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聖王伝  作者: 竜人
第七章 王都での生活
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第181話

ギルバートが着替え終えたところで、アーネストの合図で馬車が出発する

北の城門は、初めて王都に入った時の城門だ

城壁は大きくて、中には移動用の通路も作られている

上に上ると弓矢用の窓も空いており、屋上は4m近くの高さになる

ここからならオーガの頭にも狙いが着け易いだろう

城門の入り口では、警備の兵士が出入りする者をチェックしていた

貴族は専用の出入り口があるので、馬車はそちらに向かって進む

貴族用の出入り口は専門の兵士が見張っていて、手続きも簡略化されている

本来は厳しくチェックすべきなのだが、犯罪に絡んでいそうな者は事前に調査されている

だから問題が無さそうな者は、チェックが簡略化されているのだ


馬車の荷物を検査しながら、警備兵が質問して来る。


「王子でございましたか

 今日はどういったご用件で?」

「ああ

 バルトフェルド様に王太子になった報告と、周辺の魔物の警戒をお話しするんだ」

「なるほど

 ボルに出ましたからね

 周辺の警備も強化が必要ですね」


話しながらも、警備兵は一応不審な荷物が無いかチェックする。


「殿下もお気を付けください

 殿下の御身に何かあれば、我々も困ります」

「ああ

 十分気を付けるよ」


ギルバートはそう答えながら、アーネストの言葉を思い出していた。


そうだな

私が怪我したりすれば、彼等も責任問題になるんだ

どうしてこんな時期に、安易に町の外に出したとか言われるんだろうな


ギルバートは納得して、十分に気を付けようと思った。


「はい

 積み荷にも問題はありません

 行ってください」


警備兵が脇に避けて、城門の通過を許可する。

御者が頷いてから、ゆっくりと馬車を走らせる。


「分かったかい?

 お前が自分の責任で怪我をしても、それを見過ごした兵士達も責任を問われるんだ」

「ああ

 そこまで考えていなかった」

「分かったなら良い

 今後は気を付けてくれよ」


アーネストはそう言うと、深々と席に着いた。

馬車はゆっくりと進み、公道に出た。

そこは朝の陽射しに照らされて、涼しい風が吹き抜けていく。

少し先に警備の詰所が見えて、そこから等間隔で詰所が置かれている。

それは盗賊が出ない様に警戒する為と、道中のトラブルに対処する為に建てられている。


「この辺は詰所も多いし、魔物も滅多に出ない

 しかし行動から外れると、野生のボアや猪が出るから危険だ」

「ボアって魔物では無いのか?」

「ああ

 ワイルド・ボアは魔物だが、ボアは猪と豚の間みたいな獣だ

 普段は茸や野草を食べているが、気が立っている時は要注意だぞ」

「へえ」


ボアは猪ぐらいの大きさの豚で、額に大きな瘤があり、全身にもイボが無数にある。

そのイボや瘤が固くて、銅製の剣では弾かれてしまう。

強烈な突進が危険だが、猪の様に牙が無いのは救いだ。

だが、まともに突進を受ければ骨折の危険性があるので、商人や農民からは嫌われていた。


「ボアを家畜用に改良したのが豚だと言われている

 その肉は臭みがあるが、歯応えと味はしっかりしている

 昨日のステーキもボアの肉だぞ」

「え?

 昨日の?

 そんなに臭くは無かったぞ」

「そこは料理人の腕だろう

 香草を使って臭みを消していたんだ」

「なるほど」


ボアの肉は香草浸けにして臭みを抜くのが一般的だ。

その香草の種類や漬け込み時間に秘訣があり、そこで腕の差が出て来る。

また、スープの具材としても人気がある。

普通の肉と違って、よく火を通さなければならない為に、一般の家庭では敬遠されている。

しかしよく煮込んだボアの肉は、しっかりと味が染み込んで独特の歯応えがある。


「家庭では時間が掛かるからあまり使えないが、料理屋や貴族の間では人気があるんだ」

「そうなんだ」


「野生のボアは暴れるから、家畜には向いて無いんだ

 だから狩人や冒険者が、依頼を受けて狩猟するんだ」

「へえ

 機会があれば見てみたいな」


ダーナには羊か豚しか居なかった。

気候や作られる作物の問題で、他の家畜は扱えていなかったのだ。

また、ノルドの森には猪や熊は居たが、ボアは居なかったのだ。

竜の背骨山脈を越えると、ボアの生息域になるのだが、王都に向かう間では見掛けられなかった。


「その代わりに、この辺には猪や熊は少ないんだ

 森に入ったら、鹿やボアが見掛けられる」

「住んでる動物も違うんだな」

「そうだな

 家畜も豚は少なくて、牛という大きな生き物が居るぞ」


「牛?」

「ああ

 白黒の大きなやつでな、乳を搾って加工するんだ」

「へえ」


牛もダーナでは飼われていなかったので、ギルバート達には珍しかった。

山羊が飼われていたので、乳や乳製品は山羊の乳で作られていた。


「その牛ってやつも見てみたいな」

「そうか?

 王都では少ないが、リュバンニなら見れるかもな」

「リュバンニでも飼っているのか?」

「ああ

 資料にはそう書かれていたぞ」


ギルバートはそう聞いて、ボアと牛を見てみたいと思った。

しかし今回は、あくまでもバルトフェルドに挨拶をする為の会談だ。

のんびりと農耕地に出向いて牛を見たり、森に向かってボアを見る余裕は無い。

それに森に向かったなら、魔物が居る可能性もあるのだ。


「残念だが、それは出来ないだろうな」

「何でだ?」

「牛は農耕地や村に行かないと難しいだろう

 ボアは森に多いから、森で魔物に遭遇する可能性が有る

 だから両方とも無理だな」

「そうか…

 残念だ」


二人が話している間にも、馬車は公道を進んで行く。

やがて昼を回った頃に、リュバンニの城壁が見えて来た。


「もう少しで着きますよ」


御者の言葉に、ギルバートは窓から外を覗いた。

城門の前には、前回とは違って多くの人が集まっていた。

そのほとんどが、商人では無く農民であった。


「どうしたんだ?」

「恐らく、離れた農村の避難民だろう

 魔物が来てからでは、避難は出来ないからな」


農民達はアーネストの予想通り、リュバンニから少し離れた農村の住民達であった。

バルトフェルドが早めに手を打ち、防護柵しか無い農村の住民を非難させたのだ。

農民達は、僅かな荷物だけを持って城門に並んでいた。

さすがに急な避難で家畜までは手が回らなかったのだ。


「これだけの住民を受け入れるとなると、場所や食料の問題もありそうだな」

「そうなのか?」


アーネストの言葉に、ギルバートは不思議そうに聞いた。


「ああ

 避難民を住まわせる場所も必要だし、食糧も多く必要になるだろう

 まあ、バルトフェルド様は有能だし、その辺は考えているとは思うがな」


農民達は300人ぐらいは居るだろう。

それだけの住民を受け入れるには、それなりの建物も必要になる。

それに食べ物や衣類の準備も必要だろう。


慌ただしい城門の前の農民達を避けながら、馬車は城門へと向かって行った。

門はそこまで大きく無いが、農民達を避けながら入れるだけのスペースは十分にあった。


「これはこれは

 王都からの馬車ですか?」

「はい

 ギルバート殿下をお連れしました」

「ああ

 領主様なら砦で待っています

 どうぞお通りください」


警備兵は碌に調べもせずに通してくれた。

これは馬車が王家の紋章を掲げている為に、信用されているからだ。


「随分とあっさり通してくれたな」

「ああ

 王家の紋章を掲げているからな」

「それにしてもだ

 前回はそれで、王都で危険な目に遭ったのに…」


ギルバートは王都の城門で、ベルモンド卿の私兵に拉致された事を思い出していた。

しかしそれは、王都の城門に入ってからの事だ。

貴族領の町の城門では、無闇に王家の馬車を疑って調べる様な事は出来ない。

それは王家に対する叛意とみなされ兼ねないからだ。


「王都に入る時なら兎も角

 貴族領の町に入るのに、王家の馬車を調べるわけにもいかんだろ?」

「そうなのか?」

「あのなあ…

 変に勘繰って調べていたら、それこそ王家を信用してないと思われるだろう?」

「あ…

 そう言う事か」


「それにな

 今回はお前が行く事を事前に伝えてある

 だから警備兵としても、周辺で何か事件でも起きて無い限り、調べる必要も無いんだ」


アーネストの説明に納得して、ギルバートは頷いた。


「そう言う事なら、すんなり通れて助かったよ」


馬車は城門の中に入ると、案内の兵士に従って砦へと向かった。

その砦の中心にある、大きな居城がバルトフェルドの城になる。

今日の会談も、そこで行われる予定になっている。


馬車は町中を通って、緩やかな上り坂を登る。

その先に大きな城壁が建っていて、その向こうに城が見えて来る。


案内の兵士が、先触れとして城門の兵士に声を掛ける。


「王太子、ギルバート殿下が御到着されました」

「ご苦労

 君は下がっても良いぞ」

「はい」


案内の兵士は、そのまま小走りで去って行った。

代わりに城門の警備兵が先に立ち、城門をゆっくりと開ける。


「開門!」


城門が開くと、そこには既にバルトフェルドが立っていた。

先程の先触れが聞こえていたのだろう。


「ようこそ、ギルバート殿下」


バルトフェルドが深々と礼をして、その場で臣下の礼として跪く。

それを見て、ギルバートは慌てて馬車を降りた。


「止めてください

 私はまだ、王太子に正式に就任してはいないんですよ」

「それでも、あなたはこの国の王子だ

 私はこのリュバンニの領主として、心よりあなたを歓待致します」


バルトフェルドはそう言うと、深々と跪きながら頭を下げた。

ギルバートが困っていると、アーネストが馬車から降りて、その隣に来た。


「ほら

 こういう時にはどうするんだ」

「え?

 ええっと…」

「バルトフェルド卿、わざわざのお出迎えご苦労

 今日はゆっくりと滞在させてもらうぞ

 そう言うんだよ」

「え?

 そんな偉そうに?」

「馬鹿

 お前は王子でバルトフェルド様は侯爵、一介の貴族でしか無いんだ

 だから公式の場では、それらしく応対しないと駄目なんだぞ

 行く前にも言っただろう」


ギルバートは、確かに前日にも注意をされていた。

しかし、いざその場に立つと、緊張と気が動転してどうすれば良いか分からなくなっていた。

なので、アーネストが教えた口上をそのまま述べた」


「ええっと…

 バルトフェルド卿、わざわざのお出迎えご苦労

 今日はゆっくりと滞在させてもらうぞ

 これで良いのか?」

「はあ…」


ギルバートは棒読みで口上を述べて、引き攣りながらアーネストの方を向いた。


「これで良いのか?は余分だ」

「あ…」

「ぷっ、くく…

 ごほん」


バルトフェルドが笑いを堪えながら、懸命に咳払いをする。


「では、殿下

 どうぞ我が居城へ」

「うむ

 案内を頼む」

「うむ

 案内を頼む」


アーネストが小声で教えて、再びそれを繰り返す。


「ごほん

 それではどうぞ」


バルトフェルドが先頭に立ち、城の中に入って行く。

その顔は既に、キリっとした真面目な顔に戻っていた。

しかし周囲の兵士達は、まだ笑いを堪えていたり、苦笑いを浮かべていた。


バルトフェルドが先導して、城の中の執務室に向かう。

そこでは執事のマーリンと、数人の男達が必死になって書類を整理していた。


「見ての通り、現在リュバンニは魔物の対策で大わらわだ」

「そう思うのなら、早くバルトフェルドも手伝ってくださいよ」

「そうですよ

 私達だけでは、今日中には終わりませんよ」


バルトフェルドの言葉に、マーリンも男達も不満そうにしていた。


「そうは言ってもな、今日は殿下と会談があるから…」

「そう言いながら、午前中からサボっていたのはどなたですか?」

「え?

 いや、別にサボっては…」

「入り口で待機するとか、準備で忙しいとか

 書類を放置してましたよね」

「そ、そんな事は…」


バルトフェルドはマーリンに詰め寄られて、必死に誤魔化そうとしていた。


「忙しいのは周辺の村からの避難民が来たからですか?」

「そうですね

 それも原因です」


マーリンはそう言うと、避難民のリストと要望等が書かれた書類を積み上げた。


「これが要望書で、こっちが住居や仕事の斡旋

 それで…これが食料の手配の書類」


マーリンは言いながら、次々と書類の山を重ねる。


「こちらは確認が終わりましたから、後はバルトフェルドのサインだけです

 早く仕上げてくださいよ」

「う、うむ

 今日中には仕上げておく」

「頼みますよ」


言いながらマーリンは、再び次の書類の束に取り掛かった。


「申し訳ございません

 こんな忙しい時に」

「いや、良いんだ

 あの後色々あったと聞いて心配していたからな」


バルトフェルドはギルバートの謝罪を受けながら、書類の積まれていないソファーに二人を案内する。

そしてそこに腰掛けると、改めて話を始めた。


「ここなら他には誰も居ません

 殿下も安心してお話ししてください」

「良かった

 その殿下というのも、堅苦しくて嫌なんですよ」

「こら

 そう言うな

 お前はこれから王太子になるんだぞ

 今から慣れておかないと」

「まあまあ

 アーネスト殿もそれぐらいで」


バルトフェルドが宥めながら、使用人にお茶を出す様に合図する。

それに合わせて、メイドがお茶と焼き菓子を持って来た。

焼き菓子は小麦を焼いた物で、表面に蜂蜜が薄く塗られていた。


「美味しいですね」

「ええ

 この地方で採れる蜂蜜で、独特の風味で美味しいんですよ」


バルトフェルドは焼き菓子を齧りながら、真剣な表情をして聞いて来た。


「で?

 今回の訪問は、単に挨拶というわけでは無いですよね」

「ええ

 色々と厄介な事になってます」


ギルバートは頷くと、どういう事情で訪れたのか、それを話し始めた。

まだまだ続きます。

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