第164話
開かれた扉を潜り、謁見の間に入る
そこには貴族と文官が並んでおり、片側に20名ずつ立っていた
貴族は華美な衣装に身を包み、文官は地味なローブを着ていた
文官も貴族も全員が並んでいるわけでは無く、王都に在住している者が登城していた
ギルバートは謁見の間に入ると、先ずは跪いて頭を下げる
そのまま声が掛けられるのを待って、その場に待機する。
貴族達に囲まれて、視線が集中するのが感じられる
その場で国王の言葉が掛かるまで、黙って視線に堪えなければならないのだ
「次の者
先ずは名を名乗れ」
国王の声が掛かり、ギルバートがそれに答える。
「はい
ギルバート・クリサリス殿
登城致しました」
「うむ
よくぞ参った」
ギルバートの答えに、周囲の貴族達が騒めく。
どうやらギルバートの登城を知らない者も居て、驚いている様子だった。
「先ずは近くへ寄るが良い」
「はい」
ギルバートは返事をして、立ち上がってから謁見の間の中央まで進む。
そこで一旦跪くと、再び頭を下げた。
「良い
ワシとアルベルトの仲じゃ
そなたも可愛い甥に当たる
もう少し前に来るが良い」
「はい」
国王に促されて、さらに少し前へ進む。
玉座の前の階段の下まで進んで、そこで再び跪く。
「うむ
先ずはよくぞ参ったと申しておこう」
「はい」
頭を下げたままで、国王の言葉に応える。
「アルベルトの事は、残念であった」
「はい」
「して、今回はどういった用向きで参った?」
「はい
先ずは父上の死のご報告と、その原因となった魔物の侵攻についててございます」
再び貴族達が騒がしくなるが、国王は片手を挙げてそれを制した。
「静粛に
さあ、報告を頼む」
「はい」
国王の言葉に応えて、ギルバートは報告を始める。
「先ずは父上の死ですが
魔物の襲撃で重傷を負い、その傷が元で亡くなりました
魔物の侵攻は、その前後で起こっております」
「うむ
それは報告を受けておる
それで間違いなさそうだな」
国王が横を向き、そこに控える宰相が頷く。
数人の貴族が、アルベルトの訃報を聞いて改めて悔しそうに呟く。
声ははっきりとは聞こえなかったが、その様子からも、父を慕う者も居たのだと感じられた。
それだけでも、ギルバートは救われた気がした。
王都の有力貴族には疎まれていたが、慕ってくれる者も居たのだ。
それが嬉しかった。
「それで
魔物の侵攻とは?」
「はい」
「王都近郊でも、ゴブリンやコボルトが出たと聞きました
しかしダーナでは、それ以上の魔物が多数確認されています」
「何と!」
「それは大変だ」
今度は数人の貴族が反応して、思わずといった感じで声を上げていた。
「静粛に!」
再び国王に制止されて、貴族達が静かになるまでギルバートも待っていた。
「続けてくれ」
「はい」
「ダーナでは、オークという豚の頭をした人間の様な魔物や、大型の魔物も現れております
その中の、オークという大きな鬼の魔物が襲撃して来た際に、ダーナの城門が破壊されました」
「なんと…
あの城門が壊されたのか」
「はい
オーガは3m前後の大きさです
ダーナの城門でも十分ではありませんでした」
「そうか…
それほどの物が…」
国王もこれには、思わず唸って考え込んでいた。
「僭越ながら、この王都の城門でも、長期間の籠城はお勧め出来ません
大型の魔物に関しては、オーガ以外にも居ますので」
「そうだな
ワシが聞いた限りでも、トロルやワイルド・ベアといった魔物も確認されておる
城門の強化は今後の課題であろう」
国王はそう言いながら、宰相の方を見た。
宰相も頷き、対策を検討すると答えた。
「それにつきましては、既に対策を練っているところです
問題は周辺の町に対しても、何らかの対策を講じる必要があるかと」
「そうだな
王都も重要だが、その他の町も対策をしなければな
それに対しては、近日中に対策を練る様に伝えておいてくれ」
「はい」
宰相が頷き、文官がそれを書類に書き留める。
それを確認した後に、国王は再びギルバートの方を向いた。
「それで
魔物の事については、後ほど詳しく聞くとして、その他にも報告する事はあるか?」
「はい
先ずは私の親友にして、従者として来ているアーネストを紹介させてください」
「うむ
許可をする」
「アーネストをここへ」
宰相の声を聞き、騎士が再び扉の前へ移動する。
そうして扉が開かれると、アーネストが中に入って来た。
「アーネスト
召喚されて参りました」
「うむ
特別にギルバートの傍まで進む事を許可する」
貴族達は騒めくが、構わず国王は、アーネストが進み出るのを待っていた。
それでアーネストも根負けして、返事をして進み出た。
こうした謁見に於いては、従者といえどもそこまで前には出させない。
それは国王に害意があったら困るからだ。
ましては相手は、魔術師らしいローブを着ていた。
魔術であれば、剣の様な近接武器より危険だ。
下手をすれば、謁見の間の中央からでも国王に危害を加えられるからだ。
「では、失礼させていただきます」
「うむ」
アーネストが前に来た事で、ギルバートも話がしやすくなった。
「先ずは今回の登城に当たり、国王様に献上品がございます」
「ほう
それは何だ?」
ギルバートは顔を上げて、宰相を見る。
宰相は頷き、手を叩いて合図を送った。
そこで扉が開かれて、大きな布を被った物が運ばれて来た。
「こちらでございますが、私が仕留めた魔物になります」
「ほう
そなたが仕留めたのか」
「はい
これはなかなか見られない魔物ですが、その肉は非常に美味で、こうして運んで参りました」
布が下ろされて、魔物が姿を現す。
アーマード・ボアはまだ、一部が凍っていた。
それでも全身がそのままなので、謁見の間に居た者には十分な衝撃を与えた。
「こ、これが…」
「こんな大きな物が…」
先ずはその大きさで、貴族達は騒然としていた。
騎士が一人出て、その魔物の腕に軽く切り掛かる。
これは事前に話していた事で、魔物がどれだけ危険か示す為のデモンストレーションだった。
キン!
軽い金属音がして、その魔物を覆っている鱗が、相当固い物だと示された。
「な…んだと?」
「あれは鉄製の剣だろう?
それを弾くのか?」
魔物は既に死んでいる。
それは見ている者にもすぐに分かった。
しかし問題は、それでも鉄製の武器を弾くのだ。
これが生きていて暴れていたら、丈夫な武器でも簡単に壊されただろう。
「この魔物の名は、アーマード・ボアと言います
見ての通り、頑丈な鱗が特徴です
これは魔鋼を用いた武器でも、そう簡単には切り裂けませんでした。
「何だと」
「魔鋼と言ったら、最上級の鉱石ではないか
それを弾くと言うのか?」
多くの貴族は、純粋にその頑丈さに驚いていた。
しかし一人の貴族が、そんなギルバートに質問をしてきた。
「ならば聞こう
そこな貴様は、どうやってこれを倒した」
貴族はギルバートを子供と見て、見縊っていたのだ。
挑発的な態度を取り、馬鹿にした様に鼻を鳴らした。
「そうですね
普通に戦っては、この魔物の鱗に弾かれるでしょう」
ギルバートはそう言うと、騎士の一人に近付いた。
これは打ち合わせに無かった事で、騎士も狼狽えていた。
「すいません
少しの間、剣を貸していただけませんか?」
「え…」
騎士は狼狽えながら、国王の方を向いた。
国王は頷き、剣を貸す様に促した。
「しかし…」
「良い
いざとなれば、そなた達がおるであろう」
それは正論であったが、無茶な言葉でもあった。
騎士でも切れなかった物を切ろうとするのだ。
それが出来るのなら、ギルバートは十分な脅威となり得る。
しかし国王に促されているので、騎士も逆らう事は出来なかった。
「っ…」
「すぐにお返しします」
「分かった」
騎士は剣を引き抜くと、柄を差し出してギルバートに渡した。
ギルバートはそれを受け取ると、ゆっくりと魔物の死体に近付いた。
「ふっ」
ザシュ!
見た目はあまり力を入れている様には見えなかったが、魔物の腕が切り落とされた。
「おお!」
「あんな簡単そうに」
貴族達が驚く。
先ほど騒いでいた貴族も、驚いた顔をしていた。
しかしそこで引き下がっていては、沽券に関わると思ったのだろう。
「こんな小僧が出来るんだ
私にだって…
貸せ!」
貴族は前に進み出て、ギルバートの腕から剣を奪った。
考えてみれば、国王の御前でこんな行為をすれば、不敬罪に問われても仕方が無い。
しかし貴族は、そんな事も判断出来ないのか、そのまま切り掛かった。
ガキン!
「ぐわっ」
貴族は思いっきり切り掛かったが、剣は弾かれてしまった。
腕が痺れたのか、苦しそうな顔をする。
それを見て、数人の貴族が声を殺して笑う。
その様子に、貴族は顔を赤くして腹を立てていた。
「くそっ
ふざけるな
何か仕掛けがあるんだろう」
腹を立てた貴族は、何を思ったのかギルバートに切り掛かった。
「おっと」
「な!」
しかしギルバートは、貴族が振るった剣を軽々と受け止める。
それも刃先を素手で受け止めて、怪我をする事無く止めていた。
そうして貴族が力を込めても、そのまま剣を掴んでいた。
「何で
そんな!」
「衛兵!」
宰相の指示があり、騎士と衛兵が貴族を囲んだ。
「ふざけるな
私を誰だと思っているんだ」
「それは貴方もですよ」
「陛下の御前で、そんな不敬な振る舞いをして、許されるとお思いですか?」
「それなら、こいつは?
この小僧はどうなんだ?」
「ギルバート殿はアルベルト様の子息です
国王様の甥ですよ」
「私の方が上だろう
私は選ばれた人間だ
こんなどこの田舎とも分からない、子倅よりも優秀な…」
「黙れ!
いい加減にしろ!!」
遂に国王が怒って、怒鳴り声を上げた。
それに驚いて、貴族は顔が青くなった。
「陛下
私は…」
「この国に、選ばれた人間等と言う考えは要らん
そんな考えを持つ者は、捕らえて厳重に見張る必要があるからな
衛兵
そ奴を縛って、独房にでも入れておけ!」
「は、はい」
国王の恫喝を受けて、兵士も貴族も震え上がっていた。
その隙に騎士は剣を取り返し、貴族を縛り上げる。
衛兵に引き立てられて、貴族は喚きながら退出した。
「すまなかったな」
国王はその様子を見て、ギルバートに謝罪の言葉を掛けた。
「いえ
とんでもございません」
ギルバートは慌てて首を振った。
国王が頭を下げるなど、本来はあってはならない事なのだ。
それも下に当たる貴族に対して等、本来はしてはならない。
しかし事が事なので、誰もその事は責めなかった。
「それで
今のはどうやったのじゃ?」
「はい」
国王が話題を変えたので、ギルバートは助かったと思った。
そこでスキルの話をして、安心させようと思った。
「これはまだまだ調べている途中なのですが、スキルという技術がございます」
「うむ
報告は受けておる」
「はい
そのスキルの中に、自身の力を高める物もございます」
「なるほど
それを使ってみたのか」
「はい
これを身に着ければ、みなさんも魔物との戦闘が楽になります」
ギルバートの言葉に、貴族達の顔色が明るくなる。
騎士が歯が立たなかった事で、魔物に対してどうしようかと思っていたのだ。
「ふむ
それについては、後ほど色々と報告してもらおう」
国王は顎髭を撫でながら、少し考えていた。
「それにしても…
頑丈な鱗
それに美味である肉
献上品としては十分であるな」
「はい
魔物の素材を加工すれば、丈夫な武器や鎧も作れます
私のこの服も、魔物を加工して作りました」
「なるほど
見た事も無い素材だと思っていたが、それも魔物の素材か」
「はい」
国王は宰相の方を向くと、すぐに素材の加工と食肉の手配を命じた。
「皮も丈夫だし、鱗を使えば鎧を仕立てれるだろう
それから肉だが、鮮度はどうだ」
「はい
アーネスト殿が凍らせていたので、十分な鮮度が保たれています」
「うむ」
「そういえば、アーネストの件がまだであったな」
「あ、はい」
ここで再び、貴族達の視線はアーネストに向かった。
そもそも、何で魔術師の彼が呼ばれたのかが、まだ説明されていなかったのだ。
「今回の旅に於いて、彼の協力が是非にも必要でしたので」
「うむ」
「魔物を凍らせて、ここまで運べれたのは、アーネストが魔法で凍らせてくれたからです」
ここで貴族だけでなく、文官まで騒めき始めた。
確かに魔物は凍っていたが、それがアーネストの仕業と言うのだ。
「ふむ
アーネストがこの魔物を、凍らせていたと言うのか?」
「はい」
「しかし、ダーナからここまで、一月近く掛かるであろう
その間、ずっと凍らせていたのか?」
「はい
後程詳しく報告しますが、アーネストの魔力ならば、一度の魔法で1日は凍らせれます
それで氷が溶けない様に、時々掛け直してもらっていました」
「なるほど
仔細は分かったが、そうなると、アーネストが優秀な魔術師という事になるな」
「はい
彼は高名な、ガストン老師に師事していました」
「何と
あのガストンにか」
「はい」
この辺は事前に打ち合わせをしていたので、国王の驚きはわざとらしかった。
「それならば、さぞ優秀であろう」
「はい」
隣の宰相も頷いていた。
「ギルバート殿が登城されていたのは、実は昨日の夕刻になります」
「そうなのか?」
「はい
そこで問題が起きまして…」
「何だと!」
この辺りは、昨日の登城していた貴族も知っている。
しかし全員が知らないので、わざとらしく大袈裟にしていた。
「それを解決してくれたのも、実はこのアーネスト殿です」
「そうなのか?」
「はい」
ギルバートも頷き、アーネストの活躍を認めた。
国王は頷くと、打ち合わせ通りに質問をした。
「して、その問題とは何が起こったのだ?」
「はい
少し長くなりますが、よろしいでしょうか?」
国王が頷き、ギルバートが語る事となる。
昨日起こった拉致事件の顛末と、それに関わる貴族の犯罪についてであった。




