第170話
ギルバートから聞いた話で、国王は改めて魔物の脅威を考え直していた
今まではギルバートでも戦えたと聞いて、過小評価をしていた
しかし先の模擬戦でも、ギルバートは手加減をしていたのだ
現にオーガの剣を持った時も、騎士達は二人掛かりで抱えていた
それを軽々と振り回すには、それだけの膂力が必要だろう
それを子供のギルバートがしているのだ
それには何か、スキルやジョブに秘密がありそうであった
宰相は先程の話を聞いて、納得が出来ない事があった
それはオークには勝てるが、オーガでは厳しいという点だ
それを考えれば、ギルバートとジョブを得た騎士には差があるという事だ
そこを考えて、宰相はさらに質問をぶつけた
「殿下は確かにお強いです
それはこの眼でも見ました」
「はい」
「しかしそれならば、オーガに勝つにはどうすれば良いのですか?」
「それは…」
ギルバートは少し迷った。
アーネストが伏せている情報がある以上、自分が勝手に話す訳には行かない。
そこで考えながら、答えを返した。
「ダーナでは、オークを始めとして多数の魔物が現れています
それを相手に毎日の様に戦っていました
スキルやジョブは確かに強力です
しかしそれだけでは、魔物に勝ち続けるのは難しいでしょう」
「それはつまり…
スキルやジョブを得るのは、その入り口に立ったという事ですか?」
「はい」
宰相はまだ、ギルバートが何かを隠していると見ていた。
しかしそれでも、ここまでの話を聞く限りでは、オーガにも何とか戦えるという事だ。
先ずはそれを信じて、騎士団の戦力を上げる必要があった。
「殿下のお話を聞く前に、王都でもスキルの確認は行われていました」
「ええ
アーネストも使い魔から、その様な話を得ていました」
「そうですね
そもそもが、スキルはアルベルト殿の報告で得ていました
しかし使えていた者は、ごく少数の者でした」
そこまではギルバートも、フランドールとの会話で確認していた。
しかし使えるだけの者と、修得した者では大きな差がある。
現にフランドールも、最初は使えるだけであった。
「失礼ですが、その方はスキルを使えただけですか?」
「と申しますと?」
「スキルを修得したのなら、天から声が聞こえた筈です」
「天から声?」
宰相は驚き、さっそく騎士団に確認を取らせた。
そこで騎士隊長の一人が、呼ばれて部屋に訪れた。
「隊長のアルミナです」
「すまんな
勤務時間外とはいえ、緊急の要件でな」
「いえ
ちょうど暇をしていまして、修練場に来ていましたから」
彼はギルバートの試合も見ていて、その膂力に驚かされていた。
その王子に会えるのだから、喜んでここに来ていた。
「殿下はあの大剣を、片手で振り回していましたね」
「あ…
見ていらしたんですね
お恥ずかしい」
「なんの
あれだけの膂力、私は正直、驚かされましたよ」
ギルバートは照れて、頭を掻きながら説明を始めた。
「普通に鍛えていては、あそこまでの力は出せません」
「と申しますと?」
ギルバートは頷いてから、予想外の質問をした。
「隊長は魔力はありますよね?」
「ええ
人並みに生活するぐらいには」
「帝国の時代には、魔力が無い市民も居ました
そうした者達は、肉体労働の奴隷として生活していたそうですね」
「はい
ですが今の王都では、大概の者が魔力を持っていますし、そうした差別は行われていません」
「ええ
それもこれも、魔道具が一般住民にも使えるからです」
「殿下?」
ギルバートの質問の真意が掴めず、隊長は怪訝そうな顔をした。
「あ、すいません
それで魔力なんですが、隊長は火を着ける魔道具は使えますよね?」
「はい」
「その魔道具を使う時、どうやって使いますか?」
「それは魔道具へ向けて、魔力が流れる様にイメージして…
って、それが何の関係が?」
「もし、その魔力を自分の身体の中へ流したら、どうなると思います?」
「自分の?」
隊長はそう言われて、改めて疑問に思った。
試しに意識してみるが、何も変化が起こらなかった。
「普通の人は、そこまで魔力はありませんし、そんな事は試しません」
「ええ」
「しかし魔力を持つ者では、自身の身体に流す者も居ます
例えば魔術師とか」
「ああ
なるほど
しかし、それと先の話に、何の関係があるんです?」
「そこなんですが…
いずれ正式に発表があると思いますが、魔力で強化する方法があるんです」
「強化?」
「はい
魔力で魔道具を起動する様に、身体に魔力を流す事で身体を強化する
それが身体強化という魔法です」
「身体強化…」
ここまで聞いて、隊長は気付いた。
「まさか殿下も」
「ええ
それが力の秘密です」
さすがは騎士を率いる隊長だと、ギルバートは感心した。
しかしその頭の切れが、こういった事では邪魔になる。
所謂、常識に囚われて、新しい発見に繋がらないのだ。
「しかし殿下
私では魔力が低いのか出来ませんが…」
隊長の言葉に、ギルバートは頷きながら答える。
「それは魔力が足りないのも可能性がありますが、やり方が間違っている可能性もあります」
「そうですか…
しかし魔力が足りないのなら…」
「さっき魔力の話をしましたよね」
「え?」
「どうして魔力が無い者が少なくなったのか」
「ええ」
「魔力の多い少ないで、なれない職業もあります」
「そうですね
魔術師がそうですが、それとこれと、どういう関係があるんです?」
「そもそも、魔力は変わらないんですか?」
「ええ
魔術師達の間では、それは常識でしょう」
「いえ
常識にしているだけです
魔力は増やせます」
「え?」
「何じゃと!」
これにはさすがに、国王も黙っていられなかった。
魔力が増えない事は、長く常識として広まって来ていた。
それが覆されるのだ。
「魔力を増やす方法は有ります
ただし…
相当な苦行になりますよ」
「あ…」
「それが難しいと判断されたので、産まれた時の魔力が比較されています」
「なるほど
その苦行を行えれば、私でも魔力を増やせると」
「ええ
それか、後程発表される方法で、魔力を増やせる可能性はあります」
「そうですか
その方法を使えば、私でもあの剣を振るう事が出来るんですね」
「ええ
ただ、相当な努力が必要です
私も苦労をしたので、その分力を身に着けました」
ギルバートの説明に、隊長は納得して頷いた。
「そうなんですね
それでは私にも」
「ええ
頑張れば身に着く可能性はあります」
そこまで話してから、ギルバートは呼んだ理由を話し始めた。
「そこで質問なんですが
隊長はスキルを使えるんですか?」
「はい
スラッシュとバスターを最近、使える様になりました」
「その使えると言うのは、型を出せる様になったという事ですか?」
「え?」
「例えばスラッシュなら、その型で剣を振れる
そういう事ですか?」
「はい、その通りです」
隊長はそう答えながら、ギルバートの言葉に疑問を覚えた。
思えばさっきも、少し遠回りに確認していた。
今度も何か、隊長に気付かせようとしているのだろうか。
「もしかして…
型だけでは無いんですか?」
「はい
本当に使える様になれば、天から声が聞こえてきます」
「声が…」
「後程お見せしますが、本物のスキルは型をなぞるのではありません
スキルを発動させれば、その技が意識しなくても使えます」
「意識しない
つまりスキルを使おうと思えば、身体を動かさなくても」
「はい
自然と身体が動いて出せる様になります
ただし連発しますと、その分身体が疲れますので、スキルの多用は禁物です」
「なるほど…」
ギルバートは振り返り、宰相に改めて確認した。
「スキルを使える方は、みな型を出せるだけなんですね?」
「はい
その様に聞いています」
「そうですか
思えばフランドール殿も、スキルを使えていませんでした
これは早急に、スキルを身に着ける必要がありますね」
「え?」
隊長は驚いてギルバートを見た。
ここに来た理由は、スキルを使えるかの確認だった。
しかしそれは、スキルを身に着ける為の前提条件としての確認だったのだ。
「今まで王都の周りに出ていたのは、ゴブリンやコボルト程度でした
しかしそれ以上の魔物に勝つ為には、スキルを身に着ける必要があります」
「スキルを…」
「はい
それと、出来れば身体強化の修得も必要になるでしょう
そうでなければ、強力な魔物には打ち勝てません」
「そこまで…」
「私が勝てたと聞いて、みなさんは魔物を過小評価している様ですね
しかしオーガでも3mほどの巨人です」
「巨人…」
「この鎧の素材になった魔物は、ワイルド・ベアという巨人に匹敵する巨大な熊の魔物です
それに勝つには、スキルだけでは無理です
身体強化や魔物の素材で作られた、強力な武具も必要です」
「それをダーナでは…」
「ええ
既に魔物と戦っていて、武具やスキルも身に着けています」
そこまで聞いて、隊長は困った様な顔をした。
「もし…
もし、ダーナが王都に攻めて来たら…」
「そうですね
あっという間に落とされるでしょう
ダーナでは今、それだけの戦力が出来つつあります」
「なんと!」
「それはマズいですよ」
国王も宰相も、その危険性には看過出来なかった。
フランドールが、このままノルドの砦だけで満足すれば問題は無いだろう。
話しを聞く限りでは、ダモンがいくら有能でも、それだけの戦力では敵わないだろう。
しかし、勢い付いたフランドールが、王都まで狙って来たらマズい。
王都は攻め込まれて、多くの住民が被害を被るだろう。
それに国王が敗ければ、この国は内乱で滅んでしまう可能性もある。
他の貴族が、大人しくしているとは思えないからだ。
「これは由々しき事態ですぞ」
「うむ
早急に騎士団に、このスキルとジョブを得る訓練を施さなければ」
「ジョブ?
何ですか?それは?」
「ああ
詳しくは後で説明する
先ずはスキルを見せてもらおうか」
国王に促されて、ギルバートは頷いた。
「ええ
それでは先ほどの、修練場に向かいましょう」
隊長を先頭にして、ギルバート達は修練場に向かった。
そこには文官も数人着いて来て、スキルの詳細を記録しようとしていた。
ギルバートは先ず、訓練用の木剣を持って中央に出た。
そこで魔力を展開して、身体強化を発動した。
魔力に敏感な者は、それで何かを感じる事が出来た。
「これは…」
「先ほども感じていたが、殿下から魔術師の様な魔力を感じます」
「これが身体強化です
上手く使える様になれば、大幅な強化も出来ます」
ギルバートはそれを説明すると、魔力の放出を止めた。
「次に、これがスキルです」
ギルバートはそう言うと、木剣を構えた。
正面に構えた状態から、力を抜いて少し下げる。
それと同時に、スキルを発動させた。
「スラッシュ」
ザシュッ!
空を切り裂く音がして、ギルバートが剣を横に振り抜きながら前へ出る。
しかし足はほとんど動いておらず、まるで何かに引っ張られる様に進み出ていた。
「慣れればほとんど力を使わずに、大木を切り倒せるぐらいの威力を出せます」
「おお」
「凄い」
「次は…
ブレイザー」
ズババッ!
二度空を切る音がして、縦に切った後に鋭く切り返していた。
あまり力を入れている様には見えなかったが、空を切る音からも相当な威力だと想像出来た。
「そして…
バスター
ダン!
地を蹴り跳び上がる。
そのまま2m近く上昇して、そこから大きく切り落とす。
ブン!
シュバッ!
地面に叩き付ける様に振り抜いた剣は、寸前で止められていた。
そのまま叩き付けては、木剣が折れていただろう。
しかしそれでも、地面には剣圧で跡が残っていた。
「これが…」
「本物のスキル」
「はい
真にスキルを会得したのなら、天から声が聞こえて来ます
そうすれば、この力を使える様になります」
「真に会得…」
「しかし、それなら
ダーナの兵士達は?」
「そうだ
みんなこんな力を持っているのか?」
「ええ」
ギルバートの答えに、先ほど宰相が見せた様な、怯えた様子が見えた。
「え?」
「恐ろしい」
「こんな危険な…」
ギルバートが困惑していると、宰相が静かに近付いて来た。
「お分かりになりましたか?
普通の者なら、これに恐怖を覚えない者はいません」
「恐怖?」
「ええ
強い力とは、時に畏怖や憧れよりも、脅威や恐れとなるのです」
「それは…
私が怖いという事ですか?」
「いいえ
あなたに対してではありません
まだ見ぬダーナの住民達が、この力を持つ事を恐れているんです」
「しかしそれは、ダーナの住民では無く、兵士達が…」
「いえ
そういう事では無いんです
事はそんなに甘くは無いのですよ?
見えない場所の、見えない者達が持つから怖いんです」
「しかし、ダーナの住民の全てがそういうワケでは無いんですよ?」
「それでも
ダーナが脅威と感じるでしょう」
「そんな…」
宰相の言葉に、ギルバートは愕然とした。
良かれと思って行った行動が、結果としてダーナを危険な存在として認識させた。
これではダーナを、攻める口実になってしまう。
「私は!
私は…」
「ええ
分かっております
しかし今は、この状況を変える事が先決です」
「そうだな
そうすれば、少なくとも脅威では無くなるだろう」
いつの間にか国王も来て、宰相の言葉を訂正した。
「ダーナの兵士だけが強くては
それは脅威となるだろう」
「国王様…」
「陛下…」
「しかし、それが王都も同じぐらいの力を身に着ければ?
そうすれば恐れる事は無いだろう」
「ですが国王様、そうなれば今度はクリサリスが
我が国が周辺国に脅威と思われます」
「そうだろうな」
国王はそう言うと、溜息を吐いた。
「しかし魔物を退けねば、我が国はどの道滅びるであろう」
国王の言い分は尤もだった。
「それに、魔物の脅威はまだまだ続いておる
それが収まるまでは、周辺国も我が国に構っている暇は無かろう」
「それはそうですが…」
宰相は難しい顔をしながら、このどうしょうもない状況を悔やんでいた。
魔物を退ける為には、兵士や騎士の強化は重要な事だ。
それならば、スキルや身体強化は必用になるだろう。
アーネストもそれが分かっていたので、宰相に本を渡したのだ。
「やはり…
避けられぬのでしょうな」
「ああ
アーネストの言う通り、騎士達を鍛えなければなるまい」
「それでは」
騎士達はスキルや身体強化を、脅威と感じている。
それを踏まえた上で、身に着ける様に訓練を行うしか無かった。
「明日からでも修練場で訓練を行う
そこでは、お前に指導を頼みたい」
「私にですか?
しかし将軍が…」
「将軍には、何とか奮戦してもらうしか無いな
そもそもが、どんな魔物かも分かっておらん」
ギルバートは魔物の討伐に向かいたかったが、騎士を鍛える必要もあった。
ここは止むを得ないと、引き受けるしか無かった。
「分かりました
明日から訓練を承ります」
「うむ
頼んだぞ」
国王はそう言って、ギルバートの肩に手を置いた。
それを見ながら、騎士達はどんな訓練をするのか不安になっていた。




