のコボルトが向かって来るので、隊長も身構えた。
そうして1時間ほど切り結び、先に仕掛けて来たコボルトのほとんどが倒された。
ウガウ
コボルトは合図を出すと、そのまま森へと逃げ始めた。
「隊長」
「後は追うなよ」
兵士達は昨日と違って、逃げるコボルトを追おうとはしなかった。
先に索敵で後続が居るのが分かっていたので、追撃は控えたのだ。
「損害は?」
「はい
負傷者は8名ですが、いずれも軽傷です」
「そうか」
隊長は、目の前の魔物の遺骸を見る。
昨日に比べると、今日は圧勝だった。
魔物の遺骸は37体転がっていて、逃げた者も負傷している者が居た。
「魔物の遺体は集めておけ
後で纏めて焼却する」
「はい」
そのまま置いておけば、死霊になる可能性がある。
魔石を取り出した後、そのまま焼いて処分するのだ。
昨日の遺体は、既に魔物に回収されていたが、今日はこちらが勝ったので残されていた。
「何とか勝てましたね」
「ああ
しかし油断はするな
まだ魔物はこちらを見張っている」
隊長はそう言うと、そのまま天幕に戻った。
勝ったとはいえ、先ほどの戦闘で疲労していたからだ。
大きく肩で息をすると、苦笑いを浮かべる。
今日は勝てたが、明日も勝てる保証は無いのだ。
それと…
あの声は何だったのだ?
隊長は戦闘中に、戦士のジョブを修得していた。
しかしジョブの事を知らなかったので、それが分からなかった。
アーネストが報せる前に出発していたからだった。
隊長は椅子に座ると、疲れを癒す為にポーションを飲み干した。
まだまだ続きます。
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