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聖王伝  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
159/800

第159話

クリサリスの王城は、国の中心となるだけあって大きかった

数百mにもなる広大な敷地に、700mほどの大きさの城と隣接する建物が建っている

どれも石造りで、堅牢な城塞と兵舎が建ち並んでいる

いざとなったら住民が逃げ込める様に、備蓄や予備の部屋も備えられている

これだけ大きな城なので、当然見回りの兵士も多数配置されている

そうした兵士に見詰められながら、アーネストは城の奥へと案内される

その奥には、200mほどの広さの謁見の間があった

謁見の間に通されると、既に準備がされていて、多くの貴族と文官が並んでいた

その奥に玉座があり、国王であるハルバートが鎮座していた

ハルバートの隣には、王妃であるエカテリーナが座り、両脇には小さな席が設けられていた

恐らくは、そこへ姫君が座られるのだろう

今は夕刻なので、こちらには同席していなかった。


「アーネストよ

 こちらへ」

「はい」


アーネストは謁見の間に入ると、先ずは深々と礼をして、その場に跪く。

それから国王に促されて、少し前の階段まで進み出た。

そこで再び跪くが、国王はそれを制止させる。


「そんなに畏まらなくとも良い」

「陛下!」


宰相が小声で注意するが、ハルバートは構わなかった。


「良い

 ワシとこの子の仲じゃ

 そんなに目くじらを立てるな」

「しかし…

 他の者に示しが」

「ワシは、良いと言ったが?」


ハルバートの言葉に、宰相も黙ってしまった。

しかし周りの貴族達は、忌々しそうにアーネストを見ていた。


「陛下

 申し訳ありませんが、ここは公式の場です

 ここは皆様の顔を立ててください」


アーネストがそう言うと、ハルバートは驚いた顔をした。

ほんの少し前までは、駄々をこねる子供だったのに、いつの間に成長したのか。

ハルバートは優しい顔をして、ニッコリと微笑んだ。


その笑顔に、数人の貴族は苦虫を噛み殺した様な顔をする。

しかし大多数の貴族は、アーネストが他の貴族を立てる様に言った言葉に、感心して見ていた。


「うむ

 それではそこで良い

 顔を上げてくれんか?

 しばらくぶりじゃからな」

「はい」


アーネストが顔を上げると、ハルバートはうんうんと頷く。

まだまだ子供だが、強い意思を持った顔になっていた。

それに満足したのか、周囲を見回す。


「そういえば、ギルバートが居らぬが?

 てっきりワシは、あの子と来たと思っていたが?」

「その事なんですが…

 御人払いを、よろしいですか?」


アーネストの言葉に、周りの貴族達が騒めく。

中にはけしからんとか呟いていたが、国王の手前、大きな声では言えなかった。


「どういう事じゃ?」

「はい

 少々面倒な事になりまして」

「それと人払いは、関係があるのか?」

「はい

 誰が関係しているのか分かりませんので」

「うーむ…」


「小僧!

 貴様、我等を愚弄する気か!」

「そうだそうだ!」


堪らず数人の貴族が、声を出して文句を言い始めた。

それを見たハルバートは、片手を挙げてそれを制した。


「皆様を疑うわけではございません

 が…

 既に名を挙げられませんが、お家の名を騙られた方もいらっしゃいます」

「な!!」


アーネストのこの言葉に、先ほど文句を言ってた貴族も驚いた。

貴族の名を騙った者が居るのでは、その関係者が居てはマズい。

しかし迂闊に名前も出せないので、この場は全員が出るしかないのだ。


「事情が分かっていただいた様ですので、申し訳ございませんが…」

「貴様が語る事が、真実だと言うのか!」

「これ、アルザス卿」


アルザス卿と呼ばれた男は、年の頃は20代半ばほどで、いかにも貴族らしい面構えであった。

アーネストを睨みつけて、帯剣していたならば即切り掛からんという剣幕であった。

周りの貴族達が押さえなければ、国王の前でも掴み掛かっていただろう。

アーネストはその名前を、念の為に覚えておく事にした。


「真実かどうかは、今後の調べで分かるかと思いますが」

「こんな小僧の戯言を、信じる者が居るか

 即刻叩き切ってしまえ」


アルザス卿はさらに喚いたが、数人の貴族に取り押さえられて、一番に退場させられた。

それを見て、他の貴族も退出を始めた。


「あ、兵士のみなさんと護衛の方は大丈夫です

 ただ、文官の方は…」

「そうだな

 宰相のサルザート以外は退出させよう」


国王も事態を理解して、文官を退出させた。

これで残ったのは、国王と護衛の騎士、それと数名の兵士だけとなった。


「それではアーネスト

 話してくれるな」

「はい

 その前に…」


アーネストは短く呪文を唱える。


「これは…」

「外に会話が聞こえなくさせる魔法です

 これなら、外で盗み聞きされません」

「なるほど

 それは便利だな」


ハルバートは後で教えてくれと言ってから、改めて話を聞く事にした。


「それでは

 先ずは…」


アーネストは事の顛末を語る。

リュバンニに逗留して、バルトフェルドから王都へ報せが届けられた事。

王都から迎えが来て、それに乗って王都まで来た事。

王都の城門で交代に来たと言う兵士が待ち構えて居て、その者達にギルバートが連れ去られた事。

その馬車が行方不明で、王城の門番に事情を話した事まで伝える。


「うーむ」

「ハルバート様」


宰相が小声で呟き、番兵からの報告を告げる。


「その者達はどうやら、私の名前も使っており

 私からの指示という事で、ギルバート殿を迎えに行っていた様です」

「そうか…」


そこでアーネストは首を傾げて、ハルバートに確認をする。


「陛下は…

 そのう、私達の到着は?」

「聞いておらんな」

「はい

 私も伺っておりません」


「となると、伝言の使い魔も…」

「そんな物まで使っておったのか?」

「はい」

「そうですな

 魔物の侵攻が終わった後も、何度か来ておりました

 しかしここ数日は…」


「何者かが使い魔を捕らえて、こちらへの報告を途絶えさせていた…」

「恐らくは」


ハルバートは唸りながら拳を握り締める。

ギルバートを拉致された事もだが、それ以前にダーナと王都での情報を遮断されていたのだ。

これは由々しき問題であった。


「それでは、手掛かりは無いのか?」

「それなんですが

 兵士達の報告では、エストブルク卿の兵士と名乗っていたと」

「エストブルク卿の?

 しかし彼は、王都に兵士は持っていないだろう」


エストブルクは小さな町の領主であり、王都に邸宅を持つほどの身分では無かった。

男爵にはなれたが、一代限りだし、そこまでの財力も無いのだ。


「恐らくは、名前を騙られたのかと

 しかし、彼が犯人では無い事は確かでしょう」

「そうだな…」


ここまでの事をするのだ、それなりの力を持った貴族であるのは間違いがない。

問題はそれは誰かという事と、何の目的があってかという事であった。


「誰が、何の為に…」

「あの話が漏れたとは考えられません」

「ええ

 私も使い魔には、その事は記しませんでした」


アーネストも念の為に、王都に向かう事しか記さなかった。

だからギルバートが王都に向かった事は知られても、その理由までは知られていない筈だ。


「その使い魔は、どうやってこちらに?」

「普通の鳩と同じ様に、こちらのヘイゼル様に宛てて飛ばしました」

「ヘイゼルか

 なら、届けば報告は上がる筈だな」


「使い魔もそれなりの力を持たせています

 空を飛んでいるので、魔物にもやられたとは考えられません」

「そうなると、王城に着いてからになるか」

「そうですね」


そうなると、城の警備の者の中にも犯人の仲間が居る事になる。


「これは弱ったな」

「はい

 思ったよりも根が深いですな」


「ギルバートは王城には入っていません

 そうなると、途中の貴族街に捕らわれている可能性が高いです」

「そうだな」

「そうなると、貴族街に屋敷を持つ、貴族が怪しい事になる

 それで人払いですな」

「はい

 それと指示を出した者を考えると、文官にも繋がりがあるかと」


アーネストの答えに、宰相も唸るしか無かった。

こうなると、捜索の指示も攪乱されたり、虚偽の報告が上がる可能性が有るからだ。

しかし、捜索の指示は出さなくてはならない。

ギルバートを無事に、見付けなくてはならないのだ。


「そうだな

 そうなると…」

「いよいよ手詰まりですな…」


「そうでも無いですよ」

「え?」

「うん?」


アーネストは苦笑いを浮かべながら、策があると告げた。

それは予想外な物であった。


「奴等が王家の紋章を付けた馬車を奪ったのは確実です

 それなら、奴等が隠してある場所を見付ければ良いんです」

「しかしそうは言っても、貴族街は広いぞ」

「そうですよ

 どうやって探す気なんです?」

「それは魔法を使えば

 何せ私は、魔導士ですから」


アーネストはニヤリと笑い、すぐに貴族街に捜索に出ると告げた。


「時間がありません

 こうしている間にも、ギルの、ギルバートの命が危険かも知れないんです

 何せギルは、武器を全て馬車に置いて行ってるんです」

「そうだな

 いかに腕が立つと言っても、まだ子供だ」

「それに武器が無くては、抵抗も出来ないでしょう」


「それでは、陛下にはお願いがございます」

「うむ

 何だ?」

「兵をお貸し頂きたいのです

 私では、兵士に囲まれては敵いませんですから」


「うむ

 分かった」


ハルバートは宰相を見て、宰相もそれに頷く。

宰相は直ちに、兵士に向かって指示を出す。


「直ちに準備を整えて、彼と一緒に貴族街に向かうのだ」

「はい」


兵士は返事をすると、慌てて謁見の間を出て行った。

その姿を見送ってから、アーネストは具体的な話をし始めた。


数十分後、兵士は8名の部下を引き連れて、謁見の間に到着した。


「用意が完了しました」

「うむ

 頼んだぞ」

「はい」


兵士は敬礼して、アーネストの前に来た。


「それではご案内いたします」

「ええ

 頼みます

 何せ私は、ここは分からないので」


アーネストは兵士に先導されながら、謁見室を出た。

そのまま長い回廊を進み、やがて違う建物に進んだ。


「おや?

 ここは来た場所とは違うね?」

「そりゃあそうさ

 ここは人気が無い場所だからな」

「そうそう

 ここは避難民を収容する建物だ

 お前を殺すには、お誂え向きな場所だ」


そう言いながら、兵士達は剣を引き抜く。


「おいおい

 これはどういう事だ?」

「はははは

 こいつは馬鹿なガキだ

 何で自分が死ぬかも知らない様だ」


「貴様はベルモンド様に逆らったんだ

 楽に死ねると思うなよ」


男達は、下品な顔を歪ませて笑っていた。

兵士だと思っていたが、どうやら違う様だ。


「おかしいな?

 陛下から捜索に駆り出された兵士だと思ったが?」

「そりゃあ無理さ」

「何せ見付けられちゃあ困るからな」


「なるほど

 そのベルモンドとやらが、今回の黒幕か」

「そういう事だ」

「おい、喋りすぎだぞ」


「なあに、こいつは魔術師だ

 呪文さえ唱えられなければ何も出来ない

 おっと、動くなよ」


男はそう言いながら、剣を構えてアーネストの前へ出て来る。

呪文を唱える前に、手足でも切り落とそうという考えなのだろう。


「やれやれ、参ったな」

「ぎゃははは

 呪文を唱えれなければ、お前は何も出来ないだろう」


「なあ」

「ああん?」


「教えてくれよ

 何でギルを狙ったんだ?」

「あの小僧か?」

「ああ」


「あいつはダーナの領主の息子だそうだな

 そいつを殺せば、後はフランドールとか言う奴だけだ

 そうなれば…」

「おい」

「おっと

 そうだな

 これ以上のお喋りは…」


男が剣を振りかぶる。


「先ずは腕からが良いかな?

 それから運び出して、後は切り刻んで…」

ガキン!


「ああん?」


しかし男の剣は、アーネストの目の前で阻まれた。

薄水色の光が、アーネストの周りを包んでいた。


「何だ?

 これは?」

「プロテクション・フィールド

 ボクだけしか守れないが、貴様の剣ぐらいならこれでも十分だ」


ガン!

ガキン!


「くそっ

 くそお!!」


男はさらに切り掛かるが、剣は光の壁に遮られて打ち込めなかった。

周りの男達も打ち掛かるが、その度に光の壁に遮られて、剣は届かなかった。


「くっ

 ずらかるぞ」

「そうは行かない

 そろそろ出て来て下さい」

「はい」


建物の入り口から声がして、騎士達がなだれ込む。

12名の騎士が、鎌を構えて賊の周囲を取り囲んだ。


「な、何だ!」

「お前が密偵だとは、すぐに分かった

 何せあの場所で、ニヤニヤしてたのはお前だけだったからな」


アーネストは敵の手の者が居ると気付いて、一芝居打ったのだ。

そのお陰で、こうして罠に掛ける事が出来た。


「くそっ

 何でバレたんだ」

「お前…

 察しも悪いが、頭も悪いんだな」


「自分で気が付いていなかったみたいだが、あの場でニヤニヤしてたら、そりゃあ誰でも疑うだろ」

「な…」


男は狼狽えて、周囲に逃げ場が無いか見回す。

しかし騎士の方が人数も多いし、逃げ場も見当たらなかった。


「誰か急いで、ベルモンドとやらの屋敷を捜索させてください」

「はい

 しかし相手が貴族ですので、すぐには…」

「でしたら、先ずは国王様にお伝えください」

「はい」


騎士の一人が、急いできた道を引き返して行く。

その間に賊は取り押さえられて、騎士達によって捕縛されていった。


「くそお

 オレ達はベルモンド様の兵だぞ」

「そうだ

 オレ達に手を出す事が、どういう事か分かっているのか」


「黙れ!!

 貴様らこそ、陛下の命に逆らい、こんな事を仕出かしたんだ

 どうなるか…分かっているだろうな」

「ぐ…」


騎士に凄まれて、賊の男達は黙った。


「アーネスト殿

 ありがとうございました」

「これで手掛かりがえられました」

「いえ

 早くギルを見つけ出してやらなければ…」


「そうですね

 いくら魔物と戦ったとはいえ、まだ子供ですからね」

「ええ

 暴れて貴族を殺してなければ良いんですが…」

「え?」


アーネストの言葉に、騎士達は固まってしまった。


「えーっと…

 ギルバート殿はそのう…

 武器は持っていないんですよね?」

「え?

 ああ

 武器が無くても、腕力はかなりありますから…

 下手に武器を持って対峙すれば、逆に奪われて反撃されますよ」

「へ?」


それを聞いて、騎士だけでなく賊の男達も驚いていた。


「子供…なんですよね?」

「ええ

 私と同じぐらいの

 でも、魔物を倒せるんですよ」


アーネストの言葉に、騎士達は改めて驚き、唾を飲み込んでいた。

子供だというのに、そんなに腕が立つのかと。

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