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聖王伝  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
155/800

第155話

ギルバート達は客間に戻ってから、今後の事を話していた

領主との会談は、終始懐かしさもあって和やかに済まされた

しかしその事で、具体的な話は一切進んでいない

恐らくこのままでは、もう一日は滞在しなければならないだろう

その事を踏まえて、兵士には馬車の確認をする事を伝えてある

馬車には凍らせた魔物が乗っているので、状態を確認する必要があるからだ

アーネストは馬車の氷を確認してから、再び客室に戻った

そこでは兵士が待っていて、夕食の宴への迎えに来ていた

そのまま兵士に促されて、再び階下の広間に向かう

そこから賓客を迎える宴席へと案内される

そこは普段は食堂として使っている場所を、宴席へと変えている様子であった


領主バルトフェルドが奥の席に座り、その右手に奥方が座っている。

左手には少年が座っていて、恐らく彼が嫡男の、領主の息子になるのだろう。

執事であるマーリンは、領主の後方に控えていて、いつでも要件を聞ける様に立っていた。


「よくぞ参られた

 ささ、席に座ってくれ」

「はい

 それではお言葉に甘えて」


ギルバートが応えて、領主の向かいになる下手の席に腰掛ける。

右手の席が引かれて、アーネストも腰を掛けた。

兵士達は別の宴席が用意されていて、そちらでは兵士達同士で親睦を深めているだろう。

こちらは貴族同士で集まり、歓談を交わす事になる。


「彼がアルベルトの息子、ギルバート殿になる」

「まあ

 あなたのご友人であった、あの方の?」


奥方はそう言って、上品に礼をする。

ギルバートもそれにならって、席を立ってから貴族の礼をする。


「ギルバート・クリサリス

 現在は廃嫡となっていますので、階位はございません」

「まあ

 ご丁寧なこと」


そう奥方は言いながらも、少し眉を顰める。


「しかし、廃嫡とはいかがなされましたの?」

「父上の命がございまして、これから王都に向かい、国王様に面談致します

 詳しくはその上で、陛下からお話があるかと思います」


ギルバートはそう答えたが、バルトフェルドも眉を顰める。


「うーむ

 何があるのかは知らないが、廃嫡とは穏やかでは無いな

 それでフランドールが、ダーナの領主に選ばれたわけか?」

「はい

 実は父上が亡くなる前に、既にお話が上がっておりました

 それはバルトフェルド様には、伝わってはいませんでしたか?」

「ああ

 フランドールに領地を賜る話は出ていたが、それがダーナになったのはてっきりアルベルトが急死したからだと思っていた

 それなら、ワシが後ろ盾になる理由になるからな」


バルトフェルドからすれば、領主になるには立場上難しいギルバートが、成人するまでの代わりの領主だと思っていた様だ。

確かに領主代行として赴いていたし、成人してからギルバートが、再び領主に着くのなら納得がいくのだろう。

それはギルバートが、王都で何らかの手柄を挙げて、バルトフェルドが後ろ盾になるというシナリオも含めての話だ。


しかし、元々廃嫡が決まっていたのなら話が変わってくる。

それならば、廃嫡にするだけの理由が有る筈だ。


「まさか…

 姫と婚約させるおつもりなのか?」

「え?」


ギルバートは、バルトフェルドが思わず呟いた言葉に驚いた。

姫という事は、国王の娘になる。

その子と結婚して、王太子にするつもりだと考えたのだ。


しかし、姫という事なら、本当はギルバートの妹になるのだ。

それは無いとは思うが、事情を知らないバルトフェルドからすれば、そちらの方が現実味があった。


「姫様というのは?」

「ギル

 国王様には、お二人の姫君がいらっしゃる

 王子が亡くなった後、お産まれになられた姫君だ」

「そう

 マリアンヌ様とエリザベート様だ

 御年8歳と6歳になられる」

「8歳と…6歳??」


ギルバートは困惑した。

妹が9歳と7歳になったばかりだ。

二人はそれよりも下になる。

そんな子供と婚約だなんて、どうかしてると思った。


「はっはっはっ

 ギルバート殿は驚いている様子だが、貴族の婚姻は早く決めるものだ

 こちらのフランツも、既に婚約者が二人いる」

「え?

 二人??」


「ギル

 貴族では多婚も認められている

 貴族間の結び付きを強める為、こうした多婚はよくある話だ」


アーネストが小声で伝えて、貴族の政略結婚の事を伝える。


「お前にはそういう話は来ていないが、それでもアルベルト様の下には申し出は幾つか来ていた

 まだ決まっていなかったのは、理由があるからだ」


それが何なのか知っているだけに、アーネストは理由は告げなかった。

しかしギルバートは、そんな事よりも妹達の事が気になっていた。

ダーナにも妹が居るが、こちらにも本当の、血の繋がった妹が居たのだ。

それも二人も居る。

そしてその二人を、子供なのに婚約者にする??


ギルバートは困惑して、それが顔にも出たのだろう。

奥方が優しく微笑んで、諭す様に話し掛ける。


「ギルバート殿は、まだ貴族の風習を学んでいない様子です

 あまり先の話をされては、困ってしまうでしょう」

「うーむ

 それはそうだろうが、陛下がそう考えておられては、いずれは…」

「あなた」


奥方の言葉に、重圧を感じてバルトフェルドは黙った。


「さあ

 もうその話は止めましょう

 それより、旅の話を聞かせてくれませんか?

 ダーナとはどういった場所で、ここまでどうやって来られたのか」

「は、はい」


ギルバートも奥方の迫力に飲まれていたが、慌てて話を始めた。

それは宴席という事も考えて、血生臭い話は省いて、どういった行程で来たかという話にしていた。


「ダーナは森の傍にありまして、そのノルドの森を抜けて…」


ギルバートはノルドの森を抜けて、竜の背骨山脈を越える旅の話をした。

どういった景色があり、野営ではどういった料理を食べたという話だった。

それは実に子供らしい話で、奥方は時々頷き、話しに相槌を入れながら聞いていた。

しかしフランツは、面白く無いのか黙って食事を続けていた。


「そうですか

 トスノでも内戦の噂が」

「はい

 ここまで話が来ているという事は…」

「ああ

 既にフランドールは兵を起こしている

 内戦が起こるのは、時間の問題だろう」


バルトフェルドは重々しく答えて、それで宴席はしんと静まり返った。

それを破ったのは、先ほどまで無口であったフランツであった。


「そんな事より、お前は兄上より強いのか?」

「これ!

 フランツ」

「止しなさい」


奥方とバルトフェルドが慌てて止めようとするが、彼はそれに構う事無く続ける。


「お前は兄上を負かせたと聞いた

 本当に強いのか?」

「フランツ!」


バルトフェルドが叱ったが、フランツも黙っていなかった。


「だって、兄上がこいつに負けたって

 あんな強い兄上が、こんな奴に負けるだなんて」

「フランツ

 彼の方が年上だし、彼は公爵の…」

「だけど廃嫡になったんだろ

 だったら侯爵の嫡男である、ボクの方が上の立場だよ」


フランツの言葉に、バルトフェルドは顔を覆って項垂れる。

貴族らしい教育を行っていたつもりだが、それがこういう裏目の結果になるとは。


「アン

 すまんがフランツを連れて…」

「いえ

 それには及びません」


ギルバートがそれを制して、大人の対応をしようとする。


「フランツ殿…

 で良いかな?」

「ああ」


フランツは子供らしく、ぶっきらぼうに答えた。


「君がその話を聞いたのは、いつの事かな?」

「つい先週、兄上からの文が届いた

 そこには貴様に負けて、魔物にも負けたと書かれていた

 兄上はよほど悔しかったのだろう」

「そうか…」


「魔物に負けた事も書かれていたとなると、最近の事だな

 それなら納得も出来る」

「だから何だ!」


「確かに私は、フランドール殿に勝ちました

 訓練での戦闘でも、魔物に挑む事でも」

「な!」

「それでも、フランドール殿は強いですよ

 もしかしたら、次は勝てないかも知れない」

「当然だ

 兄上は強いんだ」


「そうですね

 彼は確かに強い」


「きっと貴様に負けたのも、貴様が何かしたからだろう!」

「フランツ!

 いい加減にしないか」


さすがに言い過ぎだと、バルトフェルドがフランツを叱る。

しかし彼は、それでもまだギルバートを睨んでいた。


「そうですね

 今も彼は戦っているでしょうから、もっと強くなっているかも知れませんね」

「当然だ!」


そう言って、フランツはフンと鼻を鳴らして膨れっ面をする。

よほど兄に憧れているのだろう。

そんな強い兄を倒したというギルバートを、気に食わないと睨んでいる。


「ボクが貴様を倒してやる

 そして化けの皮を剥いでやるんだ」

「止さないか」

「でも、父上

 こんなボクと変わらないぐらいの年の奴が、兄上に勝つなんて…」


ギルバートは、そんなフランツを見てアーネストの方を見た。

多分フランツも、バルトフェルドもギルバートの事は詳しく知らないだろう。

それは出自もだが、スキルや称号も含めてだ。

だが、アーネストは首を振って止めとけと告げる。


「ギル

 勝負してあげるのは良いが、お前にはアレがある」

「ああ」


「逃げるのか!」

「逃げはしないが…」


ギルバートは困って、再びアーネストを見る。

アーネストもどうした物かと悩んでいた。


ここで勝負を受けるのは簡単だ。

模擬試合として木刀で、適当に負かせてしまえばいい。

しかし問題は、それでこの少年が納得するかだろう。


「すまない

 フランツには後で、ワシの方からもよく言っておく」

「いえ

 彼の気持ちも分かります

 ですから気になさらないでください」


ギルバートはそう言って、それ以上は特には言わなかった。

フランツはよほど悔しかったのか、そのまま席を立って自室に向かって行った。

それを心配して、奥方も席を立って後を追い掛けた。


「すまんな」

「いえ、お気になさらず」


ギルバートはそう言って、ここで改めて話題を変える事にした。

奥方も席を立ったので、これなら話がしやすいと思ったからだ。


「話は変わりますが」

「ん?」


「バルトフェルド様は、隊商が行方不明になっている事は御存じで?」

「うむ

 ガモンが騒いでいるからな

 探せと煩くて困っている」


ギルバートはアーネストに目配せをして、頷くのを確認する。


「その事で、お耳に入れたい事がございます」

「ん?

 何だね?」

「そのガモンの部下ですが、デブだすとか…」

「ぷっ」

「ギル

 ダブラスだ」

「ああ、そうだった」


バルトフェルドは、笑いを堪えながら咳払いをして確認する。


「ん、うおっほん

 その名前をどこで?」

「本人が名乗っていましたので」

「何!」


「この事は…

 陛下にお話しするまでご内密にお願いします」

「う…

 分かった」


「デ…ダブラスですが、山脈で出会いました」

「竜の背骨山脈でか?

 あいつは何でそんな所に…」


「そこで奴等は、野盗紛いの事をしていました」

「な、何だと!」

「バルトフェルド様」


ギルバートが慌てて口元に指を当てて、静かにする様に示す。

それを見て、バルトフェルドも事の重大さに気付いた。


「もしかして…」

「ええ

 私達を襲って、奴隷にしようと考えていた様です」

「な!

 …奴隷だと?」

「はい」


「奴等は隊商を襲っては、荷物を奪って殺していました

 そして気に入った者は、そのまま奴隷にして連れていた様です」

「うーむ

 そんな事を」


「私は詳しくは知りませんが、何やら慰み者?ですか?

 それにするとか言っていましたね」

「え!

 あ…」


バルトフェルドがアーネストを見るが、アーネストは頷いて肯定した。


「そ、そうか…

 君を慰み者に…ねえ」


バルトフェルドは何か考える様な仕種をしてから、アーネストの方を見る。

アーネストが苦笑いをしてから首を振ったので、それで知らないと理解出来た。


「それなら、そいつは奴隷を連れていたのかね?」

「はい

 少女と少年を馬車に連れていました」

「その子供達は?」

「それは…

 そのう…」


ギルバートは急に歯切れが悪くなり、返答に迷っていた。

そこでアーネストが、代わりに答える事になる。


「ギルには責任はありません

 ボクが命じました」

「ん?」

「連れて行く状況でも無く、隷属の魔術が施されていました」

「そうか…」


バルトフェルドは事態を飲み込み、それ以上は問わなかった。


「そうなると、他の者も」

「ええ

 全て始末させて、冒険者達にも口止めはしました」

「そうか…」


バルトフェルドは理解して、それ以上は質問を控えた。


「分かった

 マーリンも、今の話は聞かなかった事にしてくれ」

「はい

 それが宜しいかと」


マーリンも頷き、この話は暫く伏せられる事になった。


「いずれは陛下から指示があるだろう

 それまでは、ワシも何も聞かなかった事にする」

「はい

 よろしくお願いします」


「それにしても…

 行方不明はそれが原因か?」

「恐らくは」


「そうなると、それまでの行方不明者もそいつ等の仕業かも知れんな」

「ええ

 恐らくはそうでしょう」


アーネストは肯定しながら、それに一つ付け加える。


「ただ、奴等だけとは思えません」

「と、言うと?」

「他にも同業者がいるでしょう」

「奴隷商人か」


バルトフェルドもそこに気が付き、難しい顔をする。


「そうなると、後ろ盾の貴族にも思い当たる者が居るな」

「ええ

 怪しい者は調べるべきでしょう

 まだバレていないと思っている今の内に、内偵をさせましょう」


マーリンはそう言って、怪しい貴族を調べる事を決めた。


「すまんな

 また仕事が増えてしまう」

「構いませんよ

 いつもの事ですから」

そう言うと、マーリンはさっそく手配をすべく、食堂から出て行った。


「良いんですか?」

「そのつもりで話したんだろう?」


バルトフェルドはそう言って、アーネストの方を見た。

ギルバートも思わず振り向くが、アーネストは黙って頷いた。


「アーネスト

 そんな事を考えて…」

「言ったら、ギルは反対しただろう」

「う…

 そりゃあそうだが…」

「こういうのはボクの仕事だ」


「がははは

 ギルバート殿は、頼もしい友をお持ちのようだ」


まるでワシの、マーリンの様な

バルトフェルドは心の中でそう付け加えて、二人を頼もしそうに見詰めた。

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