第134話
初日の野営地は、魔物も利用した跡があった
その為に警戒が必要になったが、幸いにも魔物の姿は無かった
そのまま魔物の襲撃に備えながらの野営になったが、朝までは何事も起きなかった
どうやら魔物は、ここを数日利用はしたが、そのまま他へ向かった様子だった
後片付けは大変だったが、それ以外の問題は起こらなかった
朝になると日が差し、森の中にも小鳥の声が響く
魔物も近くに居ないのか、野鳥や小動物の動き回る音が聞こえる
このまま魔物に遭遇しなければ、予想よりは早く砦に到着出来そうだ
ギルバート達は野草を摘むと、そのまま水魔法で洗った
それに干し肉を混ぜて、即席のサラダを作るのだ
後は黒パンと水になるが、野営地での朝食はこんな物だ
「少し質素だが、これはこれで旨いな」
「ええ
戦場や行軍中では、朝食はこんな物です
もっとも、野草が手に入る分はマシなんですが…」
兵士が言うには、野草が取れない時には、塩漬けした野菜を使うそうだ。
今回は近場に野草があったが、薬草や香草なら味はもっと悪かっただろう
「こればっかりは運しだいですからね
魔物が採り切っていなかったのも幸いしましたね」
「そうか…
魔物もここを利用していたもんな
もしかして、魔物は野菜が苦手なのかな?」
「魔物だけではないかも?
ほら…」
アーネストはさっきから、一言も話していない。
よく見れば、不味そうな顔をしてサラダを食べていた。
それはソースも何もかかっていないので、干し肉以外の味はしない。
普段からソースをかけて食べていたので、何もかかっていないのが不満なんだろう。
「ここにも野菜嫌いが…」
「将軍もそうですね
サラダは我慢しますが、根菜のスープでは…」
「そりゃあ…」
「いつも食事係が泣いています」
将軍が元気な秘訣は、肉をよく食べる事らしい。
しかし酒も飲むので、そこは野菜も沢山取って欲しい。
野菜も多く食べるのが、長生きの秘訣と言われているからだ。
「アーネスト
野菜も沢山取れよ
酒や肉ばっかりだと将軍みた…」
「え!!
それは嫌だぞ!」
「ぷっ」
「くすくす…」
将軍を引き合いに出されて、アーネストが慌ててサラダを掻き込む。
余程嫌だったのだろうか、その様子は必死だった。
それを見て、兵士だけではなく、冒険者や商人たちまで笑いを堪えていた。
「そこまで嫌がらなくても…」
「オレはあんな、ガサツでだらしない大人にはなりたくない」
「ちょ!
アーネスト!」
「お前が言うなよ
はははは」
アーネストは気が付いていなかったが、長く一緒に居たので二人は似た所が多い。
真面目にしている時はしっかりしているが、それ以外ではいい加減なのだ。
その為ガサツでだらしなく見られるが、ここぞという時に活躍するので、周りからは頼られている。
要するに、好きな事や大事な事以外ではいい加減なのだ。
「同族嫌悪か…」
「そう、それ
似た者同士ですからねえ」
「それに…
将軍の父上がアーネストの父と兄弟らしいですから」
「そういえば、そんな話があったな」
正確にはアーネストの祖父と、将軍の祖母が兄妹だったのだが、王都と辺境に別れて暮らしていた。
若くして辺境に旅立ち、そこで居を構えたからだ。
だから親戚として、将軍はアーネストを可愛がっていた。
説明が面倒なので、周囲には甥っ子と話していたが、実際は弟の様に思っていた。
そんな将軍がアーネストを引き取らなかったのは、当時は将軍も親を亡くし、未成年として面倒を見られる立場だったからだ。
だから徴兵で志願して、兵長になってからアーネストに会いに来た。
しかしその頃には、アーネストも家を与えられて、アルベルトの仕事を手伝っていた。
だから将軍は、時々様子を見に行く事はあっても、それ以上は踏み込まなかった。
「どっちかと言えば、父上に似たのかも知れないな」
「え?
アルベルト様ですか?」
「それはその…
あまり似ていない様な?」
「いや
父上も根菜は苦手だったし、意外と雑な所もあったぞ」
「それは殿下が御子息でしたから…」
「そうそう
家族に見せる、安心した姿でしょう
アーネストのこれは…」
「オレでも公の場では、弁えて行動するぞ」
アーネストが怒って反論するが、みなの眼はジト目になっている。
それは普段の行動が物を言っており、少々では取り返せない物であった。
「さあ
食事が終わったのなら、さっさと出発するぞ」
「う…」
アーネストが慌てて、最期のパンを口に突っ込む。
それを水で流し込みながら、食器を片付けた。
こうした野営地では、近くに水場があるとは限らない。
桶や樽に、運んで来た水を入れて使う。
しかしここには、魔法を使える者が居る。
アーネストが魔法で水を出して、桶や樽に貯めれるのだ。
冷たく無いのが残念だが、そこは運ぶ手間が掛からない事の方が重要であった。
「水が冷たかったら、もう少し美味いんだがな」
「でも、氷ならそこにあるぞ?」
「魔物を凍らせた氷で、水が飲めるか!」
「そういう所がガサツなんだ」
「そうか?
冷たくするなら同じだろ?」
「魔物の周りの氷なんて、美味しくないだろう…」
「そういうのは見た目も重要なんだぞ…」
平気そうなアーネストを兵士や商人達がジト目で見ていた。
確かに魔物を凍らせた氷では、美味しい水には見えないだろう。
ただ、冒険者はそう思っていない様子だった。
彼等は貧しい暮らしをしてきたので、今さらそれぐらいは平気だったのだ。
しかしアーネストの様子を見て、何も言わない方が良いと判断する分別は持ち合わせていた。
「魔物の氷は、まだ大丈夫か?」
「ああ
順調に凍らせれている
この調子なら、王都にも凍らせたまま持って行けそうだ」
「そうか
それは良かった」
魔物の氷は、少しづつだが解けてはいる。
だが、その度にアーネストが魔法を掛け直しているので、氷は分厚く覆っていた。
今の処は魔力にも余裕があるので、問題無く凍らせていた。
「このまま…
何事も無ければ良いんだが」
「止せよ
そういう事を言うと、何かが起きるんだ」
「ああ
それは分かっているんだが、何も無いと逆に不安になってな」
ギルバートも馬車に乗り込み、御者が出発の掛け声を発する。
「それでは出立します
忘れ物や用事はありませんか?」
「ああ
行ってくれ」
「それでは、はいよー!」
ピシッ!
ヒヒーン
馬が嘶き、馬車は静かに出発する。
兵士達も馬に乗ると、馬車の周りで警戒をしながら進む。
その後方には隊商が続き、その周りには冒険者が警戒をしていた。
冒険者も馬に乗っており、馬が持てるかどうかが、有能な冒険者かどうかを分けていた。
それだけの稼ぎが出来るなら、それだけ狩の腕も確かだからだ。
馬を維持出来るほどの稼ぎとなると、相応の狩で稼げる腕が必要なのだ。
「この辺も魔物は少ないな
魔力の反応も、森の奥にしか感じられない」
「そうか
魔物も警戒しているのかな?
そのまま出て来るなよ…」
二人の祈りが効いたのか、そのまま2日間は魔物には遭遇しなかった。
4日目にして、森から斥候に出てきたコボルトに出会ったが、そのまま逃げだしてしまった。
追う事も出来たが、無理に森に分け入るよりは、そのままやり過ごす事にしたのだ。
魔物は追って来る事も無く、そのまま4日目も野営地の広場に着いた。
初日の様な魔物の痕跡も無く、兵士達は安心して野営の準備に取り掛かった。
「今日も無事に過ごせたな」
「ああ
このまま行けば、明日の昼過ぎには砦が見えるだろう」
兵士達は安心しきっていたのか、口も軽くなっていた。
「それにしても、こう毎回肉と野草では、口が寂しいな」
「そうだなあ
余裕もあるし、近場に川でも無いかな?」
兵士は釣りを考えて、ギルバートに提案してみた。
「殿下
どうでしょう」
「まだ時間はあります
少し川を探してみてもよろしいですか?」
「川か…」
ギルバートは少し考えたが、許可を出す事にした。
ギルバートも、肉ばかりに飽きていたのだ。
「よし
探索を許そう
ただしあまり遠くには行くなよ」
「はい」
「後は…
冒険者の方も…
ああ、行く気まんまんだな」
ギルバートが冒険者達の方を見ると、既に釣竿を持って商人達と話していた。
中にはどこに持っていたのか、投網まで出して用意していた。
「無理はするなよ
魔物に遭遇するなら、すぐに引き返す様に」
「はい」
「君達ではオークまでは倒せても、それ以上は無理だ
下手に戦って、他の魔物を引き寄せるなよ」
「分かっています」
「任せてください
大漁を狙ってますから」
兵士は釣竿を背中に背負って、軽装で森へ向かって行った。
その背中を見ながら、ギルバートは心配そうにしていた。
「大丈夫かなあ
変な物を引っ掛けなければ良いが」
「魚の代わりにか?
それは無い…事もないか」
「ん?」
「そういえば、川にも魔物は居るんだよな
今までは遭遇していないけど」
「そうなのか?」
アーネストは辞典を引っ張り出すと、川の魔物の項目を開いた。
「ほら
こいつだ」
「なになに
ケルピーにビッグマウス…」
「違う違う
それはFランクやEランクの魔物だ
こっちだよ」
アーネストはページの右を示して、2匹の魔物を示した。
「Gランクで居そうなのは、キラーフィッシュとアリゲーターだな
アリゲーターは魔物と言うよりは、野生の獰猛な生き物だな
魔石も持っていないみたいだし」
「そうか…
しかしキラーフィッシュとはまた…」
随分と物騒な名前と思ったが、内容も物騒であった。
アリゲーターはトカゲの様な容貌の水場の側に住む動物で、大きな口に鋭い牙を持っている。
その大きな口で噛み付き、水中に引きずり込むのだ。
キラーフィッシュは水生で、水に入った獲物に、鋭い牙で噛み付いて来る。
その大きさは小さくて、単体ならそこまでの脅威では無い。
しかし群れを成して泳いでいるので、襲われたら一溜りも無い。
大きな馬や牛でも、数分で食べられると書かれていた。
「こいつは…ヤバいな」
「そうだな
伝令を送るか?」
「そうだな
迂闊に水に入るなと伝えておくか」
ギルバートは念の為、伝令に報せる様に伝えた。
兵士は書物を見ながら羊皮紙にメモして、その足で報せに走った。
これで迂闊な事はしないだろうし、もし魔物が居たとしても相談には戻るだろう。
「そういえば
そのキラーフィッシュ?
そいつは魔物なのか?
「うーん
こっちも魔物なのかは…
魔石の発見例も少ないし」
魔石が見付かったのは、沼の主の様な大物だけであった。
普通は人の掌か、大きくても顔の大きさぐらいであるという。
そんな大きさでは、魔石を持っていたとしても小さいだろう。
もしかしたら、持っていないんじゃなくて、見つけられないぐらい小さいのかも知れない。
「兎に角、魔物と判定するのも難しいので、欄外に記されているんだ
だからランクもGランクだし、魔石も無いとされている」
「そうか」
一応ランクは最低ランクのGランクだが、それもそれより下が無いからだ。
ゴブリンよりも下の脅威となればそれも納得だった。
先ずはキラーフィッシュだが、水の中では確かに十分な脅威ではある。
しかし水の中に入らなけれれば、それなりの脅威だろう。
何せ水生の魔物なのだから、水が無ければ泳げないし、飛び掛かって噛み付く事も難しい。
水から出て銛や弓、釣り上げたりすれば脅威も少ない。
電撃や雷の魔法が有れば、労せず大量に獲れそうだ。
次にアリゲーターだが、これもそれほどの脅威には感じられない。
何せトカゲの様な魔物だ、その動きはそこまで早くないだろう。
そうなれば、噛み付かれて水中に引き摺り込まれなければ、案外楽に倒せそうだ。
事前に察知して対処出来れば、そう苦戦しそうには無かった。
「まあ、Gランクだし
何とかなりそうだが」
「事前に伝令が伝わっていれば…な」
それだけが心配だった。
伝令が着く前に水に浸かっていたり、迂闊な冒険者がアリゲーターに近付いては、被害は避けられないだろう。
隊商の護衛に就くぐらいだ、そんな迂闊な者は居ないと思いたいが、油断は禁物だ。
二人は緊張しながら、結果を持ち帰るのを待っていた。
日が沈んで、森が暗くなる頃に兵士達は戻って来た。
結果としては魔物には遭遇していなかった。
川はあったが、それは支流で大きくなく、魚も小物ばかりだった。
「残念ですが、本流を探すには時間が無く」
「近場の支流で釣りとなりました」
小振りの岩魚とバスが籠に盛られていて、何とか人数分の釣果は得られていた。
「一人1匹にはなりますが、焚火で焼きましょう」
「そうだな
煮るには量が少ないしな」
肉の代わりに煮込むには、魚の大きさが小さすぎた。
仕方が無いので、今日も野菜と干し肉のスープが作られる。
違うのは焼き魚がある事で、それだけでも食事は豪勢に見えた。
「砦に入れば、もう少しまともな食事になります」
「それまではこれで、辛抱してください」
「構わないよ
これでも野営の料理は楽しんでいるし、味は…
まあ、塩だけなのは仕方がないよ」
ハーブは採れないと持ち合わせが無いし、胡椒は高級品なのでそうそう持ち歩けない。
そういう意味では、領主の邸宅での食事は、思ったよりも贅沢なのだろう。
普通は塩、それも岩塩を砕いて入れている。
後は自家製のハーブを刻んで加えているのだ。
それ以上の味付けは無く、後は素材の鮮度と味次第だった。
「葡萄酒でもあれば、少しは工夫が出来ますが…」
「こんな行軍に、持ち歩く物では無いな」
「ええ…」
将軍なら、こっそりと持って行きそうだが、今回はその様な物は持っていない。
実はアーネストのポーチには、数本の葡萄酒が入っていた。
マジックアイテムであるポーチなので、中は相応に物が仕舞えるのだ。
しかしアーネストは黙っていた。
それは気付け薬や、ポーション造りの素材にも必要だったからだ。
アーネストは黙ってポーチの中を確認して、3本の葡萄酒が有るのを確認する。
これは黙っていないと、また将軍と同じ扱いにされかねないからだ。
素知らぬ顔をしながら、アーネストは料理が仕上がるのを見ていた。




