第13話
魔物のは立ち去った
しかし厄災はまだ終わっていない
いや、これからなのだ
月は少しずつ西へと傾いていく
魔物達が去って暫く時間が経っていた
夜明けまでの猶予は少ない
負傷した兵士は守備隊の者が手当てを行い、全体に干し肉と水が配られた
「終わった…のか?」
「魔物は去って行ったが?」
「でも、また夜になったら?」
兵士達は不安そうにひそひそと話し始める。
取り敢えずは生き延びれた。
しかし、この先はどうだろう?
再び、夜になれば襲撃されるのでは?
不安と恐怖、猜疑心に染められて、兵士の士気は最低に下がっていた。
このままでは、本当に襲撃されたら一溜りもないだろう。
大隊長は立ち上がり、全体の士気を上げる為に声を上げる。
「諸君達が不安なのは分かる」
ざわめきが収まり、皆が聴く体制になる。
「今、奴らが引き返したら?
我々は一溜りもないだろうな」
再び、大隊長は全体を見回し、言葉を続ける。
「だからこそ!
だからこそ、早急に立て直さなければならない」
場がしんと静まり返り、誰かが呑み込んだ唾の音がゴクリと響く。
「でも…
でも、魔物は逃げて行って…」
「逃げてはいない
我々は…見逃されただけだ」
兵士の一人が、勇気を振り絞って言ったが、大隊長は素早くその発言を止めた。
ここで逃げたと安堵したら、士気はもう上がらないだろう。
例え、本当に次の襲撃が来なくても、ここは一旦退いて立て直すべきだ。
でないと、このまま全滅の憂き目を待つだけだ。
「よく聞け!
これから夜明けまで休息する」
再び兵士達がざわざわし始める。
「夜が明けたら…
明けて7時に出発の準備に掛かる。
9時を目途にここを立ち、ダーナへと引き上げる」
兵士達の騒めきがさらに大きくなる。
「大隊長殿、ダーナへ…ですか?」
「ああ
ここでは無理だからな」
「でも
でも、ダーナまでは3日は掛かりますよ?」
その兵士の言う通りであった。
ダーナまでは距離がある。
馬でなら1日走りづめであれば到着出来るだろうが、歩兵や住民達が居てはそうもいかない。
急いでも3日、いや歩きづめでも2日は掛かるだろう。
「住民や歩兵師団達は?」
「置いて行くんですか?」
「いや、寧ろ俺達は置いて行っていただけませんか?」
「いや、考えがある」
大隊長は副隊長を呼んで話し始める。
「副隊長、荷台のある馬車は幾つありますか?」
「運搬用の馬車は5台
他に修理すれば使えそうな馬車は3台
詰めれば住民は載せれます」
「歩兵は…厳しいか」
「それなら、途中の集落に寄って馬車を回収しては?」
第2部隊長が提案する。
「ふむ
それまではしんどいが、歩兵隊も移動は可能か」
「はい」
「早速、こちらで馬車の修理をさせます
なあに、ダーナまでなら簡単な応急修理でも十分保ちます
それまで、少しでもみなさんは休んでください
先の戦闘では相当消耗してますでしょう」
「すまない」
「いえ、みなさんの頑張りがあってこそ、ここは守られましたから
すぐに湯浴みの準備もさせます」
「頼む」
大隊長は部隊長に指示を出し、休息を命じる。
本当は、武具を修理したり点検もしたいが、さすがにそこまでの時間の余裕は無かった。
少しでも休息をして、追撃に備えなければ。
第2、第3部隊は馬に飼い葉を与えて休ませ、第1、第4部隊と共に休息を取る為に弊社へと向かう。
第5部隊だけは控えていたので、無傷で疲労も殆ど無かった。
だから彼らは他の部隊の馬の世話を引き受けた。
大隊長は部隊長達を連れて警備隊長の執務室へと向かった。
ドアをノックして、促されてから室内へと入る。
「無事でなによりだ」
「ええ
無事…ですかね?」
魔物の群れが去ったとはいえ、まだ脅威が去ったとは言えない。
「再び、来ると思うかね?」
「はい
恐らくは」
「勝てそうかね?」
「雑魚だけなら」
「問題はあのボスだね」
「ええ」
部屋に重苦しい空気が垂れこむ。
「正直に言いますよ
あれにはオレでも勝てません」
「そう…か」
言い終わらない内に、大隊長は知らぬ間に震えていた。
「あれを倒せるのは…
いや、師匠でもヤバいかも」
「将軍でもか?」
「ええ…厳しいかと」
ダーナには、騎兵団の出撃に合わせてクリサリス聖騎士団が代わりに控えている。
それを率いるのは騎士団長代理として、将軍が随行している。
大隊長の言う師匠とは彼の事だ。
剣の師匠にして、騎兵団での師でもある。
その彼をして、敵わないかも知れない…大隊長はそう直感していた。
「では、ここを離れるのは危険なのでは?」
「そう…かも
しかし、奴らが退いている今が最後のチャンスでしょう
今退かないと、今度は間違いなく全滅でしょう
そして…住民を守るという任務も果たせなくなる」
「なるほど
住民を逃がす為にも退くべきか」
「ええ」
「と、なれば
住民の盾となる為にも、十分に英気を養わなければな」
警備隊長は合図をし、食事を用意させる。
「こ、これは…」
「気にしないでください
どうせ撤退には食料は載せて行けそうにないですから
折角ですから、豪勢にいきましょう」
「は、はあ」
撤退に当たり、荷馬車は住民の移送に使われる。
残りの荷馬車も交代で歩兵達を乗せる。
資材や武具、食料は残念だが諦めるしかない。
「まあ
最低限の分は持って行きますがね
2日分なら個々で持てますでしょう」
「そうですね
なるべく日持ちが良い物を持たせましょう」
「それでは、準備は私達でやっておきます。
なあに、こちらは後で馬車で休ませてもらいますから」
「なら、お言葉に甘えます
おい
お前らもしっかり休めよ」
『はい』
大隊長と部隊長達は礼を述べてから執務室を辞した。
「では、7時に
それまでよく寝とけよ」
「大隊長こそ」
「酒なんか飲まないでくださいよ」
「ばかやろう!
帰るまでは飲めるか!」
「そうそう」
ひとしきり皆で笑って、心がようやっと晴れたのだろう。
第3部隊長が、振り向きにかっと笑う。
「そうそう
チャーリーの店で飲む、約束ですよ」
「お、おう」
「それまでは、死ねませんから!」
「そうだな
ニーナちゃんが待ってるからな」
気張る第3部隊長を、第2部隊長が揶揄う。
この二人は昔から仲が良い。
二人が、まだ新米の騎兵隊兵士として配属された時からの同期であり、ライバルであった。
「え?
こいつ、ニーナちゃん狙ってんの?」
「う、うるせえ!」
「お、赤くなってやんの」
他の部隊長まで混ざって揶揄う。
それに、顔を真っ赤にして狼狽える第3部隊長。
「お前ら
盛り上がるのは良いが、ちゃんと休めよ
眠いですっても無理やり走らせるぞ」
「ふえーい」
『はーい』
それから、各々の部屋で休むべく解散した。
7時までまだ十分な時間がある。
目が覚めた時、小鳥の鳴き声が聞こえた。
初めてこの砦に来た時には、小鳥はおろか小動物も姿を消していた。
戦闘の不穏な空気もだが、魔物の気配を恐れてであろう。
それが一時であるとはいえ、魔物が撤退した為に戻って来たのであろう。
「朝…か
はっ!!」
大隊長は意識が覚醒すると同時に、手早く身支度を始めた。
何も起きなかった。
どうやら、魔物は本当に見逃してくれるようだ。
少なくとも、休む猶予は与えてくれたのだ。
表に出ると、既に起き始めた兵士達が支度を始めていた。
「お前達、しっかり休んだのか?」
「あ、大隊長
おはようございます」
「しっかり休ませてもらいましたぜ」
兵士達は意気揚々と応える。
残りの兵士達も起きだして支度に加わる。
「大隊長、おはようございます」
「おはようございます」
次々と起きだして増えていく。
各々が、自分の馬と装備を用意して、支給された保存食と水を受け取る。
歩兵達は馬車をひいて来て、荷馬用の馬に繋ぐ。
そこへ幌を掛けたり、座る為の敷布を用意する。
住民用の水が入った樽と保存食も積まれる。
と言っても、最低限の量しか用意はされていないのだが。
住民達は、ギリギリの時間まで起こさないでおく。
下手に起こすと騒ぎになるし、住民を乗せたら直ぐに出発の段取りになっている。
それまでに支度を済ますのだ。
「馬車はそっちの端に集めろ
そうだ、そこへ寄せておけ」
「第4の食料と水だ
こっちへ取りに来い」
「馬具の破損している者は居ないか?」
次々と声が上がり、着々と準備が進む。
そこへ、唐突に奇声の様な声を上げて、住民の代表が駆けて来る。
「どおいう事なんだ!
話が違うだろ!」
大隊長に掴み掛かると、大声で喚き出した。
「ワシらを帰してくれんのか!」
大隊長は肩を竦める。
「そうしてあげたいのはやまやまなんだが…」
「なら、今すぐ!!」
「いや…
まだ、外は危険なんだよ」
「じゃあ!
じゃあどこへ行くんだ!
ワシらは集落以外へは行かんぞ!」
大隊長は溜息を吐く。
「ダーナまで退く
あそこなら危険はないだろうから」
「冗談じゃない!
ワシらの!
ワシらの集落はどうなるんじゃ!」
「あんた達を守りたい
だが、オレ達だけでは無理なんだ」
「無理とは?」
「魔物だよ」
「魔物?」
大隊長の言葉に、意味が理解できずにオウム返しになる。
「そう
相手は化け物の大群だ」
「ひっ!!」
代表は腰砕けて座り込む。
「そ、そんな
それじゃあ集落は…」
「諦めてくれ
あんたらを無事に送り届けるのも難しいぐらいなんだ」
「た、助けてくれ!
死にたくない!!」
「ああ
ダーナには、たとえ多くの犠牲を出そうと送り届ける」
大隊長は、それから数分掛けて、何とか説得して住民達を馬車に乗せる様に頼んだ。
代表は不承不承ながら頷いた。
少しでも生き残るなら、最早それしか無いとなれば仕方が無いだろう。
そうして、住民の避難の準備も始まった。
出来ることなら、出発は早い方が良いだろう。
魔物がいつ戻って来るかも分からないからだ。
この際、みっともない等とは言ってられない、このまま魔物が居ない内に早々に退却をすべきだろう。
大隊長は手早く指示を出し、出立の準備を進める。
やがて準備が整い、いよいよ砦を発つ時が迫る。
この門を開けた時、魔物の群れからの逃亡が始まる。
死を目前にした逃避行だ。
さあ、旅立とう。
大隊長が門を開ける為に合図の手を上げる。
すいません
家の事で色々ありまして、更新できませんでした
一段落着いたので、なるべく更新していきます




