第184話
魔力切れになった兵士達が、その場で蹲っている
二日酔いの頭痛に比べると軽いのだが、眩暈もするので非常に辛い
魔力切れのしていない兵士達は、その様子を微妙な顔をして見ている
自分達もこのまま続ければ、同じ様に頭痛になるからだ
それでも訓練しなければ、索敵の魔法は身に着かない
不安に思いながらも、仕方なく索敵の訓練を続ける
アーネストは訓練のコツとして、近くの建物などを標的にする様に指示する
ただ漠然と使っても、魔力量や魔力操作は上がるのだが、索敵は上がらないからだ
繰り返して使う事で色々なスキルが上がるので、訓練自体は有用な物なのだが、ひたすら突っ立っているので絵面が地味であった
そんな訓練を横目にしながら、その他の集まった兵士達は困惑した顔をしていた
「あちらの厩舎などどうですか?」
兵士達は厩舎の方を向いて、目を瞑って一心に集中する。
その間に時間が空いたので、他の兵士達の訓練を始める。
「それでは、他のみなさんは身体強化を訓練しましょう」
アーネストの方を見ながら、兵士達は微妙な顔をする。
バルトフェルドがずっと微動だにせずに続けているが、その姿を見て困惑しているのだ。
「先ずは手に魔道具を持っているつもりで、それに魔力を流すイメージをしてください
それからそれを、腕や足に向けてください」
「そうは言われても、魔力を流すなんて…」
「そうですよ、普段は意識していないですから」
兵士達は口々に不満を述べるが、一応目を瞑ってやってみる。
「こら
無駄口は叩かずに集中しろ」
バルトフェルドはそう言いながら、再び剣を振るってみる。
「うーむ
気を付けないとすぐに頭痛になるな」
「え?
バルトフェルド様、頭痛がする時は無理をしないでください
魔力切れになっているので、無理をすると昏倒しますよ」
「分かっておる
だから頭痛が治まってからしておる」
アーネストはそれを聞いて、バルトフェルドに鑑定をしてみた。
バルトフェルドは既に、身体強化:-になっていた。
それはまだ修得出来ていないが、コツを覚えたからだろう。
それと同時に、疲労回復:-と魔力回復:-というスキルも増えていた。
どうやらこれが利いていて、魔力の回復が早くなっている様だ。
「マーリン様
バルトフェルド様のスキルを見てください」
「どうしたのじゃ?」
マーリンはそう言いながらバルトフェルドの方を見た。
そうして鑑定をして、驚いた声を上げる。
「疲労回復:-と魔力回復:-?
これは一体?」
「ボクも初めて見ました
ボクには付いていませんよね?」
「どれどれ?
そうじゃな、その様なスキルは見当たらない
代わりに魔力操作:3と魔力消費軽減というのはあるがな」
「なるほど
人によっては違うスキルが修得出来るんですね」
アーネストは納得したのか、一人で頷いていた。
「魔力操作は予想が着くが、魔力消費軽減とは?」
「恐らく魔力操作を修得した上で、繰り返し何度も魔法を使う事が条件でしょうね
ボクは何度も魔法を使っていたので、自然と使う魔力を抑えれる様になったんでしょう」
「ふうむ
便利なスキルじゃのう」
「マーリン様も魔力操作は2と出ています
頑張って使っていれば、修得出来るかも知れませんよ」
「そうか?
ふーむ」
マーリンはそう聞いて、自分も修得したいと思い始めた。
それを修得出来たなら、自分もまた魔術師になる夢を見れるからだ。
「やって…みようかな」
「え?」
「いや、何でも無い」
マーリンはボソリと呟いたが、アーネストに聞き返されて慌てて首を振った。
今さら魔術師を目指すのは、少し恥ずかしかったのだ。
そんな雑談が続いている間も、兵士達は訓練を続けていた。
何人かが魔力切れで、既に蹲っている。
それでも会話が聞こえていたので、何人かは頑張って堪えていた。
それは魔力が上がるという事と、魔力回復というスキルが修得出来るかも知れないと思ったからだ。
「みなさんは無理しないでください
バルトフェルド様は特別な可能性があります」
「特別というのは?」
「ギルも特別でして、彼が早くに身体強化を修得したのは称号が関係していました」
「称号?」
「ええ
ジョブです」
アーネストはマーリンに、称号について説明を始めた。
「ギルは英雄という称号を持っています
これは彼の産まれに関係していると思います」
「王子という事か?」
「はい
恐らくは」
本当は王子という事もあるが、封印が関係している可能性もある。
しかしそれに関しては、まだ秘密となっていた。
そこで無難なおうじという事を理由にしていた。
「ダーナの兵士達は、戦士や騎士というジョブを得てから修得出来ました
それまでは訓練していなかったんですが…
今回は始めから身体強化を知っているので、修得出来る可能性があります」
「称号にジョブ?
色々あるんだな」
「ジョブと言うのはその力を発揮出来る称号みたいな物みたいですね
ジョブを得た者は、スキルが使える様になりました
スキルに関しては本に載せています」
「うむ
どれどれ」
マーリンが本を開いたのを見て、アーネストは再び兵士の方を向いた。
「みなさんがスキルかジョブを修得する時は、頭の中に声が聞こえる筈です
声が聞こえたなら、それが修得出来た証拠です」
「うーむ
そうなると、ワシのスキルというのは、まだ修得出来ていないのか?」
「はい
まだ数字では無いので、完全には修得出来ていないのかも知れません」
「そうか」
バルトフェルドは滴る汗を拭いながら、大きな剣を地面に突き立てた。
さすがに頭痛に堪えられなくなったのか、少し休憩をするつもりの様だ。
「マーリン様も鑑定を覚えたので、兵士達の管理がし易いかと思います
引き続き警戒をしながら、索敵を出来る様になった兵士が魔物を観察する
この流れで暫くは、魔物に警戒出来るかと思います」
「そうだな
魔物の数や様子が分かれば、対策も立てれるだろう
助かったぞ」
「いえ
ボクもバルトフェルド様に、何かあっては困りますので」
アーネストの要件が一段落着いたので、ギルバートが近寄って来た。
「要件は済んだのか?」
「ああ
鑑定に身体強化
索敵は繰り返さないと無理だろう」
「ジョブや他のスキルは?」
「それはそれこそ、魔物と戦わないと無理だろう?
スキルは魔物に使わないとだし、ジョブも強い魔物と戦わないともらえなかっただろ?」
「そうだっけ?」
ギルバートはいつも、強力な魔物と戦っていたので、兵士がどの様にスキルやジョブを修得していたかはよく分からなかったのだ。
「兎に角、要件は済んだんだな?」
「ああ
後は兵士のみんなで訓練してもらうしかないから」
「それなら取り敢えずは安心だな
暫くはコボルトが相手みたいだし」
リュバンニの近くに現れた魔物はコボルトだった。
それならば暫くは、兵士でも十分に戦える。
コボルトを相手に、スキルや身体強化の訓練も出来るだろう。
「コボルトが相手なら、訓練にも十分だろう
数で囲まれなければ、兵士のみんなでも戦える
問題は数だな」
「ああ
ボクも同意見だ
数がそんなに多く無ければ、問題にはならないだろう」
「そうなると、後はワシ等の頑張り次第じゃのう」
マーリンも役目が分かったみたいで、本を閉じると兵士の方を見た。
現在の兵士達の技量を見て、的確な訓練を積む必要がある。
アーネストが滞在出来ない以上、マーリンが調べて調整するしかない。
「何か訓練に良い方法があるのなら、教えて欲しいんじゃが」
「そうですね
一番効果的なのは、魔物との戦闘です
他にとなれば、身体強化を意識しながらの対戦方式の訓練ですかね」
「実際に武器を持っての、兵士同士の模擬戦か?」
「ええ
ただ素振りするよりは、武器を持って戦う訓練の方が効果的です」
「しかし武器を持ってとなれば、ある程度は身体強化を出来る様になってからじゃな
そうでなければ意味も無いじゃろうし」
「仰る通りです
ですからその辺は、マーリン様が実際に確認しながらですね」
「そうじゃのう
しかしワシも、リュバンニの政務があるからのう
他の者に鑑定を身に着けさせても良いか?」
「そこはお二人の判断に任せます」
マーリンは、自分が出れない時を考えて、他の者にも鑑定を覚えさせ様と考えていた。
しかしその判断は、外部の者であるアーネストがするわけにはいかない。
「鑑定を修得させるかは、お二人の判断に任せますが…
あのスキルは悪用されると危険です
くれぐれも注意してください」
「そうじゃのう
ワシも使ってみて、危険じゃと思った
じゃから修得させるにしても、慎重に判断するつもりじゃ」
「ええ
その様にお願いします」
判断は任せるにしても、一応注意はしておく。
悪用されては危険だからだ。
「それでは、バルトフェルド様」
「うん?」
「会談の続きをしましょう」
「おう
まだ何かあるのか?」
「ええ」
三人は再び、バルトフェルドの執務室に向かう事にした。
マーリンはもう少し残って、兵士達がスキルを覚えるか見定めるつもりだと言っていた。
執務室に戻ると、書類を整理する男が五人に増えていた。
マーリンが居ないとなると、それだけ人手が必要だったのだ。
「なんだか…
悪い事をしたな」
男達は額に汗を掻きながら、必死に書類を読み返していた。
そして問題が無い書類と、領主の決済が必要な書類に分ける。
しかし量が多いので、その書類は山の様になっていた。
書類の山を見て、バルトフェルドの顔も引き攣っていた。
「ま、まあ
このぐらいなら何とかなるだろう」
「さすがですね
アルベルト様では一晩では片付きませんでしたよ」
「そうだな
あれぐらいあったら、翌日の昼までは掛かっていたな」
「はははは
当然だろ」
バルトフェルドはそう言って高笑いをしていたが、その直後に本音が漏れていた。
「こりゃあ徹夜だな」
「え?」
「いや、何でも無い
はははは…はあ」
バルトフェルドはソファーに移動すると、メイドに軽食の準備を頼んだ。
先の訓練で腹が減っていたからだ。
それから二人を座る様に促すと、改めて話し合いを始めた。
「先ずは、魔物の対策を考えてくれてありがとう」
「いえ
私達も心配していましたので」
「それで
他の話と言うのは?」
「それはですね、周辺の警戒についてです」
「周辺の?」
「リュバンニは大丈夫だと思いますが、他の小さな町や村です」
「トスノやノフカか?」
「そうですね
そっちは貴族領ですし、子爵の方で対策は取れるでしょう
問題は…」
アーネストは地図を広げると、周辺に記された印を示す。
「こことここ
それからここも村が在りますよね?」
「ああ
そこは貴族領で無いから、城壁は無くて柵しか無いな」
「それから…
将軍がいるとはいえ、ボルも危険ですよね」
「そうだなあ…」
「バルトフェルド様が動く必要はありませんが、一応警戒はしておいた方が良いかと
魔物が迫ってからでは、住民を守る事も難しいでしょう」
「そうだな
だからこっちの村は、既に非難をさせている」
「あ…」
「城門に集まっていた避難民ですか?」
「そうだ
彼等がここの村の住民だ」
バルトフェルドはそう言って、村の一つは避難した事を告げた。
残るは二つの村だ。
「こっちは避難を考えているが、この村が…
説得はしているんだが離れようとしないんだ」
「何故です?」
「それがな、どうせ死ぬなら村で死にたいと
村で生まれ育ったから、思い出があるんだろうな」
「そうですか…」
ダーナでも開拓民が、集落から離れたくないと言って困った事があった。
しかし最終的には、無理矢理連れて逃げる事となった。
その原因は開拓した村を捨てたくないという思いで、その為になかなか離れなかったのだ。
自分達が住んでいる村に思い入れがある為に、そこから離れたく無いのだろう。
「理由は分かりましたが、そうなると村を守る兵士が必要になりますね」
「そこが問題なんだよな
だからワシの方でも、少しは警備兵を出している
しかしそんなに人数を出せないから、見張りぐらいしか出来ないのだ」
「そうですか…」
バルトフェルドの方でも、村に魔物が攻め込まないか心配はしているのだ。
しかし兵士の数に限界があるので、村を守れるほどの人数は出せないのだ。
「森に出ている魔物が、村の近くに出て来ていれば、そこに兵士を向かわせるのだが
村は森から離れておる
両方に兵を向ける事は出来ないんじゃ」
「そうですね
先にコボルトを退治しなければ、村を守る事も出来ませんね
かと言って、村に兵士を向かわせては、今度は森が手薄になる
難しいですね」
「ああ
じゃから見張りだけでもと、数名の兵士を配置しておる
緊急の場合は、狼煙で連絡する手筈になっておる」
「それならば問題は無さそうですね」
「いや
問題はあるぞ」
バルトフェルドは姿勢を直しながら、正面からギルバートを見た。
「魔物が昼間に襲って来れば…
あるいは間に合うかも知れんじゃろう」
「あ…」
「魔物も夜に襲って来る可能性が高い
そうなると狼煙も見えませんね」
「ああ
狼煙が見えなければ、早馬で知らせる方法もあるだろうな
しかしそれまでに、村が無事とは限らんだろう」
狼煙ならある程度は時間を節約出来るが、早馬では移動する時間が掛かってしまう。
それを考えたなら、夜襲をされたら間に合いそうにも無い。
だからと言って、兵士は先程の話にもあったが、常駐出来るだけの人数が居ない。
そう考えれば、警戒の為に見張りを置くぐらいしか出来ないのだ。
後は村に攻め込まない事を祈るしか無い。
「今、ワシ等に出来る事はそれぐらいしか無い
もどかしいがな」
「そうですね」
他には手段が無いので、それぐらいしか対策は立てられなかった。
それから夕食の時間まで、三人は他に対策が取れないか相談をした。
しかし決定打になる様な案は浮かばず、時間だけが無為に過ぎて行った。
まだまだ続きます。
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