第136話
ギルバート達の馬車は、隊商の脇を抜けてそのまま町へと入る
貴族の家紋を着けた馬車だ、余程の事でも無い限り、こうした門では素通り出来るのだ
ましてや砦から来た迎えの兵士も居る
それを誰何する様な愚か者は、この砦には居なかった
ギルバート達が通る時に、隊商の面々からは恨めしそうな視線が向けられる
それはそうであろう
彼等は時間を取られて待たされて、通行手形と要件を確認される
それを無く素通りする者を見て、不満に思うなと言う方がおかしいだろう
しかし貴族の家紋が見えたので、不満そうな顔はしても文句は言わなかった
下手な事を言えば、不敬罪になるからだ
ダーナではそれほどでも無いが、王都では厳しく罰せられる
それが分かっているので、商人達は不満そうな顔をするだけであった
「嫌そうな顔はしていたが、何も言ってこないな」
「そりゃあそうだろ
王都にバレたら、それこそ信用問題になる
商人にとっては、死活問題だからな」
「そうなのか?」
「そうなんだよ」
馬車は町に入り、その奥に見える砦へと向かった。
城壁から砦までは大体1㎞ぐらいだろうか。
山脈の麓とあって、岸壁に沿って建てられた砦を、ぐるりと城壁が囲んでいた。
その城壁の中に、小さな町が出来ていて、ダーナほどでは無いが栄えていた。
「城門や城壁はなかなかだが…
オーガでは一溜りも無いな」
「そうか?
こんな森の中の砦だ
これでも十分大きいだろう」
ギルバートはダーナを基準に考えていたが、砦として考えればここは随分と大きかった。
それはそうだろう。
城壁の中に畑も入っているので、無駄に広く作られていた。
これでも、最初は砦の周りだけであって、外周も半径300mほどであった。
それをダモンが集落を作り、勝手に城壁を作らせたのだ。
勿論、資金はガモン商会が出しており、それだけの打算はあったのだ。
おかげで集落に人が集まり、ちょっとした町にまでなっていた。
ここが辺境から更に外れた、森の中でなければ、もっと人が集まっていただろう。
「ほとんどが民家だが、中には商家や商店、職人の工房も見えるな」
「ああ
今や町として機能している
町の名前はノルドの町と呼ばれている」
「へえ
でも聞いた事が無いな」
「そりゃあ…
自治領としては認められたが、公式には認められていないからな
あまり人の口には立たないのさ」
大きさは町規模にまでなっているが、未だに正式にはノルドの村である。
貴族が治める街では無く、商人が集まる自治領の町にも認められていないからだ。
「何だかややこしいな」
「それだから、ダモン守備隊長が儲けの為に作った町
そういった認識で通っている」
「でも、それを父上は認めたんだろう?」
「ああ
鉱山を守る砦は欲しかったし
何よりも山脈を結ぶ導線にもなるからな
已むに已まれずだ」
アルベルトとしては突っ撥ねても良かったのだが、折角出来た砦を失いたく無かった。
それに、ダモンは叙爵してないとはいえ、商家としての人脈と金を持っていた。
それを上手く使っての砦の建造であったので、アルベルトも不満を言い難かった。
「結局、アルベルト様でも頭の勝負では負けたのさ
だからダモンを守備隊長に任命して、ここでの自治は黙認したんだ」
「なるほど
それだけ頭が回る相手なのか…」
「ああ
だからこそ、下手に素通りするより、相手の出方を窺った方が良い」
「後で何て言われるか分からないからな」
アーネストはそう評して、ダモンを敵に回す事は避けようとしていた。
ダーナの急所にも成り得るし、何よりも面倒臭そうだからだ。
「兎に角、ご機嫌を取って早々に引き上げる
これが一番良いだろう」
「分かった、分かった
私が下手に出れば良いんだろう?」
「そうだ
あまり下手過ぎても不味いが、そこはボクが居る」
アーネストは会見では、自分も同席するつもりでいた。
しかし、相手はそこも素早く見越していた様子だった。
「残念ですが、ここからは殿下のみとなります
お着きの者は外でお待ちください」
砦の入り口で、兵士がアーネストの同行を阻んだ。
しかも中では無く、外で立って待って居ろと言うのだ。
これにはアーネストも難色を示して、兵士に不満をぶつけた。
「おいおい
幾らなんでも偉そうじゃないか?
会談の場は兎も角、中にも入らせないって」
「そうは言われても、ここはダモン様の町だ
お前等余所者にどうこう言われる必要は無い」
兵士は憮然としてそう言い放つ。
確かにアーネストは、見た目は少年の小姓にしか見えない。
しかし知る人が見れば、少しは態度を改めるだろう。
何せギルバートと懇意にしているし、国王からも叙爵の話を頂いた王宮魔術師の候補なのだ。
しかしダモンもそれは知らないし、兵士も当然知らなかった。
「お前等は知らないだろうが、彼は私の親友だ
それでも駄目なのか?」
「ああ
あんたが領主の息子だか知らんが
ここではそんなのは関係無いからな」
兵士はそう言うと、さっさと歩けとギルバートの背中を押した。
それを見たアーネストは、これはマズい事になったと思った。
ここの主よりも上の、ギルバートに対してもああなのだ。
どうやらダモンは、ここでは王様気取りの様子なのだろう。
ギルバートもそれを察して、顔を厳しくしながら歩いて行った。
その後ろには兵士が、槍を構えながら着いて行っていた。
砦の中は大きく、ギルバートが過ごしてきた邸宅よりも広い部屋が何室もあった。
その中の奥の階段を登り、2階の大きな部屋の前に通される。
そこは砦の中枢に当たる、守備隊長の執務室であった。
部屋は砦の守備隊長の執務室でもあるが、この町の統治者の部屋でもある。
中には華美な造形が施されて、絵画が壁に掲げられていた。
「何だ…
この部屋は?」
無駄に金を掛けた造形に、何かの石膏像や絵画が飾られて、まるで王族の部屋の様だった。
その奥の大きな机に、太った壮年の男が座っていた。
この砦の責任者、守備隊長のダモンだ。
「どうですかな?
ギルバート坊ちゃん」
ダモンは部屋に圧倒されているギルバートを見て、愉悦に浸った顔をしていた。
しかしダモンは勘違いをしていた。
ギルバートが圧倒されたのは、無駄に贅を凝らした事に対してだ。
ここの事を素晴らしく感じたワケでは無く、何て無意味な部屋だと思っていた。
「どうです?
この石膏像や絵画の数々
アルベルトにはこんな素晴らしい物は持てなかったでしょう」
領主であったアルベルトを呼び捨てにして、更に馬鹿にした様にくふくふと笑っていた。
それだけを見ても、ギルバートは不快な気持ちになっていた。
「お前も哀れな奴だなあ
あんな貧乏貴族の子倅に産まれて、大して教養もなさそうだ」
ダモンは嫌らしい笑みを浮かべて、ギルバートを蔑む目で見ていた。
「どうやらアルベルトは死んで、お前も廃嫡
王都へは領地を治めれなかった大罪人として連行と聞いておる」
どうやらダモンは勘違いをしていて、ギルバートが罪人として連行されていると思っている様だ。
「ここでお前を殺しても良いが、それではワシの立場が危うくなる
さっさと王都へ向かって、裁かれるが良い
くふくふくふ…」
ダモンはそれだけ言うと、後は興味も無さそうに手を振った。
出て行けという合図だろう。
兵士が槍を突き付けて、ギルバートは大人しく従った。
良かった
どうやら奴は勘違いをしている様だ
変な事に巻き込まれる前に、さっさと退散しよう
ギルバートはそう思いながら、部屋を後にしようとした。
その時に、ダモンが口にする愚痴が聞こえてきた。
それが聞こえた為に、ギルバートは早足で出口に向かった。
ここに残っていては危険だ。
ギルバートが中に入ってから、30分もしない内に出て来たので、アーネストは不審に思っていた。
しかしギルバートがウインクをしたので黙り、そのまま馬車へと乗り込んだ。
「どうしたんだ?」
「しっ
ここではマズい
早く町の外へ出よう」
ギルバートは御者の兵士に小声で伝えると、馬車は町の入り口へと向かった。
そこではまだ隊商が審査を受けており、ナンディはまだ順番を待っていた。
「あれ?
殿下?」
「良かった
まだ入っていないんですね」
「ええ
なかなか時間を取らせているみたいで…」
ナンディはそわそわして、何か言い難そうにしていた。
彼は冒険者の一人を呼んで、伝言をさせる事にした。
窓から小声で話し、冒険者が頷く。
一頻り話した後で、冒険者がこちらの馬車に近付いた。
城門の兵士達が不審がり、槍を構えて見ていたが、それを無視して冒険者は話す。
「どうやら、袖の下を要求している様で…」
「袖の下?」
「お金を寄越せって事だよ」
「な、か…」
「しっ
聞こえるだろ」
ギルバートが思わず大声を出しそうになるが、アーネストが慌てて押さえる。
それを見て、兵士の顔がますます険しくなる。
「袖の下を出すまでは、通さないんですよ
それも高額で…一人当たり金貨3枚だとか」
「な!そ…もごもご」
「良いから黙れ」
「で?
どうするんですか?
それでも町に入りますか?」
アーネストの言葉に、冒険者も困った顔をする。
「出来れば入りたいですね
宿もありますし、ここでも何か取引が出来るかも?
しかし殿下は?
みなさんはどうしますんで?」
「オレの意見としては、早くここを離れた方が良い」
「そうですか…」
「手形を渡して、山脈への通行は可能なんだろう?」
「ええ
それは問題は無く…」
冒険者は少し迷ったが、思い切ってナンディの方へ戻った。
それから暫く話し込み、頷いてから戻って来た。
「大将もこれ以上は時間の無駄だと
袖の下は出せないし、町へも入りたくないと言っています」
「そうだな
それなら…」
「早々に立ち去ろう」
先にギルバート達の馬車が去り、山脈への道へと向かって行く。
そこにも門番が立っており、柵で簡単な関所が作られていた。
「ここを通りたいのか?
なら、一人金貨1枚だな」
「な!
金を取るのか?」
「ああ、そうだ
ここはダモン様の砦だ
通行したければ払うんだな」
兵士は通行税として払えと言ってきた。
しかしそれは法外な値段だし、手形が出された時点で税は払われている。
これが…袖の下というヤツか?
兵士は渋々と、金貨と銀貨で人数分を支払った。
人数分の金貨など十分にあったが、ここでそれを出すと足元を見られる。
兵士はそれが分かっていたので、わざと銀貨を混ぜて支払った。
「ようし
良かろう
今回は特別に通してやる」
「本来は金貨3枚なんだがな
次に来る時には、ちゃんと用意しておけよ
ぎゃはははは」
門番達は下品な声で笑い、とても砦の兵士には見えなかった。
しかしここで揉めれば、町から兵士が来て騒ぎが大きくなるだろう。
そうすれば、更に法外な支払いを要求されかねない。
兵士は黙って怒りを抑えると、無言で関所を抜けた。
「まいどありい、っと」
「また来いよな、げらげらげら」
「くっ
奴等…」
「ここがダーナなら、叩き切ってやるのに」
兵士達は馬鹿笑いをする兵士の声を、我慢しながら立ち去って行った。
「すまない
私のせいで…」
「いえ
殿下のせいではありません」
「そうですよ
ここがこんな場所になっていたとは…」
兵士達は謝るギルバートに、こんな暴挙に出るダモンが悪いと告げた。
「この事は、王都にきっちりと報告します」
「そうですよ
あんな関所紛いの事をしているなんて…」
「しかし妙だな
何で王都やダーナには、こんな事が報告されていないんだ?」
「そう言えば…」
どうやら、単にダモンだけが問題なのでは無さそうだ。
でなければ、あんな事をしてれば早晩に、砦ごと潰そうと軍が動いていただろう。
バレていないのには、それなりの事情がありそうだ。
「後ろに貴族が着いているとか?」
「あるいは…
商人仲間で結託しているか?」
「商人で?」
「ええ」
「恐らく、ダモンの息が掛かって奴等は素通りで、そうでない者からは…
そう考えれば、報告が出来ない訳も納得出来ます」
「まさか
逆らえば商人として働けなくなるとか?」
アーネストが正解を告げて、兵士達も頷く。
「ガモンがどれぐらいの力を持っているのか…」
「しかしあれだけの町を作ったんだ、それ相応の財はあるだろう」
「それに…
貴族が後ろに着いているのなら、アルベルト様が躊躇した訳も分かる様な気がする」
「そうですねえ」
「貴族の力は侮れませんから」
アルベルトが辺境に籠って居たのは、事情があったからだ。
しかしそれが無くても、アルベルトは辺境に行っていた可能性はあった。
王太子が亡くなった事で、アルベルトは当時の貴族達から吊るし上げを食らっていた。
それを避ける為に、表向きは転封で辺境に下った事になっていた。
「アルベルト様は貴族の勢力争いに負けて、ダーナに下った事になっています」
「父上が?」
「ええ
王太子が亡くなられた事で、責任を取られた事になっています」
「そうなのか?」
「ああ
ボクも当時はアルベルト様に連れられて、国王様にも面会している
その時に、国王様からその様に聞かされたよ」
アーネストが王都へ向かった時に、国王と面会する機会があった。
その時に、国王は子供と思って真実を話してしまっていた。
しかしアーネストは、子供にしては聡くて、国王の話をしっかりと覚えていた。
「表向きはジェニファー様と、ギルの体調が思わしく無いのが理由で
でも貴族達には、王太子を死なせた責任で転封になったとね
実際は他に理由があったんだけどね」
それはギルバートも既に知っている。
自分の存在を、少しでも女神様の眼から隠す為だったのだ。
その為に政争に負けた事にして、田舎に引き籠ったのだ。
ちょうどギルバートの体調が悪かったのが、都合の良い言い訳になっていた。
それも封印とやらの禁術が原因らしいが、詳しくは国王にでも聞かなければ分からない。
だからこそ、今は一刻も早く、王都へ向かわないといけない。
今回の事もそうだが、色々と相談しなければならないのだ。
馬車は関所を抜けると、暫く進んで岩陰に隠れた。
そこでナンディ達の隊商の馬車が、関所を抜けるのを待つのだ。
早く合流して、山脈を越える為に。




