第144話
翌日も朝早くから起きて、王都へ向けての旅が始まる
今日からは馬車が2台増えて、人数も増えていた
途中に同行できる隊商が見付かるまでだが、それでも人数が増えた事で賑やかになっていた
特に隊商を引っ張るロジャーという男は、朝から元気に声を上げていた
その声に引っ張られて、他の者まで元気な声で返事をしていた
野営地は朝から騒々しくて、それで魔物を誘き寄せないかと兵士達は冷や冷やしていた
そんな心配を他所に、商人や冒険者達は大いに盛り上がっていた
兵士は溜息を吐きながら、隣で頭を振るアーネストを見ていた
「騒々しいな…」
「ええ
魔物が来ないか冷や冷やしてます」
「そうだな…
おい!ギル!」
アーネストまで大きな声を出すので、兵士は大きなため息を吐いた。
「ん?」
「いえ
何でもありません」
「ギル
少し騒がしくなるが、魔物は周辺には居ない
今の内に準備を進めるぞ」
「分かった
…というか、お前まで騒々しいぞ」
「あ…」
それから暫くは、朝食や出発の準備に、みなが大きな声で返事をしていた。
たった1日しか経っていないのに、ロジャーは長く一緒に居た様に溶け込んでいた。
それから出発するまでの間に、冒険者達は魔物との戦い方を話し合っていた。
王都の冒険者にとっては、オークやオーガといった魔物は見た事が無く、その戦い方も知らない物ばかりであった。
「なるほど…」
「魔法や火を使って…」
「それからスキルを使ってな…」
それをこっそりと聞きながら、アーネストは内心安心していた。
迂闊に身体強化や、魔法の知識を教えるまでは無かったからだ。
「そんなに心配か?」
「そりゃあ、まあ…」
「少しは信頼してやれよ」
「ああ」
冒険者達は魔力を鍛える方法があるとは言ったが、具体的な方法までは伏せていた。
だが、そうした事で訓練をして、魔術師達も力を着けている事は伝えた。
あくまでもダーナに悪意がある者が、迂闊に手を出せなくさせる為の牽制としてだ。
こうした冒険者同士の話は、ギルドを通して他国へも伝わる。
ダーナが強力な冒険者だけではなく、有力な魔導士も多数備えているとなると、他国も迂闊には攻め込めなくなるだろう。
「そのオーガって、そんなに強いのか?」
「ああ
ダーナは3mもの城壁を持っているんだが、それに届くぐらいの大きさだ」
「おお…」
「そいつが大木みたいな腕を振り回して、城壁をぶっ壊すんだ」
「それほどまでか…」
「だが、それなら、どうやってそんな魔物を倒したんだ?」
「そりゃあ…」
「スキルだ」
「スキル?」
「ああ
有力な兵士達は、強力なスキルって技を使える
例えば…こうだ
スラッシュ」
ザシュッ!
冒険者が見よう見真似で、スラッシュのスキルを使ってみせる。
勿論本当に会得したわけでは無いので、隙もあれば動きも雑だ。
それでも初見の冒険者から見れば、それは立派な技に見えた。
「おお…」
「すごい」
「本物はこんな物じゃないぜ」
「そうそう
オレは真似をしてるだけだが、スキルを会得した者なら、もっと素早く、もっと鋭く扱える
それを会得する為には…」
「先ずは真似て訓練あるのみ
そこはオレ達に向いている、そうじゃねえか?」
「おお…」
「無闇に教えるんじゃない
ちゃんと考えているみたいだな」
「そうだな」
二人は感心して、冒険者の会話を聞いていた。
それから冒険者達は、スキルを教わりながら道中を進んで行った。
後にそれがギルドにも広まり、冒険者達が力を身に着けるのは…まだ先の話だ。
進むペースは落ちたが、一行の歩みは明るい物に変わっていた。
ロジャーの明るさもだが、冒険者達が希望を持って励んでいたのが良い刺激になった。
野営地に到着しても、何人かで集まってはスキルの訓練に励んでいた。
それで疲れては困るのだが、冒険者達は音を上げずに疲れを押して進んだ。
だからだろうか?
女神は思わぬ祝福を与えてくれた。
昼過ぎになってから、王都から向かう隊商に行き会ったのだ。
「停まれ
停まれー!」
「何だ?
どうしたんだ?」
「あなた達は王都から、ダーナに進む隊商か?」
「ああ、そうだが?
だったらどうした?」
「この先は危険が待っている
それでも行くのか?」
「危険だと?」
「ああ
既に4組ほど隊商が行方不明らしい
それも襲われたのかも分からない」
「分からないって…
じゃあ何で、行方不明なんだ?」
「実は我々は、砦で3組の隊商に出会った
王都から来ていたのはその3組だけで、残りはこちらの隊商の方々だ」
「3組?
そりゃないだろ?
オレ達の前にも2組居た筈だ
あんたら…知らないのか?」
「どうやら当たりの様だな」
「ああ」
ギルバートとアーネストは頷く。
ロジャー達に出会ってから、ここまでに隊商は居なかった。
それに襲われたであろう痕跡も見当たらない。
よほど上手く奇襲したか、上手く話して馬車から話してから殺したんだろう。
「ロジャー
彼等に面識は?」
「いえ
ありません」
「あなた達も、彼の隊商は知っていますか?」
「いや
麓の村から出たのは、他の隊商だった筈だ
しかし…」
「こうして行き会うまで、我々は隊商を見ていません
それが答えでしょう」
「そりゃあそうだろうが…
それなら、彼等はどこへ行ったんだ?」
「野盗に捕らえられたか?
あるいは…」
その先は予想出来るので、相手の隊商の男も困った顔をする。
「そうなると、急ぎ引き返して伝えねば」
「そうですね
私達も王都へ急いで向かっています
よろしければ、我々が王都へ伝言を届けますが?」
「良いのか?」
男の返事に快諾すると、ギルバートは互いに伝言を記した書類を交わした。
こうすれば、どちらか一方が不幸に遭っても、もう一方が伝言できるからだ。
「私達はこのまま、王都へ向けて急ぎます
そこでお願いがあるんですが…」
「何だ?」
男はお願いと聞いて、不審そうに警戒する。
見ず知らずの相手だ、危険を警告してくれたのはありがたいが、変なごたごたには巻込まれたくは無い。
男の顔には、そうありありと出ていた。
「そんなに難しい事ではありませんよ」
「こちらのロジャーですが、仲間が魔物に襲われてしまいました
それで人数が少なくなっているので、もし宜しければ麓まで同行していただけないかと…」
「仲間を魔物に?」
「そりゃあ不幸だが…」
「同行はちょっとなあ」
向こうの商人達は、知らない商人達との同行に難色を示した。
しかしギルバートが、彼等に提案をする。
「私は貴族の子息です
家紋を調べてもらえばすぐに分かります」
「そうだな
どうやらこの家紋入りの羊皮紙も本物の様だ」
「そこで私の名で、彼らを安全な場所に届けていただけたなら、それ相応のお礼を用意致します」
「そんな
ギルバートさん、それは申し訳ないです」
「それは本当か?」
ロジャーは慌てて止めるが、相手の隊商の男が反応した。
「困った仲間を助けるのは、隊商では当たり前の事
それに貴族様が報酬をだすなんて…おかしくないか?」
「そうですね」
「私達は、先ほども申しましたが王都へ急いでいます」
ギルバートは落ち着いて、予め考えていた説明を始める。
それはアーネストと相談して決めた、ロジャーを頼む際の言い訳だ。
アーネストも一緒に考えたので、上手く出来ている筈だった。
「彼らを魔物から助けましたが、そのままに出来ず
かと言って急ぐ旅に合わせる事も出来ない
そこでお願いしたいんです」
「なるほど
確かに筋は通っているな」
男はだが、それでも納得出来なくて不信感を露わにしていた。
「それなら、麓まであんたが一緒に行けば良い
何でそんなに急ぐんだ?」
「それは簡単ですよ
魔物にせよ、野党にせよ
自分の領地に出る危険には、早めに対処したいのでね」
そこでギルバートは、ダーナ領主が公務で使う、領主を示す紋章の入った封書を出した。
「それはダーナの…
て事はあなた様は」
男は慌てて姿勢を正すと、頭を下げた。
仲間が呆然としているのを見て、慌てて仲間の頭も下げさせる。
「良いって
今は公務ではないし、ここは辺境の山の中
そこまで畏まらなくて良いよ」
「そうは行きません
クリサリス公爵様
失礼致しました」
男の態度に溜息を吐きながら、ギルバートは声を掛ける。
「そう言ったわけで、彼らを頼めるかな?」
「はい」
「お礼は王都に…」
「とんでもございません
あなたがアルベルト様の身内であらせるなら、私は喜んで協力致します」
「あー…」
ギルバートは返答に困ってしまった。
それを見兼ねて、男の隣の商人が囁く。
「彼の父親が失敗した時、アルベルト様が助けてくださったんです
ですから彼にしてみれば、あなたは恩人の息子です」
「おい
余計な事を…」
「良いじゃないか
お前の感謝の気持ちを、アルベルト様に伝えてもらえよ」
男はなんと、過去にアルベルトが助けた者の息子であった。
それで男は、アルベルトへの恩返しをしたいのだ。
「すまない
父は先ほど亡くなってな…」
「そう…なんですか」
男は悲しそうな顔をして、ギルバートを見た。
「でも、あなたの気持ちは、きっと父上にも届いていると思います」
「いえ、そんな…」
出来ればもう少し、この父と関わりのある男と話していたかった。
しかし時間が無いのは本当なので、ギルバートは再度頭を下げた。
「こうして父の事を出す様で申し訳ないが
どうか彼等の事をお願いします」
「いえ!
とんでもない
元より商人は、仲間の困っている時は助け合う物なんです
あなたの頼みでなくとも、彼等の事は任せてください」
男はそう言うと、ロジャーの方を見る。
「大変な目に遭ったそうだな」
「ああ
そう言った事なんで、すまないが麓まで頼む」
「ああ
任せておけ」
ロジャーと男は、ガッチリと固く握手を交わした。
それを見て、ギルバートは安心して旅立てると思った。
いくら急ぐとはいえ、変な奴等には任せられない。
誠実そうな隊商に行き会ったのは、これからを考えると幸先が良かった。
ギルバートはロジャー達を任せると、急いで先を進む事にした。
「それでは申し訳ないが、私達は急ぐので、これで失礼させてもらう」
「旅の無事を祈っています」
ロジャー達に別れを告げて、一行は再び公道を進み始めた。
その速度は速く、まるで荷物を載せていない様に見えた。
「えらく早いな…」
「ええ
あんなに急いでいたなんて」
「いや、そうじゃねえだろ」
「え?」
「あの馬車…荷物は載っていたんだろ?」
「そういえば…
確かほとんど満載だった筈です」
「それにしては早いな」
ロジャーと男は、速度を上げて走り去る馬車を見送った。
しかし彼等も、ここをさっさと抜けないといけない。
先の話を聞く限りでは、ここには何か危険な物が存在している様子だからだ。
それに巻き込まれない為にも、さっさと麓に戻った方が良いだろう。
「オレ達も行こうか」
「そうですね
こんなとこは、さっさと抜けたいですわ」
男達は、後を追う様に公道を走り始めた。
ギルバート達はロジャーと別れて、2つ先の野営地まで一気に進んだ。
それまでペースを抑えていた分、馬にはまだ余力が残っていた。
それでも日が陰って来たので、止む無く野営の準備に掛かった。
ここで無理するのは危険だし、明日進めば取り戻せるだろう。
野営の準備をしていると、昨日と違って静かな事に気が付く。
「昨日は騒々しかったからな」
「そうだな
ロジャーと冒険者で、始終盛り上がっていたからな」
ロジャーが居なくなっただけで、野営地は一気に静かになっていた。
それを兵士達が、無理に明るく振舞っていたが、余計に寂しく感じられた。
「ああいうのが、場を盛り上げるんだな」
「そうだな
私には無理だな」
ギルバートは溜息を吐くと、ここで盛り上げれない事を悔やんでいた。
それは人それぞれの才能で、ギルバートにはギルバートにしか無い才能がある。
それを悔やむのは、少々欲張り過ぎじゃあないかとアーネストは思っていた。
夜は静かに更けて行き、あっという間に朝が来る。
そしてまた、王都へ向けて馬車に乗り込む。
今日の午後には山脈の半分は超えるので、後は少しずつ下って行くだけだ。
もう上りは、この先にはほとんど無かった。
そのまま静かに進んで行き、夕刻には2日分の行程を進んでいた。
「ここまでは良い調子だ」
「ああ
竜の背骨山脈も、ほとんど越えたと言って良いだろう」
アーネストがそう言い、地図の山脈の東端を示す。
「後は下るだけなんだが…
ここがな」
「そこが?」
「王都へ向かう。一番の難所になる」
そこは岩肌が固く、滑り易いばしょである。
急な勾配は少ないが、あまり急いで渡ろうとすれば、滑って滑落する危険もある。
「明日はここ
手前の野営地に泊まって、翌日からゆっくりと下りる事になる
これはどうしようも無いからな
旅の日程もそのつもりで組んである」
アーネストは地図の、東端の野営地を指差す。
「ここを越えたら
野営地は無くて2日掛けてゆっくり下りる事になる」
「野営地が無しか
それはきついな」
「ああ
ちょっとした広場はあるから、そこで焚火を焚きながら仮眠する事になるだろう」
野営地ほどの広さは無いので、用心しながら馬車の中で眠る事になるだろう。
ギルバートはもう少しで山脈を越えると聞いて、内心はワクワクしていた。
いよいよ旅は、後半戦に入ろうとしていた。




