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聖王伝  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
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第150話

翌朝も早くから起きると、朝の7時の鐘が鳴る頃には出発の準備を終える

今日も魔物の氷漬けは無事で、床板も大丈夫そうだった

荷物を確かめて、朝市で食料を買い求める

すっかり準備も整えた頃には、8時の鐘が鳴ろうとしていた

ノフカは農業が中心の町なので、食糧の備えは十分であった

新鮮な野菜と干し肉を買い求めて、昼食の心配もしなくて済む

準備が整ったところで、城門に並ぶ隊商と農民の列に並んだ

城門では警備兵が立っていて、これから北部で戦闘が起きるかも知れないと緊張していた

その為に、城門でも簡単な誰何が行われていた。


「ふむ

 こちらは貴族のご子息が乗っているのだね」

「はい

 急ぎ王都に向かっていますので、領主様には面会は後程窺うとお伝えください」


兵士から話を聞きながら、警備兵はメモを取っている。


「そうだな

 それではその方のお名前を記してくれ」


兵士は渡された羊皮紙に、ギルバートの名前を記入する。


「ほう

 アルベルト様と言えば、ダーナの前領主様ではないか」

「はい

 領主交代の挨拶と、南東の砦での不穏な動きを伝える為に、王都へ急いでいます」

「砦か…」


砦と聞いて、警備兵が苦い顔をする。


「それでは、砦で蜂起が起きた話は聞いたのか?」

「ええ

 昨日、報が入ったと伺っています」

「うむ

 どうやら独立しようとして、領主へ反旗を翻したらしい」

「そうですか…」


これは内緒だぞと言いながら、警備兵は蜂起の話を伝えてくれた。

それで普段に比べて、城門での検閲が厳しくなっているからだ。


「それでは、子爵へはこちらで伝えておく

 旅の無事を祈っているぞ」

「はい

 ありがとうございます」


兵士は丁寧に頭を下げて、無事に城門を抜ける。


「ふう

 やれやれ、一時はどうなるかと思ったよ」

「そうだな

 ここの警備がまともで良かったよ」


向こうの砦の町では、警備兵も腐っていて、袖の下を堂々と請求してきた。

それに比べると、ここは仕事を真面目にしているし、変に勘繰ったりしてこなかった。


「ダーナから来たからと、変に捕まってしまったらどうしようかと思いましたよ」

「それは無いとは思うが?

 こっちは貴族の紋を掲げているんだぞ」

「いや

 逆に前領主だからこそ、変に勘繰られたかも知れないんだ」


アーネストは、ギルバートの言葉を否定した。

平時なら、貴族なので変に拘束される事も無いだろう。

しかし内戦が起きようとしている今、そこから来たのだから怪しまれるだろう。

ここが田舎だから良かったが、次のトスノは大きな町だ。

無事に通過出来るかが不安になっていた。


道中では隊商が行き交い、公道にも兵士が立って警戒していた。

これまでの公道に比べると、駐屯地まで設けてしっかりと整備されていた。


「こっちでは、警備の駐屯地まであるんだな」

「ああ

 だからこそ、魔物もなかなか攻め込めないんだろう」


警備の兵士の練度は、ダーナに比べるとそこまでには見えなかった。

しかし数㎞起きに駐屯地が設けてあるので、並みの魔物なら抜けられないだろう。


「あれでもゴブリンやコボルトぐらいなら、倒す事は出来るだろう」

「そうだな

 だが…」


オーガが単騎で来ても、勝てるかは怪しい。

いや、オークが群れで来ても危ないだろう。

他の駐屯地との連携が出来るのかが、生き残れる道に繋がりそうだった。


「連絡手段はあるのか?」

「どうだろう?」


魔術師が常駐している様子は無く、連絡手段は伝令だけの様子であった。


「緊急の時にはどうするんだ?」

「それは狼煙を使います」


兵士が横から、緊急時の説明を始める。


「ダーナではあまり使いませんが、こうした見通しの良い公道なら、狼煙を上げるのが早いでしょう

 何かが起こったっと、狼煙で判断出来ます」

「なるほど」


ダーナでは森や起伏が大きいので、狼煙では見えない事が多い。

結局伝令が走った方が確実だし、それ以外では鳩を飛ばしていた。

訓練をした鳩なら、時間は掛かるが人間より安全に届けるからだ。


「アーネストぐらいの魔術師が居れば…」

「伝令に使い魔か?

 しかしあれには、相当な魔力と修練が必要だぞ」


使い魔が定着しないのは、それを使えるだけの魔術師が少ないからだ。

王都でも数人しか居ないので、王都からの伝令には使えたが、領主が扱うには無理があった。


「ボクは特別にダーナに住まわせてもらっていたが

 普通は王都で管理されるからね」


実力がある魔術師は、王都でギルドに管理される。

アーネストもガストン老師が引き取らなければ、王都で暮らしていただろう。

ギルドに所属して、専門の学校に通うのだ。


「その方が、アーネストは勉強出来たんじゃないのか?」

「いや

 ダーナだから

 アルベルト様の下に居たから好きに学べたんだ

 あそこに住んでいたら、どうなっていたか…」

「あそこ?」

「ああ

 思い出したくも無い」


アーネストは嫌がり、それ以上は話さなかった。

それは王都の事なのか?

それとも魔術師ギルドか学校なのか?

よほど嫌な事があったのか、アーネストはそれ以上は言わなかった。


行動に警備が立っているので、旅は何事も無く進む。

昼食を作る為に、駐屯地の傍で野営もさせてくれる。

こうした場所には隊商も集まり、賑やかな昼が楽しめるのだ。

そうして集まった場所では、色々な噂も聞く事が出来た。


「ダーナの新しい領主は、いつも不機嫌で怒鳴っている」


「ダーナの治安は将軍が保っているが、将軍派と領主派で険悪になっている」


「ノルドの砦がノルド自治地区と名乗ったそうだ」


「その自治区で軍が組織されて、ダーナや王都へ反旗を画策しているらしい」


「自治区は商人が牛耳っていて、市民は家畜同然の扱いらしい」


等といった、どれも不穏な噂話ばかりであった。


「どう思う?」

「どうも何も、どれも真実味があるな」


実際に通って来たので、住民の扱いは兎も角、叛意や挙兵の話は恐らく真実だろう。

それにダーナの近況も、出立前の状況から考えても、事態は悪くなっている様子だった。


「このまま状況が悪くなれば、フランドール殿は解任されるな」

「そうですな

 いくら王都で実績があっても、自領の軍すら纏められない様では…」

「その前に、内乱が起こる可能性もあります」


やっと仲直り出来たのに、フランドールの私兵と将軍の間で、亀裂が生じたのなら。

程なく両陣営が対立して、ダーナでも内乱が起きる可能性も否定出来ない。


「しかし将軍の陣営の方が、魔物との戦いで実力を示している

 いくらフランドール殿に実力があるとはいえ、そうすぐに戦闘になるだろうか?」

「いや、分からないぞ?

 なんせ選民思想者に関しては、全てが捕まったとは言えないからな

 どこに火種が残っているかは分からない

 ひょっとしたら既に、ボク達が発つ頃から動いていたかも知れないぞ?」


アーネストの言い分も確かだが、それでもギルバートは納得出来なかった。


「選民思想は危険なんだろうが、それでも簡単に行くのか?

 フランドール殿も選民思想には辟易していたんだろう?」

「だが、彼もまた、選民思想に毒されている可能性はある

 例えば…

 自分こそが、選ばれるべき人間だとか吹き込まれれば…」

「そんな!」


しかし、嫉妬に燃える昏い瞳を見た後では、それも否定は難しかった。

確かにあの時、フランドールは殺意を込めた眼で見ていた。

あの時は意味が分からなかったが、今なら理解は出来た。

あれは失意と嫉妬に燃えた昏い殺意の籠った眼だったのだ。


「ボクと将軍、それにギルの三人の持つ力に、彼は嫉妬していたからね」

「力って…」


「ボクは魔法があるし、将軍も腕力と兵士を纏める力がある」

「ああ」

「ギルの場合は、剣の才能と貴族の血筋さ」

「どれも自分の力じゃ無いじゃないか」

「そうでも無いぞ」


「確かに血筋はアルベルト様の…

 いや、正確には国王様の物だから、自分じゃどうしようも無かっただろう

 だが、剣の才能は違う」


「ギルは否定するかも知れないけど、頑張っていたからな

 それに身体強化に関しては、努力すればフランドール殿も使える筈だ」

「そうなのか?」


努力に関してはよく分からないが、身体強化は違っていた。

ギルバートはそんなに意識しなくても、スキルか称号の影響なのだろう。

すんなりと使う事が出来た。

それならば、フランドールも使えて不思議は無いのだ。

しかしそれでも、フランドールは差を感じて嫉妬していた。


「対人ではどうか分からないが、魔物に関してはギルの方が上だったからな

 年上としては悔しかったんだろう」

「そうなのかな?」


ギルバートには理解出来なかったが、魔物を簡単に倒せた様に見えて、フランドールは相当悔しがっていたのだ。

自分も努力して騎士に上り詰めたので、それを簡単に越えて行く事が我慢出来なかったのだ。


「まあ

 こればっかりは、個人の感覚の問題だからな

 嫉妬するのは彼の自由だろう

 それが公道に出るのは問題だが…」


確かに、そこが問題であった。

街を上手く治めれないと焦り、それで苛ついているのだ。

それが表に出ているので、住民からの信頼も下がって来ている。

これでは遠からず、住民との間で衝突するだろう。


「ダモンやデブだすの事は兎も角、フランドール殿の事はどうする?」

「どうするも何も、報告だけだろう

 後は国王様が決めなさるだろう

 それに従うだけさ」


アーネストはそう言って、それ以上は追及しない方が良いと言った。


「ボク達では彼の事を判断出来ない

 なんせここでは、彼は魔物と戦った英雄的な騎士だからね

 彼の事は国王様の方がよく知ってらっしゃるだろう」


アーネストはそう付け加えて、この話はこれ以上はしなかった。

それはフランドールはここでは有名で、ダーナの心象の方が悪いからだ。


雑談をしている内に、馬車は平原を抜けて町へ近付く。

時刻は間もなく夕刻を迎えようとしていて、夕日が下りて来ていた。


「ほら、あれがトスノの町だろう」

「そうですね

 城門が閉まりますので急ぎましょう」


兵士が促して、馬車の速度を上げる。

今も結構な速度だが、このままではギリギリの到着になるのだ。

既に辺りは夕焼けに染まり、後続の馬車は居なかった。


一番後ろに到着して、日が沈みきる前に、何とか順番が回って来た。


「こちらは?

 見たところ貴族の方の様ですが?」

「ええ

 さる貴族の子息様が乗っておられます

 王都へ向かって急いでいますので、明日も早くに出ます」


「そうですか

 それなら、朝は7時から開門します

 早めに並ばないと、すぐには出れませんよ」

「そうなんですか?」

「ええ

 戦争の話は…聞いていますか」


兵士達と門番の話し声が聞こえて、ギルバートは顔を顰める。

ここでも内乱の話が上がっている。

どうやら内乱に関しては、既に起きていると判断して良いようだ。


「ダーナの話ですか?」

「ええ

 山脈の麓の砦が、蜂起して立て籠もっている様で…

 交易も停まって困っています」


どうやら既に、交易も停まっている様子だ。

事態は悪い方に進んで、内戦は避けられそうに無い様子だ。


「そうなんですか」

「ええ

 そちらも急ぐ様子で

 お気を付けてください」


他にも何かありそうだと感じているが、門番はそれ以上は追及しなかった。

ダーナの情報なら歓迎だが、他の地域の問題なら、なるべくは関わりたく無いのだ。

下手に聞くよりは、問題があるなら領主と話すだろうと判断したのだ。


身分証と通行手形をチェックして、そのまま素通りさせてもらえる。

一行は無事には入れて、安堵の溜息を吐いていた。


「良かったな」

「ああ

 何事も無くて良かったよ」


そのまま宿を探して、入り口のそばの広場に入る。

既に時刻は夕刻を回っているので、酒場の方が開いているのでそこへ向かう事になる。

そこで確認して、部屋が空いていれば泊まれるだろう。

兵士が何軒か入っては、暫くしてから首を振りながら出て来た。


「駄目です

 どこも満室で、残るは…」


見た目も地味な酒場が、1軒だけ残っていた。

そこは馬車も停まっていなくて、人もあまり入っていなかった。


「どうしてそんなに満室なんだ?」

「どうやら内戦の噂を聞いて、商人達も王都へ戻っている様子です

 それで道中の宿も、ほとんどが満室になっています」


兵士はそう報告すると、最後の1軒に向かった。

暫くして出て来ると、にこやかに手を振った。


「大丈夫です

 部屋はあれですが、十分に空いています」

「あれで悪かったな」

「あ…いや…」


顔を覗かせた宿の主人が、憮然として呟く。


「すいません

 彼に悪気は無いんです」


ギルバートが慌ててフォローするが、主人はチラリと見ただけで、そのまま引っ込んだ。


「ギル、それじゃあフォローにならないぞ」

「すいません

 オレの言葉が悪くて…」


兵士が恐縮するが、ギルバートは気にするなと言って、宿の入り口を潜った。

そこは酒場の入り口にもなっており、中にはそこそこに人は入っていた。

しかし人が居る割には、些か活気が無かった。


「どうしたんだ?」

「どうやら、知り合いの商人達が戻らないみたいで」

「あ…」


中に居たのは隊商の仲間か、その家族が集まっていたのだ。

彼等は地元の人間で、今夜も隊商が戻らない事を心配して、こうして集まっていたのだ。


アーネストがギルバートの肩を掴むと、小声で素早く告げた。


「良いか

 隊商が行方不明な事は話すな」

「何でだ」

「良いから、黙っていろよ」


アーネストは念を押して言うと、兵士達にも同様の指示を出していた。

兵士は頷くと、何かを理解して押し黙っていた。

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