表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖王伝  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
137/800

第137話

ギルバートの乗った馬車が、岩陰に隠れてから1時間

ようやっとナンディ達の隊商の馬車が姿を見せた

思ったよりも時間が掛かった様で、冒険者達も疲れ切った顔をしていた

隊商の馬車も岩陰に隠れると、ようやく一行は合流を果たした

ナンディは馬車を飛び出すと、ギルバートの馬車の前で跪いた

ギルバートは慌てて馬車を降りると、そんな事はしなくて良いとナンディに言った

しかしナンディは、改めて窮地を救ってくれたと頭を下げていた

それに困ったギルバートは、アーネストの方を見たが、彼もお手上げと言った様子であった


「改めて、お礼を申し上げます」

「そんな、良いって

 頭を上げてください」

「そうですよ

 旅の道連れになったんです

 助けるのは当たり前ですよ」


しかしナンディは言った。


「その当たり前を出来ない輩が増えています

 あのダモンとか…」

「あ…」

「そりゃあ、まあ…」


二人は言葉を失った。

確かにダモンなら、平気で裏切って、何なら利益まで要求しそうだ。


「ところで、殿下はどういった経緯で?」

「こっちは…」


ギルバートは、ダモンが自分の事を犯罪者と思っていたと説明した。


「どうやら

 父上が魔物から街を守れずに亡くなったので、その責任を取って廃嫡になったと思っています

 その上、王都へ向かうのはその処罰の為だと」

「え?

 そうなんですか?」

「いや、違うだろ」


ナンディは少し前にダーナに来ていた。

だからギルバートの廃嫡の話も、フランドールとの騒動も知らない。


「殿下は本当は、ハルバート様のご子息らしい」

「え?

 と、言うと…王太子殿下様であらせますか!」

「しーっ

 声が大きいよ」

「は、はい」


関所の方を見るが、聞こえてはいなかったのか、誰も出て来る様子は無かった。


「ふう

 大丈夫そうだな」


「で?

 殿下が王太子様なのは…分かりました

 しかし、何でダモンは?」

「そうだよな

 どこで話が狂ったのか?」


この砦にも、ダーナからの指示書が届いている筈だ。

丁重に迎えて、王都への旅を手伝う様になら分かる。

しかしダモンは、ギルバートを殺そうとまで考えていた様子だった。


「奴はここで殺しても良いが、自分の立場がどうとか言ってた」

「殺す?」

「殿下をか?

 許せねえ」


冒険者のトラビスが、吐き捨てる様に言いながら、歯軋りをする。


「アルベルト様は勿論、殿下にもオレ達は沢山助けられた

 そんなお方を…」


他の冒険者達も殺気立っていたが、アーネストだけが不穏な顔をしていた。


「アーネスト?」

「いや…しかし…」


「どうしたんだ?」

「まさかとは思うが

 フランドールが仕組んだとか?」

「え?」


アーネストは既に、フランドールが企んだと見ていた。

その為に、最早呼び捨てで言っていた。


「奴はギルの事を妬んで、恨んでいた」

「そんな」

「だからダモンを嗾けて、あわよくば殺させようと…」

「いくらなんでも、フランドール殿が私を?」


「ああ

 ギルは気付いていなかったが、あれは持てなかった者が持つ、羨望の眼差しだった

 だから尊敬が憎しみに変わって、憎悪で殺そうと…」

「そんな…」

「いや、在り得ると思います」

「そうですね

 そう思えば合点が着く」


兵士や冒険者達も、急なフランドールの乱心に困惑していた。

それがギルバートに対する嫉妬や妬みからなら、何となく納得が出来たのだ。

考えてみれば、ギルバートはフランドールの半分ぐらいの年でしかない少年だ。

そんな少年が大人な彼よりも優秀で、おまけに街の住民からも愛されている。

しかも平民から成り上がった貴族の身分よりも高い、王族の血まで持っている。

それが何かの拍子に、尊敬から妬みに変わったのだ。

それは根が深い、ドロドロとした後ろ暗い感情に支配されているだろう。


「だから見送りにも来ないし、人前でも詰っていたんだな」

「そう考えると、フランドール様って案外子供なんだな」

「ぷっ

 子供に嫉妬する子供みたいな大人って、まんま逆やな」


冒険者達の評価に、ツボに入ったのかナンディが笑い出した。


「しかし、その子供みたいな大人が、今はダーナの領主になろうとしている」


アーネストの一言に、一同の顔に緊張が走る。


「そりゃあ…マズいんちゃいますか?」

「マズいってもんじゃあ無い

 大変だぞ」


そこでギルバートが、ダモンの執務室で聞いた言葉を話した。


「私がナンディさんに町に入らない様に勧めたのは、町の様子がおかしかっただけではないんです

 ダモンが言った言葉に危険だと思ったからです」

「と、言いますと?」


「ナンディさんなら、あの町でも商売は出来たでしょう

 それこそ金貨を支払った分ぐらいは、容易に取り戻せるぐらいには…」

「そりゃあ、まあ」


「でも、町が危険な状況では、そうはいかんでしょう」

「危険とは?」


「奴はこう言っていました

 フランドールとか小僧が領主だと?

 あそこはワシの物になるべきだ

 それがワシに、この町を寄越せだと?

 良いだろう、目に物見せてやる、と言っていた」

「な、それは…」

「ダーナに戦争を仕掛けるって事ですか?」


「そうかも知れない

 違って何か塩掛けるのかも知れないが…

 それで報復となれば、どの道町は危険だろう?」

「そう…ですね」

「少なくとも、高い金払ってまで居たいとは思いませんよ」

「逃げて来て正解だ」


一行は頷き合うと、先を急ぐ事で意見がまとまった。


「兎に角、早く王都に向かって、この事を伝えないと」

「だが、無茶は出来ないですよ

 あまり騒々しく動いては、魔物を招いてしまいます」

「そうですよ

 昔から山脈では、行方不明者が多いんです

 その状況から魔物に食われたんだろうって…」

「魔物を見た者で、生き残った者は居ません

 それだけ危険なんです」


「どう思う?」

「どうと言われても

 そもそも痕跡も見ていないんだ、魔物かどうかも分からないよ」

「だよな…」

「それでもですよ

 危険に自ら飛び込もうとするのは…感心しませんな」


ナンディの忠告もあって、急ぐには越した事は無いが、無茶はしないと言う事で折り合いを付けた。

そうでなければ、ナンディが同行出来ないとまで言ったので、ギルバートも折れる事にしたのだ。


「それなら

 せめて使い魔を飛ばせてくれないか?」

「しかし、先日の返信も来ていないぞ?」


ギルバートは使い魔で、王都に危急を知らせるべきだと言った。

しかしアーネストは、ここ数日の使い魔が無事に着いていないか、何者かに処分されていると推測をしていた。

でないと戻らない事に説明が付かないし、返信が送られて来ない事が納得出来なかった。


「恐らく、アルベルト様に反意のある貴族が処分しているんだ

 送るだけ無駄だと思うぞ?」

「それでも

 もしかしたら届くかも知れないだろ?」


ギルバートの熱意に負けて、アーネストは渋々と使い魔を作り出した。

それに砦での出来事と、フランドールとの衝突の危険を伝言として渡し、同時に使い魔にも細工を施しておいた。

これで人知れず処分されても、運が良ければ魔術師が気付くだろう。

そうすれば、ヘイゼルにも伝わる筈だ。


アーネストは細工をした使い魔を放つと、届く様に祈った。

それは女神様にではなく、他の神様が居るならと祈った。

既に女神様に対する不信感があり、どうにも叶いそうに無かったからだ。


どうか、この世界に他の神様が居らっしゃるのなら

私が放ったこの使い魔を、無事にヘイゼル様に届けてください

お願いします


だが、アーネストのこの願いは、叶う事は無かった。

使い魔はそのまま戻らず、また返信も来なかった。


使い魔を放った後に、一行は山脈を登り始めた。

山脈には馬車で進める道もあり、蛇行しながら緩やかに山を登って行く。

その先は遥かに高い山々に向かっており、どこまで続くのかも見えないほどだ。


「これは…大変だなあ」

「ええ

 これでもマシにはなったんですよ

 昔は徒歩でよじ登っていたそうですから」

「よじ登って…」


ギルバートは言われて、思わず横の壁面を見る。

ここはまだ、でこぼこが多くて登れそうだが、上の方は凹凸も少なくて切り立った岸壁も見える。

あれを登るとなると、例え身体強化が使えても厳しいだろう。

しかも距離からみて、1日2にちで登れそうに見えない。

休めそうな場所も見えない事から、そのまま登らないと越せないだろう。


「無理」

「だな」


馬車の道はそこを避ける様に、大きく迂回して違う山へと向かっている。

そうやって登れそうな場所を繋いで、少しずつ少しずつ、上へ奥へと向かって行くのだ。


「で?

 今日はどのくらい昇るんだい?」

「あそこです」


それはそんなに離れている様には見えない、少し上の開けた場所だった。


「え?

 あんなに近くの?」

「そうでも無いですよ

 あそこまででも30㎞ぐらいありますし、高さも10mも上がるんですから」

「10m…」


10mと聞けば、そんなに高くは感じない。

しかし山を登る山道で考えれば、それなりの高さにはなる。

1日に70㎞ぐらいを進み、標高も20mぐらい上がるのがやっとなのだ。

それほどに竜の背骨山脈は、険しく超えにくい山であった。


「随分とゆっくりに感じるんだが、それでも2週間ぐらいで越えれるのか?」

「ええ

 寧ろ早く着く様に距離は長めにしています

 本来ならもう少し休みながら進みますからね」


馬車で進むのだから、当然馬が疲れてしまう。

だからあまり長い距離を進むのは、馬の負担になってしまうのだ。

それでも事態を重く見ているので、少しでも距離を稼ぐと言うのだ。


「そうか

 人の代わりに、馬に負担が…」

「ええ

 ですから野営の時には、馬をよく労ってください」

「ああ

 そうするよ」


ギルバートはブラッシングもだが、蹄や轡の調子も見てやろうと思った。

少しでも馬に負担が掛からない様にする為だ。

本来は砦に入り、2、3日ぐらいは休息出来たのだ。

それを取りやめて出て来たのだ。

それぐらいはしてやらないと可哀想だろう。


それから岩肌の多い道を登り、馬車はゆっくりと進んで行く。

スピードこそ遅くはなったが、その分勾配はきつくなり、馬への負担も大きくなってきた。


「こうなると、やはり魔物1匹は大きかったのかな?」


馬車は大型の馬車を用意していたし、その中はほとんどが魔物で埋まっていた。

それでも馬車からはみ出さない様にして凍り付けている。

氷が解けた水が、馬車の外壁を濡らしている。

あまり無理な動かし方をすると、濡れた外壁が壊れてしまうだろう。


「しかし、仕様が無いだろう?

 国王様に献上するんだ、まさか肉だけにする訳にもいくまい」


アーネストの言い分も尤もだ。

その為にフランドールと揉めたのだし、その後にもう1匹狩る事になったのだ。

無事にそれなりの大きさの物が狩れたのは、幸いだったと言える。

しかし大きな猪の魔物は、大型の馬車でも運ぶのが困難だった。


「馬が大分苦しそうだな」

「ああ

 今日はやはり、あそこの野営地までが限界だろう」


時刻はまだ、夕刻になったばかりである。

日の傾きから5時過ぎと思われたが、肝心の馬の歩みが遅くなってきていた。

残りの数百mを、ギルバート達も馬車を降りて後ろから押す事となった。

そうしてようやく、辺りが暗くなる頃に野営地に到着した。


「はあはあ」

「ふうふう」


ギルバートも息が上がっていたが、直ちに周囲の様子を見回す。

幸いにも魔物は居なくて、周囲にも気配は感じられない。

アーネストも息を整えると、索敵魔法で周囲を調べ始めた。


「殿下

 申し訳ありません」

「すぐに野営の準備に掛かりますので…」


兵士達が周囲の偵察を終えて、野営地に引き返して来た。

これまでとは違って、ここは遮蔽物になる物が無い。

だから魔物の発見も容易だが、同時に魔物からも無防備になってしまう。

遠目からにも、焚火をしていれば発見されてしまうだろう。

しかし初秋とは言え、ここは標高が高くなっている。

焚火をしなければ寒くて夜は明かせないだろう。


「良いんだ

 君達には警戒の仕事があるし、それに二人が降りた方が馬にも負担が少ない」

「そうだよ

 その分、周囲の警戒は十分にしてくれよ」

「はい」


兵士達は返事を返すと、すぐに集めた枯れ枝を組み始めた。

隊商の方でも冒険者達が集まり、焚火と天幕の準備を始める。

ギルバートは約束通り、馬たちを馬車から外して側の岩に括った。

それからアーネストに水を出してもらって、馬の世話を始める。


彼等は邸宅に居た時から面倒を見ていて、行軍の際にも世話になっていた。

優しく声を掛けつつ、1頭1頭にブラッシングをしてやる。

冷たい水で洗ってやりながらなので、馬も気持ち良さそうに声を上げていた。


ブルルル

「そうかそうか

 気持ち良いか

 頑張ったもんな」


ブラッシングが終わったら、積んであったニンジンやイモを持って来て、手ずからに与える。

ギルバートが、そうして馬の世話をしている間に、アーネストは焚火に火を点けていた。

周囲が焚火の火に照らされて、暖かい空気が流れる。

そうして兵士達が鍋を用意すると、洗った野菜と野草が放り込まれた。

町での補充が出来なかったので、あまり多くの食材が残っていない。

ここから先は山脈に入るので、自生の野草や野菜も少なくなるだろう。

誰も何も言わなかったが、食材の確保も重要になりそうであった。


いざとなったら…


ギルバートは、氷漬けにしたアーマード・ボアを見る。

ここで食べれる魔物や、野生の熊や猪が見付かれば良いが、そうでなければ食材が尽きるだろう。

そうなれば、このアーマード・ボアを解体するしかない。

出来ればそうならない様に、明日からは魔物の索敵もしなければならない。

ギルバートはそう思いながら、アーネストの方を見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ