第171話
王都へ朝日が差し込む
貴族用の貴賓室で眠っていたギルバートは、眠い目を擦りながら辺りを見回す
見慣れない部屋に暫く呆然として、それから自分が王都に居る事を思い出す
今日から騎士達の訓練を見る事になっている
それを思い出しながら、身支度を始めた
執事のドニスに案内されながら、ギルバートは食堂に向かった
そこには既に、国王と王妃が待っていた
朝から食堂には豪華な食事が並んでおり、ダーナとの差を感じられた
籠に盛られた焼き立てのパンと、薄く焼かれた豚肉に卵が載せられている。
サラダも大盛りの皿に乗せられていて、そこから好きなだけ取れる様になっていた。
デザートには季節の果物や木の実が盛り付けられている。
正直なところ、こんなに贅沢をして大丈夫かと心配であったが、これも国の力を示す為には必要な事であった。
「朝からこんなに…」
「はははは
本当は料理人も、もっと腕を振るいたいそうじゃ
しかしワシからも話して、これでも控え目にしておる」
「そうですよ
食事がしっかりと出来るのは、国がしかりとしている証
ここでケチっていては、貴族達から反発も起きますからね」
王妃もそう言って、優しい目でギルバートを見詰めていた。
ギルバートはその視線に照れながら、そんな物なのかと納得しようとしていた。
そこへ泊まり掛けで滞在している貴族も集まり、賑やかな朝食が始まった。
その席にはアーネストも同席している。
まだ領地を与えられていないので、当面はここで寝泊まりする事になる。
「部屋の状態はどうかね?」
「はい
快適に過ごさせていただいております」
「そうか
夕刻か明日にでも、王子の為の部屋が用意出来るそうだ
それまではすまないが、客室で我慢してくれ」
「いえ、とんでもないです
今の部屋でも、ダーナの自室よりも快適です」
「そうか、そうか」
それはお世辞では無く、本当の話であった。
ダーナの領主邸宅も立派だったが、石造りの建物に木製の家具があるだけだ。
それに比べると、ここの建物は石造りの中に木の壁が張られて、そこに家具が設えられている。
そうする事で気密性を上げて、外気の寒さを緩和出来るのだ。
また、ベッドに使われている布団にも差が出ていた。
王都の家庭でも、藁と羊毛を混ぜて布団を作っている。
しかし貴族の寝室では、羊毛と野鳥の羽毛だけで作られている。
この違いだけで、柔らかさも暖かさにも差が出ていた。
「今日からここが、あなたのお家になるのです
遠慮などせずに居てくださいね」
王妃はそう言って、優しい眼差しを向けていた。
王妃からすれば、やっと自分の息子に再会出来たのだ。
公式の場でなければ、抱き締めたいとまで思っていた。
しかしギルバートの気持ちを聞いていたので、ぐっと我慢をしていた。
事情を知らずに長く離れていたのだ。
今さら両親と言われても、気持ちの整理が付かないのだろうと堪えているのだ。
それでもその眼差しには、母として子供に愛情を注いでいた。
「ところで、姫君の姿が見られませんが?」
「おお
そうじゃったな」
国王は思い出した様に頷くと、事情を話し始めた。
「実は娘達は、学校に行っておる
貴族の学校は商業区にある
そこは全寮制じゃから通いではないのじゃ」
「あなたからの便りが届いていなかったので、まだ戻っていないの
ごめんなさいね」
「いえ
そいう事情でしたら…」
使い魔が届いていなかったので、ギルバートの到着は急な事となった。
その為に連絡が遅れて、姫達はまだ寮に居るのだ。
「休みが貰えれば帰って来るじゃろう
その時は会ってやってくれ」
「はい」
アーネストはその会話を聞きながら、複雑な顔をしていた。
ギルバートが妹が居ると聞いて、興味を持つのは仕方が無い。
ましては姫君と言うからには可愛い女の子だろう。
しかし当の姫君達からすれば、急に兄が出来るのだ。
ややこしい事にならなければ良いのだが…。
アーネストはそう考えながら、柔らかい焼き立てのパンを齧っていた。
朝食が終わると、国王は謁見の間へ向かった。
そろそろ時刻は9時になるので、貴族達が登城する時間なのだ。
王妃も今日は、国王と共に謁見に参加する。
二人が去ったのを見て、ギルバートも席を立った。
ドニスに案内されながら、騎士達が待つ修練場へ向かう。
今日は訓練なので、武装はしていない。
「お部屋の状況はどうですか?」
「快適ですよ」
「そうですか
飾りたい絵画や家具がございましたら、お申し付けください」
「そうですね…
向こうではよく、妹達が庭の花を摘んで飾ってくれていました
何か良いのがあれば、花瓶にでも入れて置いてください」
「畏まりました
後で侍女にでも相談しておきましょう」
ドニスはそう言って、修練場の入り口で引き返した。
ここからはギルバート一人で向かう事になる。
昨日は腕の差を見せつけて、騎士達に恐れられていた。
果たして騎士達は、訓練に来てくれているだろうか?
恐る恐る入り口を開けて、中を覗いて見る。
そこには70名ほどの騎士が居て、必死に木剣を振っていた。
「せやあああ」
「ふん」
一心不乱にスラッシュの型を繰り返し、スキルを身に着けようとしている。
しかし型を繰り返すだけでは、スキルの修得は出来ない。
そこに関しては、本では書かれていなかった。
ギルバートは昨晩、その辺も含めてアーネストに聞いてみた。
アーネストの回答は簡単な物だった。
あまり開示しては、騎士団が強くなり過ぎる。
そうすれば周辺国から、クリサリスが危険視されるだろう。
そこは宰相の意見と一緒だった。
その上で、先ずは身体強化をベースに訓練して、それからスキルを訓練させる様にと言われた。
理由は教えてくれなかったが、アーネストなりの考えがある様子だった。
だからギルバートは、先ずは身体強化の指導から入ろうと思っていた。
「殿下がいらっしゃたぞ」
「王子が?」
騎士の一人がギルバートに気付いた。
騎士達は集合して、一斉に列になって並んだ。
「殿下
お越しいただきありがとうございます」
騎士達は敬礼をして、ギルバートを出迎えた。
ダーナでは同等に扱われていたので、これは新鮮であった。
「訓練を指導していただけるという事で
先ずはどういった事から教えていただけるんでしょうか?」
騎士から聞かれて、ギルバートは思案した。
昨日の話や、先ほどの訓練の様子から、スキルはまだまだ身に着けられそうに無かった。
「先ずはスキルの訓練の前に、身体強化について説明しようと思う」
「身体強化ですか?」
「ああ」
「身体強化と聞いて、みなは何を想像する?」
「そうですね
昨日の殿下の様子から、筋力が上がるのかと?」
「そうだね
筋力も上がるね」
「筋力も?」
「そう言うと?
他にもあるんですか?」
「ああ
例えば脚に加えれば、走る速さが上がる」
「おお」
「それから、力の加え具合で防御力も上げれる
腕や上半身に力を加えれば、衝撃にも耐えれるからね」
「なるほど…」
騎士達に簡単な説明をしたところで、具体的な話をする。
「昨日、隊長にはお話ししたが、身体強化とは魔力を使う事になる」
「魔力ですか?」
「しかし我々は、魔力が少ないので騎士になっております
とても魔術師の様には魔法は使えませんが?」
「魔法を使うんじゃないんだ
魔力を使うんだよ」
そうは言っても、騎士にはいまいち理解は出来なかった。
「そうだな…
魔道具を使う時、魔力を流すよね?」
「はい」
「それを自分の身体に流すんだ」
「そうは仰いましても…」
「隊長も仰ってましたが、魔力を流すという事が、そもそも理解出来ません」
騎士達の言葉に、ギルバートも困っていた。
確かに自分の身体に魔力を流すという事は、言うほど簡単では無かった。
その感覚が理解出来れば簡単なのだが、理解するまでが難しいのだ。
「うーん
どう説明すれば良いのか…」
ギルバートは取り敢えず、宿舎から燭台を持って来させた。
それは魔道具になっていて、緊急の時に魔力で火を点せる道具であった。
これに火を点す事から始めてみる。
「こうして…火を点すだろ?
それを腕までに留めるんだ」
「腕まで…ですか?」
騎士達は顔を顰めて、苦心して試してみる。
しかし難しい様で、すぐに火が点るか、魔力を通せずに力んでしまっていた。
そのうちに魔力不足になり、頭痛で顔色が悪くなる者も出始めた。
「殿下
魔力不足で苦しんでいる者も居ます
この訓練はここまでにしましょう」
「いや
この訓練はここからが本番だ」
「え?」
「魔力が少なくなると、身体が危険を察知して頭痛が始まる
それでも魔力を使い続けると、魔力枯渇で昏倒する
これが常識だよね?」
「はい」
「しかし、それでも無理して魔力を出そうとすれば、命を落とす可能性もある
これは魔力の元となる、マナという生命エネルギーが削られる事で起こる」
「マナ…ですか?」
これは騎士達も知らなくて、魔術師の極一部が知っている知識だ。
それを教えた上で、さらに重要な情報を開示する。
「マナは魔力と違って、全ての生き物に存在する
これが大きいか小さいかで、その生き物の生命力にも差が出る」
「なるほど」
「人間はマナが大きいので、本来はもっと生命力があってもおかしく無いらしい」
「へえ」
「そうなんですね」
ここまでは騎士達も、素直に話を聞いていた。
何せ知らない話ばかりで、興味津々で聞いていたからだ。
「そこで
魔力不足で頑張ると、どうなると思う?」
「それは酷い頭痛がして、最後は昏倒します
殿下も先ほどそう仰いましたよね?」
「ああ
しかしもう一つ、重要な事がある
それは魔力の上限が、僅かながら上がるという事だ」
「え?」
「つまり
毎日鍛錬していれば、疲れるが筋力や体力が上がるよね
それと同様に、魔力を目一杯使っていれば、魔力の量や使い方も向上するんだ」
「そんな事…」
「本当なんですか?」
「ああ
これは既に、ダーナの魔術師ギルドが協力して確認している」
魔力は生まれ持った寮で決まる事が常識だった為、騎士達は衝撃を受けていた。
「それならば
我々も頑張れば」
「ああ
多少は魔法が使えるぐらいの魔力が持てるかも知れない」
「おお!」
「それは素晴らしい」
騎士達は喜んでいた。
それはそうだろう。
魔力がほとんど無いから、身体を使った職業で働いている。
しかし誰しも、幼少の頃は魔術には憧れていたのだ。
それがこの年になって、簡単な魔法でも使えるかも知れないのだ。
「ただし!
先も言ったけど、この訓練は魔力枯渇を起こすだろう
無理をすれば命にも係わる
だから無理はしては駄目だよ」
ギルバートはそう言って、騎士達が無茶をしない様に注意した。
しかし、魔法が使えるかも知れないとなると、どうしても無理する者は現れる。
ほどなくして、数人の騎士が昏倒して倒れた。
「だからあれほど注意したのに…」
「すいません」
「倒れた騎士は暫く起きれないでしょう
それに意識が戻っても、酷い頭痛で苦しむ事になります」
「はい
こいつ等は、今日の仕事には出させません」
隊長は溜息を吐きながら、部下達の様子を見ていた。
その内にほとんどの騎士が魔力切れになり、頭痛で呻き始めた。
頭痛が酷い騎士には、マジックポーションが与えられて、苦いポーションを飲んで呻いていた。
「本当は、自然に回復させた方が良いらしいです
しかし頭痛が酷い者には、ポーションで回復させるしかありません
無理をさせると昏倒しますからね」
「はい」
騎士達が魔力切れになったので、今日の訓練はここまでとなった。
後は回復出来たなら、自主的にスキルの練習をしても良い事となった。
そこでギルバートは、時間が空いてしまった。
時刻はまだ、正午を過ぎた辺りだった。
取り敢えずは昼食を取る事にして、修練場を後にした。
騎士達のほとんどは、その場で呻きながら倒れていた。
ギルバートが去った後に、騎士達は多少は回復したのか昼飯をがっついて食べたと言う。
その後に頭痛が治まった事を良い事に、再び魔力を使う訓練を始めた。
止せば良いのに、再び限界まで魔力を消費してしまった。
体力がある騎士達だったので、頭痛はすぐに治まるが無理をするので再び頭痛に呻く事になる。
こうして夕刻頃には、騎士のほとんどが倒れていた。
「お前達な、少しは学習しろよ」
隊長は意外と冷静だったので、ギリギリまでは攻めなかった。
しかしそれでも、多少の頭痛を感じていた。
部下の騎士達は、既に魔力枯渇に陥っていたので、そのまま宿舎で休まされていた。
「この訓練は厳しいな」
「しかし、頭痛に耐える訓練にもなるので、二日酔いの言い訳は出来ませんね」
騎士の一人が、頭痛に呻く同僚を見てニヤニヤと笑っていた。
彼は酒は飲まないので、普段から二日酔いの同僚に苛ついていたのだ。
「お前、何気に酷いな」
「そうは言いましても、あいつ等酒を飲んでは、二日酔いで頭が痛いとか言ってるんですよ?
それならこの訓練でも、頭痛がするんですから」
「それはそうだが…
明日はお前もするんだぞ?」
「私はそこまでムキにはなりませんよ
ちゃんと考えて、昏倒なんかしませんよ」
騎士はそう言うと、同僚達に食事を運んでやっていた。
口ではあれこれ言っているが、仲間思いなのだ。
騎士達はこうして、数日は頭痛に苦しむ事となる。
しかしそれが、後に魔力上昇に繋がるのだ。




