第153話
リュバンニの町は、夕暮れを前に明かりを点し始める
それはダーナとは違って、街灯の明かりもあって美しかった
ダーナは辺境に在るので、街灯の整備まではされていなかったからだ
町の中の大通りに沿って、等間隔に篝火の台座が置かれて、そこに火が灯される
その炎の明かりは、町の外からも見えるほど明るかった
城門の門番は、夕刻と言う事もあってか8名と多かった
もうすぐ城門も閉まるので、忙しく検閲が行われていた
それはトスノと同じで、内戦を警戒してか厳しい物であった
町に入る理由と、旅の目的などが質問されて、簡単な荷物の検査も行われている
ギルバート達の順番が回って来て、門番の兵士が確認に来る
「ほう
ダーナから来たのか」
「ええ
領主様のご子息が、領主様が亡くなられた事を報告する為に、王都へ向かっているところです」
「なるほど
その話は聞き及んでいる
大変だったな」
門番の兵士は、そうしみじみと呟くと、同情的な眼差しで馬車を見る。
ここではその後の魔物の侵攻も把握しており、兵士達には同情していた。
なにせ領主が亡くなったという大変な時に、魔物の大群に攻め込まれたのだ。
それが容易な事ではないと理解していた。
「ここいらでは小鬼や犬人しか見ていないが…
そっちには大型の魔物も出るそうだな」
「あ…」
兵士はチラリと馬車を見て、アーネストが顔を出すのを見た。
アーネストは馬車から降りると、門番の兵士に話し掛ける。
「お勤めご苦労様です」
「うん?
君がその…ご子息様なのかね?」
門番は気を遣って、一応丁寧な言葉を使おうとする。
それに対して、アーネストは首を振って否定する。
「いえ
ボクは同行者の魔術師です」
「そ、そうか」
門番はアーネストの丁寧な応対に、さすがは貴族が同行させるだけはあると思っていた。
それだけ腕が立ち、信頼出来る魔術師だろうと判断したのだ。
ただ、あまりに幼い事には驚き、こんな未成年が魔術師と名乗る事には正直びっくりしていた。
「こちらには、国王様に献上する為の魔物が乗っています
見ますか?」
「え?」
「大丈夫です
ちゃんと討伐して、私が凍らせていますから」
魔物と聞いて、門番は一瞬だが焦る。
しかしアーネストが倒して、凍らせていると聞いて安心した。
「そうだな
どの道荷物は検査させてもらうからな」
門番はそう言って、馬車に近付いた。
中を覗くと、そこにはまさしく、大きな魔物が氷漬けにされていた。
大きな猪の様な姿を見て、門番は怖じ気付いた。
それで馬車の中に乗っている、ギルバートに気付くのが遅れる。
「ご苦労さまです」
「え?」
ギルバートは丁寧に礼をして、兵士に労いの言葉を掛ける。
「こんな時間まで、大変ですね」
「え?
ああ…」
しかし門番は、氷漬けの魔物に意識が行っていて、ギルバートと交互に見てしまう。
「ああ
こちらでは珍しいんですね
こいつはアーマード・ボアという魔物です」
「アーマード・ボア…
っと!
君が、ご子息と言う方ですかね」
門番はここで気が付き、慌てて質問する。
しかし慌てているので、言葉が変になってしまっていた。
ギルバートもそれに気が付いたので、丁寧に答えた。
「はい
ギルバート・クリサリスと申します」
「そうですか」
門番はそう言うと、改めてギルバートをよく見た。
門番をしているだけあって、人を見る目はしっかりしている様だ。
相手が貴族の子息であっても、不審な者でないか確認しているのだ。
「そのう…
領主様の事は聞き及んでいます
ご愁傷様です」
「いえ
父は領民を守る為に亡くなりました
その心は晴れ晴れとしていたと思います」
ギルバートは気になさらずにと告げて、仕事を続ける様に促した。
「どうぞ、お気になさらず
仕事を続けてください」
「は、はあ」
見た目はまだ少年なのに、こちらもしっかりとしていた。
門番はその様子に気圧されて、言葉に詰まってしまう。
「それで…
今回は王都へ向かわれている
それでよろしいですか?」
「はい
父の最期を伝えて、国王様に今後の事を考えていただく所存です」
ギルバートのしっかりした返答に、門番は思わず唾を飲み込む。
完全に気圧されていた。
「それで、荷物の検査は?
と言っても、ここには食料と献上品の、この魔物しか乗っていませんが」
「そ、そうですね」
門番はそう答えながらも、必死に混乱した頭を正そうとする。
「そのう
領主様には?」
「え?
ああ、伝えていただけますか?
ただ、あまりゆっくりと逗留は出来ないと伝えてください
国王様を待たせるわけにはいきませんから」
「そ、そうですね」
門番は慌てて馬車から離れると、近くの詰所に向かった。
そこから何事か大声が響くが、詳細は聞こえなかった。
暫く話し合いがされた様で、一人の兵士が慌てて町の中に走って行った。
恐らくは、領主の元へ報告へ向かうのだろう。
先ほどの兵士が、上司と思われる兵士を連れて、再び馬車に近付いた。
それを見て、アーネストは馬車の中のギルバート目配せをした。
ギルバートは頷くと、兵士と話す為に、馬車から降りた。
「申し訳ありません
全ては私の監督が行き届いていませんでした」
上司の兵士が、声を大きくして頭を下げる。
それをアーネストが、慌てて制止させる。
「まあまあ
殿下は気にしておりません
みなさんは職務に忠実だっただけです」
「しかし、貴族のご子息様に不敬な…
それも不躾な質問ばかり…」
「いえ
そちらの兵士の方は、何も失礼な応対はしていませんよ
気にしないでください」
アーネストはそう言って、兵士のフォローをした。
実際は変な言動もあったが、あんな物を見て、動揺するなと言うのが酷だろう。
「それで
私達はどうすればよろしいですか?」
ギルバートの言葉に、兵士は改まって頭を下げる。
「はい
馬車から降ろす様な真似をしてしまい、申し訳ございません」
「あー…
それはもう良いから」
ギルバートは思わず、苦笑いを浮かべる。
それを見ながら、上司は言葉を続ける。
「只今、こちらで領主様にお伝えしております
よろしかったら、そのまま暫くお待ちください」
「そうですか」
ギルバートはそう答えてから、アーネストに目配せをする。
アーネストも頷くが、一つだけ確認をしておく。
「兵士達は入って良いかな?
彼等が宿泊する、宿の手配が必要だから」
「それには及びません
兵士のみなさんも、恐らく領主様の方で手配があると思いますから」
上司のその言葉に、アーネストはギルバートの方を見る。
ギルバートは仕方が無いと手を挙げるジェスチャーをして、兵士もそれに頷いた。
「分かりました
それでは、ここで待機させますね」
兵士達は馬から降り、武器を仕舞って馬に括り付ける。
こうする事で、自分達には害意は無いという意味を示すのだ。
ギルバートも剣帯を外して、馬車に乗り込んだ。
一応、待っている間に他の者の通行の邪魔にならない様に、馬車は詰所の前に移動した。
しかしその事で、商人達からは目立ってしまった様だ。
商人達は貴族の紋賞を掲げた馬車が、詰所の前に拘留されていると思い込んで、ひそひそと何事か話し込んでいた。
「しまったなあ
悪目立ちしているぞ」
「しょうがないだろう
事前の相談も無く立ち寄ったんだ」
本当は相談はしたかったのだが、王都との連絡が途絶えていた。
そのせいで事前の通達も出来ず、こうして直接向かっているのだ。
その事も、国王に確認しなければならないだろう。
「使い魔が届いているなら
ここいらで迎えの兵士が来ている筈なんだ
それが居ないとなれば…」
「使い魔はやはり」
「国王様に届く前に、処分されているだろうな」
その事が、二人にとっても不穏な事をひしひしと感じさせていた。
国王に何かがあるとは思わないが、その周りでキナ臭い何かが起きている。
それが使い魔の失踪に関わっているとしか思えないのだ。
「内戦、ガモン商会、奴隷商人…
そしてダーナからの使い魔の消息」
「どれも大きな問題ばかりだ」
二人は溜息を吐きながら、美しいリュバンニの街灯の明かりを見る。
「なあ」
「ん?」
「ここの領主に、相談するのはどうかな?」
「バルトフェルド様にか?」
ギルバートの言葉に、しかしアーネストは首を捻る。
「うーん…」
「難しいのか?」
しかし答えは、意外な物であった。
「いや
話すのは良い事だと思う
多分、親身になって聞いてくれるとは思う」
「じゃあ…」
「だが、バルトフェルド様がなあ…」
「え?」
「言っただろ
あの人は武人だと
およそ頭の方は…」
そう、頭を使う事には向いていないのだ。
これが軍略や戦略であるのなら、もう少し使えるであろう。
しかしバルトフェルドという男は、どちらかと言うと脳筋タイプであった。
難しい作戦より、自身が先頭に立って、勢いと力任せで突破するのだ。
「下手に話したら…」
「そうか」
何を伝えるべきかは、アーネストが判断する事となった。
「こういうのは、ギルも向いていないからな」
「悪かったな」
ギルバートも、どちらかと言えば脳筋の仲間なのだ。
頭を使う事は、アーネストの分野であった。
「交渉については任せておけ
ボクが上手く話しを付けるよ」
貴族には、貴族なりの流儀と主義がある。
それに乗っ取って、上手に交渉しないと後々拗れる。
それを知っているので、交渉はアーネストが受け持つのだ。
「ただし、バルトフェルド様と直接話すのはギルだ
下手な事は言わない様に
それだけ注意してくれ」
「分かった」
話しが弾んで、ついうっかりという事もある。
アーネストはそれを懸念しているのだ。
ギルバート達が相談していると、数名の兵士達が向かって来た。
周りを不安にさせない様に、馬も使わずにゆっくり歩いて来た。
その為に、こちらに来るのが遅くなったのだろう。
「遅くなって申し訳ない」
「良いですよ
こちらも事前に伝えていませんでしたから」
ギルバートはそう言ったが、兵士は眉を顰める。
「事前に…
王都へは連絡は?」
「その事なんですが…」
「詳しくはバルトフェルド様にお会いしてから話します
ただ、王都とは連絡が取れていません」
アーネストの言葉に、隊長と思われる男は顔を顰める。
「うーむ
ここ数日の事といい
王都で何が起きているのやら」
ポツリと呟いたが、こちらでも何か起こっているらしい。
男は気を取り直す様に、改めて案内を買って出た。
「すいません
すぐにご案内いたします」
「ええ
頼みます」
兵士達に先導されて、馬車はリュバンニの町に入った。
兵士達も馬から降りたままで、手綱を引いて着いて来る。
先ほどまで居た商人達は、先に入った様で、いつの間にか居なくなっていた。
代わりに町中で目立ってしまい、道行く住民達が好奇の視線で見ていた。
「珍しいのか?」
「そうだな
普通はこちらの領地の馬車が迎えに来る
自分の馬車で入るのは、どちらかと言うとマナー違反だろう」
アーネストは、そもそもが事前に話していないのがマナー違反で、突然の来訪はあまり歓迎されないのだと告げる。
それは相手が格上でも同じで、例え国王でも、事前に通達無く来るのは良く無いのだ。
しかし今回は、王都に連絡が取れなかったという事情がある。
それがなければ、最初からこの町に立ち寄る事も無かったのだ。
何せ王都までは、ここから後半日ほどの距離なのだ。
到着を伝えておけば、ここまで迎えが来ている筈なのだ。
「マズかったかな?」
「そうだな
しかし事情が事情だからな」
それはそうなのだが、それを知らない住民からすれば、かなり珍しい物に見えただろう。
いや、もしかしたら捕らえられた犯罪者に見えているかも知れなかった。
「何か…
住民の視線が冷たいが、大丈夫かな?」
「大丈夫だろ?
ここに住むわけじゃあ無いし」
ギルバートは気にしていたが、アーネストは平気な顔をしていた。
例え今は不審に見えても、領主様と面会すれば変わるだろう。
何せ相手は、貴族であるが武人でもあるバルトフェルドだ。
変な噂が出ても、否定してくれるだろう。
一行は町を抜けて、領主が住まう砦の城の前に到着する。
それは大理石で造られた、大きな城であった。
「凄い…」
城が輝いて見えていたのは、切り出した大理石を積み重ねていたからだ。
それが夕日や町の明かりを受けて、輝いて見えるのだ。
「どうだ?
美しいだろう?」
「ええ
とても美しいです」
「この辺りには大理石が採れる採石場がある
そこから切り出した大理石を、数年掛けて積み上げたそうだ」
簡単そうに話しているが、これだけの規模の城を造ったのだ。
相当な時間と労力を費やしただろう。
「これを人力で?」
「そう聞いているな
なんせここはクリサリスだ
帝国の様な魔導士は居なかっただろうからな」
帝国の魔導士は、強力な魔力で城まで築いたと言われている。
実際に、今は城塞跡になっているが、嘗ては大きな城が幾つも建てられていた。
それはとても、人力で築かれた物では無かった。
そう考えると、この城も人力では無いのではとも思えた。
「本当に、人の手で造られたのでしょうか?
とてもそうには思えない」
「それだけ、当時は帝国を恐れる者が多かったという事です
帝国の進軍を恐れて、先代のクリサリス公爵様が造らせたそうです」
当時は辺境のクリサリスの、砦の一つでしか無かった。
それを帝国から独立する為に、大きな砦に改修したのだ。
その甲斐あって、ここには帝国は攻め込まなかった。
大きな砦を落とすより、他のルートを通った方が楽だったからだ。
一行は広い庭と訓練場を抜けて、大理石の砦に入った。




