第138話
翌日から、魔物の索敵に加えて、食料に出来そうな獲物の捜索も始まった
しかしここが標高が低かった為に、思わぬ収穫があった
荒れ地に住む陸生の大トカゲ、ロックリザードが住み着いて居たのだ
ロックリザードは淡泊な味で、食感は野鳥の肉に似ていた
煮物には向いていないが、焼いて食べれば旨い肉であった
また、岸壁に生える苔や野草が主な主食なので、ロックリザードの近くには野草や香草も見付かった
これで肉と野菜の確保は出来る事になった
ロックリザードはそれなりに居て、日に数匹は狩る事が出来た
しかしここから標高が高くなれば、その分生き物の数も減るだろう
今の内に狩っておいて、一部は氷漬けにして取っておく事になった
しかし問題は、穀物である黒パンが不足しそうな事であった
公道を通る隊商も居るので、多少は金を払って譲ってもらえる
しかし向こうも砦や町までの食料が必要なので、そこまで多くは譲ってもらえなかった
「殿下
あちらの隊商から、事情を話して分けてもらえました」
「そうか
それはありがたい」
「しかし、これから先では難しいですよ?
今の分で1週間はもちますが、それ以上は…」
「そうだなあ
また隊商に会えるかは、運任せだからなあ」
「ええ
それに、あまり求めてますと…」
「足元を見られるか?」
「はい」
「しかし、背に腹は代えられん
なるべく上手く話して売ってもらうしかないな」
「そうですね
そう考えれば、町に入ら中たのは早計だったかも知れません」
町は領主気取りのダモンが支配していた。
あのまま滞在していたら、何が起こったか分からない。
そういう意味では、早目に逃げたのは正解だろう。
しかし食料の補充が出来なかったのは、これからの行程を考えれば大きな痛手であった。
「ダモンの件が無ければなあ…」
「そうですね」
隊商のリーダーであるナンディも、ダモンの件は知らなかった。
知っていたならば、事前に何らかの対策を練っていただろう。
そういう意味でも、ダモンの件は深刻な問題であった。
このまま放置しておけば、ノルドの森での行路が閉鎖されかねない。
「どうしたもんだか…」
「やはり、早々に国王様へ上申して、ダモンを討つべきでしょう」
「だが、そうなると集落や砦はどうなる?
後を見る者が必要になるだろう」
「それを含めて、国王様に上申されるのです
国王様なら、なにか手を打ってくださるでしょう」
それは丸投げであるが、ギルバートは砦の責任者でも無ければ、その上である領主でも無い。
何かすべきなのは、領主代行であるフランドールなのだ。
そのフランドールは、どうやら砦を奪い取ろうと考えている様子だ
このまま行けば、砦とダーナの街とで戦争になるだろう。
いや、既にダモンが開戦の準備を考えているようすだったので、内戦はすぐにでも起きそうだ。
「どちらにせよ…」
「急いだ方が良いな」
二人は眼前にそそり立つ、険しい山脈を見上げる。
それには先ず、この山脈を越えなければならない。
そしてそれは、糧食と馬の維持が前提となる。
馬はまだまだ元気だが、これから先は険しくなる。
通常より大きい4頭立ての馬車だが、荷物が大きいので速度はあまり上げられない。
「どうしますか?」
「うーん」
「なんなら少しでも、距離を稼ぎますか?」
そうしたいのは山々だが、肝心の馬の様子が心配だ。
ギルバートはアーネストの方を見るが、思うような答えは帰らなかった。
「どうにか…
馬の調子を…
ペースや力を上げられ無いかな?」
「無理だろ?
馬車は特製の頑丈な物を使っているが、馬は普通の馬だぞ
それが急に力強く…」
「身体強化…」
「え?」
「確か、騎兵のスキルのチャージ
あれは突進する間は馬も強化されるんだよな?」
「ええ
そうですが…」
「まさか
チャージを掛け続ける気か?
それこそ無理だろう?」
「でも、チャージを使えば、馬は強化されるんだよな?」
「ああ
乗っている者がスキルを使えれば、その間だけな」
「じゃあ、これならどうだ?
御者が身体強化を使えば、馬も強化出来ないか?」
「え?」
ギルバートはとんでもない思い付きをしたが、確かに試した事は無い。
馬上で身体強化を使う時も、自信の周りに魔力を張り巡らせている。
それを自分だけでなく、馬まで入れると言うのだ。
「試してみる価値はあるだろう?」
「うーん」
だが、例えそうだとしても、それなら誰がやるのか?
休憩が明けてから、ギルバートが御者台の横に座った。
アーネストの魔力を使う事も考えたが、氷漬けの魔物の事もあるので、取り敢えずはギルバートが試す事にしたのだ。
「良いか?」
「はい
ですが急に上げるのは勘弁してください
何が起こるか分かりませんし」
ギルバートは頷き、身体強化を少しだけ使ってみる。
全力で掛ければ、どんな事になるか分からないし、魔力がもたないだろう。
少しだけ力を上げるイメージで、魔力を馬と自分に与える様にイメージしてみる。
「お?
どうやら…
魔力は行き渡ったみたいだ」
「では、行きますね
はいよー!」
ピシリ!
ヒヒーン
馬が嘶き、馬車が走り出す。
走り出したのだが、明らかに速度が上がっていた。
「は、早い!!」
「凄いぞ
成功だ!」
「あ…
殿下
申し訳ございませんが、集中してください
強化が解けています」
「あ…」
ブルルル…
強化が解けて、明らかに速度が落ちる。
馬も急に馬車が重くなった様に感じて、不満げに鼻を鳴らした。
気を取り直して、再び強化を掛けてみる。
今度は先ほどとは違って、一度試したので要領は分かっている。
ゆっくり魔力を流すと、徐々に速度が上がって来る。
先ほどは少し速過ぎたので、今度は調整しながら流す。
無事に馬の足並みは上がり、速度は速くなった。
「これなら、これからの行程は大幅に見直せます」
兵士は感動して、これは移動が楽になると喜んでいた。
それを見て、ナンディも喜んでいた。
「これは革命ですよ!
物流が大きく変わります!!」
「そうです…が…」
「ん?
どうしました?」
「いや、向こうは良いんですが、こっちはどうするんです?」
「あ…」
隊商の御者は只の御者で、当然魔法など使えない。
また、冒険者達も身体強化に関しては満足に使えなかった。
いや、兵士ですら武器の効果で少し使えるだけだ。
自前の身体強化を使える者が、他にはアーネストしか居なかった。
「こりゃあ…」
「まいったな」
進みかけたところで、一行は再び止まった。
隊商を置いて行けば、それだけ早く着けそうだ。
だが、それでは隊商に何かあった時に、後味が非常に悪い事になる。
それに、他の隊商とすれ違った時に、物資の融通を出来るのはナンディが居たからだ。
出来ればこのまま、一緒に王都まで向かう方が良いのだ。
「どうしますか?」
「出来れば、私達も一緒に行きたいんですがね
こっちは馬車が3台もあります
人数が足りませんよ」
ギルバートの方でも、兵士が乗った馬や、物資を運ぶ馬車もある。
それを残して行くのは不安があった。
「うーん」
「せめて身体強化が使えれば
状況は変わるんだが」
アーネストは冒険者達の方を見て、意味ありげに見詰める。
その様子に、何か嫌な物を感じて、冒険者達は思わず身震いをする。
「な、何ですか?」
「なんだか…とっても嫌な予感が…」
「なあ
どうせなら、もう1日ここに留まり、稽古をしないか?」
「稽古?」
「ああ
身体強化を使える様にする為に、ここで練習するんだ」
「やはり…」
「マジかよ…」
アーネストの提案は簡単なものだった。
戦闘訓練をしながら、武器ではなく自身の魔力で身体強化を維持する訓練をするのだ。
それは一時的な物でも良い。
要は最初の取っ掛かりが出来れば、後は馬車に施しながら慣れれば良い。
そうすれば冒険者の技量も上がるし、移動の速度も上がる。
そうすれば、1日、2日の遅れも取り戻せて、いや、逆に時間を多く稼げるかも知れない。
「魔力が多そうな冒険者を選んで、身体強化の説明をするよ
その方が効率が良いだろうから」
「頼めるか?」
「ああ
だが、実際の訓練には、ギルにも手伝ってもらうぞ」
「ん?
ああ、そうだな」
魔力を纏いながらの行動をするなら、冒険者なら戦闘の訓練が一番だろう。
それならばと、ギルバートは兵士達にも参加する様に要請した。
そうすれば兵士達の技量も上がるし、ギルバートでなくても出来るようになる。
自身の技量を上げれると聞いて、兵士達もやる気を出していた。
「幸い、食料は多少ではあるが補充出来た
今は魔物も周りに居ないし、ちょうど良いだろう」
「そうだな
しかし、あまり時間は掛けれないぞ
ぶっつけ本番で学んで、早く身に着けてもらわないとな
時間と食料が惜しい」
アーネストの言い分も尤もだった。
時間が掛かれば掛かるほど、王都への到着が遅れるし、食料もそれだけ多く消費する。
ここは少しでも早く身に着けて、旅の時間を短くしたいのだ。
その為の訓練で時間を掛けて、遅くなっては意味が無いのだ。
「うーん
君とそっちの彼、それから彼女も高めだな」
アーネストが選んだのは、前衛の剣士と槍使い、弓を持った女性と後衛の剣士が2人だった。
会わせて名が選ばれて、その様子を他の冒険者が見守る。
彼等も説明は聞いていて、少しでも自分の物にしようとしていた。
それはパーティー全体の底上げになるし、自身の技量を上げれるチャンスだからだ。
「身体強化の魔法だが…
いや、実際は魔法とは言えないかな」
「え?」
アーネスト先生の身体強化の講義が始まる。
「これは魔力が有る程度ある者では、無意識に使っている物なんだ」
「そうなのか?」
「ああ
無意識に振るった剣が、昨日よりも軽い事が無いか?」
剣士は話を振られて、そう言えばと考える。
確かに体調が万全な時に、偶に調子よく剣が振れる時がある。
それは剣に限らず、歩く速度や壁を登ったりする時にもある筈だ。
身体に力が漲り、いつもよりやれる気がする。
そんな時に実力が発揮出来るのが、魔力が充実して身体を強化しているからなのだと。
「全身に力が漲り、普段は出来ない様な事も出来る
それは調子が良いのもあるが、魔力が充実して全身に行き渡っているからだ」
「そう…なのか?」
「ああ
だからそうした、全身に魔力を行き渡らせる事を意識して出来る様になる…
それが身体強化だ」
説明は簡単だ。
だが、実際にそれをやるのは、思ったより簡単ではない。
「先ずは基礎から
魔力循環を覚えてもらおう」
アーネストはそう言い、魔法で宙に水を出して見せる。
「これが魔力だとする
先ずは…こういう風に、魔力が全身を流れていると思ってくれ」
これは魔法使いの基礎で、魔力が何たるかを可視させる為の実演だ。
魔力を水に例えて、身体の中に流れていると認識させる。
「魔力は…ここ
下半身のおへその辺りから生み出されている」
これは本当は嘘なのだが、分かり易く感覚を掴む為に、初心者にはこうして教えている。
実際は大気中に充満していて、呼吸の様に全身で魔力を取り込んでいるのだ。
それを体内で纏めて、魔力として力に変換するのだ。
その際に呪文を唱えて、手や指定の身体の部位に集めて、魔法として発動させる。
今回は身体強化なので、魔力を全身に行き渡らせるイメージで巡らせる。
それによって身体が活性化されて、力が上がったり耐性が高まるのだ。
「こう…水が流れる様に、魔力を全身に流す
そうすれば全体に魔力が行き渡り、後は力を出したり、攻撃を防ぐイメージで強化が出来る」
「いや、無理だって
そもそも全身に水が流れるってなんだ?」
「あ!
私は分かるかも?」
剣士の抗議に、女性の弓使いが反論する。
「それって水浴びと同じじゃない?
頭から足先まで、水が流れて行く…」
「そうだな
確かにそれがイメージしやすいかも
ただ、足先からまた頭に戻って行く事もイメージ出来ないと、足から漏れて行くぞ」
「あ…そうか」
しかし女性の言葉が効いたのか、全員が一応の納得をした。
これで魔力が流れるイメージは理解が出来た。
次はこれを、任意で自分の魔力でするのだ。
「先ずは二人ずつになって、互いの手を握って」
みなが指示に従って、両手を繋いで向かい合った。
「そのまま右手から力を放出するイメージを…
そして左手から受け取るイメージをして」
「こう…か?」
「ん?
何か変な…感じが」
「目を瞑った方がやり易いかな?
慣れたら簡単な事だぞ
それで魔力を流す訓練をして、互いの魔力を高めるんだ」
これは初心者の訓練で、魔力の効率的な流れを掴み、同時に放出した魔力の量に応じて基礎魔力を高める訓練にもなる。
尤も基礎訓練なので、アーネストの様な高い魔力の持ち主では訓練にはならない。
それだけ大きな魔力を受けるには、相手も相当な魔力の保有者である必要があるからだ。
少ない者同士なので、互いの魔力を受け渡し合って訓練できるのだ。
「よし
みんな出来ている様だな」
夕日が沈み始める頃には、全員が何となくではあるが、魔力の流れを実感出来ていた。
アーネストは慣れてきたのを見て、今度は逆に回す様に指示する。
左手から出して、右手で受け止める。
その流れが逆になった事で、より魔力を体感出来て流せた。
「おお…」
「本当だ
何か温かい様な…流れが」
「これが魔力か…」
手が空いている者達で野営の準備は進められて、その間も訓練は続く。
魔力の流れが体感出来たところで、今度は自身の体内の中で流れを作る。
これは少し難しかった様で、意味は理解出来ても、実戦は上手く行かなかった。
「うう…」
「よく分からないな」
「私も
上から下は出来るけど、足から頭ってのが…」
全員が目を瞑って、突っ立ってうんうん唸っていた。
その光景は異様で、傍から見たら不気味な姿に見えていた。
夕食の準備が出来る頃には、彼等は魔力を使い果たしていた。
体内を巡らせるだけなのだが、基礎魔力が高いとはいえ外へ漏れて行く。
少しづつ魔力を浪費して行くので、すっかり魔力枯渇に陥っていたのだ。
「ああ…」
「うう…」
酷い頭痛と倦怠感で、訓練を受けた者達は顔面蒼白になっていた。
これがしっかりと睡眠を取れれば、翌日には回復して、基礎魔力も少しだが上がるだろう。
見張りは他の者が担当して、訓練を受けた者達はぐっすりと眠っていた。




