第186話
翌朝になって、ギルバートはバルトフェルドの奥さんと子供が居ない事に気が付いた
昨日は忙しかったので聞けなかったが、今朝は聞いてみようと思っていた
何で二人が昨日は居なかったのか気になっていたのだ
ギルバートは一足早く食卓に着くと、そのままバルトフェルドが起きるのを待っていた
昨日はあれから、徹夜で仕事をしていた筈だ
もう少し待っていれば、食卓に来るだろう
ギルバートが食卓に座って待っていると、アーネストも起きて来た
アーネストは十分に休息していたのか、昨日よりは顔色は良かった
幾らアーネストの魔力が多いと言っても、兵士全員の鑑定は相当な魔力を消費する
今日はこのまま帰るだけなので、これ以上魔力を消費する事も無いだろう
「どうだ?
魔力は回復したのか?」
「気付いていたのか?」
「ああ
バルトフェルド様は気が付いていない様だがな」
「そうか…」
アーネストは少し俯いて考えてから、言葉を選んで話した。
「少し迷っている」
「へえ」
「兵士達は思ったよりも、索敵を使えそうに無い」
「ん?
それはマズく無いか?」
「ああ
だから迷っている
人手が足りないんじゃないかとな」
「うーん
だからと言って、お前を残して行くわけにはいかんからな」
ギルバートはアーネストの言いたい事を察し、先手を打った。
アーネストが残ると言い出したら、国王にでも相談しないと止められないだろう。
いや、逆に相談したら却って残れと言われかねない。
今アーネストが居なくなると、王都での兵士の強化が遅れてしまう。
「アーネストの気持ちは分かるが、今お前が居なくなると王都での兵士の強化が遅れるだろう
そうなると、それだけ王都の守りが手薄になる」
「うーん
それもそうなんだよな」
アーネストもそこは理解しているので、それで悩んでいた。
「王都も重要だが、ここが魔物に襲われるのも困る
それこそ王都へ攻め込まれ兼ねないし、バルトフェルド様が危険だ」
「ああ
だからと言って、お前が危険な目に遭う事は許容出来ないぞ」
ギルバートは心配そうにアーネストを見ていた。
アーネストとしては、ギルバートが心配してくれるのは嬉しいが、だからと言ってここを見捨てるわけにはいかない。
どうにかして兵士を訓練したいが、それが思い付かないのだ。
二人で思案していると、マーリンが入って来た。
「何か頭をスッキリさせる物は無いかな?」
「それでしたらこちらを」
メイド達もマーリンが徹夜をしていた事を知っていたので、既に用意をしていた。
「ハーブの利いたお茶です」
「うむ
すまんな」
マーリンは席に着くと、熱いハーブティーを飲んだ。
それで一息着いたのか、ギルバートの方を見た。
「殿下は今日でお帰りですな」
「はい
要件は済みましたので」
「それで
アーネスト殿はどうされる?」
「ボクは…」
アーネストはまだ迷っていた。
それを見抜いているのか、マーリンは困った様な顔をして言った。
「アーネスト殿が心配されるのは分かりますぞ
しかしここは、この老骨を信用していただけませんか?」
「と申しますと?」
「兵士達の訓練は、ワシが責任を持って行います
あなたは王都に戻って、王都の防備に手を貸してください
その方が安心出来ます」
マーリンの言葉を聞いて、アーネストは決心をした。
不安はあるが、それでもここは素直に従った方が良いだろう。
「分かりました
後はマーリン様にお任せしますね」
「うむ
任されよ」
「それでは私とアーネストは王都に戻ります」
「ああ
陛下にはよろしく言っておいてくだされ
ワシ等はワシ等で何とかするでな」
マーリンとの話が着いたところで、メイドが朝食を運んで来た。
「あれ?
バルトフェルド様は?」
「ああ
バルトフェルドは一旦休むそうじゃ
さすがに徹夜は堪えた様じゃな」
「そうですか…」
「どうされた?」
「いえ
昨日から奥方様やフランツ殿の姿が見えない様で…」
「ああ
奥方とフランツは王都に向かっておる
丁度入れ違いじゃな」
「え?」
「今回の魔物の事で、一旦王都に避難させたのじゃ」
「そうなんですか」
「ああ
フランツの小坊主が、魔物を狩ると言って聞かんのでな
奥方を避難させるという名目で、王都に向かわせたのじゃ」
「ああ、なるほど」
「誰かさんみたいだな」
「おい」
アーネストからしてみれば、ギルバートも昔無理して魔物を狩りに出た事がある。
ギルバートは素質があったから強くなったが、フランツは素質は無かった。
少々魔物を狩ったぐらいでは、ジョブやスキルは身に着かないだろう。
それを考えれば、無理して戦うのは良くないだろう。
「確かに私も、魔物と戦っていた
だからと言ってフランツが戦うのは賛成出来ないな」
「そりゃあそうだろう
お前と違ってフランツは、ジョブやスキルを得るには訓練が足りていない
だからそこまで鍛えてから戦わないと、危険だろうな」
「フランツがどうするかは、別の問題だな」
「そうだな
そこはバルトフェルド様に任せるしか無いだろう」
「ワシもそう思うな
幾ら領主の息子と言っても、まだまだ子供じゃ
魔物の討伐には参加させれん」
マーリンの言葉を聞いて、ギルバートも安心した。
ギルバートからしても、フランツが魔物の討伐に参加するのは反対だった。
「例えコボルトとは言え、魔物は魔物です
危険ですから私も賛成ですね」
「うむ
そう言ってもらえると助かる」
「もし王宮でフランツに言われても、参加しない様に伝えて下され」
「ええ
陛下にも伝えておきます」
ギルバートはそう約束して、マーリンを安心させた。
「本当はバルトフェルド様にも挨拶はしたかったんですが」
「そうじゃな
昼までは起きれんじゃろう
ワシから言っておこう」
「はい
よろしくお願いします」
朝食は薄く焼いた牛肉と野菜のサラダ、焼き立ての黒パン、それとクリームの利いたスープが出た。
飲み物として牛乳が出たが、ギルバートは気が付いていなかった。
それは魔術師が冷たく冷やしていて、濃厚で旨かった。
「うん?
これは美味しいですね?」
「ああ
牛乳ですか」
「牛乳?」
「牛の乳を冷やした飲み物です
独特のコクがあって美味いでしょう」
「ええ
これが牛の乳ですか
羊と違って美味いですね」
「羊も美味いんじゃが…
牛乳の方が人気はありますな」
「こっちのスープも美味い」
「それは牛の乳に、トウモロコシの粉末を混ぜておる
この辺りの主要な料理じゃな」
「トウモロコシですか?」
「ああ
殿下は食べた事は?」
「ありません」
「そうですか
夏から秋にかけて取れる野菜なんですが…
残念ながら今年の収穫は終わってましてな
全て粉末にして保存しました」
「いえ、マーリン様
少しは残っていますよ」
「なんと
それは良かった」
メイドはそう言うと、そそくさと厨房に向かった。
「トウモロコシと言うのは、粒が甘くて美味しいんですよ
特に焼いたり茹でたりすると美味いので、すぐに用意させます」
「粒ですか?」
「ええ
先ずは見てみてください」
ギルバートはサラダやパンを食べながら、トウモロコシを待ってみた。
しばらくすると良い香りがしてきた。
それは甘くて美味そうな香りをしていた。
茹でたトウモロコシが皿に載せられて運ばれて来る。
特に焼いたり味付けはされていないが、それが却って甘さを引き出していた。
「これが…
トウモロコシ?」
「ええ
どうぞ皮を捲ってみて、その粒々を食べてみてください」
「皮を?」
ギルバートは言われて、トウモロコシの皮を剥いてみる。
中から甘い香りがして食欲をそそられる。
「どうやって…」
「そのままかぶりついてください
これはマナーとか言われませんので」
「かぶりつく?」
ギルバートは言われるままに、トウモロコシにかぶりついた。
粒が破れて、口中に甘い味が広がる。
「これは美味い」
「そうでしょう
このトウモロコシは子供から大人まで人気がありまして、夏場から秋までに好んで食されます」
「甘くて美味しいな」
「そうだな
ダーナでは豆とかカボチャに似てるかな?」
「そうですね
甘いと言えばその二つが人気でしょう
しかし気候が違うのか、この辺りではトウモロコシがよく採れます」
「竜の山脈を挟んで、気候が随分と違うんですね」
「そうですな
採れる野菜や時期も違います」
ギルバートとアーネストは、トウモロコシの甘さを堪能した。
一人一本ずつだったが、それでも十分であった。
すっかり甘さを堪能した後は、渋みの利いたお茶が出された。
それを飲みながら、もう暫く談笑が続けられた。
「トウモロコシと言い牛乳と言い、こちらの特産は美味いですね」
「そうですな
その代わり甘い物が多いので、太る者も多いんですよ
それと子供の虫歯も深刻ですな」
「ああ
確かに甘い物ばかりだとそうなりますね」
「食べた後には、磨き粉でよく磨く様には言っておるんですが…
なかなか子供に習慣付けるのは難しい様で」
暫く特産品等の話をした後、頃合いをみて出発する事となった。
バルトフェルドが起きて来るのを待っても良かったのだが、兵士達が心配しているからだ。
早く戻らないと心配されるし、魔物が来ないか心配なのだ。
「それでは、そろそろ出発しますね」
「ああ
そんな時刻か」
マーリンはそう言うと、席から立ち上がった。
「今回の訪問は助かりました
ワシ等だけでは魔物に勝てなんだだろう」
「いえ
私も色々勉強になりました」
「王都に戻られたら、陛下によろしく言ってください
ここはワシ等で守りますんで」
「はい
ただ…
応援が送れる様でしたら送る様に相談してみます」
「いえ、それは必要無いです
むしろ王都の守りを固めてください」
「そうだぞ
魔物がこれだけとは限らないんだ」
アーネストも応援を送るのは反対だった。
これは兵士の訓練が必要なのと、魔物の動向が見えないからだった。
魔物が攻めて来ると分っていれば、それに対抗する為に出兵するだろう。
しかし今回は、使徒も侵攻の予告も無い。
恐らく増えた魔物が向かって来ているだけなのだ。
そうである以上、迂闊に攻めるよりは様子を見ながら守りを固めた方が良いのだ。
「今は打って出るより、様子を見ながら守りを固める必要がある
ここも当面はそうする筈だからな」
アーネストはそう言ってマーリンを見る。
マーリンも頷くが、内心ではどこまで魔物が大人しくしているか分からないので不安であった。
「そうだな
魔物が攻めて来ないならそれで良いのか」
「ああ
焦る必要は無い
先ずは守りを固めよう」
話しが纏まったので、護衛の兵士が待つ城門へと向かった。
マーリンもそこまで着いて来て、別れの挨拶をする。
「それではお気を付けて」
「マーリン様もお元気で」
挨拶を済ませると、二人は馬車に乗った。
二人が座ったのを確認して、御者が馬に鞭を当てる。
馬車はゆっくりと走り出し、町の中心部を抜けて行った。
それから町の城門に着くと、貴族用の出入り口に向かった。
「これはこれは殿下
もうお帰りで?」
「ええ
バルトフェルド様との会談は、無事に済みましたので」
「そうですか
ではお気を付けてお帰り下さい」
警備の兵士達は、簡単な書類の確認と、馬車の中を見るだけで終わりにした。
相手が王族であるのに加えて、バルトフェルドからも言われていたからだ。
それなので、あくまで簡単な確認だけで終わったのだ。
「確認は以上です
ではお気を付けて」
「はい
ありがとうございます」
兵士に挨拶をして、ギルバートは再び席に着いた。
それを確認して、御者が馬に鞭を当てる。
馬車は再び走り出し、町の外へと出た。
公道に出ると町に入ろうとする村人が集まっていた。
どうやらもう一つの村の住民も、無事に避難して来た様だ。
これで森の近くに住むのは、あと一つの村だけになった。
出来ればその村の住民も、避難をして欲しいところだ。
しかし村の住民が嫌がっている以上、無理矢理避難させる事は出来ない。
「どうやら避難して来た様だが、まだ一つの村が残っているんだよな」
「ああ
早く避難してくれれば良いのだが」
ダーナで魔物が出始めた頃、開拓集落の住民が避難を断った。
それで全滅した集落もあったので、出来れば避難はして欲しかった。
しかし、避難するかどうかは村の住人次第だ
断られている以上は無理強い出来ないのは知っている。
「後は無事でいる事を祈るしか無いな」
「ああ
ボク達ではどうしようもない」
「そうだな
例え国王様の命令でも、本人達が逃げ出さない限りは無理なんだろうな」
不安に思いながらも、ギルバート達の馬車は順調に進んだ。
昼過ぎには何の問題も無く、無事に王都へと到着した。
それから城門で検査をされてから、すぐに王都へと入れた。
さすがに王家の紋章が入った馬車では、城門の検査も簡単なものになるのだ。
「無事に帰って来れてな」
「ああ」
「フランツも到着しているんだろうな」
「そうだな
昨日出たという事だったから、既に王城に入っているだろう」
馬車は王都の中心街を抜けて、問題無く王城の城門へと到着した。
二人は馬車から降りると、先ずは国王に報告する事にした。
城門で周囲を見回すと、待っていたドニスが近付いて来た。
「お帰りなさいませ」
「ああ
今戻りました」
「どうされますか?
お二人の新しい部屋がご用意出来ましたが?」
どうやら、二人がリュバンニに向かっている間に、客室では無く専用の部屋の用意が出来た様だ。
しかし国王に挨拶をする為に、二人は先ずは謁見を申し込んだ。
「すまないが、先ずは陛下にご挨拶をしたい」
「左様でございますか
それでは謁見が出来るか聞いて参ります」
「そうだな
お願いするよ」
「それまでは、お二人は如何なさいます?」
「そうだな
少し休憩をしたいんだが?」
「それでしたら、お客様用の休憩室へ行きましょうか」
二人はドニスに案内されて、ゲストルームに向かった。
そこにはメイドも控えていて、すぐに熱いお茶と軽食に焼き菓子が用意された。
二人が席に着くのを確認してから、ドニスは謁見の申し込みに向かった。
「すぐに戻りますので、お二人はこちらでお待ちください」
「ああ
頼んだよ」
ギルバートはそう言うと、熱いお茶をゆっくりと口に運んだ。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




