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聖王伝  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
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第142話

野営地は暗く沈んでいた

作業は無事に済み、証拠は全て土の下に埋まっている

しかし楽観は出来ない

いつ他の隊商が見付けるか分からないし、魔物が掘り返すかも知れない

明日からは急いでこの場所を離れて、知らない振りをするしかない

確かに証拠はしっかりと埋めていた

残されたのは運ぶのに問題無さそうな食料と、幾ばくかの資材であった

冒険者は予備の武器や矢を確保出来、予備の皮鎧等も馬車に積まれた

幸いにも紋章や視認出来る特徴も無いので、他で使われても問題は無さそうだ


それでも…


「今の我々に必要なのは、後味の悪さを忘れる酒かな?」


アーネストはそう呟くと、木製のカップから苦いそれを飲み干した。

それでも少女達の、悲しみに満ちた瞳の色は、記憶からは消せそうに無かった。


「それだからこそ、兵士は女を求めるんです

 一時の不安や後悔を忘れる為に、快楽を求めてね…」

「そうなんだろうけど…」


「まあ、女体の味に溺れては…」

「あのデブみたいになりますがね」


そうだ

一時の快楽に溺れて、不当な行為に及べば、道を踏み外す事になるだろう

そうならない為にも、ギルには明るい道を進んでもらわないと…


アーネストは休んでいる親友を見て、自身が盾にならなくてはと思った。

汚い役割は自分が引き受けて、ギルバートには光差す王道を進んでもらう。

それこそが、亡くなったアルベルトへ報いる事だと思っていたのだ。


「オレが…

 ボクがギルを守るんだ

 そしてギルに近付こうとする闇は、ボクが振り払ってやる」

「アーネスト?」


「なあに

 アルベルト様の為に、こういう事はやり慣れている」

「そりゃあそうだろうが…」

「こういう事は、大人のオレ達がする事だ」


兵士は険しい顔をしながら、拳を握っていた。


「そうだ

 子供のお前が背負う必要は無い」

「指示したとは言え、それは殿下を思っての事

 全ての責任は、同行したオレ達が背負う」

「お前は責任なんて感じなくて良い

 殿下と共に王道を目指せ」


兵士達はそう言って、アーネストに優しい言葉を掛けた。


「でも、既にボクの両手は…」


「なあに、その手で女を抱けば、今の気持ちは失せるさ」

「そうそう

 なんならあいつ等に、良い店を紹介してもらいな」


兵士は冒険者達の方を見る。

見られた冒険者達も、兵士の言葉が聞こえていたのだろう。

アーネストの方を見て、優しく声を掛けた。


「そうだな

 オレ達が王都で使っている、行きつけの店もある

 辛い時には気軽に相談しな」

「そうだぜ

 嫌な事があったなら、全てを吐き出せば良い」

「はあ

 全く、男どもは…」


男の冒険者達は、嫌な事は欲望と共に吐き出せば良いと言っていた。

しかし、女の冒険者は違っていた。


「こんな子供に、変な教育をしてんじゃないよ!」

「そうは言っても…」

「そうだぜ

 男は出して、嫌な事も忘れられるんだ」

「馬鹿!

 それなら、相手の女はどうするんだい?

 無責任な男どもに抱かれて…それこそあの子達と同じじゃないかい」

「あ…」

「う…」


確かに嫌な事は忘れられるだろうが、無理矢理や金で買うのはダブラスと変わらないだろう。


「そんなに抱きたいんなら、先ずは愛する女を見付ける事ね

 尤もあんた等じゃあ、難しいでしょう」

「くそう」

「正論を…」

「私は嫌よ

 あんた等より良い男を、これから見付けるんだから」


女冒険者は勝ち誇った顔をしていたが、兵士が呟く。


「それでその年まで…」

「ああん?」

「ひっ!」


「くっ…ふふ

 はははは」


兵士や冒険者達の遣り取りで、ようやくアーネストの顔に笑顔が戻った。


「そうだな

 いつまでもクヨクヨしていられない

 お前達の事もあるからな」

「アーネスト?」


「ギルの為にも、ボクがしっかりとしてないと駄目だ

 二度と下を向かない様にしないと」


アーネストは決心をすると、上を向いた。


「明日からはもう、迷わない

 例えギルに嫌われようとも、危険な奴等は排除して行く」

「そうか…」


アーネストの決心した様子に、兵士達はそれ以上もう何も言わなかった。


「オレ達も協力するぜ」

「汚れ仕事は冒険者の役目だ」


冒険者達も頷いて、アーネストの方を見る。

そこへ酒の入ったカップを持って、ナンディもやって来た。


「話は聞こえました

 私達も強力します」


少し顔は赤らんでいたが、ナンディははっきりと宣言した。


「ギルバート様には王都を変えていただく必要がある

 今の腐りきった貴族と、それに群がる商人達

 それを排して政道を正していただく」


「そうだな

 それには少しでも早く、王都に向かう必要があるぞ?」

「ええ

 今夜は早く寝て、明日も頑張りましょう」

「おお!

 そうとなりゃあ、さっそく」


兵士と冒険者達は、火の番を決める為に集まった。

それを横目に見ながら、アーネストも天幕へと向かった。


「あの子がもう少し年が行ってりゃあ…」

「よせよせ

 お前じゃあ釣り合わないぜ」

「そうそう

 さっさとオレ達みたいな冒険者と…」

「馬鹿

 そこは妥協は出来ないわよ」


女冒険者がアーネストを、少し見直していたが、周りの冒険者達は心配していた。

ガサツな彼女が頑張ってみても、結果が予想出来たからだ。

言葉では色々言っていたが、彼等は既に家族の様な関係になっていた。

だから王都に戻れば、そこで安定した暮らしをするつもりでいた。

しかしアーネストの決意を見て、もう少しだけ頑張ろうと思っていた。

王都や知り合いの生活を守る為に。


ようやく暗い雰囲気も払拭して、野営地は明るい雰囲気に包まれていた。

そのまま何事も無く、朝が訪れて、日が差す頃には準備がされていた。


「これも…

 奴等から得た食料のお蔭か」


朝から黒パンが出ていたが、昨日までの物より上質だった。

ダブラスは性格は最悪だったが、贅沢をしているだけあって、食料は上質な物を集めていた。

干し肉や干した魚も補充されて、当面の食料には困らないだろう。

それを見て、これで良かったんだとギルバートは思っていた。


殺した者達には悪いが、この資材は無駄にはしない

これで王都へ早く着いて、必ず不正を正してやる


ギルバートも彼なりに決心をして、王都に向かう決意をしていた。

それは昨夜に、アーネスト達が話す声が聞こえていたからだ。


「もう、大丈夫な様だな」

「ああ

 気持ちは切り替えた…つもりだ」

「そうか

 なら、王都に着いたら」

「ああ

 不正は全て、正すつもりだ」

「それなら良い」


「ただし無理はするなよ?

 何かする時は、ボクにも相談する事」

「それをお前が言うのか?」

「え?」


アーネストはギルバートが背負う物を心配していたが、ギルバートも心配していたのだ。

友が暗い道を進んで、道を踏み外さないだろうかと。


「お前が間違っていたら、オレが引っ叩いてでも正気に戻してやる

 だから勝手に、全てを背負おうとするな」

「ギル…」


「お前から見れば、甘ちゃんで心配なのかも知れない

 でも、それでお前が道を間違えるのは…耐えられ無いんだ」

「分かったよ…」


それを聞いて、ギルバートはアーネストの胸を小突く。


「今の言葉、忘れるなよ?」

「ああ」

「今度勝手な事をしたら、フィオーナと話させないからな」

「え?」


ギルバートはそれだけ言うと、さっさと馬車に乗り込んだ。


「お、おい

 ちょっと待て

 何だよそれは…」


慌ててアーネストも馬車に向かうが、それを見て兵士達は微笑む。

ああ、殿下は昨夜の事を聞いていたなと思いながら。


「さあ、出発するぞ」

「そりゃあ良いが、さっきのは何だ?」


ギルバートは無視を決め込んで、兵士や隊商へ声を掛ける。


「準備は良いか?」

「はい」

「こっちもよろしいですよ」


「それでは出発だ

 魔力を流してくれ」

「はい」

「出発!」


馬車には冒険者が同乗して、身体強化の為に魔力を流す。

魔力を受けた馬は、力強く嘶いて走り始める。


ヒヒーン

ガラガラ!


その速度は速く、とても荷物を満載にしている様には見えなかった。


「どうやら上手くいってるみたいだな」

「ああ

 速度も申し分ない

 このペースなら、王都までは10日も掛からないだろう」


そう答えながら、アーネストは周囲の魔力に神経を注ぐ。

返って来る反応には、ロックリザードらしき物と、小さな栗鼠や野鳥の物しか感じられない。


「近くには反応は無いな

 いや…」


少し離れた場所で、小さいが強い魔力が感じられる。

恐らくはゴブリンだろう。


「向こうの通りを通っていたら、ゴブリンが待ち伏せていたな」

「なら、こっちの少し険しい道を選んで、正解だったのかもな」


普通は登りに向かない険しい道を、少しでも時間を短縮する為に選んでいた。

それが功を奏して、隊商を待ち伏せる魔物を避けられたのだ。


たかだかゴブリンだが、戦闘をすれば時間も掛かる。

それに思わぬ怪我をするかも知れない。

後始末も考えれば、ゴブリンでも戦闘は避けたかった。


こうして予定の行程より、倍近くの距離を稼いで進めた。

冒険者達も魔力操作に慣れてきたのか、問題無く進めている。

昼になって2つ先の野営地に到着すると、そこで休憩を取る事となった。


「ふう

 やっと飯が食える」

「オレはもう、空腹で死にそうだ」

「そんな簡単に死ぬなよ

 アニスが怒って…」

「私が何か?」


冒険者同士が馬鹿な問答をしながら、昼飯の準備を始めていた。

冒険者達は昨日の事もあって、女冒険者の事を揶揄っていたが、当の本人は短剣を構えていた。

こうした冗談が通じない辺りが、男が寄り付かない原因でもあるのだが、彼女は気が付いていなかった。


「ひいっ

 冗談だよ」

「そういう冗談は好かないねえ」

「そういう所が…」

「なあに?」


冷たい微笑を向けられて、言い掛けた冒険者も肩を竦める。

それを見ながら、兵士達も首を振っていた。


「それで?

 ペースとしてはどうなんだい?」

「そうですねえ

 遅れた分は、この調子でいけば明後日には取り戻せそうです」

「そうか」


訓練に使った時間もあるが、荷物が増えた分の負担もある。

その分食事の心配が無くなったのだが、馬車が壊れないかが心配だった。


「こうなると、昨日の馬車が欲しかったな」

「ですがあれには、商会の紋が刻まれていました

 どこで誰何されるか分かりません

 危険は冒せませんよ」

「そうか…」


「紋章を削っても…」

「却って怪しまれるでしょう」

「だろうな」


「せめて補強が出来たのが良かったが、それでも…」

「王都まででは心配ですか?」

「ああ

 思ったより氷が解けた水が、底の板を痛めている」


隊商の馬車は問題無かったが、大型の馬車が心配であった。

凍らせた魔物から出る水が、馬車の底板を痛めているのだ。


「兎に角、麓までもつと信じよう

 そうすれば、麓の村か街で修理も出来るだろう」


既に山脈の頂上は見えていた。

明後日にはそこまでは行けるだろう。

そうすれば後は、山脈を渡って移動して、下るだけになる。

山脈を出れば村や街があるので、そこで補給や修理が出来る。

そこまで掛かる予定が、後10日から7日までに短縮出来ていた。

このまま問題が無ければ、7日よりも早く抜けれるかも知れない。


昼を取り終わってから、一行は早々に出発した。

目標は3つ先の野営地に、夕暮れまでに到着する事だ。

馬車はガタゴト音を立てながら、速度を上げて進んで行く。


「ちょっと待て」


突然、アーネストが声を上げて進行を止めた。


「どうしたんだ?」

「魔物だ」

「魔物か…」


「1、2、3…

 全部で7匹は居るな」

「それぐらいなら…」


「いや

 これは…

 襲われている?」

「何だって?」


「どうやら隊商が居るみたいだ」

「それは不味いぞ」


冒険者と兵士は、直ちに救出に向かうべく準備を始める。


「魔物は恐らく…

 ゴブリンか小型の魔物

 フォレスト・ウルフの可能性がある」

「それは厄介な」

「だから隊商も逃げれなくて、少数に囲まれているんだろう」

「それでは助けに」


ギルバートは頷き、すぐに向かう様に指示を出した。


「私はここで、アーネストと待機している

 他の魔物が来るかも知れないからな」

「分かりました

 それでは我々が」

「ああ

 冒険者と向かってくれ

 良いか?

 くれぐれも無理はするなよ?」

「はい」

「では、向かいます」


兵士達は馬を走らせると、すぐに公道の向こうへと駆けて行く。

それを追う様に冒険者達も続き、馬車はペースを落として後を追う。

そのまま向かっても、戦闘の邪魔になるからだ。


「どうだ?」

「ああ

 さすがは慣れている

 反応が消えて行くぞ」


アーネストが魔力を感じているので、それで様子は伝わって行く。

どうやら身体強化も使い始めた様子で、兵士達の魔力が高まっている。


「彼等も身体強化のコツを掴んだ様だな」

「そうなのか?」

「ああ

 魔力が高まっているのが感じられる

 冒険者達は…まだ訓練が必要かな?」


どうやら冒険者達も使っている様だが、その様子ではまだまだ上手く扱えていない様子だ。


「お?

 最後の反応も消えたな?」

「良かった」

「どうやらそれ以上の、犠牲者は出なかった様だな」


ギルバートは魔力が感じられていないので、向こうの様子は分からなかった。

しかしアーネストの言葉から、何人か犠牲者が居る様子だった。


「行こう

 そろそろ合流出来るだろう」


馬車は脇道から登って、急な勾配を越えて広場に出た。

そこには1台の馬車が破壊されており、周りには商人と冒険者の死体が転がっていた。


「これは…」

「ああ

 最初の襲撃で亡くなったんだろう」


冒険者達は首や腕を噛まれており、商人も逃げられない様に足をやられていた。

この様子から、魔物はやはりフォレスト・ウルフであろう。


広場の向こうを見れば、2台の馬車が並んでいて、そこに商人達の姿が見えた。

冒険者達は、魔物の死体を片付けに行っている様子だった。

商人が手を振り、無事を確認する。


「今日はこのまま、ここで野営かな?」

「ああ

 仕方が無いよ

 彼らをそのままには出来ないだろう」


欲を言えば、もう一つは先に行きたかったが、これでは仕方が無い。

ギルバートはナンディに声を掛けて、ここで野営する事を伝えた。


先ずは野営の準備をする前に、馬車を1ヶ所に集めて犠牲者を埋葬しないといけない。

このまま放置しては、報われない魂が亡者と化すからだ。

ナンディと共に馬車を移動して、残された隊商と合流した。

長い夜の始まりであった。

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