第135話
5日目の正午前には、砦の手前の野営地に到着出来た
兵士の1人が先触れに立って、砦へと向かう。
その間に、野営地では昼食の準備が行われていた
余裕があるのか、冒険者が近場を捜索して野鳥を獲って来た
それを出汁代わりにして、今回のスープは野鳥の肉のスープとなった
簡単に野鳥を毟ると、そのまま内臓を取り出してぶつ切りにする
それに近場で採れた香草と野草を一緒に煮込んんで、黒パンと共に食べる
ちょっとした御馳走だが、野営地ならではの食事が出来た
商人達が少量の胡椒と酒を出して、スープの味付けに使った。
それで旨味が増したので、野営地ではみなが笑顔で食事を済ませた。
「貴重な胡椒と酒を、ありがとうございます」
「いえ、なあに
私達も砦まで無事に着けたんです
これぐらいは奮発させてください」
商人は上機嫌でそう答えて、旅の無事を祝っていた。
あと20㎞も進めば砦に到着出来る。
そうすれば今夜は、そこの集落も宿屋に泊まれる。
ここまでの旅の無事は、商人達にとっても嬉しい事だったのだ。
「もう少し進めば、砦の旗が見えてきます
そうすれば砦までは、魔物も出ませんでしょう」
「そうですね
無事に来れて良かった」
商人はナンディという名の東国出身の商人だった。
彼は王都との行き来で、何度かこの砦には訪れていた。
隊商を組むほどの商人になれば、こういった旅は慣れたものである。
護衛の冒険者達も、商人達と共に王都を行き来しており、それ故に魔物との戦闘にも慣れていた。
慣れていると言っても、魔物が出始めたのはここ数年で、それまでは盗賊相手ではあったが。
盗賊は逆に減っており、魔物が住む森では、なかなか生き残る事も難しい様だった。
「以前は野盗が住み着いていましたが、今は魔物が住み着いています
どちらが良いかは…微妙ですがね」
「そうなんですか?」
「ええ
野党は勝てそうに無ければ逃げますが、魔物はしつこい
今日勝てなくても、明日には勝てるかも知れない
そう思っているのかも知れません」
「数日は張り着いていて、隙を窺ってますからね
油断は出来ないんですよ」
「砦に着くまでは…
それか街に近付くまでですかね
しつこく着いて来るんですよ」
「それは厄介ですね」
ギルバートは不安になって周りを見回すが、アーネストが肩を叩いた。
「安心しろ
近くには魔物の反応は見られない」
「そりゃあそうだろうが…」
アーネストが時々魔力の反応を見ている。
近くに魔物が居れば、それだけで魔力を検知できる。
しかし砦まではまだ少しある。
ここで油断して、魔物の接近を許すわけにはいかないのだ。
「大丈夫さ
先触れの兵士が向かったんだ
砦からも迎えの兵士が出るだろう」
「そうか?
砦が安定しているとはいえ、そこまで余裕は無いと思うけど」
ギルバートも書類には目を通していた。
魔物の侵攻の後は、フランドールに見させてもらえなかったが、それでも砦の様子は分かっていた。
余程の事が無い限りは、作業の人員が増えた分、砦の警備は忙しくなっている筈だ。
「選民主義者の投獄で、鉱山の人員が増えただろう?」
「ああ
それで砦の人員も増加して、集落には住民が増えている」
「だからこそ、警備の人員が足りないだろう?」
「そうかなあ?
余程の馬鹿で無い限り、あそこでは大人しくしていると思うが?」
「いや
あいつ等は余程だろう…」
先の内乱を鎮めた時に、内乱を扇動していた選民主義者が多く捕らえられていた。
彼等は自分達が優秀な人間で、他の者は自分達に従うべきだという思想を持っていた。
その為に、ダーナの街を自分達の物にして、逆らう者を殺そうとまで計画していた。
しかし早晩にもバレてしまい、関わった者はほとんどが捕らえられていた。
こうした犯罪者は、投獄するか処刑されるかだが、人数が多い為に問題となった。
結局フランドールの嘆願もあり、処刑では無く処罰となった。
それが鉱山での労役であり、向こう数十年は鉱山での労役となる。
まあ、実質は逃げ出せない鉱山での労役である。
死刑に等しい扱いではあった。
「男は鉱山労働だが、女性や子供は集落での苦役だろう?
そこで隙を見て、再び暴動を…」
「それは無いだろう」
「そもそも、何で鉱山の苦役が死刑に近い処罰か、知っているか?」
「え?」
「ここは森の中だ
砦が無くても野生動物がいっぱい居る
まあ、今は魔物も居るんだがな」
「そりゃあそうだろうが…
でも、人員は沢山居るぞ?」
「確かに人は多いだろう
それに犯罪者も労役で働いている
しかし人が居ても、食料や武器は?」
「え?
鉱山だから鉱石が…」
「甘いな
鉱石が採れても、それを加工する職人が居ないだろう」
「え?」
「鉱石を採掘する工具はあるが、それだけでは武器には…
それに集落の人間も居るんだ
おいそれとは反乱は出来んさ」
「そうなのか?」
アーネストの説明に納得が出来ず、ギルバートは考え込んでしまった。
しかし兵士も進言して、鉱山での暴動が難しい事を説明する。
「集落の住民は、砦の兵士達の家族です
中には腕っぷしの強い元兵士等も居ます
彼等が目を光らせている限りは、迂闊な反乱の相談も出来んでしょう」
「そうですよ
それに集落に家族が居るのは、彼等にとっても人質の様なものです
下手に暴動を起こせば、集落で働く者の命が危険になりますからね」
それは暴動に巻き込まれてという意味もあるが、魔物が周りに居る事も関係している。
砦や鉱山で暴動が起これば、そこへ魔物が襲って来る可能性もあるのだ。
いくら選民主義者であっても、それが魔物に通用するとは思っていないだろう。
いや、思っていない筈だ。
「そういうわけだから、砦は今の処安泰だ
兵士も暇してるんじゃないのか?」
「それは無いですよ
魔物が活発化しているんです
今頃は訓練でもしていますよ」
同行の兵士達はそう言ったが、魔物への危機感は、街の者ほど強くは無かった。
それは砦が森の東にある事と、魔物の南下の影響が少ない事が原因だった。
砦の周りではゴブリンやコボルトしか出ないので、兵士はそこまで危機感を感じていなかった。
だから集落は安心していて、交易の隊商が訪れていた。
ギルバート達に同行した隊商以外にも、数組の隊商が訪れていたのだ。
昼食を終えてから、ギルバート達が砦に向かう間に、前方にも別の隊商が見えた。
「思ったより隊商が行き来しているな」
「ああ」
「魔物の侵攻を懸念して、交易は一時停止していたんだが…」
「それでも、公道を解放してからは2週間は経っている
それで隊商も…」
「2週間でか?
その前から行き来していないと、こんなに早くは来ないだろう
どうやら砦では、公道を封鎖していなかったな」
「そうなのか?」
「ああ
でないと隊商が、これから砦に入るのがおかしいだろう?」
ダーナから砦は5日ぐらいだが、砦から王都までは2週間掛かる。
王都から今日来たのなら、2週間前に出た事になる。
それではタイミングが良過ぎるのだ。
「恐らくは砦から街には行かせずに、王都と砦までは行き来していたんだろう
それでも危険なんだがな」
公道の封鎖は砦への出入りを止めて、街へと向かわせない為だ。
砦から街までは交易を止めていたので、一応指示には従っている事にはなる。
しかし自分達だけは交易をしていたのだ、あまり良い感じはしないだろう。
「フランドール殿へは…
報告は届いているのかな?」
「そうだなあ
こんな事がバレたら、ひと悶着起きそうだな」
まだ砦に着く前から、何やら起きそうな予感がして、二人は憂鬱な気分になっていた。
それは兵士も同じで、前を行く隊商を見てからは、嫌な予感を感じていた。
「おい
こんなに早く、隊商が来ているのか?」
「ああ
公道の封鎖が解けたばかりなのに、早過ぎるな」
「アルベルト様なら…
そこまでは仰らないだろうが」
「フランドール様は…なあ…」
これから自分達は王都へ向かう。
揉め事に巻き込まれるのは、自分達ではなく街に残った同僚達だろう。
だが、そんな同僚達の事を思うと、兵士達も憂鬱な気分になっていた。
ギルバート達の後方だったので、隊商は前を行く仲間は見えていなかった。
しかし何かがおかしいと感じて、冒険者を様子見に前へ出させた。
そこで冒険者達も隊商を見掛けて、事の成り行きを予想出来た。
冒険者達を代表して、一人の男がギルバートの馬車へと近付いた。
「殿下
よろしいでしょうか?」
「ん?
ああ、冒険者の…」
「トラビスです」
「そのトラビスさんが、どうしたんだい?」
「ええ
後ろから見ていても様子がおかしいので、前へでてみたんですが…」
「ああ
アレだね」
「はい」
冒険者が前の隊商を見ていたので、ギルバートも何が言いたいのか予想が着いた。
予想は出来たのだが、どう答えれば良いのやら。
さすがに即答は出来ずに困ってしまった。
「どうされます?
ウチの大将に話しますか?」
「ナンディさんにか?」
ギルバートは悩んだ。
この5日間で、彼は誠実な商人と感じていた。
出来ればありのまま話したい。
しかし砦と王都だけは行き来を出来ていたとなると、ダーナで出れなかったナンディは怒るだろう。
砦まで行けたら、王都へ戻る事も出来ていた筈だからだ。
貴重な商機を奪われて、危険な街に逗留させられていたのだ。
そこは怒って当然だろう。
「どうやら…
砦の独断なんだろうけど、そう言っても言い訳にしかならないだろうな」
「そうです…ね
大将には上手く言っておきます
ただ…砦では他の商人と揉めそうですね」
「だろうな
彼が何か言いだしても、それは仕方が無いだろう」
ギルバートの責任では無いが、揉める原因を知っているだけに憂鬱な気分になる。
「あの
オレが言うのもなんですが
殿下が原因では無いのでしょう?」
「ああ」
「それだけでも分かっていれば、後はこちらで話しておきます」
「良いのか」
「ええ」
冒険者は笑顔で答えると、そのまま後方へ向かった。
予想通り大声が聞こえたが、暫くして落ち着きを取り戻していた。
どうやらトラビスが上手く説明して、ナンディも納得したのだろう。
砦に着いてからは、商人同士の話し合いになるだろうから、ギルバートには直接関係は無い。
後の問題は、砦の責任者である守備隊長との面談だろう。
恐らくは彼も、隊商が一緒に到着するので事情は分かるだろう。
どういった言い訳をして来るのか、会う前から嫌な気分になってしまう。
「ここの砦は、ダモン守備隊長だったか?」
「そうだなあ
確かそんな名前だったな」
「彼はどんな人物なんだ?」
「ん?
ギルは会った事が無いのか?」
「ああ」
「彼の出は商家なんだが…
確かガモン商会って言って、王都で商家を営んでいる」
「何か嫌な名前だな…」
「ああ
似ているけど多分、関係ないとは思うぞ」
「まさかその親族に…」
「アモンって居そうだけど、名前が似てるだけで先入観は持つなよ」
魔王に似た名前をした守備隊長が居る。
そのせいであの顔が頭に過ってしまう。
「まさか…な」
「違うだろ」
ギルバートが嫌そうな顔をするが、アーネストは構わず話を続ける。
「商家の出だって事で、頭は良いみたいだけどな
兎に角やり手で、今回の事も儲けを考えてだろうな」
「そうか…」
「確か砦を造る時も、集落を作って自治を認めろって、アルベルト様とやりあっていたからな」
「父上と?」
「ああ」
「公道と鉱山を守る為に、大きな砦が必要だ
しかし街と離れている為に、そこに住む住民の集落も一緒に作りたいって」
「実質的には村を作ったわけか」
「いや
村と言うよりは町だな
小さな町にまでしてしまったんだ」
「それはまた…」
「ああ
だから税収や自治の事で揉めてな
アルベルト様に自治領として認めて欲しいって」
「そうか
でも爵位が無いのなら」
「ああ
そう簡単にはいかないな
だからアルベルト様に掛け合って、自治領にしてくれって」
当時はそれで色々あったらしいが、なんとか砦の存続を賭けて粘ったらしい。
それで国王に嘆願して、何とか自治領の試験的管理とという名目で許されたのだ。
しかしそれは、アルベルトが勝手に行っていた事だ。
フランドールに変わった今、それが認められるかは領主次第であった。
「何だか…嫌な予感がするな」
「同感だ
ボクもそれは思っている」
フランドールが鉱山の税収と、労働者の徴兵を求めれば、それは爵位が無いダモンには断れない。
もしそんな事になれば、違った意味で暴動が起きるだろう。
砦の町をめぐって、儲けを賭けた戦いになりそうだ。
「なあ」
「ん?」
「ここはさっさと抜けて、山脈へ向かわないか?」
「あー…
それは無理だろう」
ギルバートは手続きだけをして、さっさと出ないかと提案した。
しかし元領主の息子であるので、廃嫡したとは言え挨拶ぐらいはしなければ礼に失する。
「残念だが、ギルは守備隊長に挨拶しなくてはな」
「そうか…」
面倒臭い事に巻き込まれそうだが、そこは避けられそうもない。
貴族になるという事は、こういった面倒事も背負いこむのだ。
「仕方が無い
腹を括って行くしかないか」
「ああ
面倒な事は早めに処理した方が良い
上手く躱すしかないさ」
二人がそう話している間に、砦からの迎えの兵士が到着した。
彼等に先導されて、馬車は砦の入り口へと向かった。
そこは町への入り口でもあり、隊商が2組並んでいた。
後続のナンディがどう対応するのか?
面倒事ばかりで、ギルバートは憂鬱な顔で溜息を吐いていた。




