第174話
ギルバートは護衛の兵士達を連れて、街中を歩いていた
結局兵士の訓練も出来なかったので、こうして王都の街中に出たのだ
王都の街には魔道具屋もあり、商品は充実していた
しかし便利な点火や暖房の魔道具はあるものの、戦闘に向いた魔道具は無かった
と言うより、魔物を素材にした魔道具自体がほとんど無かった
ここはダーナではないので、魔石や素材になる様な魔物が居なかったのだ
魔道具屋には、簡単な魔道具しか置いてなかった
それは魔石がゴブリンからでは滅多に取れず、コボルトでも稀だったからだ
魔石を使わない魔道具となれば、大した物は作れない
それだから魔道具屋には、数はあっても大した物は並んでいなかった
「便利な魔道具はあるけど…」
「どうされました?」
「いや、何でも無いよ」
ギルバートはそう言うと、次は鍛冶屋に向かってみた。
しかしそこは本当に鍛冶屋で、武器等は置かれていなかった。
「あれ?
武具は売られていないのかい?」
「え?
ああ
お客様は王都は初めてですか」
「はあ…」
「王都では武器等は売られていないんですよ」
「え?」
「武器なんぞ街中で売っていたら物騒でしょう?」
「そりゃあそうでしょうが…
冒険者はどうしているんですか?」
「へ?」
「殿下」
兵士が小声で説明をしてくれる。
「王都では冒険者は、ギルドの専属の鍛冶屋に依頼をします
一般の鍛冶屋は、普通の金物を作っているだけですよ」
「え?」
ダーナでは鍛冶屋の数も少ない。
だから武器を作る鍛冶屋と、一般の金物を作る鍛冶屋が一緒に仕事をしているのだ。
そもそも街中で武器を売っていても、それを使って悪事を働く様な者が少なかったのだ。
「ダーナでは街中でも、武具職人や武器を扱う鍛冶屋が居ましたよ
それに店先の武器を使って、悪事を働く様な者は…」
「そうですね
ここでは多くの人が歩いています
その中には、スラムから出て来た者や、犯罪者が居るかも知れません」
「犯罪者?」
「ええ」
「こうした大きな街になると、犯罪者も増えます」
「それにスラムに住む者は職も無く、食い詰めて犯罪に手を染める者もいます」
それはダーナではあり得ない事であったが、王都ではよくある事であった。
街が大きくなるにつれて、仕事を上手く出来ない者や、仕事で失敗して破産する者も出て来る。
そうした者が安易に犯罪に走ったり、スラムで食う物にも困っているのだ。
「スラム…」
「ええ
国王様も政策を立てていますが、全ての者を救えるわけではありません」
「中には違法な商売に手を出したり、騙されて借金を背負う者も居ます」
「そうした者達が、食い詰めてスラムに集まるのです」
中には孤児も居て、教会や養護院でも収容しきれていない。
イーセリアも王都に連れて来られていたら、そうした孤児になっていたかも知れない。
そう思うと、ギルバートは悲しく思うのであった。
「殿下が責任を感じる必要はありません」
「そうですよ」
「こうして人が増えれば、どうしても貧富の差が出るものです
そうして貧しい者は、生きる事も困難になります」
兵士達は慰める様にそう言うが、恵まれた生活をしてきたギルバートは、ただただ自分を恥じるだけであった。
苦しんでいる子供達が居るのに、自分達は贅沢な暮らしをしている。
そこに何の差があると言うのか?
「知らなかったとは言え、私は恥ずかしいよ」
「とんでもない」
「殿下はその分、私達の暮らしを守る責務がございます」
「貴族や王族というものは、そうして人々の暮らしを守って行くのです
ご自分が為さる仕事に、責任と自信をお持ちください」
兵士達にそう言われて、ギルバートは少しだけ気が楽になった。
しかしこの話が、後にギルバートの心を大きく動かす事になる。
「もう少し、街を見て行かれますか?」
「そうですよ
ここより楽しい場所はたくさんあります」
「演劇や闘技場
花や雑貨を扱った店もありますよ」
「そうですよ
あっちの通りには、旨い屋台が並んでいますよ」
兵士達は何とかギルバートの気分を良くしようと、色々な店を上げてみた。
中には旨い屋台が集まる通りも上がったが、ギルバートは遠慮をした。
たった今、食う物も困る子供達が居ると聞いたばかりだ。
とてもじゃないが、それを食べに行こうとは思えなかった。
「おい、少しは考えろ」
「そうだぞ」
兵士達は、食いしん坊な兵士を詰った。
しかしギルバートは、そんな兵士達を見て心配は掛けられないと思った。
「そうですね
もう少し回ってから、帰りましょうか」
ギルバートはそう言うと、養護院のある教会を案内してもらった。
そこは王都の教会の一つで、商業区と職人街の中間に位置していた。
小さな教会の敷地に、あまり大きくない建物が建っていた。
「ここの施設は、姫様の提案で建てられました」
「暇様?」
「はい
マリアンヌ様が凍える子供達を見て、せめて眠れる場所を作ってくれと仰ったのです」
「姫様は自己満足だと仰っていましたが、子供達は喜んでいました」
「この辺りで疫病が流行った為に、孤児がけっこう増えたんです
それで視察に着いて来られた姫様が、国王様に仰ったんです」
ギルバートはマリアンヌが養護院を建てさせたと聞いて、素晴らしいと感心した。
確かに少数の子供しか救えないので、自己満足と言う者も居るだろう。
それでも、何もしないよりはよっぽどマシだ。
「国王様も心を痛めておられて、子爵に命じて孤児の保護をさせていました」
「国王様が…」
「はい」
「ベルモンド伯爵の様なクズ貴族も居ますが、まともな貴族も居ます
中には自領にそういった施設を建てる者も居ますよ」
それを聞いて、ギルバートは少しは気が楽になった。
確かに全ては救えないが、少なくとも少数でも救おうとしているのだ。
今はそれで、満足するしかないのだろう。
養護院からは子供達の明るい声が響き、周辺の老人達がその様子を見守っていた。
ダーナとは違っているが、それでも救われている者がいるのだから、そこは目を瞑るしか無いのだろう。
「子供達の声が聞けて、安心しました」
「殿下」
「帰りましょう」
「はい」
護衛の兵士を伴って、ギルバートは王城へと目指した。
時刻は夕刻が近付いていて、日は既に沈んでいた。
最後の夕日の残滓が、王城を暖かい朱に染め上げていた。
ギルバートが王城に戻ると、ちょうどドニスと宰相が出迎えに出て来た。
二人は礼をすると、国王が呼んでいると告げた。
「ギルバート様、お帰りなさいませ」
「国王様がお呼びです
どうぞこちらへ」
宰相が先頭に立ち、国王の執務室へと向かった。
そこでは扉が開かれていて、中から女の子の声が聞こえて来た。
「だから!
あんなのが兄だなんて、私は認めないわ」
「ベティ!」
小さな女の子の声が癇癪を起し、それをもう一人の女の子の声が窘める。
しかし小さな女の子の声は、ますますヒートアップして行く。
「兎に角、私はあんな人は認めないわ
フランドール様の様な方ならともかく、あんな田舎者」
そう癇癪を起すと、小さな人影が飛び出して来た。
その少女はギルバートをキッと睨んだ後に、足音を立てながら走り去った。
「えー…と?」
ギルバートは困惑しながら宰相とドニスを見た。
二人は肩を竦めると、苦笑いを浮かべて答えた。
「国王様から姫様との面会の話が出ていたんですが…」
「どうやらエリザベート様の悪い癖が出た様で…」
宰相はそう言うと、執務室のドアをノックした。
「ギルバート様をお連れしました」
「ああ
入ってくれ」
部屋に入ると、そこには国王夫妻と少女が一人居て、気まずそうにしていた。
「今の少女は…」
「ああ
下の娘のエリザベートじゃ
我が儘に育ってしまってお恥ずかしい」
国王はそう言うと、困った様な顔をした。
「すいませんね、妹が失礼な事を言って」
少女がすまなそうに呟いて、頭を下げて来た。
それにはギルバートも慌てて、そんな事はしなくて良いと言った。
「良いんだ、気にしていないから」
「でも、やっと会えたお兄様を…」
「いや
私が田舎臭いと言われるのは仕方が無い
何せ実際に、私は田舎のダーナで育ったんだから」
「いいえ
お兄様が田舎者だなんて、そんな…」
ギルバートは落ち込んでいたが、マリアンヌはそれを慰める様に言った。
「エリザベートはフランドール様を敬愛しています
ですので、そのフランドール様を負かせたというお兄様が許せないのです」
「フランドール殿?」
「ええ」
またここで、フランドールの名前が挙がった。
王都の子女子には、それだけフランドールが英雄扱いされているのだ。
なんせ王都の近くにゴブリンの群れが現れた時に、先頭を切って立ち向かったのだ。
始めて見る恐ろしい魔物に立ち向かう騎士が、英雄に見えたのだろう。
その為に、一平民の騎士だったフランドールは、一夜で貴族に叙爵されたのだから。
「確かにフランドール殿はお強いですが、それは騎士としてでしょう?
魔物と戦った経験が少ないのですから、私が勝てたのも当然でしょう
今戦えば、結果は違うかも知れませんよ」
「そうでようね
ですがエリザベートとしては、それでも許せないのでしょう」
「そうですか…」
ギルバートが尚も落ち込んでいるので、国王は話題を変える事にした。
「さあさあ
そんな事は置いといて
こちらがワシの娘、長女のマリアンヌじゃ」
国王に紹介されて、マリアンヌはスカートの裾を持ってお辞儀をする。
「マリアンヌ・クリサリスです
お兄様、よろしくお願いいたします」
「あ、ああ
私はギルバート・クリサリスだ」
ギルバートも右手を胸の前に当てて礼をする。
二人が挨拶を済ませたのを見計らい、ハルバートは紹介を始める。
「マリアには先ほど話したが、この子はお前の妹になる」
マリアンヌが頭を下げて、改めてギルバートの方を見る。
「お父様から伺う前に、私達は知っていましたわ」
「何?」
「お兄様の帰還を告げる使者が、お兄様の事を教えてくださったの」
「あいつ等…」
国王は渋い顔をしていたが、別に秘密にしていたわけでは無いので、特に咎めはしなかった。
「それに…」
「それに?」
「ベティと私は城門の所で会いましたのよ」
「え?」
これにはギルバートも驚いていた。
城門で会っていたのはエリザベートだけだったからだ。
「お兄様が荷物を降ろされた馬車
あそこには私も居ましたのよ」
「え?
気が付かなかった」
「ふふ」
マリアンヌは悪戯が成功した様に、楽し気に笑った。
「では、挨拶はまだだったわけだな?」
「ええ」
「この度は王都へのご帰還、お疲れさまでした
これからはここを我が家と思って、ゆっくり逗留してください」
マリアンヌはまるで自分が主人の様に振舞い、歓迎の言葉を伝えた。
「マリア
それはワシの言葉じゃ…」
「あら?
お父様はまだ仰っていなかったの?」
「うむむむ…」
娘に一本取られて、国王は難しい顔をしていた。
「有難きお言葉、感謝いたします
つきましては、この不肖ギルバート、王国の剣となり盾となり、国民を守りましょう」
ギルバートは跪くと、騎士の宣誓を真似て頭を下げた。
「あら?
お兄様はちゃんと騎士の挨拶もできますのね
もう、ベティにはよく言っておかなくては」
「はははは
私が出来るのは、精々このぐらいです
後は学校とやらに行って、教えを請わねばなりません」
「それだけ出来れば十分ですわ」
マリアンヌは嘆息しながら首を振った。
実際に王都の貴族と言っても、礼儀をしっかり出来る者は少なかった。
礼儀自体は知っているものの、それを実践するだけの思慮が足りないのだ。
なんせ、多かれ少なかれ、選民思想に感化されている者が多い。
だから王族の前でも、儀礼を正しく行える者は少なかった。
「まあまあ
マリアは既に学校に通っており、中等部に所属しておる
ベティはまだ初等部を卒業しておらんがな」
「お兄様なら、すぐに高等部に上がれますわ」
「初等部?
高等部?」
「ええ
初等部が幼年向きで4歳から8歳ぐらいまでの基本的な教育です
文字の読み書きや算術、王国の歴史等を学びます」
「そうしてある程度の学業を修めたら中等部じゃ
中等部は社交界について学び、マナーや常識を身に着ける
大体8歳から12歳までじゃな」
マリアンヌの国王が説明をして、ギルバートは頷いた。
「それで…
高等部というのは?」
「実践教育ですわ」
「貴族なら領地経営や自領を守る為の剣術等を学ぶ
しかしお前には、剣術は必用無さそうじゃな」
「ええ
寧ろ貴族のマナーの方が重要です
それに領地経営に関しても、父上…
アルベルトは教えてくださりませんでした」
「ううむ
それはな…」
「私が頼みましたの」
ここでエカテリーナが話しに入って来た。
「アルベルトにお願いして、成人したら王城に戻す様にお願いしたの」
「エカテリーナ様…」
「私が浅はかでしたわ
アルベルトもあなたを、我が子の様に可愛がっていたのに
私は早くあなたの顔を見たくて、ハルに無理を承知でお願いしたの」
「お母様…」
エカテリーナは涙を流し、ギルバートの前へ進んだ。
「私を
私を母と呼んでくれないのね」
「エカテリーナ様」
「そうよね
あなたからしたら、一度は捨てられた身
それに父と慕っていたアルベルトから、無理矢理引き離しましたものね」
「いえ
決してそういうわけでは…」
「では
何故私を…」
「すいません
もう少し時間をいただけませんか?
まだ心の整理がつきません」
「そうじゃな
いきなり本当の家族と言われても、この子も困るじゃろう」
ハルバートはそう言うと、優しくエカテリーナを抱き締めた。
それで押さえ切れなくなったのか、エカテリーナは泣きながら国王の胸に縋った。
それを見て、マリアンヌも涙を押さえられなくなった。
まだ8歳の少女なのだ。
いくら姫君と言われても、涙は我慢が出来なかった。
「え、えー…と」
ギルバートはただただ焦って、その場で狼狽える事しか出来なかった。
まだまだ続きます。
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