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聖王伝  作者: 竜人
第一章 クリサリス教国
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第18話

魔物の群れは未だ現れず

されど、人々は魔物の脅威に怯えていた

領主はお触れを出し、討伐を決める

次期は10月の1週目

冬が来る前に、何か手を打たねばならなかった

訓練が始まり、1週間が経った

少年兵の半数以上が素振りを出来る様になり、打ち込みも始められた

魔物はまだ攻めて来てはいなかったが、少しずつ、森に野生の獣の報告が増え、被害が増えていた

小鬼の繁殖率から考えると、もう第1、第2砦の両方が小鬼に押さえられていると見てもいいだろう

冬が来る前に、一度は遠征をして減らさないといけない

軍ではそんな意見が出ていた


ギルバートは打ち込みをしながら、しっかりと握る練習をしていた。

まだ、数回に一度は握りが甘くなる事があった。

子供向けとは言え、9歳の少年にはまだ重た過ぎるのだ。

両手の豆は潰れ、包帯を巻いてから握っている。

その包帯のせいで余計に滑りそうになるのを必死に抑える。


「はあああ」

バシーン


「うむ

 大分良くなったが、まだ握りが甘いかな?

 もう少しタイミングを合わせて握ってごらん」

「はい」


「はあああ」

バシッ


そこへ、隊長を探して兵士が来る。

兵士は小声で伝えるが、一部聞こえて来る。


「…ええ

 それで魔物が…」

「となると、明後日には支度を…」


どうやら、出兵の支度の話の様だ。

ギルバートは、自分達はまだ少年兵だし、訓練をしているから出兵は無いと思っていた。

危険な場所に、未熟な自分達を連れて行くなど無いだろう。

そう思っていた。


「ああ

 少しいいかな?」


隊長は訓練を一旦中断し、少年達を休ませる。

何だろう?とみなが不思議そうに隊長を見る。


「ギルバート、アレックス、ディーン、こちらへ」

『はい』


ギルバートとディーン、年長の少年のアレックスが呼ばれて前へ出る。


「他の者は続けて練習しなさい」

『はい』


3人は連れられて、少し離れた場所へ移動する。

そこへ、大人の訓練していた兵士も3人呼ばれて来る。


「ああ

 すまないな

 訓練を中断してしまって」


「この度、明後日を予定に、第1次魔物討伐に向かう事となった」


この言葉が聞こえたのか、皆が訓練に集中出来ずにチラチラと見ている。


「君達を呼んだのは他でもない

 部隊を代表して、数名を同行する事となった」

『え?』


ざわざわとみなが不安そうに互いを見合わす。


「とは言え、戦闘に参加するわけでは無い

 あくまで、ワタシの同行として数人を連れて行く事になっただけだ」


隊長の言いたいのは、従者として数人の兵士を同行するというものだ。


「しかし、戦闘に慣れた者が行くべきではないですか?」

「あくまでも、ワタシの従者としてだ」


「それにな

 連れて行くのは本当の戦争と云う物を見せておきたいからだ」

「では、なおさら少年ではなく、大人の兵士が良いのでは?」


大人の訓練している者から声が上がる。

そうだそうだと追従の声が上がる。


「ワタシとしても、皆を連れて行きたいが、な

 安全を考えると、このぐらいしか連れて行けない」


「それと、な

 少年兵を連れるのは、彼らにも学ばせたいからだ」


気が付くと、皆が訓練を中断して、この話に聴き入っていた。


「この子達は少年兵の中でも中心になっている者だ

 大人の方も同様に選んで決めておる

 腕の良し悪しではなく、見た事が伝わり易いかどうかでな」


隊長の言葉に、まだ多少の不満があるのか数人がブツブツ言っていたが、隊長に見られると黙ってしまった。

なるほど、彼らでは確かに選ばれなくて当然だろう。


「ワタシとしては、贔屓はしてないが

 不満や他の意見があるなら、後でワタシの部屋に来なさい」


この一言で不満を言う者は居なくなり、訓練へ戻っていった。


「では、キミ達は訓練が終わった後で、ワタシの部屋に来てくれ」


そう言うと、6人は訓練に戻された。


その後の訓練は、浮付いたり集中出来ない者もいて、数人が武器をすっぽ抜かしたりして怪我をしていた。

当然、集中していないと叱られていたが、戦争が始まると思うとみなが落ち着かなかった。


訓練が終わり、水浴びに向かう途中に、ギルバート達は仲間に囲まれた。


「いいなー」

「やっぱり、次期領主様だからか?」

「違うだろ?

 ギルバートはお前より訓練してるぞ」


「でも、ディーンは?」


「ディーンはやっぱり、みんなが話し易いからだろ?」

「アレックスは一番年長でリーダーだもんな」


「オレも上手くなったら連れてってもらえるかな?」

「次があるなら、連れてってもらえるんじゃないか?」

「次か…

 あるのかな?」


「魔物は増えてるみたいだからな

 こっちが負けない限りはあるんじゃないか?」


真面目な話をしてると、ディーンがふざけて水をぶっかける。


「うわっぷ」

「このやろー」


まだ少年だ、たちまち水の掛け合いになる。

ただ、ギルバートだけが不安そうだった。


「どうした?」

「いや…」

「怖いのか?」

「うーん

 怖いのか分からない」


「ギルバートは一番年下だぞ

 オレ達より怖いに決まってるだろ」

「そうだよな」


そんな言葉に、ギルバートは首を振る。


「そうじゃない

 また、ここへ戻ってこれるのかな?

 みんなで集まれるのかな?」


その言葉に、浮かれていたアレックスも黙ってしまう。

彼は11歳で、来年は正式に徴兵で兵役に就けるが、まだ子供であった。

みんなまだ子供だから、仲良くなったみんなが居なくならないか不安だったのだ。


そこへ、先ほど一緒に呼ばれた兵士見習いの一人が、布を持って現れる。


「ほら

 風邪引くぞ」


数人に布を投げ渡し、ギルバートとアレックスの頭を布で拭いてやる。


「お前らが不安になるのは分かる

 仲が良いもんな」


「だからな

 俺達が居るんだ

 お前らぐらい、守ってやるさ」


そう言って、頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「さあ

 さっさと飯食って来い」


「お前らはこっちだ

 隊長のところへ行くぞ」

『はい』


ギルバート達は、兵士見習いに連れられて、隊長の宿舎へと向かう。

宿舎に入ると、1階の奥に書斎がある。

元々は歩兵の宿舎として作られているので、創りはあまり大きくない。

書斎の中で、隊長は書き物をしながら待っていた。


「失礼します」

「やあ

 来たね」


「まあ、楽にしてくれ」


隊長の一言に、みな楽な姿勢になる。


「来てもらったのは他でもない

 先に話した討伐に関してだ」


隊長は領主の出した指令書の羊皮紙を出して話をする。


「キミ達には先に話した通り、ワタシの従者として後方で待機してもらう」

「後方ですか?」

「ああ

 あくまでも、実戦の空気を味わってもらうからだ」


「戦闘には基本的には参加させない

 というか、まだ戦闘には向いていないだろう」

「はい」


「魔物がそれほどでもなければ、我が軍である程度は削れるだろう」


隊長は、先の襲撃で魔物は見ている。

しかし、今回の戦闘では、先の倍以上の戦力で、準備も十分にして挑む。

負ける事は無いだろう。


「問題は、魔物の数がどれくらいなのかだ」


隊長も、ここで一旦言葉を切る。

正直なところ、全滅どころか数を少し削るのがやっとかも知れない。

特に、魔物のボスの実力が未知数だ。

大隊長が敵わないと言っていたが、あれに勝てる猛者がいるのだろうか?


「恐らく、正面から当たらずに、弓や騎兵、魔法での遠距離から削って減らすぐらいだろう

 こちらに攻め込ませない様に打撃を与え、可能なら砦まで退かせる

 それで冬まで持たせるのが上策だろう

 春になれば、都から出兵を願えるだろうしね」

「なるほど」


「魔物は

 魔物の群れは、それほどなんですか?」

「そうだ

 ワタシの見た限りでも、千を超える魔物が居た

 あれが本隊なのか?

 それとも他にもいるのか?

 いずれにしても、油断は出来ないだろう」

「千を超える…」


隊長の言葉に、みな言葉を失う。


「まあ、キミ達は今回は見てるだけだから

 そんなに心配しないで、魔物がどういう物かよく見て欲しい」

『はい』


「では、明日は通常通りの訓練とし、明日の訓練の終了と共に出立の準備に掛かる

 詳細は明日、もう一度ここへ集まってから説明する」


「今日はもう、ゆっくり休むように

 解散」

『はい』


ギルバート達は、隊長の部屋を出て食堂へ向かった。

移動の道中に、大人の兵士見習い達から声を掛けられる。


「坊主が領主様の息子さんか?」

「はい

 ギルバートと申します」

「そう緊張しなくていいぞ

 オレらもまだ見習いだからな」

「はい」


「こっちの坊主は?」

「ボクはディーンと申します

 農家の三男です」

「オレはアレックスといいます

 商家の次男です」


「そうか

 オレはランディ、こいつがジョナサン

 んで…」

「オレがリック

 みんな元は冒険者をやってたんだ」


冒険者と聞いて、アレックスが興味を示す。


「へえ

 冒険者ですか」

「ああ

 といっても、万年Dランクの下っ端冒険者だがな」

「お前と一緒にするなよ」

「そうだぜ、オレはC目指してたんだから」


「へえ

 みなさんは何で兵士になられたんですか?」

「オレとジョナサンはクエスト扱いだな

 冒険者ギルドに兵士募集の触れが来て、クエスト扱いで短期の募集があったんだ」

「で、オレは冒険者家業に見切りを付けて、兵士になったんだ」


「どうしてです?

 冒険者の方が楽しそうなんですけど?」

「いやあ

 そんなに甘くないぞ」

「最近では猪や野犬の討伐ばっかりだし」

「遺跡なんてこの辺じゃあ無いしな」

「はあ」


この三人の話では、冒険者は野生の獣を倒すか薬草集めぐらいで、話に上がる様な冒険なんてそうそう無いんだと聞いた。

現実の冒険者は、危険なばかりで実入りも少ないらしい。

物語になる様な冒険なんて、数えるぐらいしか無いんだそうだ。


その後も食事の間に色々と話をしてもらい、冒険者がどんな物か聞かされた。

3人はその話を、部屋に戻ってから仲間に話した。

中には冒険者に憧れていた者も居たが、話を聞いてがっくりしていた。


「へえ」

「そんなもんなんだ」

「やっぱり、楽して稼げないんだな」


「やばい

 消灯の点呼が来るぞ」

「続きはまただな」

「向こうで何があったか

 それも頼むよ」

「ああ」


「こらっ

 時間だぞ」

『はーい』


そうして、ダーナの兵舎での夜は更ける。


翌日の訓練は基礎の走り込みを終えてから、実戦での配置や剣を振る際の間合いや注意点を教えられた。

今回の配置では、後方で隊長の周りに控えて実戦がどういう物かを見るのが目的だ。

剣の扱い方を学ぶのは、あくまで身を守る為に教えられる基本的な物だ。

不意を打たれて接敵された時に、闇雲に剣を振り回しては同士討ちの危険がある。

それを防ぐ為に、剣を振っても安全な範囲と振り方が指導された。


「これはあくまで、味方が近くに居ない時に敵に接近された際の訓練だ

 大丈夫

 そんな簡単には君達には近寄らせはしないから」


隊長は笑ってそう言って、振り方の指導と練習を指示した。

ギルバート達以外にも、見習いの少年兵達も等間隔に広がって剣を振る。


「えい!」

「やああ!」


掛け声も元気よく剣が振るわれる。

隊長の指示に従って、安全な範囲を守って振るわれるので、怪我もなく、剣が不意にぶつかる事もなく安全に行われた。


次に、今回の敵である魔物が小柄である事から、小柄な敵に対する剣の振り方が指導された。


「これは元々、狼や野犬といった小型の背の低い敵に対する戦い方だ」


隊長は腰を屈めて姿勢を低くして、腰から下と足元に向けての剣の振り方を示す。


「慣れるまでは、こうして、こういう振り方が楽だな」


縦に振るわず、横薙ぎや足元への突き、下方からの切り上げ等を見せる。

低い位置に向けての攻撃は限定されるが、これに慣れれば足元の攻撃にも応用が出来る。

普通の上半身の攻撃と組み合わせれば、攻撃の手札が増えるのだ。


「これは本来は、半年以上の基礎訓練をして足腰を鍛えてからするべきなんだが

 今回の魔物が小柄だから慣れておく必要がある」


再び少年達は剣を振るが、今度は低い姿勢をして振る為にふらつく者が多かった。

中には振った際にバランスを崩して転げる者も居た。


昼まで素振りをして、昼食後は一旦集まって隊長から下方からの攻撃の対処を教わる。

木剣を持った隊長が、最初はゆっくりと、慣れたら素早く足元や下半身に向けて切り付ける。

それをショートソードで受けたり、バックステップやジャンプで避けるというものだ。

一人ずつ順番に指導され、一回りしてからは二人に別れて練習となった。

こうして、夕刻前まで訓練が行われ、慣れない姿勢で訓練した少年達は膝ががくがくして立てなくなっていた。

何とか立っていたのはギルバートだけだった。

これはギルバートが父親から鍛えられていたからであり、それでも立つのがやっとで足元がふらついていた。


「ふむ

 さすがに起き上がるのは暫く無理そうだな」


隊長は書斎に集合させようとしていたが、無理そうなので大人の兵士も手招きで呼び寄せる。


大人の兵士も慣れない姿勢で足が攣る者も居たが、ほとんどが立っていた。

そうして全員が集まった後、隊長が全員に行き渡る様によく通る大きい声で告げる。


「これから、明日以降の予定を伝える」


「先にも説明したが、明日より軍の殆どが魔物の討伐に出発する

 従って、残る者は他の兵士と共に基礎訓練を続けてもらう」


居残りの兵士は、簡単な訓練予定を教えられてから解散となり、食事に向かった。

足元をふらふらさせて、中には足が攣ったりしながら水浴びに向かう。

残された同行の兵士には、引き続き翌日の準備と装備の引き渡し、作戦での注意点の説明等が行われる。


「まずは明日だが、朝の7時までに街の正門に集合となる」


「8時に領主から声明があり、その後に出立となる」


「着替えは各自で準備となる

 武器は支給されるショートソード

 防具はレザーアーマー

 背嚢には食料と水、薬草、ポーション、包帯等が入っている

 各自中身を確認するように」


ギルバートと元から装備を自前で持っている者は自分の装備を確認し、隊長に確認をしてもらって許可を得た。

中にはブロードソードを持った者も居たが、慣れた武器でよいが管理と使う際の注意を受けていた。

ショートソードに比べると、幅広なブロードソードの方が重量があり、威力も高い。

ただ、幸いにも攻撃範囲は同じぐらいなので、同じ間合いでも大丈夫と判断された。


鎧に関しては銅製の鎧や鉄製のスケイルアーマーを持つ者も居たが、隠密性や移動の速さを考慮してレザーアーマーで統一となった。

金属製の鎧の方が丈夫だが、重さで動きが遅くなるし、金属がぶつかった音や擦れた音で敵に見つかる可能性がある。

その為に、歩兵はレザーアーマーが支給されている。

コストを掛けたくないからではないのだ。


「オレのスケールアーマーはあまり重たくないんだがな」

「だが、音がするのはマズいだろ?

 変に目立つと敵の的になるぞ?」

「それは嫌だな」


背嚢の中身も確認され、各自で足りない物が無いか確認される。

一応、支給品以外にも各自で持って行って良いが、あくまで重量に負担が掛からない範囲でだ。

大人はワインや予備のポーションの許可を申請した。

ギルバートも自分の持っているポーションを持って行こうと許可の申請をした。


「持って行くのは許可するが、自分の荷物は自分で持って行く様に

 持てる範囲で持たないと後で後悔する事になるからね」


その後も、何点か行軍の注意が伝えられ、その後に解散となった。


「明日に疲れを残さない様に今日はしっかりと休む様に

 では、解散」


こうしてギルバート達も食事に向かう為に、先ずは水浴びへ向かった。

一部修正して、後半を書き足しました

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