第143話
魔物に襲われていた隊商は、王都の小さな商会の集まりだった
彼等は小さな商会なので、共同で金を出し合って冒険者を雇っていた
その為にベテランの冒険者では無かったので、慣れない魔物の襲撃に後れを取ったのだ
そのせいで1台の馬車が襲われて、2人の商人と5名の冒険者が命を落とした
残りは商人が5人と、冒険者は8名に減っていた
生き残った商人達の代表は、ロジャーと名乗っていた
彼がダーナに商品を卸そうと、他の商人を誘ったのだ
その為に代表みたいになっていたが、みな同じぐらいの小さな商会の主達であった
だからだろう、冒険者の人数もそれほど多くは雇えていなかった
「いやあ、助かりましたわ」
ロジャーはそう言って、ギルバートに頭を下げる。
相手が貴族と察して、丁寧な応対に徹している様だ。
「どうしてこんな無茶を?」
「いやあ
ダーナが魔物に襲われたって聞きましてな
これは商売のチャンスやと思いましてな」
ロジャーの説明は簡単だった。
ガモン商会が小さな商会に声を掛けて、商売のチャンスだと誘ったと言うのだ。
しかしそれは、些か怪しい話であった。
「2週間前ぐらいですか?
ガモン商会からお誘いがあって、幾つかの小さな商会が隊商を組んで
こうして隊商を作って向かっているんですよ」
「ん?」
「妙だなあ
何組ぐらい出たんだ?」
「そうですなあ
既に3組は向かいましたし、その前に出たのは4組ぐらいかと?」
「先に向かった者達は、もう砦を越えているでしょう」
ロジャー達はそう答えたが、ギルバートが見たのは3組しか居なかった。
他はダーナを出た隊商で、王都から来る隊商は少なかった。
それは公道を封鎖されていたからだと思ったが、時期的に行き違っていないとおかしい。
「本当に、そんなに出てるのか?」
「ええ
一組に3台ぐらいの馬車で組んでましたから、結構な数に…
行き会ってませんか?」
「ああ
王都からの隊商は、砦に留められていた3組だけだ
他はまだ、見掛けていない」
「え?」
ギルバート達は小声で相談する。
「どう思う?」
「まさかとは思うが…」
思い当たる事はある。
しかしそれがそうなら、迂闊に話せる内容ではない。
「道中で見掛けていない以上は…」
「魔物に襲われたか?
あるいは何らかの事故に遭ったか?」
「そ、そんな!
半数近くも到着していないんですよ
どこへ行ったと言うんですか」
魔物に襲われたにしても、その痕跡すら見当たらない。
それに痕跡があったなら、ギルバートもそう言えただろう。
「実は…
古い襲われた痕跡は見掛けたんだが、新しい物は見ていないんだ」
「だが、魔物で無いのなら、何が起こったのか…」
「野盗に襲われた?」
「あるいはそうかも?
確証は無いがね」
ロジャーは頭を抱えた。
護衛の人数も減り、仲間も2人命を落としている。
これで砦まで向かうのは危険だろう。
「すんません
どうか砦まで送り届けて…」
「いや、無理だ
こっちも急ぐ旅なんでな」
「そんなあ…」
落ち込むロジャーを見て、少し可哀想になってきた。
このまま放置するのも、助けた手前、寝覚めが悪い。
どうした物かとナンディにも声を掛けてみる。
「どうしましょう?」
「そう申されても…」
「こちらは先を急ぐ旅
それに砦に向かうのは…」
それもそうだろう。
これから砦は、戦場になる可能性が高い。
そんな所へ、黙って送り出すのも心苦しい。
アーネストが折衷案を出して、ロジャー達を説得する事にした。
「ロジャーさん
こう言っては何ですが、このまま進むのは危険でしょう」
「はあ」
「ここは他の隊商が来るまでは、私達が同行します」
「よろしいんですか?」
「ただし、王都の方向にです」
「ですよねえ」
アーネストは真剣な表情をして、ロジャーに説明する。
「良いですか?
どうやら道中に、痕跡を隠せる規模の魔物か野党が潜んで居るんです
そこを進む気ですか?」
「そ、そりゃあ…」
ロジャーも無理して進む気は無かった。
命が掛かるのなら、商機だとか言っている場合ではない。
「私達はこれから、行き会う隊商に危険を説明するつもりです
こんな危険な状況です、せめて麓までは戻るべきです」
「そうです…ね」
「それでも行こうとするなら、止められません
ただ、戻る者達が居たなら、あなた達を同行する様に話します」
「良いんですか?」
「ええ
一緒に行けませんが、それまではあなた達の安全は守ります」
「分かりました
それでお願いします」
ロジャーは一瞬迷ったが、即断した。
ここが商機を掴めるかどうかの違いだろう。
ロジャーの判断に頷くと、アーネストは自分達の同行者を見る。
「話は決まりました
多少ペースは落ちますが、他の隊商に任せるまで、彼等と同行します
良いですね」
「ええ」
「こちらは構いません
仲間が困っているんです
助けるのは当然の事ですよ」
ナンディも快諾して、一行は翌日から同行する事となった。
また予定から遅れそうだが、これは仕方が無いだろう。
細かい相談をする為に、ナンディはロジャーと共に夕食の席を作った。
そこで情報を交換して、これからの予定を考えるのだ。
「ナンディはダーナに居たんですか?」
「ああ
魔物の襲撃は、凄かったよ」
直接は見ていないが、多くの怪我人や戦死者を見ていた。
それだけで、魔物との戦闘がどれだけ激しかったかは、容易に想像が出来た。
「しかしそのお陰で、私は素材を買い求めましたよ」
「そりゃあ素晴らしい」
「特に毛皮と骨の素材は良いですよ
従来の家畜の物と比べると、格段に強靭で扱いやすい」
「羨ましいです
私も香辛料を運んでましてな
それで魔物の素材を購入しようと思ってました」
先のフォレスト・ウルフからも、毛皮と骨は取られていた。
しかしほとんどがギルバートの側で倒したので、ロジャーの取り分は少なかった。
その代わり、亡くなった商人達の荷物が残ったので、それは使える分だけロジャー達の物となった。
「王都に戻りましたら、うちの商会で扱うつもりです」
「そうですか」
そこでロジャーは、先のフォレスト・ウルフの素材を譲って欲しいと申し出た。
勿論ただでは無い。
亡くなった商人仲間の荷物から、使えそうな香辛料やポーション等を差し出す。
これで交換して欲しいと言うのだ。
ナンディは渋い顔をして、ギルバートの方を見た。
話しとしては少々厳しいが、仲間を助ける為に差し出したい。
ただ、戦果は兵士の分も入っているのだ。
「殿下…」
「そうだなあ」
ギルバートはアーネストの方を見る。
結局アーネストが、どうすべきか判断する事になる。
「そうだな
本来なら兵士達の取り分もあるんだが…」
「あ…」
ここでロジャーは、取り分がナンディが決めれる物では無いと気が付いた。
「みんな、どう思うかな?」
「そりゃあずるいぜ」
「そうだぜ
困っている時は、お互い様だ」
兵士達は快く、分け前を提供しようと言って来た。
その代わりに、王都で困った事があった時に、相談に乗ってくれとだけ告げた。
「良いんですか?」
「ああ
ただし、困った事があったら、そっちも相談に乗ってくれ」
「いえ、そんな
助けていただいたんですし、当然です
私達に出来る事でしたら、何でも相談に乗りますよ」
ロジャーも快諾をして、ここでフォレスト・ウルフの素材はロジャーに渡された。
ロジャーこれで、亡くなった仲間の遺族にお金が渡せると喜んでいた。
「しかし問題は…」
「ああ
交易が危険な状況である事だな」
正確には、王都との公道が危険なのである。
他にも海路で交易は出来るので、他国への交易は可能である。
しかし王都との公道が塞がれるのは、ダーナが孤立する事に繋がる。
それは魔物だけでは無く、他国からの侵攻の危険も孕んでいる。
「王都に着けば、国王様に面談出来るだろう」
「そうなれば、今回の事も相談出来る」
「しかし、問題は…」
「それまでの事だな」
デブは排除したので、彼の被害者はこれ以上出ないだろう。
しかしそれ以外に行われていたら、そちらは防げないだろう。
砦自体が、野党の真似事をしている可能性もあるのだ。
「そんなに深刻なんでっか?」
「ああ
かなり深刻だろう」
ロジャーは気が付いていないが、公道が封鎖される事になるのだ。
王都には影響は少ないが、ダーナにとっては危機的状況だ。
フランドールが怒り狂って、暴れる様が想像出来る。
「事が事だけに、公道の封鎖もあるだろう」
「そんな!」
「それだけ危険なんだ」
「そやったら、私ら商人はどうしますんで?」
「他で稼ぐしか無いな
少なくとも、暫くはダーナには向かえないだろう」
「そんなあ…」
ロジャーはガックリと項垂れる。
少々オーバーだと思えたが、そこには色々と事情があるのだ。
小さな商会では、新しい場所で商いのチャンスを探さないといけない。
今回の魔物の素材に関しては、正に大きな商機であった。
「今のダーナは、魔物の素材の宝庫なんですよ
それが扱えないなんて…」
「ん?
魔物は王都でも取れるだろう?」
「へ?」
「王都では魔物はほとんど出ませんよ?
出ても素材にならない様な雑魚ばかりですし…」
「雑魚?」
「ええ
ゴブリンやコボルトぐらいです
オーガも何匹か狩れたみたいですが…
それは騎士団の物になりましたし」
「王都はそんな物なのか?」
「そうですね
ですからダーナでオーガを見た時は、正直魂消ましたよ」
「そうなのか…」
ギルバートは、改めて王都の魔物事情に驚いていた。
ダーナでは当たり前の事が、王都では珍しいのだ。
「そうすると、魔物に対する備えも…」
「当然小物対策ですね
ですから、彼等もダーナでは苦労していました」
ナンディに着いている護衛の冒険者達も、王都では腕利きの冒険者達であった。
それでもダーナでは、オークやオーガが闊歩していた。
だから当然、彼等も必死に訓練して戦いに参加していた。
お蔭でオークぐらいなら倒せる様にはなったが、オーガとはまだ戦った事が無かった。
「やっとオークを倒せる様にはなったけど…」
「結局オーガとの戦闘は、許可が出ませんでした」
「そうなると、王都では優秀な冒険者になれるな」
「え?」
「そう…なのか?」
「だって、オークを倒せるんだ
ゴブリンやコボルトと戦ってばかりの奴等に負けるのか?」
「そうですね…」
「考えてもいなかった」
彼等は万年Dランクの下位冒険者だった。
いわゆる雑用係から卒業した、外で護衛まで出来るレベルの冒険者だった。
それが兵士と共闘したとはいえ、フォレスト・ウルフを倒せるレベルまで上がっているのだ。
今ならCランク、いや、Bランクと言われてもおかしくないだろう。
Cランクが一人前の冒険者で、戦闘に慣れた者に与えられる。
それより上の腕利きとなれば、国の危急に呼ばれるレベルで、Bランクを授かっていた。
Bランクにまでなれば、指名の依頼も来て、ギルドでも緊急の際には呼ばれる。
それ故に、Bランクは冒険者の憧れで、英雄的な扱いをされていた。
その上にはAランクがあるが、これは単独で任務を熟せるレベルで、過去に数人しか選ばれていない。
「もしかしたら…」
「そうだな
オレ達ランクが昇格するかもな」
冒険者達は顔を見合わせた。
今までは、パーティーでやっと、熊や狼の群れを討伐していた。
それが気が付くと、それ以上になっていたのだ。
いや、気が付かないのではなく、気付けなかったのだろう。
「だけどよ
ダーナにはオレ達レベルの奴等は結構居たぞ?」
「そう言えば…
そうだな」
「そうなると、オレ達のランクも…」
「だとすると、本当に帝国の冒険者は強かったんだな
魔物の潜む迷宮とか攻略してたんだろ?」
「馬鹿
あれは物語の…」
「だけど実際に、魔物は居たんだぞ」
物語の存在だと思いたかったが、魔物は実在したのだ。
そうなれば、物語の魔物も実在する可能性が高い。
「本当にドラゴンとかグリフィンが居たら…」
「ブルブル
おい、止めてくれよ
しゃれにならんぞ」
「しかし兵士のみんなは、本当にオーガと戦っているんだ
それが雑魚になる様な魔物が居たら…」
冒険者は黙り込んでしまった。
それを聞いている兵士達も、複雑な顔をする。
彼等にしても、そこまでの腕利きではない。
オーガが単体ならなんとかなるが、それ以上ならギルバートやアーネストが居ないと話にならない。
「確かにそうだな」
ギルバートも同じ考えに達していた。
アーネストは勿論、既に書物から得た知識で、この事を予見していた。
しかし荒唐無稽なので、まだ口には出していなかったのだ。
「フランドール殿が連れていた騎士
あれが王都の騎士のレベルなら…」
「ああ
当然、オークにですら苦戦するだろうな」
「王都には今のところ、魔物は侵攻していない
しかしダーナに来た様な魔物が攻めて来たら…
危険だな」
「そうだ
ボクもそれを懸念していたから、国王様に上申するつもりだった」
「そうなのか?」
「ああ
ボクは書物から解析していたから、お前より詳しいつもりだ
それでも、今の戦力では到底…」
アーネストの言葉に、野営地は静まり返った。
「そんな危険な魔物が、ここにも出るんですか?」
ロジャーが堪らず、声を大きくして尋ねる。
「いや、今のところは」
「今のところはって、確認出来ていないだけですよね?
そうなると、行方不明の隊商達も…」
それは違うと言いたいが、その訳を話せない。
話せないので、曖昧な答えで誤魔化した。
「それかどうかは分からない
分からない以上は、事を大きくして騒ぐ事は出来ないな」
「そりゃそうですが…」
「いまのところは、理由は不明だが隊商が数組行方不明になっている
危険だからダーナに向かうのは中止すべきだ
これだけだな」
「そう…ですな」
ロジャーも事の大きさを考えて、頷くしかなかった。
今、分からない事で騒いでも、正体が掴めない以上は対策も練れないのだ。
それならば、理由は不明だが危険だから、王都へ引き返す様に伝えるしかない。
具体的な対策も思い付かないままに、不安だけ増して食事は終わった。
明日も早いので、一行は不安を抱えながら、交代で仮眠を取る事にした。




