第154話
城の大きさは200mぐらいだろうか?
敷地も含めて1㎞ぐらいの大きな砦の中に、300mほどの大きさの訓練場が2つと宿舎が建っている
規模から考えれば町中に建つには不自然で、よく見れば町は砦の前に造られていた
小高い山に造られた砦の前に、城壁を建てて町にした様な感じだ
町の出来た理由を考えれば、それは当然であった
交易の為に渡る隊商が、安心出来る大きな砦の前で休息を取る
それを商機と見て、宿屋や商店が作られていく
やがてそれは集落になり、徐々に大きくなって町となる
町の規模になれば、治めるべく領主が派遣される事になる
こうして砦の領主を兼任する、ザウツブルク卿が治める事となったのだ。
「ここから見える景色も、美しいですね」
ギルバートは城の入り口で振り返り、その光景に目を奪われた。
砦が建つ山は高台になっているので、町だけではなく周囲の公道も見張れる。
それで町の灯りもよく見えるし、公道の先に沈む夕日も見えた。
「景色が見えるだけではありませんよ
何かあれば、ここからすぐに確認出来ますからね」
景色もよく見えたが、火の手が上がったり、軍勢が攻めて来てもよく見えただろう。
それだけでは無い。
周囲の公道に建てられた詰所も、ザウツブルク卿が発案して建てられた物だった。
ザウツブルク卿は貴族には向いていないが、民衆思いの良い領主であったのだ。
その為信頼も厚く、民衆や商人に慕われていた。
「領主様は、民衆が安心して暮らせる町を目指しています
その為には、この砦は理想的でした」
元々は高かった砦の城壁も、町が見渡せ易い様に高さを低くしてあった。
そうする事で、民衆も安心出来るし、領主も民衆の顔を見る事が出来た。
「しかし、何でバルトフェルド様はそんなに熱心なんですか?
失礼ですが、普通の貴族はそこまでは…」
「ああ
それは領主様も元は平民だからですよ
武勲で侯爵の地位まで上がられましたから」
「なるほど」
平民の出であるから、民を思う領主になれる。
それならば、生粋の貴族に意味はあるのだろうか?
ギルバートがそう考えていると、アーネストが小声で囁いた。
「ギル
それは口には出すなよ」
アーネストだからこそ、ギルバートの疑問が理解出来たのだろう。
その疑問がどれだけ危険か知っているので、敢えて注意を促す。
貴族が貴族の在り様を疑う事は、国の基盤を揺るがし兼ねないからだ。
アーネストに睨まれて、ギルバートは何か言い掛けたが諦める。
その鋭い視線から、それが余程マズい事だと判断したからだ。
「え…と
よろしいですか?」
アーネストが不意に何か囁き、主であるギルバートを睨んでいたのだ。
案内をしていた兵士も、居た堪れなくなって言葉を探した。
「あ、すみません
ご案内をお願いします」
アーネストは気を取り直す様に明るい声を出して、兵士に促す。
それで兵士もホッと溜息を吐きながら、再び案内を再開する。
入り口は大きな城門があるが、普段は開きっぱなしになっている様だ。
有事の際に、避難民を入れて締めるのだろう。
その中には、華美にならない様に、地味な飾りつけをした広間が広がっている。
普通は貴族は、権威を示す為に広間は飾り付ける。
しかしバルトフェルドは、そんな金があるなら軍備を整えるタイプだ。
華美な飾りつけを嫌って、最低限の飾りだけをしていた。
「これは…」
「地味でしょう?
よく挨拶に来られた客人が、口を揃えておっしゃります」
「そ、そう…ですか」
思わずそうですねと言いそうになり、アーネストに足を踏まれる。
慌てて言い繕うが、兵士はニッコリ微笑みながら答えた。
「そう思われて当然です
貴族は飾り付けて力を示すもの
これも本当は、領主様は嫌がっているんですよ」
バルトフェルドは嫌がるが、それでも町民が主張して、せめてこれぐらいは飾って欲しいと持って来るのだそうだ。
それで領主も、渋い顔をしながらも飾るのを許可していた。
「本当は、住民の気持ちは嬉しいんですよ
でも喜んだらさらに飾りが増えて、いざという時に邪魔にならないか心配してらっしゃって」
兵士の言葉に、ギルバートは納得して頷いた。
そう言われてみれば、父であるアルベルトも飾りは少なくしていた。
あまりゴチャゴチャ飾ると、邪魔になると思っていたからだ。
「父上も…
あまり飾りは無い方が良いと言っていました」
「アルベルト様もですか」
ギルバートの言葉に、兵士は嬉しそうにしていた。
自分の主だけと思っていたが、他にも理解を示す貴族が居たのが嬉しかったのだ。
地味な広間を抜けて、飾りの少ない回廊を進んで行く。
飾り気は無いが、暖かい色の絨毯が敷かれて、所々に暖房用の暖炉も整備されていた。
大理石で造られているので、夏場は涼しいが、冬場には寒くなるのだろう。
途中の要所要所に部屋はあるが、兵士が立って閉じられていた。
貴族の邸宅というよりは、本当に城塞となっている様であった。
ギルバートがあまりキョロキョロ見るので、兵士は苦笑しながら呟く。
「やはり、貴族の方からすると珍しいでしょうか?」
「え?」
「お前がじろじろ見過ぎるからだ」
「痛えっ」
アーネストがこっそりと、ギルバートの脇腹を小突く。
ギルバートもキョロキョロしていたのを、自分で気付いていなかったのだ。
「すいません」
「いえ
確かにみなさん、貴族が住むにはと仰りますから」
兵士の苦笑いに、ギルバートは申し訳なさそうに頭を下げる。
「すいません
邸宅と言うよりは砦に…痛いって」
遠慮なく言うギルバートの、脇腹を再びアーネストが小突く。
それを見て、兵士は苦笑いをしたまま気にしないでくださいと答えて、再び案内を再開した。
大広間の奥に、兵士達が待機する部屋と食堂があり、その奥が領主の居城となっていた。
先ほどの広間より小さいが、少し飾りつけのされた広間がもう一つあった。
そこから階段を登ると、2階に客間が並んでいる。
「どうぞ、こちらで寛いでください」
そこは貴族用の客間と、その従者達の控室になっていた。
兵士達はそこへ入ると、さっそく武装を解き始めた。
領主の邸宅に招かれているのに、武装していてはマナーが悪いからだ。
その間にギルバートも、旅の装備から貴族らしい服へと変える。
これから領主に会うのだから、服装にもこだわらないとならないのだ。
「準備は良いか?」
「ああ」
アーネストの方を振り返ると、既に小綺麗なローブに着替えていた。
すっかり準備が整った頃に、タイミング良くドアがノックされた。
コンコン!
「準備はよろしいでしょうか?」
部屋には入らず、ドア越しに確認の声を掛ける。
この辺の教育も、しっかりされている様子だった。
「はい」
「では、領主様の元へご案内致します
お連れの方はこちらで、お待ちください」
兵士は、連れの兵士達は来なくて良いと伝えた。
しかしアーネストは、そんな兵士に頭を下げる。
「申し訳ございませんが、私は同行します」
「え?」
「アーネストは領主様に面識がありますので
よろしいでしょうか?」
「そういう事でしたら…
そうですね」
兵士は少し考えたが、問題無いだろうと判断したのか頷く。
「では、こちらへ」
そう促して、再び階下の広間に戻る。
そこから奥の部屋に向かい、執務室らしいしっかりとした頑丈そうな大きな扉の前に案内された。
扉は分厚い様で、握りがノッカーになっている。
それをしっかりと叩き、室内に入って良いか確認を取った。
ゴンゴン!
「入れ!」
分厚い扉越しに、低く力強い声が聞こえた。
「失礼致します」
兵士は扉を開けると、ギルバートに中に入る様に目配せをした。
ギルバートはそれに頷くと、黙って中へと入る。
そうして室内に入ると、すぐさま跪いて頭を下げる。
「ダーナ前領主
アルベルト様が御子息、ギルバート様と
そのお連れであるアーネストです」
兵士がそう告げると、奥から大きな声が応える。
「よくぞ参った
さあ、顔を上げてくれ」
言われて、ギルバートは顔を上げながら答える。
「アルベルトが息子、ギルバートです」
「おお!
確かに
ガキの頃のアルベルトによく似ている」
部屋の中には、大きな執務机が設えてあり、大量の書類が山を幾つも作っている。
そこに大柄な男と、痩せ細った男が座っていた。
大柄な男が声の主、ザウツブルク卿バルトフェルドであった。
壮年にしてはがっしりとした身体をしていて、まだまだ現役で戦場に立てそうな感じであった。
金髪は色が抜けて銀になり、堀の深い顔に皺が幾つも刻まれている。
左目の下には大きな傷が入って、歴戦の戦士と言った顔をしていた。
男は立ち上がると、両手を広げながら喜びを身体全体で表現する。
隣に腰掛けて居る男は、書類を整理している手伝いの小姓の様だった。
彼は興味無さそうに一瞥すると、再び書類の山と格闘を始めた。
しかしバルトフェルドは、その男に容赦なく話し掛ける。
「見てみろよ、本当にそっくりだぜ
マーリンもアルベルトには会った事があるだろう?」
「そうですね」
男は素っ気なく答えて、顔は書類を見詰めている。
しかしそれを見ても、いつもの事だとバルトフェルドは両手を挙げて首を振る。
男は一瞬だけギルバートとアーネストを見ると、怪訝そうに首を捻った。
「どちらがギルバート様です?」
「どっちってそりゃあ…
左に決まっているだろう?」
「アルベルト様?
むしろ陛下に似ていますが?」
「ああ…
そりゃそうだな」
その言葉に、ギルバートとアーネストはギクリとした。
どうやらバルトフェルドも、ギルバートの出生を知っているのだろう。
そう思っていたら、予想外の答えが返って来た。
「何せ陛下とアルベルトは従弟だ
あいつ等が似ていても、何の不思議も無いさ」
「ああ
そう言えばそうでしたな」
どうやら知られていない様子で、二人は胸を撫で下ろす。
「しかしバルトフェルド様
ここではよろしいですが、外ではあいつ呼ばわりはしない様に
仮にも陛下なんですから」
「分かった分かった
まったく…」
バルトフェルドは苦笑いをしながら、頭の固い男の事を見ていた。
「あのお
お二人も父上と面識が有るんですか?」
「ん?
ああ、こいつとワシは同じ学校の出で、そこで二人にも出会ったんだ」
「正確には、ジェニファー様とエカテリーナ様もです」
男が横から言葉を加える。
どうやら書類整理は一旦中断して、話しに加わる事にした様だ。
「当時は貴族学校など珍しい物で、私達も帝国の貴族として通っていました」
「こいつはそこで、主席の成績だったんだ
魔術の腕も確かだぜ」
「止めてください
私は諦めたんです」
マーリンはそう答えると、憮然とした表情でアーネストを見る。
「その少年も魔術師志望ですか?
強い魔力を感じますね」
アーネストは魔力もあるが、見た目も魔術師らしいローブを纏っていた。
それも加えてで、マーリンは魔術師志望と見たんだろう。
「私は魔力が少なくて、その道を諦めました
君は挫折などしないでくださいね」
そう言って、マーリンは羨むような、心配する様な複雑な表情をした。
「はい」
アーネストは返事をすると、神妙な顔で先輩の顔を見た。
それに気付いたマーリンは、照れたのかそっぽを向いた。
「がははは
マーリンは魔力が少ないのを苦にしてな
他の成績は良かったんだが、魔術だけはどうにもならなかった
そこでワシが無理矢理引っ張って来て、ここの経営を任せている」
「バルトフェルドでは心配ですからね
住民が安心して暮らせる様に、私が支えています」
「そうだな
花屋の娘も心配だからな」
「そ、それは!!
余計な事は言わないでください」
「がはははは」
マーリンは花屋の娘が気になっているのか、顔を真っ赤にして怒っていた。
「お二人は仲が良いんですね」
「ん?
そうだなあ
こいつとはもう、20年以上の付き合いだからな」
「あなたが無理矢理付き合わせているんでしょうが」
「がははは」
バルトフェルドが豪快に笑って誤魔化し、マーリンは横で溜息を吐く。
二人はこうやって、20年以上も仲良くやって来たのだろう。
ここに父や母も加わり、貴族の学校に通っていたのだ。
ギルバートはそれを想像して、もっと話を聞きたいと思った。
しかしマーリンが、それに待ったを掛ける。
「積もる話もありましょうが、今は急ぎ処理すべき書類があります」
マーリンが数枚の羊皮紙を掴んで、バルトフェルドの前に突き出す。
「魔物の動向と砦の内乱
それに伴った公道の通航制限
まだまだありますよ」
「う…
分かった分かった」
バルトフェルドは書類を受け取り、それに目を通し始める。
そうしながらもチラリとギルバートの方を向いて、申し訳なさそうに呟く。
「すまない
そう言ったわけで、話はまた後で
夕食の時にでもしよう」
「はい」
「お忙しいところ、申し訳ありませんでした」
「いやいや
良いんだよ
ワシも久しぶりに懐かしい顔を見れて、とても嬉しいんだ」
バルトフェルドはそう言って、机の上の呼び鈴を鳴らす。
兵士がドアを開けて、中に入って来た。
そうして頷くと、ギルバートを客室へ案内する事を伝えた。
「彼等を客室へ案内してくれ
それと夕食の席を設けるので、その様に手配してくれ」
「はい」
「すまないね
本当は私の仕事なんだが…」
マーリンがすまなそうに、兵士に向かって頭を下げた。
それに兵士は黙って頭を振る。
「いえ
マーリン殿はそちらで頑張ってください
執事の仕事は私が代わりをしますから」
兵士がそう答えると、マーリンはもう一度すまないと頭を下げた。
どうやらマーリンは、本来は執事の職らしい。
そこのところは、アルベルトとハリスの関係に似ていた。
思わずギルバートは、通路を歩きながら小声で呟いた。
「ここも執事が、執政の様な仕事なんだな」
「馬鹿
それはこことダーナぐらいだ」
アーネストは小声で答えて、呆れた様な顔をする。
これが当たり前と思ったら、後々大変な事になりそうだ。
後でしっかりと話しておく必要があるな
アーネストはそう思いながら、ギルバートの世間知らずを呪った。
どうしてアルベルト様は、ギルに常識を教えなかったんだ
それは後程、貴族学校で学べると思っていたのかも知れない。
それとも、魔物との対策で、そこまで頭が回らなかったのか?
いずれにせよ、ギルバートが思った以上に世情に疎いので、アーネストは頭を抱えていた。




