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聖王伝  作者: 竜人
第七章 王都での生活
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第169話

翌日の朝、ギルバートは王城の脇にある修練場に来ていた

そこには騎士団が集まり、武器の手入れを行っていた

普段から非番の騎士が訓練に来ていたが、今日は王都に残った騎士が集まっていた

王都に帰還した王子の力量を、この模擬試合で見せる為だ

ギルバートも武具に身を包み、準備を完了していた

騎士達の中から、年若い一人が前に出る

先ずは彼が、ギルバートと戦う事になる

両者が中央に来て、互いに武器を構える

騎士は鉄製のフルプレートに身を固め、クリサリスの鎌を構えていた

それに対してギルバートは、ワイルド・ベアの皮鎧とオーガの骨の大剣を構えていた


「あの装備は何じゃ?」


国王の質問に、アーネストが答える。


「ワイルド・ベアと言う魔物の皮と、爪や骨、牙で装甲を固めています

 武器はオーガの骨から作られた大剣です」

「ワイルド・ベア

 それは強い魔物なのか?」

「ええ

 強いですよ」

「そうか…」


「ギルはその魔物を、一人で倒せる技量を持っています」

「何と!

 それは誠か?」

「はい」


「本当はワイルド・ベアの武器もありますが…

 騎士のみなさん相手では…」


アーネストが言い難そうに言って、騎士団に挑発をする。

それを聞いても、大人の騎士達はほとんどが平然とした顔をしていた。

しかし内心は、初めて見る新参者の魔法使いの子供に、馬鹿にされた様で怒っていた。

アーネストの実力を知る騎士も、少しだけ苛立っていた。

何せギルバートはまだ、少年にしか見えなかったのだ。


「はははは

 まさか私達が、いくら王子とは言え、子供に後れを取ると思いますか?」

「そうですよ」


騎士達はそう言って、気にしていないふりをしていた。


「では、両者見合って

 始め!」


開始の声に合わせて、騎士が前に出る。


「うおおおお」


鎌を前に構えてから、そのまま突進を仕掛ける。

クリサリスの鎌には、柄の先にも突き刺す為の刃が付いている。

それを素早く繰り出して、ギルバートの胸や脚を狙って来た。

しかしギルバートは、重そうな大剣を持っているにしては軽い、ステップでそれを躱す。


「くっ」


騎士は鎌を振るって、一旦距離を離した。

しかし今度は、ギルバートが前に出る。


「甘いですね」

ブオン!

ガキン!


「ぐわっ」


騎士が咄嗟に鎌で防ぐが、軽く横薙ぎに振られた様に見えたが、騎士は横っ飛びに吹っ飛んだ。


「え?」

「何だ?」


重いフルプレートを着こんだ騎士が、軽々と吹っ飛んだのだ。

周りに居た騎士達は、驚いて声も出なかった。


「今のはオークでも出来ますよ?」

「オーク…」


その言葉に、騎士達は戦慄していた。

オークはコボルトより強いが、そこまで強い魔物とは聞いていなかった。

それでも騎士を吹っ飛ばせると言うのだ。


「どうです?

 少しは本気になりましたか?」


ギルバートは軽々と大剣を振ると、再び中央に進み出た。


「よし

 それならば私が出よう」

「隊長?」

「そんな、ベルン隊長が出るほどでは無いですよ」


しかし隊長は頭を振り、部下達の言葉を否定した。


「いや

 今のお前達では、数人で囲んでも押さえられないだろう」

「そんな!」

「私達で十分ですよ」


しかし部下達は、必死になって勝てると主張した。

そんな部下を見ながら、隊長は悲しそうな顔をして一喝した。


「お前らの眼は節穴か!」

「ひっ」


「殿下は確かに若い

 しかし技量や膂力に関しては、既にお前らの遥か上を行っている

 黙ってそこで見ていろ!」


隊長はそう言うと、ニヤリと笑って中央へ進み出た。


「部下がすみませんでした」

「いえ

 確かに私は若いので」


ギルバートもニヤリと笑い、挑発的な笑みを浮かべる。


「その年にしてその胆力

 部下にも見習わせたいですな」

「そんな事よりも

 私に負けたら、隊長の立場が無いのでは?」

「ふむ

 それは困りますね

 是非とも勝たなくては」


二人は先ずは、舌戦を展開して、互いに相手の隙を窺っていた。


「それでは両者、見合って

 始め!」


掛け声が上がると、先ずは隊長が前へ出る。

しかし鎌は構えているが、まだ攻撃には出ない。

そのまま間合いを詰めて、ギルバートの目の前に迫った。

しかしギルバートも、下手に攻撃に出ないで、剣を正面に構えて腰を落とした。

隊長が何を狙っているのか分からないので、簡単に足元を掬われない様にする為だ。


「なるほど

 良い判断だ

 しかし、これはどうかな?」


隊長は鎌を振り被ると、素早く袈裟懸けに振り下ろす。

それに反応して、ギルバートは大剣を横向きにする。

その剣の腹で、盾の様に防ぐつもりなのだ。


「だが甘い」


隊長はそう叫ぶと、鎌を途中で止めて、そこから手首で切り返した。

切り返された鎌の柄が、死角の下側から迫る。

しかしギルバートも、その動作に気付いて剣を下げる。


「遅い…」

ガキン!


「何!!」


重い大剣を構えていたのだ、素早い柄の動きに追い付く筈が無い。

誰もがそう思っていたので、これは入ったと思われた。

しかしギルバートは、片手で大剣を動かしていた。

片手で動かす分、隙は小さくなる。

しかしあれだけの大きさの剣だ。

とても片手では動かせるとは思えなかった。


結果として、隊長の鎌は弾かれて、そのまま腕が痺れて鎌は落とされた。


「勝負あり」


審判はそう告げたが、正直自信が無かった。

試合に集中していたが、鎌が落とされたのも眼で追えていなかったのだ。


「隊長まで…」


騎士達は言葉に詰まり、修練場は静まり返っていた。


「これで分ったでしょう?

 ギルの実力なら、騎士団が一斉に掛かっても、負ける事はありません」

「それはちと…」

「言い過ぎではありませんか?」


国王と宰相も、アーネストの言葉に苦笑いを浮かべた。

しかしギルバートは、その言葉を証明しようとしていた。


「私なら構いませんが?」

「な…」

「ふざけるな!」


さすがにこの言葉には、騎士団も怒りを隠せなかった。


「怪我をさせては申し訳ない

 私は素手で相手しましょう」


ギルバートはそう言うと、軽々と大剣を放った。

剣は自重で地面に突き刺さり、そのまま動かなかった。

その事からも、大剣が相応の重さを持っている事は明白だった。


「くそっ」

「舐めやがって」


騎士団が本気になって怒り、手に手に鎌を持って向かう。


「こら!

 止さないか!」


審判役の騎士が、止めようと声を掛ける。

しかし殺気立った騎士達は、聞く耳を持たなかった。

審判は身の危険を感じて、慌ててその場を退避する。


「うおおおお」

「なめるなあああ」

「うらあああ」


騎士達が向かって行くが、ギルバートは中央で待ち構える。

さすがに危ないと判断して、国王が止める為に声を上げようとした。

しかしアーネストが前に出て、心配ないと告げた。


「すぐに止め…」

「大丈夫です

 騎士の力量はオークレベルです

 ギルには敵いません」

「しかし人数が多過ぎる」

「大丈夫ですよ

 ほら」


騎士達が鎌を振るうが、ギルバートはそれを躱したり、途中で柄を押さえたりして止める。

それからカウンター気味に殴ったり、足払いや投げで応戦した。


「ぐわっ」

「んむぎゅ」

「ぐえ…」


20名以上の騎士が一斉に向かったが、あっという間に叩き伏せられた。

それを見て、後続の騎士達は怯んでいた。


「どうやら勝負あった様ですね」

「そうじゃな…」


国王は安心したのか、ホッと溜息を吐いた。


「しかし魔物なら、こんな物では済まされませんよ」

「そうなのか?」

「ええ

 相手が魔物なら、死ぬまで向かって来てたでしょう」


アーネストに改めて聞かされて、国王は魔物の恐ろしさを思い知った。


「それならば、今向かって来ている魔物も…」

「ええ

 放って置けば、周辺の町や村が被害を受けます

 将軍で何とかなれば良いのですが…」


ギルバートが向かう事は、アーネストも反対だった。

しかし魔物が強力であったなら、このままでは王都まで攻め込まれる。

それまでに、どうにか対策を練らないといけないのだ。


「サルザート様

 この町の魔術師ギルドはどこにありますか?」

「それならば、城下町の商業区にあるが?」

「そうですか」


アーネストはそう言うと、懐から1冊の本を取り出した。


「それは?」

「ダーナの兵士達が強くなった、秘密が記されています」

「本当か?」


アーネストの言葉に、宰相も国王も驚いていた。

半信半疑であったが、手渡された本を開いて見る。


「私はギルドへ向かいます」

「あ、お待ちください」


宰相はすぐさま護衛を呼び、ギルドへ同行する様に指示した。


「そんな大袈裟な」

「いえ

 あなたも貴族になったんです

 護衛が付くのは当然と思ってください」


宰相にそう言われて、アーネストは溜息を吐いた。


「ギルドに何をしに行くつもりか知りませんが、気を付けてください」

「え?」

「ここはダーナではありません

 危険な人物が沢山潜んで居ます」


「分かりました

 肝に銘じておきます」


アーネストはそう言うと、護衛に案内されて出て行った。

残された宰相は、再び本を開いていた。


そこにはスキルとジョブについて、初歩的な事が記されていた。

魔物と直接戦わなくても、スキルを訓練しながら実戦経験を積めば、戦士のジョブまでは得られる。

戦士のジョブが得られたら、基礎的なスキルも使える様になる。

それと身体強化が合わされば、オークに苦戦する事も無いだろう。

そこまでの情報が、その本には記されていた。


「これは凄い…」

「そんなに凄いのか?」


「ええ

 これが本当なら、殿下がお強いのも納得です」


宰相は早速、文官を手配した。

早急にこの本の写本を行い、騎士団や警備兵達に学ばせる為だ。


「これがあれば、我が国の戦力は大きく上がります」

「しかし、それは危険では無いのか?」

「と、申されますと?」


「真っ当な騎士や兵士が強くなるのは良い

 しかし道を誤る者がその力を手にしたら…」

「それはそうでしょうが、今は一刻を争う時です

 それに対する対策は、後程に考えましょう」

「ううむ…」


国王はあまり乗り気では無かったが、宰相の手配で本は写本される事となった。

これがどういった結果を生むのか、まだ誰も分かっていなかったからだ。


打ちのめされた騎士達の真ん中で、ギルバートは腕組みして立っていた。

騎士達の技量が、想像以上に低かったからだ。

将軍が主力を率いていたとはいえ、これでは王都の守りも心配だ。

如何にして騎士達を鍛えるのか?

ギルバートはそれを思案して、考え込んでいた。


その周りでは、騎士達が大剣を抜こうと躍起になっていた。

ギルバートが軽々と振り回していたが、それが予想以上に重たいと気付いたからだ。


「ふうううぬうう」

「おい

 次はオレが抜いてやる」


力自慢の騎士が、交代で抜こうと踏ん張っていた。

しかし剣は重たくて、やっと少し持ち上がるぐらいだった。


「何なんだ、この剣は?」

「恐ろしく重たいぞ」

「こいつを…軽々と…」


騎士達は改めて、ギルバートの力を思い知らされていた。


「ふうううぬうう…あ…」

「どうした?」

「何かが出そうになった」

「汚えな…」


フラフラになるまで引っ張っても、持ち上げるのがやっとだ。

それを振り回せる者は、騎士団にはまだ居なかった。


「これを振るうには、みなさんはまだまだ力が足りません」

「そうは仰いますが、我々はこれでも、この国の騎士ですよ」


「そうなんですが…」


ギルバートも返答には困っていた。

実際に身体強化が使える様になれば、先の騎士でも振るえる様になるだろう。

しかしその事を、軽々しく教えて良い物なのか?

意見を聞きたくて、周囲を見回すも、既にアーネストの姿は無くなっていた。


ギルバートが思案していると、サルザートが近付いて来た。


「殿下

 相談したい事がございます」


ギルバートは内心、前線に出る話が決まったと思っていた。


来た!!


そう思って、内心の喜びを隠しながら、鷹揚に頷いた。


「分かりました」


宰相に促されて、王城の会議室へと案内された。

そこには文官が集まっていて、難しい顔をしていた。


「どうぞお掛けください」

「はい」


ギルバートが腰を掛けたところで、宰相は話始める。


「先ずは騎士団との試合、見事でございました」


そう言って一呼吸置いて、宰相は問いかけた。


「正直に仰ってください

 我が国の騎士団は強いですか?」

「え?」

「そのう…

 魔物と戦えるかという事です」


ギルバートは迷ったが、正直な感想を述べた。


「コボルトまでなら…

 しかしそれ以上の魔物を相手にするには…」

「やはり」

「うむ

 アーネストの申した通りだな」

「え?」


宰相は文官に合図を送る。


「暫しお待ちください」


文官がそう答えて、少し待つ事となった。

数分も経たない内に、慌ただしい足音がして、文官の一人が入って来た。


「出来ました

 これで増刷も出来ます」

「では、引き続き頼む」

「はい」


文官は1冊の本を手渡すと、慌てて部屋を出て行った。


「それは?」

「アーネストが我が国の為に、スキルやジョブを解説してくれました

 これはその為の本です」


宰相はそう言うと、本をギルバートの前に置いた。

そこに書かれている内容であれば、オーガは難しいが、オークやワイルド・ボアまでなら何とか戦えそうであった。


「今は文官達が、大急ぎで書き写しております」

「そうですか」


アーネストがこれを手渡したのなら、ここまでは公開しても大丈夫だと判断したからだろう

それならば、自分のする事は簡単だ


ギルバートは宰相を見て、改めて答えを返した。


「確かにこの本の通り、スキルやジョブがあれば、オークぐらいなら倒せます」

「おお」

「それならば…」


「ただし、オークぐらいです」

「と言いますと?」


「それ以上の魔物に勝つには、厳しいです」

「そう…ですか」


ギルバートの言葉に、宰相は気落ちしていた。


「しかし、勝てないワケではありません

 オークに勝てる様になれば、そこで訓練すればさらに強くなれます」

「本当ですか?」

「ええ

 私も最初は、オークにも手こずりました

 それでも戦い続けて、今はワイルド・ベアを倒せています」


「そうなのか」

「参考までに聞きますが、その魔物は…」


「そうですね

 コボルトが子供なら、オークは大人

 オーガは巨人ですから…比較は難しいかと」

「巨人か…」


「ええ

 体長mぐらいの大きさの巨人です

 ワイルド・ベアはそれと同等の熊の魔物です」

「熊?」

「それではその魔物を…」

「はい

 私一人で討伐しております」


見ればギルバートの鎧も、その熊の素材で出来ている。

胸当てや肩当の大きさを考えれば、その爪も相当大きな物と見える。

それを一人で倒したと言うのなら、ギルバートの腕は相当な物と考えられる。

国王と宰相は、改めてギルバートの腕前に驚きを隠せなかった。

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