第14話
人と魔物の邂逅は、大いなる痛手に終わった
人類には再び暗い時代の陰を落とす事となる
やっと収まった戦乱が、再び迫っていたのだ
夜が明けた
戦場であった第1砦にも朝日の暖かみが届いていた
魔物との戦闘を経て、軍は疲弊していた。
予想よりも敵の数が多かった事と、ボスと見られる魔物の力に恐れを感じた。
初めての魔物との戦闘であるから当然とは言えるが、傷は思ったよりも大きかった。
それ故に、大隊長は一度軍を引き、立て直しを考えていた。
しかし、折角日が差したと思ったのも束の間、出発を迎える頃には再び雲が垂れ込み始めていた。
大隊長は不意の暗雲に不安を覚えていた。
さあ出発だ!という時にあまりにもタイミングが良過ぎる。
緊張した面持ちで、振り上げた手を下ろす。
「かいもーん!」
『かいもーん!』
この門の先には、ダーナと開拓地を繋ぐ公道がある。
だがしかし、その前には魔物が控えていた。
門から数百m離れた場所に展開し、待ち構えていた。
前方に構える歩兵の小鬼の真ん中から、昨晩のボスが輿に乗って現れた。
その左右には側近であろうか?少し大柄な魔物が付き従う。
他の魔物に比べて筋骨隆々としており、腕が大人程の大きさをして非常にアンバランスだ。
魔物のボスも、その2体の魔物も、死んだ兵士から剝ぎ取ったのか皮鎧を身に着けていた。
「っく
待ち伏せていたか」
魔物の群れは、見えるだけで300近く集まっていた。
これで全てかも判断出来ない。
「うう」
「ひい」
動揺した第1騎兵部隊が構える。
しかし、大隊長は手を上げて騒ぎを制する。
「静まれ」
兵士達はまだどよめいていたが、突出する事はなんとか抑えていた。
「敵はまだ構えてはいない
迂闊に攻撃はするな」
ギャヒヒヒ
大隊長の声に反応してか?一匹の魔物が卑しい笑みを浮かべて矢を番える。
グホッ
それを見てボスが一声上げる。
それに応えて、側近の一匹が唸り声を上げてその魔物に近付く。
そして、その長く垂れ下がった腕を振り上げる。
グァヒヒヒ!
ギャギャア?
そして拳骨を頭に打ち付ける。
ギャプ…
その一撃で頭部は四散して、胴も潰れて体高が半分ほどになった。
「うっ」
「何て力だ」
部隊長もその膂力には驚いていた。
その魔物は手を引き抜くと血を払う。
その上で、掌を上にして手招きの様に動かす。
誘っているのか?
どうやら挑発の仕草は魔物でも同じの様だ。
1対1の勝負を挑んできているのだ。
「どうやら
敵さんは力比べをしたいらしいな」
敵の挑発に対して、第3部隊長が前へ進み出る。
「よせ!」
大隊長が止めに入るが、部隊長は頭を振る。
「ここはオレに任せてもらいませんか?」
部隊長はクリサリスの鎌を地面に突き立てると、愛用の長剣を引き抜く。
それを見て他の部隊長も止めようとする。
「ばか、よすんだ」
「お前、帰ってニーナさんに告白するんだろ?」
「それに、こいつはお前の愛用の鎌じゃないか
長剣でどうするんだ!」
「そいつは預かっておいてくれ
いいな!
預けるだけだぞ!」
第2部隊長が真剣な顔をして告げる。
「ロン
いいか、絶対に帰って来いよ
どっちがニーナに相応しいか、まだ勝負は付いてないんだからな!」
「ああ
ジョン
ニーナはオレが貰うつもりだからな」
二人は暫し見つめ合い、互いの剣の使をぶつける。
武運を祈る戦士の儀式だ。
「行くなら勝てよ」
「はい」
大隊長の激励に、部隊長は礼をして戦いに向かう。
グホホホ
魔物も前に出て来て、バンバンと両腕で胸を叩いて挑発をする。
そして、魔物が手斧を構えて部隊長の長剣の刃と合わせる。
それを見て、ボスが戦いの開始の合図をする為に片手を挙げる。
グハホホ、グホー!
ボスが手を振り下ろすのを合図に、戦いが始まる。
「うおおおお!」
グホホホ―!
初手は部隊長が右側面に回り、魔物の左手が牽制に振われる。
太い棍棒の様な腕が振り抜かれ、部隊長はバックステップで躱す。
「ちっ」
グホウ
次いで、踏み込んで来た魔物の手斧が右に左にと振られて、部隊長が長剣の腹で受け流す。
右、左、右ときて左から足元へ振り抜く。
部隊長は最後の一撃を軽く跳んで躱し、踏み込みながら胴へ目掛けて突きを出す。
「くっ、はっ、うりゃ!」
グホッ
突きは魔物の背中に入るかと思われたが、予め予見していたのか、身体を屈めて躱し、左手で叩き上げる。
その勢いを使って手斧が右へ振り抜かれるが、部隊長は剣の柄を叩きつけて軌道を変えて躱す。
一瞬の攻防に双方の視線が交わされる。
「やるねえ」
グホホホ
次の瞬間、魔物が再び手斧を振り回す。
部隊長はそれを躱していき、難しい振りだけ剣で弾いた。
時に大振りになるが、部隊長は一瞬構えては、反撃を出しあぐねていた。
十数合に及ぶその打ち合いを見て、大隊長は思わず呟く。
「あんな素早く
隙が無いな」
それを見た部隊長達は不思議に思った。
「しかし、ロンも上手く捌いてますよ?」
「ああ
あいつの防御は騎兵部隊一って言われてるぐらいだからな」
しかし、大隊長の思いは違っていた。
「ダメだ
この勝負は着いた」
「え?」
魔物の長い腕を使った変則的な攻撃も、部隊長は皮鎧など着ていないと言わんばかりに身軽に躱して、反撃に腕に切りつけた。
数度、部隊長は反撃で切りつける事に成功したが、どれも皮鎧に防がれて軽い切り傷程度だった。
「確かに上手く躱している
しかし、ロンの力では…」
「あっ!」
そう、折角防御に長けていても、肝心の攻撃が弱いのだ。
今までの戦闘では、周りの者に任せて敵の攻撃を捌くのが専門であったが為、馬も鎌も無い今の状況では攻撃力が足りないのだ。
それに気付いたのか、魔物も攻撃の手を変えて来た。
フェイントを交えて、体力の消耗を狙った戦法に変えて来たのだ。
少しずつ、部隊長の動きの切れが鈍くなる。
手斧の合間に、左手で殴りつけ、隙あらば掴もうとしたり、勿論ほとんどがフェイントで消耗を狙っているのだが避けないワケにはいかない。
数十合に続く打ち合いに、遂に部隊長の足元が縺れ、顔面に拳が被弾する。
グホッ
「くっ
はああああ!」
軽く当たっただけだが、それが焦りに繋がる。
部隊長は焦って大振りに、上段から切り掛かった。
それを待っていたと、魔物は踏み込みながら左手で長剣を横殴りに弾く。
疲労と大振りになっていた為に、剣にスピードが無かったから簡単に弾かれる。
その反動で横に踏み出し、懐に入りながら手斧が振り上げられる。
「ごぶぁあ」
ダーナは地方の領地で、騎兵部隊も訓練はしっかり受けていたが、実戦はほとんど経験が無かった。
確かに戦闘技術はあったが、怪我や痛みに慣れていなかった。
顔面に拳が入っただけだが、それで動揺して雑な攻撃をしてしまった。
それが結果として勝敗を決した。
大隊長だけは、実戦経験が乏しかった為、攻め手に欠けたのが原因と見切っていたが、他の部隊長達は魔物の強さに目がいっていた。
「そんな!」
「ロン!」
食らったのは左脇腹。
これが怪我の経験がある戦士なら、踏ん張って反撃も出来たかも知れない。
しかし、彼はそこで痛みに怯んで委縮してしまった。
カランと長剣がが落ち、ふらつく。
さらに追撃で殴り倒され、引き抜かれた手斧で左の首筋に撃ち込まれた。
「ぐぼああ」
「ロン!
ローン!」
「ああ!
そんな!」
魔物は部隊長の頭部を手斧で切り取り、戦利品として掲げる
グホッグホオオ!
遺体は群れに運ばれ、武装を剝がされていく。
「あ、あいつら!」
「なんて事を!」
「待て!」
武器を構える部隊長達を見て、大隊長は制止する。
「大隊長!!」
「ダメだ
これは正式な決闘だ!」
「しかし!」
その間に、身に着けていた武器や鎧は剥ぎ取られ、小鬼達が恭しく掲げて持って来る。
血溜まりの横に置くと、戦士を悼んでか胸の前に右手を当てて礼をする。
ギギイ
ギャギイ
一匹の小鬼が、無造作に腰当を放ったのを見て、先ほどの小鬼が頭を引っ掴む。
グボオオ!!
ギャヒイイ!
怒った小鬼は、無礼を働いた小鬼を打ち付ける。
哀れな愚か者は、ベシャリと音を立てて地面に潰れた。
グホオオオ!
側近の小鬼は、他の小鬼と同様に胸の前に右手を当てて礼をした。
どうやらやはり、死んだ戦士への礼らしい。
その顔には、よく見ると血がべったりと付いていた。
「あいつ!
まさかロンを!」
「ゆるせねえ!」
「止めろ!」
部隊長を食べていたらしい様子に殺気立つ部下達を、部隊長は静かに、厳しく制止する。
「あれが奴らなりの戦士の弔いなんだろう」
「え?」
「よく見てみろ
装備は一式、礼を持って返してくれている
ロンを戦士と認めているのだろう」
「まさか?」
「奴ら、そのロンを食ってるんですぜ!」
「東のある部族で
偉大なる戦士が死んだ時には、その血肉を食らって弔うという風習がある
皆がその戦士の力を受け継ぐという風習だ」
「まさか?
魔物がその風習を?」
「恐らくは似た様な風習なんだろう」
ゴア、グアハア
ボス小鬼が手振りで持ち物を返すと示す。
それを見たて第4部隊長が進み出て、持ち物を引き取った。
第2、第5部隊長は、まだ激しい憎悪の眼差しで睨んでいる。
それに一瞥した後、魔物のボスは再び手で合図する。
グブオ、ゴアハア!
その手振りが示すのは、どうやら砦から立ち去れという様子だ。
どうやら、一騎打ちで勝ったのだから、大人しくここを引き渡せというつもりの様だ。
「大隊長
どうやら行かせてくれるようですね」
今まで事の推移を眺めていた第1部隊長が、武器を収めて先陣を切って動き始める。
続いて、彼の部下が後に従う。
「よし
そのまま
そのまま第2、第3で続け
指示は第2部隊長に従う様に」
「大隊長!」
「いいから!
今はここを抜ける事を優先しろ!」
第2部隊長は反論しかけたが、大隊長の気迫に負けて項垂れながら行軍した。
第2、第3部隊に続き、歩兵と警備兵に守られながら、住民の乗った馬車が続く。
馬車を見て獲物に有り付こうとしたのか、数匹の小鬼が動いたが、すぐさま他の小鬼に取り押さえられた。
第4部隊と共に、大隊長と警備隊長、副隊長、アーネスト少年が乗った馬車と出発する。
少年は魔力の消費の影響で、未だ眠り続けていた。
第5部隊は最後まで残り、後方からの追撃を警戒していた。
その第5部隊が離れると同時に、魔物の群れは砦へと雪崩れ込んで行った。
グゴホオホオ!
ボスの勝利の雄叫びが聞こえた様な気がした。
極力戦闘を避け、住民の被害を抑えて撤退する。
当初の目標からすれば上出来であった。
しかし、行軍は負け戦の後の退却であった。
部隊長や多くの兵士が命を落とした。
その上で、5つの集落と2つの砦が奪われたのだ。
そして、多少の痛手は与えただろうが、魔物の群れは未だ健在。
警備隊長と大隊長は、どう報告すべきか頭を悩ませていた。
その日の夕刻までに、ダーナとの中間にある集落へと辿り着いた一行は、集落の周りに陣を築き、集落に残してあった物資と馬、馬車を入手した。
「大隊長
荷馬車は3台ありました」
「1台壊れた荷馬車がありました
応急修理でダーナまでは持ちそうです」
「3台まであれば歩兵は乗り切れるな」
「はい」
「修理したのは荷物の運搬に使えます」
「では、それに食料や水を補充してくれ」
「はい」
集落の周りには野営の準備もされ、元々の住人と他の集落の住人が家に入って休んだ。
魔物は追撃をしてこなかったが、念の為に見張りは交代で行われた。
先の魔物以外にも、魔物が居ないとも限らないからだ。
「備蓄の食料も入れれば、2日は十分に持ちそうです」
「水も問題なさそうです」
「ふむ
後は武具の修理と点検か」
「はい
各自で点検はさせていますが、修理は…」
「砦を発つ際に補充は掛けましたが、問題はこれ以降の戦闘で破損した場合ですね」
「ダーナまではそう距離もありません
なんとかなりましょう」
警備隊長は、みなに安心させる為にそう言った。
しかし、大隊長は不安視していた。
そして、それが現実となって現れた。
「熊だ!
熊が出たぞ!!」
「火矢を用意しろ!」
俄かに外が騒がしくなる。
魔物ではなかったが、大きい灰色熊が2匹、腹を空かせて野営地に入って来た。
灰色熊は体長2m~3mあり、体重も300㎏前後ある。
普段は森の奥で小動物や木の実を食べているが、飢えると人を襲って食べる事もある。
前足の一撃で、盾ごと腕を引き千切るほどの威力があり、飢えて凶暴な灰色熊は危険だ。
案の定、兵士2人が犠牲になり、4人が腕や足をズダズダにされて重傷となった。
その後も、野犬が数匹襲ってきたりして、怪我人が出た
こちらはポーションと薬草で手当て出来たから良かったが、魔物の影響か?野生生物の襲撃も増えてきていた。
野営地では、一晩中多くの篝火を焚いて、慎重に警戒されていた。
もう少しで、序章となる魔物との邂逅編が終わります
思ったより長くなりました




