第166話
ギルバートは謁見を終えて、大きなホールに案内された
そこには既に宴席が用意されており、国王が主催の歓待のパーティーが用意されていた
貴族も集まって、新たに王都に住む事になるギルバートを歓迎する為のパーティーが開かれる
そこに集まるのは王都に住む貴族だけで、問題の有りそうな貴族は先程の逮捕劇で居なくなっていた
その為に、集まった貴族達はギルバートとアーネストを快く迎えてくれた
国王の主催という事で、最初の挨拶は国王が行う事になる
壇上に上がった国王がグラスを持ち、開催の音頭を取ろうとする。
それは同時に、重大な発表が行われる場でもあった
「それでは
新たに貴族の列に入る者を紹介しようと思う」
国王はそう言うと、アーネストの方を見た。
「今回の件でも、大いに活躍してくれた
若き宮廷魔導士候補である、アーネストである」
「はい」
アーネストは紹介をされて、国王の御前で跪いいた。
「既に叙爵の話は出ておったが、今回の件で決まりとなった
本日をもって、貴殿の名はアーネスト・オストブルクと名乗る様に」
「オストブルク…」
「彼には男爵の地位と、オストブルク卿としていずれは宮廷に入ってもらおうと思う」
「おお」
「それは素晴らしい」
貴族からも賛同の声が上がり、アーネストは深々と頭を下げた。
それから、次はギルバートの事だとみなの視線が集まる。
既に謁見の間でも話に上がっていたので、廃嫡の話は周知である。
しかし王都に呼んだのであれば、それなりの理由が有る筈だ。
それが何なのか、みなが興味津々で見ていた。
「こちらのギルバートであるが
既にアルベルトが息子という事は聞き及んでいると思う」
貴族達も黙って、国王が告げる言葉を待っていた。
「既に聞き及んでいると思うが、アルベルトより廃嫡の申し出があった」
ここで国王は言葉を切り、少し躊躇ってから続けた。
「ワシは貴殿らに…
いや、クリサリス国民全てに懺悔せねばならない」
「え?」
「国王様?」
貴族達は、国王が漏らした言葉に理解が追い着かなかった。
「ワシはみなを…
騙していた」
会場が静まり返り、国王の言葉の真意を待っていた。
「実は…
11年前に、ワシは我が息子アルフリートは死んだと発表していた」
「当時の王城に勤めていた者は、知っていると思うが、アルフリートは不吉な子として女神様より神託が下っていた
その子を殺すか、王国が滅びるかと…」
「まさか…」
「そんな話があったのか?」
数人の貴族が、小声で呟いた。
国王は頷き、顔を顰めながら続けた。
「女神の信託はこうであった
すぐにその子供を殺さなければ、王国に災いが降りかかるだろう」
「それで…」
「ああ
アルフリート様は、病死として殺されたと…」
当時はそれが原因で、反国王派が勢力を拡大してしまった。
王子が殺されたかも知れないという噂は、国民からの信頼も大きく落としてしまった。
それに乗じて問題のある貴族が勢力を伸ばし、ガモンと結託する事となってしまった。
今回の事が無ければ、ガモンはもっと力を付けたかも知れなかった。
「当時の噂は、本当だったのですか?」
貴族の問いかけに、国王は首を振った。
それを見て、多くの貴族が胸を撫で下ろした。
「しかし問題は、その事では無い」
「と、言いますと?」
「亡くなったのはアルベルトの息子で、アルフリートでは無かったのだ」
「え?」
「亡くなったギルバートを身代わりにして、ワシの息子をアルベルトに預けていたのじゃ」
「ええ!」
「と言うと…
この方が?」
「そう
我が息子、アルフリートじゃ」
「ええ!」
貴族達はみな、驚いていた。
死んだ事になっていた王子が生きていて、今こうして王城に帰って来たのだ。
驚くなという事の方が無理だろう。
「では…」
「王太子様が帰還されたと」
「うむ」
貴族達は喜び、感動して涙ぐむ者も居た。
国王に息子が生まれなかったので、後継ぎを心配していたのだ。
てっきり廃嫡になったのも、姫と婚姻して後継ぎにするからだと思っていたのだ。
「なんて目出度い事だ」
「おお
女神様に祝福していただこう」
「お前達…」
国王は、喜ぶ貴族達を見て困惑していた。
てっきり非難されるものと思っていたのに、みなが喜んでくれたのだ。
「ワシはアルベルトの息子を、ワシの息子の死として偽装したのだぞ
非難しないのか?」
「それは無いでしょう」
「だって、アルフリート様は殺されかけていたんですよ
それが生きていただなんて、喜ばしい事でしょう」
「しかし、ワシは女神様の命に背いた
この国の行く末に、影を落とす事になるのだぞ?」
「そうはさせませんよ」
「そうです
例え女神様の神託とはいえ、王子を殺していたらそれこそ国が滅んでいたと思っています」
「我々は神託については、反対でしたから
むしろ今まで王子が生きていらした事で、神託が外れたんだと思います」
貴族達はそう述べて、王太子様万歳と騒ぎ始めた。
国王は困った顔をして、宰相の方を向いた。
「ギルバート殿をアルフリート様として、王太子に推したいと思います
反対の者は居ますか?」
宰相の言葉に、貴族達は口々に賛成と声を上げた。
「王太子様が生きていらしたんだ、当然賛成だろう」
「そうだそうだ」
「これでこの国も安泰だ」
みなが一頻り喜んだところで、ギルバートは静かに国王の御前に進んだ。
国王から宣言がされて、晴れて王太子として承認される。
みながそう思った時、不意にギルバートが発言をした。
「国王様
お願いがございます」
「ん?」
「私は、今までアルベルトの息子、ギルバートとして生きてきました
そして今でも、アルベルトを父と思っています」
「それは…」
国王は言葉に詰まり、貴族達もどうすれば良いのか迷っていた。
「王太子として立てと仰いますなら、喜んで引き受けましょう
ただ、この名だけは、そのまま継がせてください」
ギルバートの要求は簡単だった。
アルフリートではなく、ギルバートとして生きたい。
それだけの事であった。
思えばまだ秘密にしていたが、ギルバートを生贄にしているのだ。
それを知っていたのなら、その名を継ぎたいという気持ちは理解出来ただろう。
ハルバートは一瞬、生贄の事まで話したいと思った。
ここで全てを打ち明けて、楽になりたいとまで思った。
しかしそうすれば、国は大きな混乱を抱えるだろう。
「どうしても…
その名を継ぎたいのか?」
「はい」
「私はやはり、アルベルトの息子ギルバートなんです
国王様の事を、父上と呼ぶのは…」
「そうか」
ハルバートは哀しそうな顔をして、辛い決断をした。
「それならば、そなたの名はギルバートのままでよい」
「はい」
「それから…
いや」
国王は迷いを振り切り、決断した。
「国民にはアルベルトの息子、ギルバートを養子として迎えた事にする
その上で、いずれ王太子になる為の教育を受けさせる
それで…よいかな?」
「はい
申し訳ございません」
ギルバートは本当に、すまないと思って頭を下げた。
しかし国王はそれを止めて、頭を上げる様に言った。
「ワシの方こそすまなかった
考えてみれば、お前はこの11年、アルベルトの息子だったのじゃ
それを簡単に忘れろとは、ワシの我儘でしか無いからのう」
「いえ…」
「じゃが
いつか…
いつか気持ちが変わった時には、ワシの事も父と呼んでくれんかのう?」
「はい」
二人の遣り取りに、周りに居た貴族達は涙ぐんでいた。
本当はギルバートに、国王を父と認めてあげろと言いたかった。
しかしそれまでの事を考えると、とても簡単には口出し出来ないと思われた。
「湿っぽい話はこれまでじゃ」
「今日は新たな男爵の叙爵と、王太子の任命を祝して
大いに楽しんでくれ」
「乾杯」
みなが手に手にカップを持って、打ち鳴らして祝福した。
それを合図に、使用人達がテーブルに料理を運ぶ。
前菜は王都近郊で採れた野菜に、干し肉と香辛料を掛けたサラダが出た。
続いて焼き立てのパンと、肉汁の滴るステーキが運ばれる。
肉はアーマード・ボアの肉を厚く切り分けて、たっぷりの香草と香辛料で焼かれていた。
また、野菜のスープにもアーマード・ボアの肉が使われて、深い味わいが出ていた。
他にもミートパイや焼き菓子も用意されており、みながそのうまみに舌鼓を打っていた。
「これは美味い」
「何の肉でしょうか?」
「私がダーナで仕留めた、アーマード・ボアという魔物の肉です」
「魔物の?」
「食べても大丈夫なんですか?」
ギルバートが貴族の質問に答えたが、貴族は魔物と聞いて驚いていた。
「昔…
帝国が出来た頃には、魔物はたくさん居たそうです
そしてその肉も、普通に狩って食べていたそうでうよ」
「帝国の…」
「そうなんですね」
貴族達は驚き、再び肉を齧ってみる。
上質な肉は、香辛料の辛みに引き立てられて、甘く柔らかな旨味を口中に広がらせた。
その味わいを楽しみつつ、スープやパンを頬張っていた。
「魔物がこんなに旨いなんて」
「そうだな
うちの領地にも出るらしいから、今度狩にでてみるか」
そんな話をしている者も居たが、ギルバートは敢えて黙っていた。
ここでゴブリンやコボルトと、アーマード・ボアの違いを話しても分からないだろう。
それにワイルド・ボアやアーマード・ボアは、今のところダーナ周辺にしか出ていない。
下手にその事を言えば、色々問題になりそうだと思ったのだ。
ギルバートはステーキを切りながら、上品に頬張らずに食べていた。
言葉遣いはまだまだ問題があったが、テーブルマナーはしっかりと躾けられていた。
その為に、むしろ周りの貴族達の方が、行儀が悪く見えていた。
「ふむ
アルベルトはしっかり教育していた様だな」
「国王様」
ハルバートはギルバートの席の前に来て、ニコリと笑っていた。
「あれはなかなかマナーが覚えられんでな
ワシがよく練習に付き合っておった」
「そうなんですか?」
ギルバートが知る限りでは、アルベルトのマナーは完璧だと思っていた。
しかし国王の話を聞く限りでは、昔はそうでも無かった様だ。
「ワシとアルベルトは田舎の貴族でな
学校にも碌に通っていなかった」
「え?
バルトフェルド様の話では、一緒の学校に通っていたと聞きましたが?」
「それは成人した後の話じゃ」
「田舎の貴族では、成人までは親元で教育を受けて、成人してから大きな街に出る
そうして街で仕官しながら、学校に通う者も多かったのじゃ」
「そうなんですね」
「ああ」
「今はここも大きくなった
貴族だけでなく、商人や職人の学校も出来ておる
しかし当時は帝国が終わろうとしていた時でな、学校に行ける者は限られておった」
「そうした中で、父上や国王様は通ってらっしゃったんですね」
「うむ」
国王は懐かしそうに、思い出しながら語った。
「バルトフェルドは剣の腕が立ってな
それで貴族が後見人になって学校に来ておった」
「なるほど」
「それで一人の女性に惚れてな
なんとそれがワシ等の幼馴染じゃった」
「へえ」
「バルトフェルドとアルベルトは、事ある毎に喧嘩してな
共に一人の女性を巡って競っておった
それがアルベルトの妻、ジェニファーじゃ」
「え?」
「ジェニファーはあれで若い頃は、モテて色んな男達から声を掛けられておった
二人が幼馴染でなければ、違った結末だったかも知れんな」
国王がしみじみと呟き、それを聞いたギルバートは思った。
アーネストとフィオーナも、幼馴染と呼べるだろう。
それならば、アーネストにもチャンスはまだありそうだ。
この会話が聞こえているのかと、アーネストの方を振り返って見る。
すると聞こえて無い振りをしていたが、視線がチラリとこちらを見ていた。
ギルバートは後で揶揄ってやろうと思い、内心笑いを隠しながら国王の方を見た。
「父上と母上の事を教えていただき、ありがとうございます」
「なあに
お前を見ていると、アルベルトの事を思い出すのでな」
国王はそう言うと、懐かしさを思い出す様に目を細めた。
「やはり夫婦になる者は、幼馴染や身近な者が良いんですかね」
「ん?
身近に誰か、思う者が居るのか?」
「いえ
私では無く、友人の事です」
そう言って、ギルバートはアーネストの方をチラリと見た。
「ああ、なるほど…
しかし思い合う者が、必ずしも結ばれるとは限らんぞ」
「え?
そうなんですか?
「ああ
特にワシ等王族や貴族は、好き嫌いだけでは結婚できんからな」
「あ…」
「政略結婚
非難する者も居るだろうが、王族や貴族では必要な事だ」
「まあ、どうしてもとなれば、我が国は一夫多妻も認めておる
正妻が無理でも、側室や妾という手もあるからな」
「側室や妾…」
「ああ
ワシも側室は娶っておる
お前もいずれ、そう言った話が来るだろう」
それを聞いて、ギルバートは嫌そうな顔をした。
「何だ?
嫌そうな顔をして」
「私はまだ、そういった事には興味が持てなくて…」
「はははは
そういうところはアルベルトに似ているな」
「え?」
「あいつもお前ぐらいの頃には、ジェニファーには見向きもしないで訓練ばかりしていてな
よく愚痴を聞かされたよ」
「母上が?」
「ああ
ジェニファーも貴族だからな、 婚約話も多数来ていた
だからアルベルトが見向きしてくれないと、よく愚痴っていたよ」
「私も…
いずれは結婚しなければならないのでしょうか」
「そうだな
それも王族の義務
避けて通る事は出来んだろう」
「そう…ですか」
ギルバートは返事はしたが、納得は出来なかった。
好きでも無い相手と、我慢しながら結婚なんて出来るのだろうか?
父と母の姿を見て来たので、とても想像が出来なかった。
しかし王族になった以上、いずれはそういった話が来るだろう。
その時に、自分は納得できるのか?
ギルバートは自信が持てないでいた。




