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聖王伝  作者: 竜人
第七章 王都での生活
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第182話

バルトフェルドが用意してくれた焼き菓子は旨かった

蜂蜜は独特な花の香りと、ほんのりと苦みがしていて、焼き菓子の甘味を強調してくれていた

朝はたっぷりと食べて来ていたが、既に昼を過ぎていた

その為に空腹になっていたので、美味しい焼き菓子は非常に助かった

三人は焼き菓子を食べながら話を始めた。

会談は公式には、王太子になった挨拶と立ち寄った際に世話になった礼を言うという事になっていた

しかし本当は、もっと差し迫った事情があった

ボルの南西に現れた魔物に関して、この町も関わって来るからだ


「バルトフェルド様は既にご存知だと思いますが、魔物が現れています」

「うむ

 その為に、防御面で心配な村から避難させておる」

「ええ」


「ボルの魔物も心配ですが、それだけとは思えませんからね」

「その話しぶりから、殿下も既に聞き及んでいるのか」

「え?」


バルトフェルドの言葉に、ギルバートは違和感を覚えた。


「聞き及んでいると言うのは?」

「ん?

 違ったのか?

 てっきり魔物が接近している事を聞いたと思ったが」

「え?

 将軍が戦っているんですよね?」

「いや

 それとは違う集団が、ここから西の森に現れた

 目下軍備を整えて、対策を練っているところだ」


「他の魔物が

 やはり…」

「ああ

 予想はしていたが、やはり出て来たか」


ギルバートは改めて、その魔物がどういった物か確認した。


「その魔物はゴブリンですか?」

「いや

 どうやらコボルトの集団らしい」

「コボルトか…」


森に現れた魔物は、どうやらコボルトらしい。

しかしまだ、油断は出来ない。


「バルトフェルド様はコボルトとの戦闘は?」

「うむ

 以前王都の周辺に来た時に、1度戦った事はある

 しかし今回は、前回とは規模が違う」

「と申しますと?」

「数が多い

 確認出来ただけでも、数百の群れだという事だ」


「数百…」

「ああ

 300以上は居ると思われるが、何せ森の中だ

 全容はまだ掴めていない」


バルトフェルドは溜息を吐きながら、憂鬱そうに言った。


「300なら何とかなりそうだが、それ以上なら…

 正直なところワシの軍だけでは厳しいだろう」

「そうですか…」

「失礼ですが、リュバンニの常駐の兵士はどれぐらい居ますか?」


アーネストがバルトフェルドに質問する。

バルトフェルドはマーリンの方を向き、マーリンは書類から顔を上げながら答えた。


「常駐の兵士となれば、全体では3,000になります

 しかし周辺の警備や公道の警備にも出ていますので…

 ざっと1,000といったところでしょう」

「1,000人ですか

 それは騎兵ではなく歩兵ですか?」

「騎兵が500の歩兵が500です」


アーネストはマーリンの言葉を聞き、真剣に悩んでいた。


「確かに何とかなりそうですが…

 問題はコボルトだけかという事ですね」

「そうなんだ

 そこが確認出来ないので、全軍を出せない訳だ」


挟撃や他の魔物の侵攻を考えれば、1ヶ所に1,000名の兵士を出すわけにはいかない。

しかし兵数を減らせば、それだけ兵士の損耗が激しくなる。

最悪の場合、敗退する可能性もあるだろう。


「難しいところですね

 攻めて全容が分かれば、対処も容易になるんですが」

「うむ」

「私もそこが気になりまして、出陣を躊躇っています」


バルトフェルドもマーリンも、暗く沈んだ顔をしていた。

魔物の全容が分からない以上、迂闊に進軍も出来ない。

しかし早目に手を打たなければ、村や森が荒らされてしまう。

難しい判断をしなければならない。


「ボクが前線に出れば、多少は確認出来るかも知れませんが…」

「本当か?」

「バルトフェルド

 それはいかんぞ」

「む…」


アーネストの言葉にバルトフェルドが喜ぶが、すぐにマーリンがそれを諌めた。

宮廷魔術師として期待されているアーネストを、安易に戦場に出すわけにはいかないからだ。


「そうですね

 ボクが戦場に出れば、それはそれで問題になります」

「うーむ」


理由が分かるだけに、バルトフェルドも理解して困っていた。


「どうして駄目なんだ?」

「あのなあ

 ギルにはさっきも説明しただろう?

 ボクは宮廷魔導士になる予定がある

 それに叙爵を受ければ、貴族の仲間入りだ」

「そういえば、そんな事を話していたな」

「そうなれば、そんなボクを戦場に出したバルトフェルド様が責任を問われるだろう?」

「あ…」


「それにな

 そんな便利な能力があるならと、他の貴族領が黙っていないだろう

 それに一々対処して、ボクが行くわけにもいかんだろ?」

「そう…だな」


バルトフェルドもそこまでは考えていなかった様で、困った顔をしていた。


「そんなに大事になるかな?」

「バルトフェルド

 お前さんも考えが甘いぞ

 他の貴族が聞いたら、この子を巡って争いが起きるぞ」

「そんなにか?」

「ああ

 だからこの話は、外部には漏らすなよ」


マーリンはそう言うと、部屋に居た他の者にも注意を促した。


「お前らも気を付けろよ

 迂闊に話したら、お前らも危険だからな」

「は、はい」


マーリンが言った事で、信憑性が増したのか、男達は慌てて頷いた。


「しかし

 そうなるとどうするべきか…」


バルトフェルドが困っている様子を見て、アーネストは1冊の本を差し出した。


「これを渡しておきます

 マーリン様なら分かるかと思います」

「私が?」


マーリンが席を立つと、本を受け取りに来た。

そのまま立ったままで本を開き、中に目を通して行く。

最初はパラパラと捲っていたが、すぐに手を止めて真剣に読み始めた。


「お、おい

 マーリン?」

「うるさい!

 黙れ」


マーリンはバルトフェルドを一喝して黙らせると、真剣に本を読み進める。

これではどっちが領主か分からない。


1時間ほど掛けて読み終わると、マーリンは真剣な顔をしてアーネストを見た。


「これは…

 ここに書かれている事は本当か?」

「ええ

 全部真実です」

「本当に可能なのか?」

「はい

 既にダーナでは実施されていますし、王都でも試しています」


二人の会話を聞いて、ギルバートとバルトフェルドも気になった。


「なあ、アーネスト

 一体何の話だ?」

「そうだぞ

 二人だけで分っているなんて、ズルいではないか」


「これは魔術師の領分だ」

「そうそう

 まあ、ギルは当事者だから説明しても良いけど、バルトフェルド様は…」


「じゃが、何の話かはしてくれても良いだろう?」

「うーん…」


マーリンとアーネストは顔を見合して、困った様な顔をした。


「しょうがないのう」


マーリンは席に腰を下ろすと、面倒臭そうに本を開いた。

それからゆっくりと説明を始める。


「ここには色々な魔術の説明が書かれておる

 これはお前さんが書いた物じゃな」

「はい」

「魔術書?」


本はアーネストが書き留めた、魔術について書かれた物だった。


「ここに書かれているのは…

 色々な魔術についてだが、応用すれば兵士にも使える物が幾つか書かれておる」

「兵士に」

「あ!」


「身体強化や魔法による魔物の索敵、それに必要な魔術の修得方法などが書かれておる」

「やっぱり」

「殿下?」


「身体強化は、現在王都の兵士や騎士に教えているところです

 索敵は使える様になれば、使う者の魔力にもよりますが、便利になる技術です」

「そんな物が…」


マーリンは興奮していた。

そこには他にも、魔力を鍛える方法も載っていたからだ。


「これは、ここに書かれているのは本当か?」

「ええ

 私も使いましたから」

「そうすると、魔力が増えるというのも…」

「魔力が増える?

 本当か?」


魔力が増えるという事に、バルトフェルドも興奮した。

何故なら、マーリンが魔術師になるのを諦めたのは、魔力が少ない為だった。

それが増やせると言うのなら、マーリンが魔術師になれる可能性があるからだ。


「何でこれを、この前に教えてくれなかったんだ?


バルトフェルドは喜びながらも、少しだけ非難しながらアーネストを見ていた。

しかし、当のマークがそれを制した。


「この子を責めないでやってくれ

 この方法は、ワシの様な年寄りには危険じゃからな」

「危険?」

「ああ

 魔力を増やすには、魔力を使い切って魔力切れか魔力枯渇になる必要がある

 しかしそれは、お前も知っていると思うが非常に苦痛だ」

「あ…

 確かに酷い頭痛がするな」

「それに無理をすれば、命を落とすだろう

 戦場でそれで、何人の魔術師が命を落としたか…」


二人は帝国との戦争を経験していたので、魔力切れをした魔術師が死んだのを見た事もある。

それに自分達も、魔力切れを起こした事もあったので、その苦痛はよく知っていた。


「何度も何度も、魔力切れにしては回復させて、また魔力切れになる

 口で言うのは簡単だが、やってみせる本人には地獄だぞ」

「う…

 それはそうだな」


「ですが、私は小さい頃から、これを毎日の様に繰り返していました

 おかげさまでこの魔力です」


アーネストは胸を張ってみせるが、二人は若干引いていた。

それはそうだろう。

いくら魔力が増えると分っていても、小さな子供が自分から気絶するほどの頭痛を好んで、するとは普通では考えられ無いからだ。

余程の我慢強さか、苦痛を好んで受けたがる者で無ければ絶えられないだろう。


「子供の頃から?」

「それを毎日じゃと?」


「ええ

 それに気絶するほどでも無くても、少しずつ魔力は上がります

 これはダーナの兵士や、ここに来る途中に冒険者にも試しました」

「冒険者に?」

「その冒険者達はどうなった?」


「元々魔力が少しありましたので、身体強化は使える様になりました

 恐らく今では、索敵や簡単な魔法を使えるでしょう」

「その方法は公表したのか?」

「いえ

 冒険者には黙っておく様に言いました

 ただ、いずれは王都の魔術師ギルドから発表する予定です」

「うーむ」


アーネストの言葉に、マーリンは少し考えてから答えた。


「ならば、この本を貸してもらえんか」

「ええ

 そのつもりで持って来ました

 それはマーリン様に差し上げます」

「本当か?」


マーリンは喜色満面になったが、ふと顔を曇らせた。


「しかし、兵士達は鍛えられるが、ワシは無理そうじゃ」

「何故です?」

「ワシはもう年じゃ

 頭痛に耐えられそうに無い」


マーリンはそう悲しそうに言うと、寂し気に微笑んだ。


「しかしじゃ

 これでワシの様な悔しさを味わう者が少なくなる

 それだけでも良かった」


マーリンは大事そうに本を抱えると、再び書類の山の前に戻った。


「おい、マーリン

 後でワシにも読ませてくれよ」

「やかましい

 お前はそこで、魔物をどうするか考えていろ」


マーリンは膨れっ面で返したが、その顔は笑っていた。

それを見て、バルトフェルドは安心したのか笑顔になっていた。


「アーネスト殿

 ありがとう」

「いえ

 こんなに喜んでいただけるのなら、もっと早く渡せば良かった」


アーネストはマーリンが悲しむと思って、本を渡すのを躊躇っていた。

しかしマーリンは、アーネストが思うよりも強い人物であった。

自分に可能性が低くても、決して悲観したり嫉妬などしない人物であった。

そんなマーリンであったので、アーネストはもう少し何かしてあげたいと思っていた。


「それで、魔物の事だが」

「ええ

 索敵の魔法が使える様になれば、少しは状況が良くなるかと」

「しかしそうなれば、魔術師が必要では?」


「そうですね

 急ぎは魔術師ギルドの協力が必要でしょう

 ですが、同時に兵士達にも訓練が必要です」

「そうだな

 今から訓練をすれば、いずれは使える様になるだろう

 しかしそうなる為には、今の魔物を討ち破る必要があるがな」

「そうですね」


国王に相談して、応援を呼ぶ必要がある。

しかしバルトフェルドも、そこは考えていた。


「陛下には救援を打診してはいるが、難しいだろうな

 王都の方でも、もしもの時の為に兵力は必要だ」

「しかし、そうは言ってもここが魔物に落とされては」

「ああ

 陛下も今頃、サルザートと悩んでいるだろう」


「ギル

 迂闊に応援は出せないんだ

 確かにリュバンニは西の要所ではあるが、他の貴族の手前、迂闊な事は出来ないんだ」

「また他の貴族か?」

「そう言うな

 一方だけを優遇するわけにはいかないんだ」

「言いたい事は分かるけど

 それでも…」


ギルバートは言葉を濁していたが、その気持ちはよく分かった。

バルトフェルドの様な貴族こそ、大事にして残さなければならない。

しかし現実は、腐った貴族ほど声を大にして、権利や要求を口にする。

その結果、まともな貴族の方が早く亡くなって行くのだ。


「どうすれば…」

「なあに

 本を渡すだけなら、ボクはここに来る必要は無い」

「何か策が有るのか?」

「ああ」


アーネストはニヤリと笑うと、マーリンに時間が有るのか確認をした。


「マーリン様、少し時間はいただけますか?」

「うーん

 書類は山だけど、彼等に任せて良いなら」

「え?」


男達は固まったが、バルトフェルドが代わりに許可を出した。


「良いだろ

 この町の命運が賭かっているからな」

「良いのか?」

「ああ

 ワシも任せているからな」

「バルトフェルド様…」


男達は泣きそうな顔をしていたが、バルトフェルドはニヤリ笑って親指を立てた。


「頑張れ」

「そんなあ…」


「それで?」

「そうですね

 バルトフェルド様は主だった兵士を集めてください

 出来れば訓練場の様な広い場所が良いです」

「分かった

 すぐに手配しよう」


バルトフェルドは兵士を呼びに向かった。

その間に、今度はマーリンの要件だ。


「マーリン様には今からある魔法を覚えていただきます」

「うむ

 それが魔物討伐の鍵となるのなら、喜んで」


「おい、アーネスト

 一体何をする気なんだ?」

「ああ

 マーリン様には鑑定と索敵を覚えてもらう」

「鑑定?

 それは教会に行く必要があるだろ?」

「ああ

 だからこれから、教会に行こうと思う」


「それと索敵だが

 マーリン様が覚えても、前線に出れるのか?」

「それも考えがある」

「大丈夫か?」

「任せておけ」


アーネストに考えがある様なので、ギルバートはそれ以上は言わなかった。

その代わりに、二人に着いて教会に向かう事となった。

それはアーネストが何を考えているのか、その目で見てみたかったからだ。

まだまだ続きます。

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