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聖王伝  作者: 竜人
第七章 王都での生活
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第179話

アーネストは困惑していた

幸いな事に、ギルバートはその雰囲気には気付いていなかった

周囲の騎士や衛兵は気付いていなかったが、メイド達は熱を帯びた視線を向けていた

それはギルバートやアーネストを見ているのではなく、二人が並んでいる光景に向けられていた

それはまるで、若い二人の恋人に向けられる様な生暖かい視線であった

メイド達の視線の意味は、二人が友達以上の関係と邪推していた為だ

勿論、通常ならその様な勘繰りはしないのだろうが、二人が貴族とその従者という事が問題だった

貴族の中には、見目が良い者をその様な目的で傍に置く者も多い

それに、ギルバートほどでは無いが、アーネストも見た目はそれなりの少年だった

年若い見た目も可愛い少年二人が、仲良く談笑しているのを見て、色々と妄想していたのだ


アーネストはメイド達の視線に、その様な感情が籠っている事を感じていた。

それはメイド達が会話していた事で、変な教育を受けてしまったからだ。


うちのメイドのせいで、この視線の意味が分かるとは皮肉な事だな


アーネストは溜息を吐きながら、視線を目の前の御馳走に戻した。

そこにはボアの肉のステーキと、秋野菜を盛り付けたサラダが並べられていた。


「どうした?

 食欲が無いのか?」


ギルバートは隣のアーネストの方を向いて、ステーキを頬張りながら聞いて来た。

その様子にメイド達の目が輝いている。


はあ

だからそういうのは止めろよ


しかしギルバートは気が付いていない。

と言うか、男女の恋愛の機微も気付かないだろう。

そう思っていたから、アーネストは無難な答えをした。


「大丈夫だ

 少し考え事をしていただけだ」


周りのメイド達の花畑な頭の中に、どうすれば好いのか考えていただけでがな


そう思いながら、メイド達に視線を向けない様にしていた。


メイド達はメイド達で、バレていないと思っているのか、顔を上気している者も居た。

ギルバートとアーネストを使って、危ない主従関係の妄想をしているのだろう。

だから室内に、会話を盗み聞きする魔道具を仕込んでいたのだ。

そんな変な妄想をされているとも知らずに、ギルバートは暢気に夕食を楽しんでいた。


夕食の後に、アーネストはエリザベートとすれ違った。


「ふん」


エリザベートは汚い物を見る様な視線を向けていた。


これはどうやら、メイドから良からぬ噂を聞いているのではないか?

それで余計に、二人の事を毛嫌いしているのでは無いだろうか?


アーネストはそんな気がしたが、弁解するのは止めておいた。

何故なら、下手に話すと藪蛇な可能性もあるし、言い訳と取られ兼ねないからだ。

二人はそんな仲では無いし、いずれ誤解も解けるだろう。

それならば、下手な事を言うよりも、そのまま放置した方が良いと考えたのだ。


食事が終わってから、アーネストは葡萄酒の瓶を持って部屋に戻った。

それを見ながら、ギルバートも自室に向かった。

先程の件もあったので、一応部屋の中を調べてみる。

それらしい不審な魔道具も見付からなかったので、安心してベッドに寝転がった。

そうして横になりながら、ふとこれまでの事を思い出していた。


明日はリュバンニに向かい、バルトフェルドと会談をする事になる。

そこにはバルトフェルドの息子で、フランドールを信奉する少年、フランツが居るだろう。

少年はフランドールに憧れているので、フランドールを倒したギルバートを嫌っていた。

最終的には仲直りはしたと思っているが、また顔を合わせたら突っ掛かって来る可能性もある。


まあ、そうなったらそうなったで、今度は勝負を受けても良いだろう

問題はフランツよりも、魔物が現れないかが心配だ


今のところはボルの南西にしか現れていないが、アーネストの話では他にも居そうだ。

そうなれば、リュバンニに滞在している間に、周辺に現れる可能性もあるのだ。

近くに現れれば、最悪でもギルバートとアーネストが対処すれば良い。

国王からは注意はされていたが、周辺に出たなら討伐に出ても言い訳は出来るだろう。

しかし遠い場所であったら、バルトフェルドが討伐に向かわなければならない。

ゴブリンやコボルトなら良いが、オーガほどの魔物が出れば、バルトフェルドでも危険だろう。


魔物も心配だが、ノルドの町はどうなっただろう?


二人が王都に向かう途中に、立ち寄った砦の中に作られた町。

そこはダモンという男が支配する、自治領の様な町になっていた。

彼はアルベルトに反発して、無断で砦を町にしていた。

そしてアルベルトが亡くなった今、ダーナを狙って軍備を整えていた。

彼はダーナの領主代行になったフランドールを侮り、内戦を起こした。


一方で、ダーナでもフランドールが軍を立てて、ノルドを奪還しようと攻め込んだ。

今のところ届いている情報では、ノルドの森の中で、フランドールが町を囲んでいるそうだ。

しかし王都からの仲裁の伝令は無視されて、両軍が小競り合いをしている。


ダガー将軍が仲裁の為に、竜の背骨山脈に向かったのだが、そこへ魔物が現れていた。

それが無ければ、将軍は山脈を越えて、両軍を仲裁する為にノルドの町に向かう予定であった。

しかし魔物が居る為に、将軍は村や町を守る為に、魔物の討伐を優先する事となった。

魔物が討伐されない限りは、将軍も安心して山脈に入れないだろう。

それに、ゴブリンとはいえ、慣れていない軍では魔物の討伐にも手こずりそうであった。


フランドール殿が本当に、反抗するダモンを押さえる為に行軍したのなら問題は無いが…

どうにもそうには思えないんだよな

むしろ、この機に乗じてノルドを、攻め落として軍備を整えようとしている様なんだよな

それもダーナを守る為ではなく、王都に対抗する為に行っているみたいなんだよな


アーネストの報告が無ければ、ギルバートもそこまでは考えていなかった。

しかし、アーネストが調べただけでも、フランドールの行動は怪しかった。

ギルバートに対する態度もだが、王都との連絡を怠ったり、邪魔をしている気配があった。

勿論、王都側にも妨害する者が居たのだが、それでも王都に連絡が行っていないのは不自然だった。


もし…

フランドール殿がアーネストが言うような、選民思想に被れていたら

ダーナの住民に支持されない事に焦りを感じていたら

確かにノルドを落として、町の収益を上げようとするのも納得がいく

しかし、だからと言ってノルドを攻めるのは筋違いだろう


そうは思うのだが、ダモンの元へ向かった時に、彼は確かに言っていた。

フランドールが町を寄越せと言っていると呟いていたのだ。


それに、ダモンの様子もおかしかった

どちらか一方でも、内戦が起きそうな雰囲気だった

それが両方が軍を立てて、住民を無視して内戦を起こすだなんて


内戦を起こしたら、王都から軍が差し向けられるのはフランドールでも予想は出来ていた筈だ。

それでも軍を起こしたのは、王都に従う気が無いという意思表示に取られても仕方が無い。


それを承知で、両軍は軍を起こしているのだろうか?


今のところは、ダーナ軍がノルドの町を囲んでいるが、ダーナに攻め込まれる可能性も無くは無いのだ。

それを思うと、ダーナに侵攻された時には、意地でもダーナに向かいたいと思っていた。

それはダーナの住民が心配でもあったが、何よりも家族の事が心配だったからだ。


「セリア、フィーナ

 元気にしているかな?」


母も心配だったが、妹の事も気になっていた。

既に王子と公表されたので、彼女達は妹では無くなったのだが、心の中では今でも妹であった。

だから兄として、二人の身を案じていた。


「フィーナは…

 フィオーナはフランドール殿の婚約者になる予定だが、それでも決まったわけでは無いから

 ここでフランドール殿が心変わりしたら…」


本心では、アーネストが名乗り出てくれるのが嬉しいのだが、まだ叙爵が行われていない。

それに、フランドールが内戦を行っている今、フィオーナを人質に取り兼ねなかった。


それから、もう一人の妹を思い出す。

セリアは元々、孤児として引き取っていた。

だから血の繋がった妹では無いのだが、本当の妹として可愛がっていた。

何を考えているのか分からないところもあったが、可愛くて守ってあげたくなるのだ。

そんなセリアの事を考えていると、以前に感じた疑問が再び思い出された。


「そういえば

 精霊女王…」


以前に魔物の侵攻の折に、アモンと戦った時の事だった。

ギルバートは封印が緩んだ事で、内に封じられていたギルバートの魂と対峙した。

彼は殺されて自由を奪われた恨みと、父を目の前で失った憎しみに囚われていた。

そうして憎悪に突き動かされたギルバートを、精霊女王という謎の少女が救ったというのだ。

ギルバートはギルバートの魂と対峙していたので、精霊女王の姿は見えていなかった。

しかしその雰囲気は、どこか妹のイーセリアに似ている気がしていた。


「精霊女王

 彼女は何者なんだろうか」


アーネストは何か知ってそうだが、何も教えてくれなかった。

だからこそ、雰囲気が似ているセリアを見ていると、彼女が関係している気がしていた。


「そういえば、セリアは庭の花に好かれていたな」


セリアがやって来てからは、庭の花がよく咲く様になっていた。

不思議な事に、セリアも庭を好んでよく遊んでいた。

その時は気にしていなかったが、よくよく考えてみればそうとしか思えなかった。


「まさか…な?」


ギルバートがそんな事を思っている頃、セリアは庭の花を前に微笑んでいた。

フィオーナは母の手伝いをして、家事を覚えようとしていた。

貴族とはいえ、家長を失った今では、侍女も居ないので家事も自分達でしなければならなかった。

しかしセリアは、まだ子供だからと手伝いはしていなかった。

それは身長が低かった事もあり、皿洗いや料理をするのも難しかったからだ。

その為に、セリアは庭の花や畑の世話をしていた。

今日も庭に出て、鼻歌を歌いながら畑で世話をしていた。


「ふんふんふ~ん」


上機嫌のセリアの周りでは、小さな光が幾つか、寄り添う様に飛んでいた。

それは青白い光と、淡い黄色の光を明滅させながら、ゆっくりと飛んでいた。

その様子を魔術師が見たなら、精霊だと気が付いただろう。

しかし妖精達は、人前では姿を現さなかった。

嘗ては人前にも現れていたが、人間に狩られた事から警戒して、今では滅多に姿を見せなかったのだ。


今夜もセリアしか居ないのを確認して、セリアの周りに集まっていた。

それはフィオーナも知らない事で、セリアはどうして姿を隠すのかを知らなかった。

知らなかったが、見られたくないという事は感じていたので、その事を特に気にしてはいなかった。


足元にも小さな小人が現れて、一生懸命に水遣りを手伝っている。

こうして小さな友人が現れては、セリアを影ながら手助けしていた。

これだけ精霊に愛される者は珍しく、アーネストが見たら精霊女王と結び付けていただろう。


しかしセリアは、精霊女王に比べると背も低く、発育も大分遅れていた。

だから、彼女が精霊女王と言われても信じる者は居なかっただろう。


「みんなありがとう」


一仕事終えて、小人は地面に潜って消えた。

飛んでいた精霊も、輝きながら消えて行った。


「早く咲かないかな

 そうしたら、お兄ちゃんも帰ってくるよね」


セリアはそう呟きながら、花のつぼみを優しく撫でる。

撫でられたつぼみは、淡く輝いてみせた。


「セリア

 ごはんだよ」

「はーい」


セリアは姉の声を聞いて、元気よく返事を返した。

お気に入りのじょうろを抱えると、小走りで家に向かった。

そこには大好きな姉と母が待っていて、夕食を用意してくれている。


「さあ

 手を洗って来なさい」

「はい」


手を洗ってから、三人で夕食の席に着く。

それから女神様に感謝の祈りを捧げてから、夕食を取り分けた。


秋野菜のスープと少し固くなったパンが置かれる。

野鳥の肉が切り分けられて、二人の前に置かれた。

食事をしながら、フィオーナが母親と会話をしていた。


「フランドール様は、今頃ノルドに着いているかしら?」

「そうね

 将軍も着いているから、無事だとは思うんですけど」


ダーナの住民には、今回の行軍の真意は伝えられていなかった。

ノルドの森の鉱山を視察するのだが、魔物に襲われない様に軍を率いて行くと伝えられていた。

しかし実際は、ノルドの町を攻め落として、鉱山を占拠する為の行軍なのだ。

それを告げたなら、住民からは反対されるだろう。

だからフランドールは、真相を隠して進軍していた。


そうとは知らないフィオーナは、早くフランドールに帰って来て欲しかった。

進軍する前夜に、フランドールが婚約を匂わす言葉を告げていたからだ。

アーネストを意識はしていたが、年上のフランドールに求婚されたらと思うと、フィオーナはすっかり舞い上がっていた。


「早くフランドール様

 戻って来られないかしら」

「あら?

 あの話?」

「ええ」


「私達の将来の事で、大事な話があるって」


フィオーナはニヤニヤしながら、スープの野菜をフォークで突いていた。


「でも、まだ違うかもしれないわよ?」

「もう

 将来の事って言ったら、婚約しか無いでしょう?」

「でも、あなたとフランドール様ではあまりに年が…」


それは当たり前の心配だったが、すっかり乙女になっているフィオーナには聞こえていなかった。


「大丈夫よ

 だって貴族の間では、それぐらいの年齢差は当たり前でしょう」

「それはそうですけど

 大丈夫かしら?」


フランドールとの婚約に舞い上がるフィオーナと、それを心配そうに見ているジェニファー。

その横では、スープを飲みながらセリアが呟いていた。


「お兄ちゃん

 早く帰って来ないかな」


ダーナの夜は、静かに過ぎて行った。

まだまだ続きます。

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