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聖王伝  作者: 竜人
第六章 王都への旅立ち
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第131話

遂にギルバートが、王都へ向けて旅立つ日が訪れた

その日は朝から晴れており、秋に向けて少し涼しい清々しい朝だった

馬車には多くの献上品が載せられて、ギルバートとアーネストが乗る馬車と共に出発する

その見送りには将軍を始めとして、ギルド長など多くの街の有力者も集まっていた

彼等に見送られて、この街から旅立つのだ

ギルバートが旅立つに当たって、彼の私物も処分されていた

それは街に戻る事が無いという証で、多くの住民が悲しそうに別れを惜しんでいた

また、ジェニファー達も領主邸宅から出る事となり、新しい居住の場所も用意されていた

場所は丘の上の一角に建てられた新しい建物で、そこから領主の墓まではすぐ近くになっていた

ギルド長達の好意でもあったが、ギルバートの私物の処分代がそれに充てられていた

ギルバートはそれを内緒にして、母への贈り物としていた。


「ここからも見えるんだな」

「ああ

 綺麗な白い外壁が、丘の上に見えるな」


二人は丘の上を見上げて、真新しい建物を見る。

ジェニファーの新しい家にも、広い庭は作られていた。

しかしまだ新しいので、そこには花や果樹は育っていなかった。


「セリアが花や木が無いのを寂しがっていたな」

「ああ

 あの子は庭の花が大好きだったからな」

「そうなのか?」

「ああ

 お前と一緒に植えたのが良かったらしいぞ

 お兄ちゃんと植えた花が無いって言ってたから」

「そうか…」


ギルバートが知らないところで、アーネストが聞いていたのだろう。

それなら、庭の花を植え替えれば良かったと、ギルバートは残念がった。

しかし、今さらそうするだけの時間が無い。

セリアには悪いが、残念だが花は新しく植えるしかないだろう。

それも今度は、ギルバートが傍らに居る事は無い。


「もしかしたら…

 もう会えないかも知れないな」

「何言ってんだよ?

 同じ国に住んでいるんだ、また会えるさ」

「そうは言っても、あの山脈を越えるのは困難だぞ

 そうそう簡単には行き来は出来ない」


アーネストは同じ国と言ってはいるが、間には険しい竜の背骨山脈が横たわっている。

そこを越えて行き来するのはなかなかに困難である。

商人でも1、2年に1回渡るかどうかだ。

ましてや、ギルバートはこれから王都へ向かい、本当の親である国王に会いに行く。

そうなれば王太子に任命されて、そうそう簡単に王城からは出れなくなるだろう。


かと言って、セリア達が王都へ向かうのも困難である。

道中に魔物が潜んで居る可能性もある。

険しい山脈を越える旅は、危険で女性や子供には向いていないだろう。

それでも決死の覚悟で、山々を越えて新天地を求める者は居る。

セリア達が会いに来るとしたら、それは街を捨てる事になった時だろう。

そういう機会が来ない事を祈るだけだ。


「まあ、あの山脈は険しいからな…」

「アーネストは何度か渡ったんだろ?」

「3回だけだ

 それも2回は、アルベルト様に着いて行っただけだ

 自分で渡ったわけではない」


アーネストが山脈を越えたのは、王都から家族でダーナへ移住した時と、アルベルトに連れられて王城へ向かった時だ。

王都から向かった時は、隊商に加わってダーナへと移って来た。

そうして父親が、ガストン老師の息子と魔道具屋を開いた。

しかし無理が祟ったのか、両親は相次いで病死してしまう。

そうして独り身になったアーネストを、ガストン老師が引き取ってくれた。


アーネストが魔法の才能を認められたのは、その時であった。

彼の両親は凡庸な魔道具細工師で、そんなに大した魔力も持っていなかった。

しかしアーネストは、まだ3歳ながらに大きな魔力を持っており、将来が有望視された。

ガストンは喜び、息子では無く自分が引き受けると言ってアーネストを引き取った。

そうして幼いアーネストに、少々厳し過ぎるぐらいの修行をさせた。


周りの大人達は止めようとしたが、アーネストは喜んで修行に励んだ。

それは老人が本当に、自分を大切にしてくれていたからだ。

両親とは違うが、本当に大切に思い、真剣に自分と接してくれる。

いつしか愛情を感じて、アーネストは本当の親の様に感じていた。

じいじ、じいじと呼んでは、朝から晩まで魔法の指導を求めた。

それは実を結び、アーネストはめきめきと才能を伸ばしていった。

それが尚更に嬉しくて、アーネストは魔法の修行にのめり込んでいた。


ガストン老師の息子夫婦は、そんなアーネストの事を心配していた。

修行以外の世話はメイドがしていたが、後はひたすら老師と修行だ。

子供らしい遊びには目もくれず、毎日朝から晩まで魔術書を読んでは、吐くまで魔法の行使をする。

そんな生活をするアーネストを、本気で心配したのだ。


そんなアーネストに、大きな転機が訪れる。

6歳になった頃から、ガストンの身体の様子がおかしくなったのだ。

元々高齢であったが、アーネストの修行に合わせて無茶をし過ぎたのだ。

年甲斐もなくはしゃいで、毎日の様に遅くまで魔導書を作っていた。

その無理が祟って、彼は身体を壊してしまった。

それでもアーネストにあげる為に、魔導書を完成させようと無理をした。

完成した頃には寝たきりになり、起き上がるのもやっとになっていた。


「これはな、ワシが最期に作った魔導書じゃ」

「じいじ、最期なんて言うなよ」

「良いんじゃ

 ワシは最期に…こんな可愛い子を見付けられた」

「じいじ…」


「ワシが死んだら、アルベルト様に仕えるんじゃ

 あの方なら、お前を大切に守ってくれる」

「じいじ、死ぬなんて言うな」

「人はいずれ…死んでしまう」

「そんな

 父ちゃんも母ちゃんも死んで

 じいじまで死んだら…ボク…ボク…」


「アーネスト

 魔法は無限の可能性がある

 ワシが居なくなっても、お前には魔法がある

 この書物を、大事に守って行くんじゃぞ」


そう言ってガストンは、数冊の魔導書と魔道具を渡した。

アーネストはその書物を大切にして、老師に渡されたマジックポーチに仕舞っている。

それから数日後に、老師は安らかに逝った。

その笑顔は優しさに溢れていて、穏やかに眠る様に逝ったのだ。


ガストンが亡くなった後、アーネストは初めて領主に面会した。

その姿は壮年の男で、年の割にはしっかりとした印象であった。

アルベルトは老師から予め相談されており、アーネストを快く迎えた。

その際に老師の邸宅を、その息子夫婦とアーネストに継がせると宣言した。

これからもあの家に住んで、生活して良いと言われたのだ。


「一部は息子さん達が住まう場所として開放して欲しい

 それ以外は、君の好きにして構わない」

「え?

 良いの?」

「ああ」

「でも、ボクは子供ですよ?」


アーネストは戸惑った。

確かに老師が譲ると言ったのだから、そうなるのだろう。

しかしアーネストはまだ子供だし、家の維持や生活など出来ない。


「勿論、使用人はそのまま雇わせてある」

「え?

 どうしてそこまで…」

「そうだなあ…」


アルベルトは少し考えて、こう答えた。


「君の事は老師に頼まれている

 それに君は、まだ子供だ

 どうしてもと言うなら…

 そうだなあ、息子の友達になってやってくれ」


こうしてアーネストはギルバートに引き合わされて、友達になると誓った。

尤も、これがなくともアルベルトには恩義を感じているし、ギルバートとは気が合っていた。

二人が別の場面で会っていても、親友になったであろう。


アルベルトは隠していたつもりだが、アーネストはとっくに知っていた。

老師は後見人を頼んでいたが、世話は息子達に頼んでいた。

しかしアルベルトは、住民の子供が苦しむのは忍びないと、家や使用人達の面倒まで見ていたのだ。

それを知ったアーネストは、アルベルトの仕事を手伝おうとした。

結果としてハリスに従い、猛勉強をして陰で手伝いをしていた。

それはアルベルトにも知られていない、闇の仕事も含めてだ。

ハリスは躊躇したが、アーネストは進んでそんな仕事も手伝った。

アルベルトに近付く危険を、事前に潰しておきたかったからだ。


そんな裏の仕事は、今日からハリスだけの仕事になる。

アーネストと二人でやっても大変だったのに、これからフランドールの治める街になる。

今まで以上に不満が出るだろう

そうした時に、ハリスだけで大丈夫なのだろうか?


アーネストは、自分もこの街には戻らないかも知れないと思っていた。

老師の家が心残りだが、このまま街に残ってもフランドールとぶつかるだろう。

それに叙爵の話もあるので、いずれは領地か屋敷が与えられるだろう。

その時になって、ダーナに戻りたいとは言えない。


「そう言えば…

 アーネストも叙爵したら、王都に暮らす事になるのか?」

「多分そうだろうね」


「そうなると、ここの家はどうするんだ?」

「おじさん達に譲るさ

 使用人達は着いて来たがるだろうけど…」


それも難しいだろう。

今回の移動に、メイドが2人代表して王都に向かっているが、残りは家に残っている。

アーネストが正式に叙爵して、王都に住まう事になれば残った使用人達は解雇になるだろう。

そうした際に、使用人達が一緒に行きたいと言っても、この山脈を越えるのは困難だ。

だから今回の移転でも、身寄りが居ない身の軽い者が選ばれていた。

尤も、それなりの護衛が出来る者が選ばれて同行していたが。


「そうなると、メイドのみなさんはどうなるんだ?」

「当然解雇されるだろうな

 表向きはアルベルト様が雇っていたわけだし

 おじさん達には必要は無いだろう」

「そうなのか?」

「ああ」


実際には、ここ数年はアーネストの懐で雇っていた。

しかし対面上の問題でアルベルトが雇っている事になっている。

だからアーネストが居なくなるとなれば、使用人達は事実上の解雇となる。


「連れてかないのか?

 その…あの二人以外は」

「ああ

 そうだな

 他のみんなには家庭や家族が居る

 そう簡単には行かんさ」

「そう…か」


「いずれは後を追って来る者もいるかも知れない

 だが出来れば…ここで幸せに過ごして欲しい」

「それって…」

「ああ

 領主になるあの人が…あれではな」

「不安だ」


こうして色々な立場の人が見送りに来ているのに、フランドールは来ていなかった。

それだけでは無い、部下の兵士達に伝言まで持たせていた。


「失せるなら…とっとと失せろ…か」

「ああ

 二度とその面見せるなだと

 仮にも王太子になるかも知れない人物に、言う事かねえ」

「そうだな…」


「もしかして…

 王太子にはなれないと思っている?」

「そうだなあ

 どうやら危険人物らしいし」

「おい

 危険人物って…」

「でも、そうだろ?

 意識失って暴れたみたいだし」

「勘弁してくれよ…」


住民のほとんどは知らないし、最も危険視しているのはフランドールだけだ。

それでもギルバートの封印が解ければ、危険な破壊衝動に駆られた覇王になる。

それを以てして、王太子の座に着かさない様に考えているかも知れない。


「フランドール殿

 何考えてんだろ?」

「さあ?」


「オレ達の事が…嫌いなんだろうか?」

「かもな」


フランドールが囚われているのは、恐らく嫉妬だ

持たざる者が持つ者に抱く、憧れを越えた嫉妬だ


「恐らくは、ボクやお前が羨ましいんだろう」

「羨ましい?」

「ああ」


「フランドール殿には無い、才能や家柄

 それが妬ましくて悔しいんだろう」

「そう…なのか?」


恐らくそれだけじゃあ無いだろう

それに加えて、ギルの事を慕う住民を見て、気が気では無いだろう

なんせこれから支配するであろう街の住人が、他人であるギルバートを褒め称えているのだから

才能や家柄も妬ましいだろうが、何よりも人に好かれているのが一番許せないだろう

それが自分の年の半分に満たない少年なのだ

さぞ不気味で危険な物に映っているだろうな


アーネストはその事を、だがギルバートには告げなかった。

そうした事を知る必要が無いと判断したからだ。

人間が持つ、そうした後ろ暗い感情は、まだわざわざ知る必要は無い。

そのうち王太子にでもなれば、否が応でも知る事になるだろう。

それまでは、無垢なままの親友で居て欲しかった。


「まあ、あの人が何かして来ても、ボク等はもう王都に向かう

 すぐにはどうこうは出来ないだろう」

「そうだよな」

「今はそれよりも、こいつの保存状態が心配だ」


アーネストは馬車の、後ろに置かれた氷を叩いた。


「まだ凍っているのか?」

「大丈夫さ

 ボクが凍らせたんだ、そうそう解けやしないさ」


そこには氷に包まれた、アーマード・ボアの死体が乗っていた。

あの後ギルバートは森に泊まり込み、2日掛けてアーマード・ボアを狩って来た。

帰った時には将軍にたっぷり怒られたが、お蔭でなんとか献上には間に合わせれた。


「これだけ大きければ、国王様も喜ばれるだろう」

「そうだな

 フランドール殿も悔しがっていたしな」


実はフランドールに渡した物より、こちらの方が一回り大きかった。

その上魔法で足止めなどせずに、ギルバートが一撃で屠っていた。

発見した時にいきなり突進をされて、運よくカウンターで首を切れたらしい。

首元からザックリと、大きな切り傷があるが、毛皮の状態も良く、肉にも損傷は少なかった。


「これなら何日分か取れるだろうし、残りは干し肉にでもできるだろう」

「そうあって欲しいが…

 王都には多くの貴族が居る

 恐らく一晩ももたないさ」

「え?」

「それだけ多くの有象無象が集まっている

 ギルはそいつ等に気を付けろよ」


アーネストはそう言いながらも、危険な人物は早々に自分が排除しよう、そう思っていた。

要はアルベルトの元でやっていた事を、今度は国王の元でやるだけだ。

王都には人が多く居るので、それだけ手段や人員の確保も容易いだろう。


「問題はその前に…」

「ああ

 ここを無事に抜けなくてはな」


目の前には、ノルドの森と竜の背骨山脈が見える。

ここを無事に越えなければ、王都に着く事も出来ないのだ。

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