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聖王伝  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
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第160話

賊を捕らえに向かった騎士が、血相を変えて戻って来た

宰相の前に来ると、慌てて伝えられた事を話す

それを聞いた宰相も、事の確認が取れずに困っていた

何せ名前が挙がった貴族が、有力な反国王派の貴族の一人だったからだ

迂闊な行動も取れないと、宰相は判断に窮していたが、国王は即断した

直ちに兵を差し向けて、ベルモンドの屋敷に向かう様に指示を出した

アーネストが謁見の間に戻る頃には、騎士団の精鋭が集められて準備が出来ていた

ベルモンド伯爵は壮年だが、力のある貴族だ

抱えている私兵も多く、貴族街とはいえ、そこにどれだけの兵を集めているか分からない

総勢24名の騎士と、捕縛の為の兵士が36名も集められていた

この人数で行けば、いかに私兵を抱えた貴族でも、捕縛は可能だろう


「いつの間に…」

「ふははは

 驚いたか」


「城門での一件で、捜索の兵を集めておきました

 彼等なら、貴族の息が掛かっておりません

 安心して同行させてください」

「助かります」


宰相の命に従って、騎士達を先頭に貴族街を進む。

騎士達も今回の件には、些か怒りを覚えていた。

宰相の名を使い、国王に会いに来た貴族を拉致したのだ。

それも今回だけでは無い。

以前にも似た様な連れ去りがあり、幾人かの貴族の子女や子息が消えているのだ。


「子供を連れ去るなど許せん」

「そうだ」


騎士達は正義感が強く、こうした事件は許せなかった。


「それにしても

 よくあんな策を思い付きましたね」

「え?

 ああ…」


騎士達はベルモンドの屋敷に着き、周囲を兵士達に囲ませた。

賊が逃げ出せなくさせる為だ。

そうした準備を整えながら、アーネストに質問していた。

その策というのは、先ほどの捕り物の事である。


アーネストは不審な兵士を見抜いて、それとなく目配せをして合図をしていた。

宰相は理由が分からなかったが、アーネストの合図に気が付き、その兵士に応援を呼ばせた。

それで来たのが、ベルモンドの私兵が化けた兵士達だった。

騎士達はそれが分からず、アーネストの指示通りに後を着けていたのだ。


「本当ですよ」

「あの兵士が出て行った後の、アーネスト殿の言葉には驚きましたよ」

「ははは…」


アーネストは宰相に、あの兵士が恐らく、黒幕の手配した密偵だと告げた。

それを聞いた時に、兵士のほとんどが驚いていた。

それはその兵士が、いつから潜んで居たのか分からなかったからだ。

恐らくは密偵にとって必要な、気配を消したりする術を身に着けているのだろう。

もしかしたら、そういったスキルも存在するのかも知れない。


兎も角、兵士が怪しいという事で、後を着ける様にお願いをしたのだ。

騎士達は半信半疑だったが、宰相も頷くので指示に従った。

その結果が、先の捕り物になったのだ。


「どうして見破ったのかもですが、兵士が増えていたのも気付きませんでしたよ」

「そうだよな…」


騎士達は気付かなかったが、アーネストは最初から不審に思っていた。

それで周囲を観察してみれば、その兵士だけ配置が不自然だったのだ。

恐らく今までも、そうやって謁見の間に忍び込んでいたのだろう。

そうして情報を聞き出して、主に報告していたのだ。


「あの男だけ、行動が不自然でしたからね

 外から来た私だから、逆に気が付いたのかも知れません」


アーネストはそう言って謙遜していたが、注意深く観察していたからだ。

それだからこそ気が付いたし、逆に罠に嵌めれたのだ。

勿論、自分が魔術師と知らせて、油断させる事も忘れていなかった。


「あの手の奴等は、油断したら口が軽いのでね

 上手く行って良かったです」


そう言いながら、アーネストは合図を待っていた。

もうすぐ配置が完了して、騎士と共に館に突入する。

そうすれば、ギルバートの行方が分かる筈だ。


「騎士殿

 配置が完了しました」

「ありがとう

 それでは…」

「しかし、馬車が見付かりません」

「何?」


兵士達は屋敷の周りを固めたが、その際に馬車が留めてある厩舎も確認していた。

しかしそこには、馬車は留められていなかった。


「本当にここで合っているんでしょうか?」

「そうだなあ

 しかし、確実にベルモンド卿は関わっている

 賊は嬉しそうに語っていたからな」

「そうですか…」


どうやら馬車は無く、ギルバートがここに居る可能性は低くなっていた。


「直接ここに向かったんでは無く、他の場所に捕らわれているのか」

「しかしそうなると、ここで確実に伯爵を捕らえないと」

「ああ

 ギルバート殿が危ないだろう」


そうは言っても、この騎士は捕り物の現場に居合わせていた。

だからギルバートが、今のところは無事だろうと判断していた。

寧ろ賊が手荒い真似をしたら、返り討ちに遭っているかも知れない。


「どうしますか?」

「突入するしかないでしょう

 少なくとも、何某かの情報は握っている筈です」


アーネストの言葉に、騎士達も頷いた。

それで突入が決まり、兵士も配置に戻った。


合図を送ってから、騎士が4名だけ進み出て、正面から屋敷に向かって歩いて行く。

それを見て、当然屋敷の警備兵も警戒する。

騎士が貴族街に来るのも不自然だが、そもそもこのタイミングで来訪者が来るのが怪しかった。


「何者だ!」

「私達は国王様の命で、この屋敷を調べに来た」

「ここがベルモンド伯爵様の屋敷と、知っての事か」

「ああ

 だから調べに来たと、そう言っているだろう」


警備兵は互いに目配せして、槍を構える。


「どういう理由かは知らんが、こんな夜分に通すわけにはいかん」

「邪魔をするつもりか?」

「ああ

 どうあっても通さん」


警備兵が槍を構えたまま、入り口を守っている。

騎士は溜息を吐くと、腰から長剣を引き抜いた。


「どうあっても押し通る」

「させるか!」


警備兵が槍を突き出すが、騎士はそれを軽々と弾き上げた。


ガキーン!

「ぐうっ」


警備兵の男が、呻き声を上げて蹲る。

騎士は素早く槍を跳ね上げると、そのまま剣の柄で腹を殴ったのだ。

それを見て、もう一人の警備兵は狼狽えた。

その隙を見逃さず、他の騎士が素早く後ろに回った。


「が…」


素早く手刀が振り下ろされ、警備兵は気を失って倒れた。

それを兵士達が出て来て、素早く縄で縛りあげる。

そうしている間に、騎士達は玄関に向かって行った。


悪趣味なごてごてした扉を前に、騎士の一人がノッカーを掴んだ。

ゴツゴツと音を立てて、ノッカーが鳴らされる。

その音を聞いて、ドアが中から開けられた。


「何だ?

 こんな時間に訪問など、聞いて…」

「国王様の命で、こちらを調べさせてもらう」


騎士が剣を突き付けて、ドアの見張りを外へ引き摺り出す。


「国王がなんだって言うんだ!」

「うるさい

 黙って指示に従え」


男は兵士達に囲まれて、素早く縄で縛られた。


「こんな事をして、許されると…」

「貴様らこそ、子供を攫って許されると思っているのか?」

「ど、どこでそれを??」


男の言葉に、騎士は確信した。

こいつ等は子供達を攫った事に、加担している。


「探せ!

 どこかに証拠となる物がある筈だ」

「おお」


騎士達が出て来て、次々と屋敷になだれ込む。

その行く先には、剣を構えた荒くれ者も居たが、素早く打ち倒して取り押さえる。

捕まった者達は、後から入った兵士達によって縛られて行く。

そうして数十分も経たない内に、屋敷のほとんどが制圧された。

中にはまだ抵抗する者もいたが、騎士に囲まれて倒されていく。


残すは2階の伯爵の部屋だけとなり、そこには屈強な戦士が2人身構えていた。


「こいつは手強そうだな」


騎士は一目見て、こんなところに居るのは勿体ないと思う様な戦士だと見抜いた。

しかし戦士は、伯爵の部屋のドアを護る為に、捨て身になって戦おうとしていた。


「ここは私の出番ですね

 下がってください」

「アーネスト殿?」


「来るな!

 こっちに近付くな」

「出て行けー!」


「何に怯えている?

 弱みでも握られたか?」

「うるさい!」

「ここを通すわけにはいかないんだ」


アーネストは溜息を吐くと、小声で呪文を唱えた。


「スリープ・クラウド」


既に呪文は唱えていたのか、結句を唱えた瞬間、白い煙が二人の男を包んだ。

その途端に必死の形相が崩れて、男達はその場に崩れ落ちた。


「哀れな

 仕える者を誤ったばかりに」


アーネストは小声で、同情する様に呟く。


「な、何が起こったんだ?」

「眠らせただけです

 縛っておいてください」

「あ、ああ」


騎士達が男を抱えて、後方の兵士達に引き渡す。

騎士達も複雑な顔をしていた。

真っ当に生きていれば、一端の剣士になれたかも知れない。

自分達も、一歩間違えればああなっていたかも知れないのだ。


「それでは」

「ああ」


騎士がドアを開け、伯爵の部屋に踏み込む。

そこは寝室にもなっていて、伯爵と二人の子供がベッドに居た。

伯爵はお楽しみの途中で邪魔をされて、顔を真っ赤に染めて怒鳴った。


「な!

 貴様ら、何者だ!」

「私達は国王様の命で、この屋敷を調べに参りました」

「国王のだと?

 あの唐変木が、何の権限で!」


「そこの子供…

 どうやら」

「ええ

 行方不明の貴族の子息です」


「ええい

 貴様らでは話にならん

 ワシの屋敷に無断で入って、生きて帰れると思うなよ」


伯爵はベッドの脇の机から、呼び鈴を取って鳴らした。

しかしいくら鳴らしても、誰も来なかった。


「ええい、どうなっておる

 ワシの命令が聞けんのか!」


アーネストも騎士も、呆れて溜息を吐く。


「伯爵

 私達が入ってきているんですよ」

「それがどういう意味か、まだ分かりませんか」


アーネストと騎士に言われて、伯爵もようやっと事態が飲み込めてきたのだろう。

真っ赤な顔が、今度は青ざめた顔に変わった。


「な?

 ばかな

 ワシの兵士達は?」

「みんな捕らえましたよ」

「部屋の護衛は」

「当然」


「馬鹿な

 あいつ等は腕利きの剣士だぞ

 女房や娘を人質に、何でも言う事を聞いて…」

「そうやってあの二人を、無理矢理従わせていたのか」


アーネストが低く唸る様な声で呟くと、素早く呪文を唱え始めた。


「アーネスト殿

 お止めください」

「放せ

 このクズを、文字通り屑にしてやる」

「止めてください

 そんな事をしても、誰も喜びませんよ」

「それでもだ

 せめてあの二人は、救われるだろう」

「駄目ですって」


騎士が取り押さえて、アーネストを引き摺って行った。

それでどうにか、騎士は伯爵を尋問出来る様になった。

伯爵もどうやら、魔法で殺される脅威が去ったと思って、胸を撫で下ろしていた。


「それで…」


騎士は蔑んだ目で、伯爵を見下ろしていた。

その横には、鎖で繋がれた子供達が居た。

二人共未成年で、まだ年の頃は10歳に満たないぐらいだろう。

そんな男の子供が二人、大人の女性でも恥ずかしがりそうな際どい下着を着せられて、伯爵の寝所に繋がれていたのだ。

そこで何をさせられていたのか、言わずとも想像は出来ただろう。


「まったく、良い趣味ですな」

「…」


騎士は嫌味で言ったのだが、伯爵は顔を赤らめて俯いていた。


「その為に、貴族の子息を拉致していたのですか」


騎士は溜息を吐きながら、首を振った。


「ち、違うぞ

 この子達は、献上されたんだ」

「献上?」

「ああ

 ガモンの奴がな、新しい領地を手に入れるという話で

 それに協力してくれるのならと…」


伯爵は観念したのか、べらべらと言い訳を始めた。

しかしその言い訳に腹に据えかねたのか、騎士の顔がみるみる怒りの形相に変わった。


「ガモンとは、ガモン商会のガモンか?」

「あ、ああ

 奴はワシにも利益を分けると言ってな

 ワシの様に選ばれた人間なら、当然その様な資格がある」

「新しい土地とは?」

「さあ?

 詳しくは知らんが、ダーナの子供を捕まえろと言って来たから、恐らくはダーナじゃないか」


騎士は歯軋りをしながら、必死に怒りを堪える。


「その子供というのは、何処に連れて行った」

「さあ?

 ワシは言われた場所に連れて行かせただけだ

 なあ、ワシは罪にはならんだろう?」


「罪にはならないとは?」

「ワシはガモンに従っただけだ

 悪いのはそう、ガモンの奴だ

 大体あいつは、商人のくせに選ばれたワシを…」

「歯食いしばれー!」


ゴガン!


鈍い音がして、伯爵はベッドに叩き付けられた。

衝撃でベッドの縁が砕け散り、伯爵の左頬が腫れ上がっていた。

二人の男の子は、その光景を見て震え上がっていた。

片方の子は気を失ってしまい、もう一人も泣き出していた。


「あ…

 すまない

 君達が悪いんじゃあ…」

「ああ…

 折角ボクが悪者になったのに」

「すまない…」


アーネストが怯えさせて、騎士が詰問する。

流れとしては上手く行ったのだが、騎士が堪えられる物では無かった。


二人の男の子は、他の騎士が鎖を外して、速やかに外へ連れ出した。


「失敗したな

 先に子供を解放してやれば良かった」

「すまない…」


「やってしまった事は仕方が無いでしょ

 それより、地下室が無いか探してください

 他にも貴族の子供が、行方不明になっているんですよね」

「ああ、そうだ

 すぐに探そう」


騎士達は手分けして、屋敷の捜索をした。

伯爵の部屋からは、貴族の子供を奴隷にする契約書等が見付かる。

それはガモンの名前ではなく、他の名前で作られていた。

証拠として残さない為だ。


「なかなか頭が切れるらしい」

「そうだな

 自分の名前で残していない」


他にも違法な取引や、犯罪者を匿って雇う指示などが書かれた書類も見付かった。


「この犯罪者って」

「ああ

 あの二人もそうなんだろう」


指示書をよく見ると、犯罪の内容まで書いてあった」


「これは?」

「そもそも、犯罪じゃないのかも知れないな」

「犯罪者に仕立て上げて、そうして雇わせていたのか」


調べれば調べるほど、キナ臭い書類が出て来る。

それらを兵士に持たせて、早急に宰相の元へ届ける様に指示をした。

しかし、そうした中にも、ギルバートの行方を掴める様な物は無かった。

後はガモンを締め上げて、吐かせるしか無い様だった。


アーネストが悔しさで歯噛みしていると、階下から地下室が見付かったという報せが届いた。

騎士達と共に、その地下室の入り口へと向かった。

そこは伯爵の執務室から繋がる、薄暗い地下への階段だった。


地下は暗くて、そこからは黴臭い匂いと、何かが腐った様な匂いがした。

嫌な予感を胸に、アーネストはその階段を下り始めた。

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