第128話
司祭が先頭に立ち、街の中央の広場に集まる
そこでみなが手を合わせて、女神様に祈りを捧げる
死者が安心して旅立てる様に、家族が最期の別れをするのだ
その祈りは女神様に届き、死者を安息の地へと導くであろう
司祭が紡ぐ祈りの声を、ダーナの住民達が朗々と呟き従う
その声は歌声の様に響き渡り、ダーナの空へと向けて立ち上って行った
広場に10時の鐘が鳴り響き、司祭は祈りの句を結んだ
それによって、女神様に捧げる祈りは終わりとなる
今回は死体も多く、兵士だけでは手が足りないので、住民も協力して死体を運ぶ
そうして広場の向こうにある、死体を焼く為の高台へと運ぶ
そこは墓地の反対側に、死体を焼く為の広い場所が設けられていた
「急慮拵えた割には、立派な物が出来たな」
「ええ
それも住民からの申し出があったからです」
フランドールの言葉に、従者の一人が答える。
そこには薪を組んだ台座が設けられ、そこへ死体を並べて行った。
こうして数人ずつ纏めて、死体を焼却するのだ。
勿論、焼いた後の骨が混ざらない様に、死体と死体の間は空けられていた。
それでも数が多いので、順番に焼いては薪を組みなおす事になる。
「火は本来は、司祭が祈りながら魔法で点けます
しかし今回は数が多いので…」
「魔術師達が協力するのか…」
「はい」
そこにはミリアルドが居て、先頭に立って執り行っていた。
「次はそちらの方々の番だ
丁重にお運びしろ」
普段は使う事も無い様な、丁寧な言葉を噛まない様に発している。
他の者が立っても良かったのだが、フランドールの家臣としてミリアルドが立候補していた。
それに合わせて、徹夜で丁寧な言葉を練習したらしい。
それに付き合わされたミスティが、フランドールに愚痴っていたのだ。
「ミリアルドが頑張るのは良いが、周りは振り回されて大変だな」
「ええ
聞きましたか?
ミスティさんも遅くまで、あいつに付き合わされていました」
「ああ
そう言っていたな」
「え?」
兵士は怪訝な顔をした。
聞いた?
一体、いつ聞いたのか?
しかし彼は、何とかそれ以上は踏み止まった。
何だか聞いてはいけない様な気がしたからだ。
一度に焼けるのは5体までで、それが30分ぐらいかけて行われる。
台は4つ用意されていたので、大体1時間に40名の死体が焼かれた。
しかし死体は160名以上あったので、全てが終わる頃には昼を過ぎて夕刻に迫っていた。
焼かれた灰と骨は、家族が集めて石棺に入れ、そのまま墓所へと運ばれて行く。
墓所では教会の者が主導で、次々と石棺を埋めて行った。
そうして埋葬しながら、司祭が順番に祈りを捧げた。
そうした意味では、一番大変だったのは司祭ではなかろうか。
いよいよ全ての催事が終わる頃、フランドールは再び広場に遺族の住民達を集めた。
彼等はこれから何が始まるのか知らされておらず、不安そうに顔を見合わせていた。
正面にフランドールが現れて、住民の顔を見回す。
そうして一呼吸置くと、彼は何をするかを話し始めた。
「今日はこのような大きな催し事に集まっていただき、ありがとう」
「これから、戦死者のみなを悼み、慰霊祭として会食を開こうと思う」
「え?」
「なんだって?」
「会食っていっても、何にも準備が…」
フランドールの言葉に、住民達は戸惑い騒めき始める。
それはそうだろう。
会食と言っても、準備も会場も用意されていない。
それを一体、どこでやると言うのだろう。
住民が戸惑いの声を上げていると、フランドールが合図をする。
すると広場の向こう側から、商工ギルドを始めとして、残った住民達が現れる。
その手には椅子やテーブルが持たれており、中には食器やテーブルクロスを持った者も居た。
何をするのかと見ていると、次々と椅子やテーブルが運ばれて、あっという間に会場が出来上がった。
「ここに、魔物の侵攻を無事に食い止めた戦勝の宴と
亡くなられた者達を悼む追討の慰霊祭を行おうと思う」
フランドールの宣言を合図に、今度は食事が次々と運ばれた。
広場に並べられたテーブルの上に、出来立ての料理が並べられて行く。
その御馳走から立ち上る香気に、広場の遺族達のお腹も鳴っていた。
「家族を亡くされた者達からすれば、些か不謹慎に思われるかも知れない
しかし、今夜ぐらいは…
共にこの街を守った英雄達を悼み、勝利を祝おうじゃないか」
「フランドール様…」
「そうだ
悲しんでばっかりじゃ…いられねえ」
「死んだあいつの為にも、今夜は飲むぞ」
「飲むぞって…お前下戸じゃん」
「ぷっ、はははは」
下戸の男の宣言に、広場は笑いに包まれ明るい雰囲気になった。
「今夜だけは、無礼講だ
飲んで騒いでくれ」
「おお」
「代金の心配は無いぞ
何せギルドは、今回の素材でたんまり稼いだんだ」
「ちょっと!
フランドール様
まだ稼いだわけじゃあ…」
「でも、稼ぐんだろう?」
「そりゃ、まあ…」
「結構、結構
足りなきゃ、私の私財からも出そう」
「おお
それなら…」
「オレは3年物の葡萄酒を出します」
「おい!
調子に乗るな」
酒屋の親父が、取って置きの葡萄酒を出す為に、慌てて店に戻って行った。
食料店や酒場、食堂の関係者も食材を集めに向かった。
それ以外の者達は、これから始まる宴を楽しんでいた。
「わはははは…」
「こうしてお前と飲むのは…
子供達が結婚して以来だな」
「ああ
それで喧嘩して、飲まなくなったのに…
あいつが死んで、こうして再び杯を酌み交わすとはな…」
「あの人が…」
「大変でしょう
子供達の事は任せなさい
うちの子と一緒に見てあげる」
「良いの?」
「任せなさい
あんたのとこの娘とは、仲が良いからね」
家族を失った者達が、これからの事を思って話している。
中には交流を絶っていた者が、この場で仲直りをしている。
そんな楽し気な声が響く中、不満を抱える者も居た。
息子を亡くして悲しみに暮れる者。
兄や恋人を失って怒りに燃える者。
夫を失い、その同僚に憎しみを向ける者。
そんな者達は、楽し気な輪から外れて、仄暗い感情を抱えて俯いていた。
そんな者達を遠目に見ながら、羊皮紙にメモを取る者が居た。
彼等はギルドから斡旋された者達で、不穏な分子になりそうな者達を調べている。
それはハリスに届けられ、アーネストと共に調べられる。
何もしない、出来ない者も居るが、中には危険な思想に走る者も居る。
冒険者達は、そうした者達を冷静に見極めようとしていた。
それで不要な混乱を、街に持ち込ませない様にする為に。
そうした事情を知らぬまま、フランドールは宴を楽しんでいた。
表向きはみな楽しみ、心から楽しんでいると思っているからだ。
「みなが楽しんでいる様で、良かった」
「そうですか」
「ん?」
フランドールはアーネストの様子に気付き、怪訝な顔をする。
「何が不満なんだい?」
「え?
別に不満なんて…」
「じゃあ、その態度は何だ?」
酒が入り過ぎたのか、フランドールは不機嫌そうに声を荒らげた。
「ちょっと
フランドール殿?」
「何が、ちょっと、フランドール殿だ!
さっきから見てると、賢し気に…」
「え?」
「みながこんなに楽しんでいると言うのに、お前のその態度は何だ?
何が気に要らないんだ!」
「何をそんなに…」
アーネストが困惑していると、尚も激しくフランドールは詰った。
「ああ、そうだろうよ
お前は高名な魔導士様のお弟子様で、この私は平民での単なる騎士風情さ
馬鹿にしたくなるだろうよ」
「私は別に…」
「別に、何だ?
お前もギルバートも、出自が違うと言いたいんだろ
そうだよな
ギルバートは王太子様なんだもんな」
「ちょっと
それはまだ…」
「何がまだだ!
そのうち王都へ向かって、戴冠式でも挙げるんだろう
そうすれば王族の仲間入りだ
お前も鼻高々に貴族になれるだろうな」
アーネストは既に、叙爵の公約が成っている。
後は成年になるのを待つだけだった。
フランドールが考える様な、王太子のご友人だから叙爵などと言った理由ではない。
しかしフランドールは、そんな事情は知らなかった。
だから単なる妬みで、二人をその様に見ているのだ。
「殿下が王太子に…」
「やはり血が違うのだろう」
「なんせアルベルト様も、王族の血が流れていなさったからな」
住民達がフランドールの言葉を聞き、ざわざわと騒がしくなる。
辺りは気が付けば、祝賀ムードなど消えて騒然としていた。
「どうせ平民での私を舐め腐り、小馬鹿に…うっ」
ドス!
いつの間に来ていたのか、将軍が背後から手刀を振り下ろした。
フランドールは意識を失い、その小脇に抱えられた。
「祝賀ムードとはいえ、些か酒が過ぎましたな
少し休ませると良い」
将軍はそう言いながら、フランドールを従者達に預けた。
従者はフランドールを両脇から抱え、そのまま邸宅へ向けて運び去った。
「さあ
少し興が削げたが、今晩は存分に楽しんでくれ」
将軍がそう言ったが、会場は打った様に静かになり、そのまま静かに解散してしまった。
フランドールが急に激昂した事も気になるし、領主があれではと呆れている者も居た。
明日からの生活に弾みを付けようと開いたのに、慰霊祭は失敗に終わったのだ。
「折角お前がこっそり用意したのに、残念だったな」
「いえ
表向きはハリスからの進言で、フランドール殿の手柄です
ですが…」
フランドールの株を上げる為だったのに、その本人が潰してしまった。
しかもあの様子では、周りが色々と準備をしていた事も気付いてはいないだろう。
「後で揉めなければ良いが…」
「殿下は?」
「先に帰られています
これはフランドール殿の仕事の予定でしたから」
「そうか…」
「殿下が関わっていないのなら、拗れるとしたら…」
「私でしょうね」
アーネストは溜息を吐く。
「どうしてこうなったのやら…」
「そうだよな
フランドール殿は選民思想を嫌っていたのだろう?
それなのに、王族を特別視するなんて…」
「選民思想を嫌っている内に、逆にそれに染まった?」
「うーむ
あり得ん事も無いな」
血で優劣を決める事に反発する内に、気が付けば自分も血で区別している。
なるほど、有り得そうな話だった。
それが自分の優位を示す物か、相手を貶める物か、それだけの違いだ。
やっている事は、あまり変わりが無かった。
「このままで大丈夫なんでしょうか?」
「うーん
分からん」
「分からんって…」
将軍はあっけらかんとして答えた。
どうなるかはその時まで分からない。
今から悩んでも仕方が無いと言うのだ。
「それに…
お前も殿下も、間もなく王都に旅立つんだろう?」
「え?
ええ…」
「なら、ここの事は任せるしか無いだろう
どうせお前達は居ない
居る者で何とか折り合いを付けるしかない」
「そりゃあそうでしょうが…」
アーネストは将軍の楽観視を危険と思ったが、それしかないのだ。
残された者達がどうなろうと、それを去って行く者が考えても仕方が無いのだ。
「お前は殿下がどうなるか、それだけを考えろ」
その後には、ここはオレに任せろ!と続きそうだが、将軍はその言葉を飲み込んだ。
それを言ってしまえば、アーネストが要らぬ心配をするだろうから。
「分かりました
それではお言葉に甘えて、ボクはギルの事だけ考えます」
「そうそう
子供は大人に従っていれば良いの」
「子供って…都合のいい時だけ
おじさんの方が子供みたいじゃん」
「オレはいつでも、心は童心のままだからな
うわっはっはっはっ」
将軍はそう言うと、豪快に笑った。
「単に成長してないだけじゃん」
「ん?」
アーネストの呟きは、だが将軍の笑い声にかき消されていた。
「まあ、任せておけ
困ったらハリスと相談してみる」
「そうですね
あの人なら、フランドール殿も肩肘張らずに話せるでしょう」
こうして厄介な役回りを押し付けられた事を、ハリスはまだ知らないでいた。
宴はそのまま、あまり盛り上がらずに9時を前に終了した。
まだ飲み足らない者は街に出て、酒場に向かった。
遺族の者は家に戻り、死者を悼んで祈りを捧げていた。
明日からは仕事に生活に忙しいだろう。
今だけは静かに、死者を悼む時間が必要だろう。
街を眺めながら、その男は悲しそうに呟く。
「今度も何とかなったが…
これからどうなるやら」
「あら?
自信が無いの」
傍らにはもう一人、派手な紫のローブに身を包んだ者が居た。
「彼等が死んだのは、その未熟さが招いた結果
アモンが居たら、そう言うでしょうね」
「そうだろう
そうだろうがな…
子供達が死んで逝くのは辛い」
「でも、エルリック
これは女神様が求めた事なのよ?
私達はそれに従い、死すべき定めの者に安らかな死を…」
「だから…滅ぼせと?
あの国も滅ぼしたんだろう?」
「そうねえ
勇者は逃がしたけれど、国は潰したわ
後は子供達がどうにかするでしょう」
「はあ…」
エルリックは滅ぼされたという国を思い、悲し気に溜息を吐く。
ベヘモットは今日、大陸東で一つの国を滅ぼした。
それは勇者が産まれた国で、既に国自体は滅んでいたが、国民は遊牧で何とか生活をしていた。
しかし、そこへ魔物を率いて攻めたのだ。
勇者は逃げおおせた様だが、ほとんどの住民は魔物に食い殺されていた。
後には移動式のテントの様な住居跡と、夥しい量の血の跡だけだった。
「いつまで続けないといけないのか…」
「そうねえ
女神様が飽きるか、それとも…」
「人間が滅びるのか…」
エルリックは頭を抱え、重い溜息を吐く。
「ねえ
そんなに嫌なら、あなたが人間の側に立ってみたら?」
「それは出来ない
女神様にはご恩があるし、それに…
私の力は既に、ほとんど残っていない」
「あらそう
その割にはこうして…」
「転移と収納魔法ぐらいしか出来ない
それが何の役に立つんだ」
「そうかしら?」
「あの子達には、役立っているのでは?」
「そうかなあ」
「そうよ
自信を持ちなさいよ」
そう言うと、ベヘモットはエルリックの前から離れる。
「行くのか?」
「ええ」
「断罪されるだけだぞ」
「そうかしら?」
「そうだろう?
わざと勇者を逃がした
そう言って他の魔王が…」
「そうね
でも、女神様には報告をしなければ」
「…」
ベヘモットは無言で頷くと、静かに転移をした。
女神の待つ神殿に向かったのだ。
エルリックはそれを見送ると、再びダーナの街を見詰める。
そこは竜の背骨山脈のとある場所にある、エルリックの隠れ家だった。
「どうすれば…
早く何とかしなければ」
エルリック再び、今日何度目かの独り言を呟いた。
しかし、今度は応える者は無く、沈黙だけが訪れた。




