第163話
ギルバートは王城のホールに戻り、右側の貴族用の客室に案内される
荷物は既に運ばれており、そこで着替えてからもう一度案内をされる
客室の通路の奥に、貴族用の浴室が用意されている
そこで衣服を脱いでから、広い浴室へと向かった
浴室は大きく、湯船はゆったりと寝そべるだけの大きさがあった
そこでゆっくりとお湯に浸かって、薬草から作られた粉石鹼で全身を擦る
それから熱いお湯で流して、再び湯船に浸かった
暖かいお湯に浸かると、全身に倦怠感が起こり、疲れていたのだと改めて感じた
「ふう…」
風呂から出て、汗とお湯をタオルで拭き取る。
そうしている間に、メイド達がお湯を捨てて新しいお湯を張り直す。
次に入るアーネストの為の準備だ。
「はあ…
さっぱりした」
「おう
疲れは抜けた様だな」
アーネストが笑顔を浮かべて、外で待っていた。
それからアーネストも風呂に向かい、ギルバートは休憩場所で休んでいた。
「冷たい冷水です」
「ありがとう」
メイドに冷水を渡されて、ギルバートは笑顔で礼を言った。
メイドは静かに頭を下げて、その場を退出する。
渡された冷水は、冷たくて美味しかった。
何かの果実の絞った汁が混じっていて、後味も爽快であった。
暫くして、アーネストも休憩室に出て来た。
「はあ…
生き返るな」
「死んでいたのか?」
「まさか?」
ギルバートの苦笑いを見て、アーネストも笑顔で答える。
そうしながら、アーネストも冷たい果実水を受け取った。
ひと息ついてから、二人は食堂に案内された。
既に時刻は深夜を越えているので、簡単な夜食が用意されていた。
「捕まっている間は、食事が無かったからな」
「そりゃあそうだろ
これから殺そうって奴に、食事なんて出さないだろう」
「そうだろうけど、何か食べたかったよな」
改めて腹ペコだと主張しながら、ギルバートは夜食に出された食事にかぶりついた。
それは簡単な物で、少量のサラダと干し肉、パンと野菜のスープであった。
アーネストはスープとパンだけ食べて、ギルバートは全部平らげていた。
「アーネストは食事は…」
「ボクも食べていないぞ
だが夜中だしな…」
「そうか?」
アーネストが思ったよりも食べないので、ギルバートはてっきりもう食事はしている物だと思っていた。
しかしアーネストは、逆に食べていないので食欲が無くなっていたのだ。
食事が終わって、執事が酒が必要か尋ねて来る。
「どうされますか?
ご要望でしたら葡萄酒もございますが」
「私は良いです」
「ボクは…
いや、止めときます」
アーネストは一瞬迷ったが、断った。
明日は謁見が控えているし、酒が無くても寝れると思ったからだ。
「それでは寝室にご案内します
今日はそのまま眠られますか?」
「ええ」
執事は一瞬、迷いながらアーネストを見たが、アーネストは黙って首を振る。
それで執事も判断出来たのか、二人をそのまま客室へ案内した。
二人は隣り合った部屋に案内されて、執事はその部屋の前で離れた。
「私はここまでで
明日は、何時頃にお伺いすればよろしいですか?」
「そうですね…」
「起こしに来るのも着替えも良いので、8時に来て下さい
食事の後で謁見と考えて良いんですよね?」
ギルバートの代わりに、アーネストが手早く話を詰める。
「はい
それでは8時に食事で、その後に謁見の手配を致しましょう」
「はい
それでお願いします」
アーネストの答えに満足して、執事は頭を下げて戻って行った。
二人は部屋に入ると、さっそく今日の話を始めた。
先ずは城門に着いて、拉致されたところからだ。
「しかしよく無事だったな」
「ああ
奴等は私を、誰にも気付かれない場所で殺そうと思ったんだろう」
「だろうな」
計画はずさんだったが、バレたく無い様子だった。
そこからも、事前に計画して準備はしていたと思われた。
ただ、王都から迎えが来るのは想定外だったと思われて、慌てて対処した様子だった。
「奴等はギルが来るのは知っていたが、詳細は知らなかったんだろう」
「そうなのか?」
「ああ
だから使い魔を殺した奴と、ガモンは直接連絡を取れていなかったんだろう」
使い魔を捕まえて、処分した者が居る筈だ。
しかしそいつは、王城に勤めていた事になる。
それが誰か分からないが、情報の全てがガモンに伝わっているわけでは無さそうであった。
「そうなると、王都から迎えが出るのを知って、慌てて手を打ったんだろうな」
「そうだな
それでいい加減な計画だったんだろう」
「しかしそれでも、貴族の名前を出したりして手馴れていたぞ」
「ああ
誘拐に関しては、何度もやって慣れていたんだろう
実際に誘拐に関しては、貴族が絡んでいたからな」
「貴族が?」
アーネストはベルモンド卿の事を話して、どういった事が行われていたかを説明した。
「ベルモンド卿という貴族が居てな、こいつが今回の黒幕の一人だ」
「そいつは何者だ?」
「元は地方の町の男爵だが、今は王都の貴族街に屋敷を持つだけの貴族だ」
「領地が無い貴族か?」
「ああ」
「どうやら父親も選民思想にかぶれていてな、それで取り潰されたらしい」
「父親が?
それなのにまだ、その息子も悪い事をしていたのか」
「そうだ」
「屋敷に貴族の子息を攫って来て、奴隷にしていたんだ」
「奴隷に…
という事は…」
「ああ
そいつも選民思想者だ」
アーネストの説明を聞きながら、ギルバートは呆れていた。
「父親がそれで失敗したのに、また選民思想か?」
「ああ
自分達は選ばれた者なのに、こんな身分なのは納得出来ないという考えなんだろう」
その説明を聞いても、ギルバートには理解が出来なかった。
ギルバートが父親に教えられたのは、貴族は力を持つ者なので、住民を守る使命が有る。
それを上手くこなす為にも、住民とは仲良くしておく必要がある。
住民も同じ人間だが、貴族の様な力を持っていない。
だから貴族は、住民が安心して暮らせる様に心掛けないといけない。
その代わり、住民は貴族を尊敬して、守ってもらう代わりに力を貸してくれる。
生活を豊かにしてくれるし、様々な物を作ってくれる。
だから貴族は、住民を守っていかなければならない。
ベルモンド卿というのは、その守る義務を怠ったのだ。
「奴隷というのは厄介だな」
「ああ
自分の欲望を満たす為に、他者を不当に扱う
悪い考え方だ」
アーネストも忌々しそうに呟く。
「それで?
なんだって貴族の子息を?」
「え?」
「何か目的があって奴隷にしてたんだろう?」
「あ、ああ
そ、そうだよ
自分の方が上だと示したかったんだろうな、うん」
アーネストの様子がおかしいので、ギルバートはさらに突っ込む。
「本当か?」
「ああ
そうだとも」
ギルバートの眼がジト目になっていたが、それ以上は突っ込まなかった。
何か隠している様子だが、それが何か分からなかった為だ。
「それで?
ベルモンド卿というのは分かったが、もう一人のガモンは?」
「奴には兵士達が向かったから、どういった事になったかは分からない
明日の謁見の時か、その後にでも説明があるだろう」
「そうか」
アーネストはダモンやフランドールの事も知っていたが、それは報告しなかった。
まだ確認が取れていない事もあるので、詳しくは話せないからだ。
「そうなると、後は明日の謁見が終わってからか」
「ああ」
「ギル…」
「ん?」
「そのう…
謁見は大丈夫そうか?」
アーネストはギルバートが、謁見を上手く出来るかを心配していた。
「大丈夫だと思うんだが…」
道中もだが、ダーナに居た時も練習はしていた。
後は敬語等に気を付けるだけだろう。
あまり自信は無さそうだったが、気後れはして無さそうだった。
大丈夫だと判断して、アーネストは部屋を出る事にした。
「じゃあ、明日は8時に迎えが来るから」
「ああ
それまでには起きるよ」
アーネストは部屋を出て、そのまま自分の部屋の前に来る。
そこで振り返り、暗がりに顔を向ける。
「そこで見ているんでしょう」
「…」
「大丈夫です
私も魔法で監視しています
ヘイゼル様にはよろしくお伝えください」
アーネストはそれだけ言うと、そのまま自分の部屋に戻った。
後には暗がりに残された、見張りの密偵が黙って跪いていた。
それから数時間して、朝の日の光が差し込み始める。
アーネストは伸びをしてから、ベッドから起き出した。
ダーナの領主邸宅のベッドに比べると、格段に寝易かった。
恐らくは羊毛と藁を使った寝台に、上等な野鳥の羽毛の布団が掛けてあった。
そのベッドでゆっくり休んだので、短い時間であったが眠気はすっかり抜けていた。
そのまま起き上がって、時報の鐘が鳴るのを待つ。
時報の鐘が7回だったので、まだ7時だと気付いた。
「少し早いか…」
アーネストが呟くと、それを待っていた様にドアがノックされた。
コンコン!
「はい」
部屋に入って来たのは、若いメイドであった。
「すいません
どうしても老師が、お話がしたいと申されて…」
アーネストは一瞬、怪訝な顔をする。
老師と言うのなら、恐らくヘイゼルの事だろう。
それならば謁見の後にでも、話をする時間はある筈だった。
「こんな時間にですか?」
「はい」
メイドも困った様な顔をして、苦笑いを浮かべていた。
アーネストも溜息を吐きながら、その招待に応えた。
「分かりました
ただ謁見もあるので、時間は短くしてくださいね」
「はい」
メイドは頷くと、老師の場所へと案内した。
そこはホールから回廊を通って、別の建物になっていた。
別の建物に入って、大きな部屋に案内される。
そこは倉庫の様に物が詰め込まれていて、空いている場所には羊皮紙が積まれていた。
「あー…」
そこはいかにも魔術師の部屋といった感じであった。
置かれた物もよく見てみれば、魔物の素材や魔術に使う触媒であった。
その奥に大きな机があり、書類に埋もれた老人が座っていた。
「おお
よく来たな」
その老人こそ、ガストン老師の弟弟子のヘイゼル老師であった。
ヘイゼルは立ち上がって、アーネストの近くに来た。
「7年ぶりか?」
「はい」
アーネストは一度だけ、ガストンに連れられてヘイゼルと会った事があった。
しかしまだ子供だったので、ほとんど覚えていなかった。
「さあ、話してくれないかな?
向こうで何が起こっているのか」
ヘイゼルに促されて、アーネストはダーナで起きている事を語った。
それは魔物に関しての事もだが、魔導書や反乱についてもだった。
アーネストは暫く、そこでヘイゼルと話していた。
部屋に戻った時には、ギルバートも起きて待っていた。
時刻は8時を少し回っていたが、執事はその場に控えて待っていた。
「それでは、朝食にご案内します」
執事の後に着いて、二人は食堂へと向かった。
そこでは二人しか居なくて、静かに食事をする事が出来た。
朝食は新鮮な野菜のサラダと、焼き立てのパン、それとスライスされた肉が焼かれていた。
肉は牛の肉の様で、しっかりと味付けがしてあった。
それとサラダを食べながら、パンの旨味を楽しんだ。
「このパンは柔らかくて旨いな」
「ああ
焼き立ての上等なパンだな」
「これは…」
「牛だと思う」
「牛?」
ダーナには牛が居なかったので、ギルバートは知らなかった。
「家畜用の動物で、大人しくて大きな生き物だよ」
「へえ」
二人は朝食を済ますと、お茶を飲んで寛いでいた。
そろそろ9時の鐘も鳴るので、それから謁見の準備に掛かる。
服を式典用の服に着替えて、時刻の少し前に待機しなければならない。
その時間も踏まえて、二人はゆっくりしていた。
9時の鐘がなり、二人は客室に向かった。
ダーナから持って来た荷物の中に、式典用の服も用意されていた。
それを着てから、二人は謁見の間の近くの控室に案内された。
そこで時間まで待ち、案内されてから謁見の間に入るのだ。
「少し…緊張するな」
「ああ」
ギルバートは緊張して、顔は強張っていた。
しかしアーネストの方は、まだまだ余裕があるのか平然とした顔をしていた。
実際には既に謁見は始まっており、貴族が順番に顔を出している。
既に謁見の間には、主だった貴族が集まって並んでいた。
そこへ新たに用事のある者が登城して、国王の御前に進み出るのだ。
「昨日は誰も居なかったが、今日は貴族のみなさんがいらっしゃいます
くれぐれも粗相の無い様に」
執事が小声で、謁見に入る前の注意をする。
それに頷いて、ギルバートはもう一度衣服を確認する。
華美では無いが、田舎者に見えない様に、最低限の衣服は選んでいた。
素材も上等なワイルド・ベアの毛皮を使って、毛皮を青く染め上げていた。
それにフォレスト・ウルフの牙や爪を使った装飾をして、見栄えも良くしていた。
「変じゃあ…無いよな?」
「ああ
それだけ飾っているなら問題無いだろう」
アーネストの言葉に頷いて、ギルバートは正面のドアを見る。
ドアがノックされて、いよいよその時間が来た。
執事が頷き、ドアを開けた。
「では、行ってらっしゃいませ」
「はい」
ギルバートも頷き、その重厚な扉を見た。
騎士が両側に立ち、無言で頷いてから扉に手を掛ける。
それがゆっくりと開かれて、謁見の間の中が見えた。
貴族や文官が並んでいて、その奥はまだ見えなかった。
「さあ、どうぞ」
「はい」
ギルバートは頷き、ゆっくりと前に進んだ。
いよいよ国王との謁見が行われる。
長い旅が、これで終わるのだ。




