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聖王伝  作者: 竜人
第五章 魔王との戦い
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第127話

夜が明けてから、街の住人は忙しく動き始めていた

今回は魔物の死体が残されていたので、多くの素材が取れるからだ

職人達は運ばれた遺骸を解体し、新たな武器や防具の構想に興奮して語っていた

特にワイルド・ベアが8匹も捕れたのも大きいが、白い熊が一番目を引いていた。

熊の毛皮も使えるし、大きな爪と牙が武器に使えそうだった

何を作るかで朝から議論が繰り広げられていた

街の入り口でも、住人達が集まっていた

亡くなった者達の死体が並び、合同の葬儀が行われるからだ

死体は階級や職種に別れて集められて、その装備と共に安置されていた

中には損傷が酷くて、布を被せられた死体もあった


「本来はすぐに焼くんだが…

 これだけの死体ではな」

「ああ

 それに別れの時間も必要だろう…」


兵士達は死体の列を前に、静かに警戒をしていた。

それは装備を狙った盗難を阻止する目的もあったが、何よりも亡者になるのを警戒していたからだ。

死者は戦闘で命を失い、無念と心残りを残して死んでいる。

だから通常の死より、亡者になる可能性が高いのだ。


「今のところ、亡者になりそうな者は居ないな」

「ああ

 だが、油断は出来ないぞ

 現れたらすぐに、手足を切り離さないとな」


亡者は死なない。

倒すには焼くしかないのだ。

だから亡者になったら、先ずは動きを封じる為に手足を切り離す。

そうすれば動けなくなるので、被害が抑えられる。


しかし、亡者になる危険があるからと、全ての死体の手足を切るわけにはいかない。

死者の家族に、手足を切られた遺体と対面させるわけには行かないからだ。

その為に、危険は覚悟でそのまま安置させていた。

だからそれを見張る彼等には、それ相応の手当ても出されていた。


「早く日が昇らないかな?

 そうすれば、亡者になる可能性も下がる」

「おいおい

 あくまでも、それは日の光が苦手な亡者の話だろう?

 ゾンビやグールはそうでもないだろう」

「そうなのか?

 でも…日の光は浄化の作用があるって…」


それは教会が説明していた話だが、そもそもの根拠が無かった。


「その話も、眉唾物だからなあ

 本当に効くのかどうだか」

「え…」


言われた兵士は、不意に怖くなって周囲を見回す。

そろそろ明るくなって来たので、少し安心していたのだ。

それが効果が無いと聞いて、不意に不安が増してしまった。

左の兵士の死体を確認して、次に右に向いた時、不意にそこにあった布が動いた。

いや、動いた様な気がした…そう思いたかった。


「おい!

 そこの死体に掛かった布が…」

「おいおい

 止せよ」

「そうだぜ

 いくらお前が怖がりだからって、そんな…」


兵士達が臆病な兵士を揶揄しようとした時、不意に布が盛り上がった。

それは丁度腕のある辺りで、まるで腕をあげたかの様だった。


「お、おい!」

「ああ」


すぐさま、兵士達は臨戦態勢に入った。

剣や鎌を構手に隙無く構え、死体にゆっくりと近付く。

臆病な兵士は一番離れた場所に立ち、いつでも応援を呼べるように身構えた。


布の膨らんだ場所に剣を向けて、もう一人の兵士に頷く。

兵士は鎌の先をゆっくり近づけて、その先端で布を捲ろうと…。


みゃあ


布の中から小さな猫が顔を出した。

どうやら死んだ兵士の腕にすり寄っていた様だ。


「この猫…」

「ああ

 そう言えば、こいつが拾ったって」


猫はまだ、ダーナの街では珍しい生き物だった。

どこかの隊商の荷物に紛れ込んだのだろうか、街に入り込んだのを兵士の一人が見付けた。

まだ子猫で、どう育てれば良いのか分からなかったが、兵士が引き取っていたのだ。


『ヤギの乳を手に付けてやると、旨そうに舐めるんですよ』


そう言って、生前に兵士は嬉しそうに話していた。


「こいつも…」

「残されたんだな」


兵士が死んだのが分からないのか、猫は寂しそうにその腕に擦り寄っていた。


「どうする?」

「ああ…」


兵士達は見つけた小さな者を、どうしたら良いか思い悩んでいた。

間もなく葬儀の為に領主達がやって来る。

その時に相談する事にして、一先ずは臆病な兵士が抱き上げた。


「可愛い…」


「駄目だぞ

 お前じゃあ飼えないだろう」

「そうだぞ

 こいつは家があったが、お前は宿舎暮らしだろう」


兵舎では動物は飼えない。

飼えない事は無いのだが、共同の家畜用の柵の中で飼う事になる。

だから猫や犬は、家がある者しか飼えなかった。

それも飼えるだけの余裕がある者だけだ。

ここに居る兵士達では、安い給金でとても飼えなかった。


「やはり…」

「殿下に相談するのが一番だな」

「だよな…」


兵士達は猫を臆病な兵士に任せて、再び警備に戻った。

幸いにもそれ以上の騒ぎは起きずに、7時の鐘が鳴り響いた。

そろそろ人が集まり始める。

そうすれば警備も増えるので、警備にも余裕が出て来るだろう。


兵士達の予想は当たり、別れを惜しむ者が次々と現れた。

思ったよりも多くの者が訪れるので、非番の兵士までが呼び出された。


「思ったより多いな」

「ええ

 死者の数だけでも、150人を超えました

 それの家族や恋人となると、それ相応の人数になります」

「150か…」

「正確には…176名が現在の死者です」


「少し増えたな」

「はい

 あれから凍傷で2名、治療の甲斐なく亡くなった者が6名です」

「凍傷か

 将軍はどうなった?」


将軍は一番先頭で吹雪を浴び続けていた。

だから指や足先に凍傷を負っていた。

しかし将軍自体が頑丈だった為に、何とか完治は出来そうだった。

その代わりに、昨日は夜遅くまでポーション入りの湯に浸けられて、今朝も包帯で巻かれていた。

その傍らにはエレナが付き添い、部隊長も近くに立っていた。


「どうやら問題無く始められそうだね」

「殿下」

「おはようございます」


ギルバートが顔を出したので、兵士達は緊張して挨拶をした。

昨日の事は一部だけ伝わっており、それが変な誤解を与えていた。


「どうしたんだい?」

「え?

 いやあ…ははは…」

「な、何でもあります、せんよ」

「??」


兵士の様子に、ギルバートは疑問を浮かべていた。

いつもなら親しく話し掛けられ、陽気な笑顔も見せてくれる。

それが今朝は、どこか余所余所しかった。


フランドールはそんな様子を見て、苦々しそうな顔をする。

無理も無い。

昨日は魔王と戦った姿を見たし、それが危険だとも思い知らされた。

その上、ギルバート自身が魔王やその仲間にもなれると聞けば、気が気ではない。

アモンが言っていたのは、恐らく使徒になれるという意味だ。

そうなれば、女神様の直属の眷族と言う事になる。

その辺の話が曲解されて伝わり、兵士達がそわそわしているのだ。


それに…

昨日の様な事が起きれば、そこは凄惨な戦場になるだろう


エルリックが封印を再び施したと言ったが、それでも危うさが残っている。

いつ何時、封印が解ける事が起きれば、再びギルバートは人類の脅威になり得るのだ。

人間を憎み、世界を滅ぼそうとする覇王。

それが解き放たれては、人間では太刀打ち出来ないだろう。

なんせ本気では無いと言っていたが、それでも使徒である二人を圧倒していたのだ。

少なくとも、将軍やフランドールでは足元にも及ばないだろう。


難しい顔をするフランドールを、アーネストが心配して声を掛ける。


「フランドール殿

 心配し過ぎですよ」

「そうは言うがな…」

「ほら

 あれが危険な覇王とやらに見えますか?」


ギルバートは兵士から子猫を受け取り、顔を緩ませて撫でていた。

子猫は最初こそ嫌がっていたが、諦めたのか大人しく撫でられていた。

それを見ながら、フランドールは複雑な顔を崩せない。

微笑ましく見えるのだが、いつ封印が解けるか分からないのが何とも不気味で不安だった。


「解けるかも知れない封印

 それが安心となれば…或いは…」

「そうですか…」


仮にも領主と成らんとする者だ。

街の安全を考えれば、不安定な存在は脅威でしかない。


「分かりました

 引き続き、私が封印について調べます

 それで安全が確認出来れば、フランドール殿も安心出来ますか?」

「ああ

 だが…どうやって?」


「そうですねえ

 王城の書庫を調べようと思います」

「王城の?」

「はい」


それなら、何か書かれているかも知れない。


「それと

 封印を最初にした人物を尋ねます」

「封印?

 あのエルリックではないのか?」

「ええ」


「話によれば、最初にアルフリート殿下にギルバートの魂を封じた者が居ます」

「ああ

 そういえば、そんな事も話していたな」


「その理由もですが、何をしたのかも気になります」

「しかし、もう10年も昔の事だろう?

 それをした者は生きているのかい?」


「そうですねえ

 一人は亡くなっています」

「だろう?」

「ええ

 私の師匠だった人で、ガストン老師と言います」

「ガストン!

 あのガストン老師かい?」

「ええ…」


フランドールも王宮に暫く勤めていた。

だからガストン老師の尊名は聞いた事があった。


曰く、人嫌いで偏屈な老魔導士

その腕前は西国一と言われていた

しかし弟子を取る事も無く、晩年は孤独に亡くなられたと…

その老師に、弟子が居たのだ


「だって、ガストン老師は人嫌いで…

 弟子は一人も取らなかったって」

「あー…

 それは王宮を出る為の口実ですね」


「実際は子供も居ましたし、この街では3人の弟子が居ます

 その最後の一人が私です」

「子供?

 そのお方も、高名な魔導士なのかい?」

「いえ

 ただの魔道具造りが好きな、骨董屋の職人です」

「そ、そうか…」


フランドールは、もしその人物が腕利きの魔導士なら、是非にでも配下にとは思った。

しかし魔道具を造れるみたいだが、骨董屋の職人では期待は出来ないだろう。


「そうですね

 フランドール殿が想像する通りの、普通の職人ですよ」

「そうか」


ガックリ項垂れるフランドールを見て、アーネストは話を続ける。


「それでですね

 王都にはもう一人の人物が残っています」

「もう一人?」

「ええ

 ヘイゼル様です」

「え!」


それも高名な魔導士だった。

彼は現役の王宮魔術師で、国王の懐刀とも言われていた。

その知識は豊富で、国政にこそ意見は出さないが、事魔法の研究となれば一人者であった。


「それはまた…」

「ええ

 そう簡単には会えないでしょう」


「会えないって言うか、会おうとしないだろう」


彼は人間嫌いと言うよりは、魔導の研究に全てを賭けてると言って良い。

言い寄る女性にも興味を示さず、普段は東の塔にある研究棟に籠って居る。

国王の要請が無ければ、塔から出る事も無いらしい。

らしいと言うのはあくまでも噂で、フランドールはあった事が無いからだ。


「あの偏屈老師に会える伝手は…有るのかい?」

「ええ

 老師の名前を出します」

「老師の?

 ガストン老師かい?」

「はい

 師匠は兄弟子でしたから、その名前を出せば…あるいは」


「ふうむ

 あのお二人が兄妹弟子だったとは

 その師匠とやらはどんな人だったのだろう」

「さあ

 その辺は聞いた事もありません

 良かったら土産話に聞いて来ますが?」

「うん

 それは興味深い話だからね

 是非とも頼むよ」


フランドールは余程興味を引いたのか、話に食いついた。

そして昨日ぶりに、フランドールに笑顔が戻っていた。

それが何よりも嬉しくて、アーネストは必ず聞いて来ようと思った。

まさか話す機会が来ないとは、この時は思っても居なかったのだ。


「しかし、フランドール殿がこんな話に興味があるとは…」

「いや

 ガストン老師とヘイゼル様だろ?

 王都では憧れる魔術師達だ

 私に魔術の才能が有れば、憧れていただろう」

「そう…ですか?」

「ああ

 剣か魔法で独り立ちする

 男なら憧れるだろ?」

「はあ?」


フランドールは気付いていなかったが、アーネストは実は、既に独り立ちしているのだ。

アルベルトに認められて、住居も職も与えられていた。

領主の相談役と、魔術師ギルドの顧問魔術師の職を持っている。

今も領主邸宅に出入りしているのは、何もギルバートと仲が良いからだけでは無いのだ。

相談役は頼まれればするだろうが、裏で色々と裁決も行っていたのだ。

それは領主にも見せられない様な、内々で処理すべき危険な案件ばかりであった。


アーネストとハリスがこっそりと片付けていたので、事が公に出る事は無かった。

反領主派の台頭と選民主義の反乱は予想外だったが、それ以外は順当に処理されていた。

それも冒険者ギルドに働きかけて、別件として処理されたからだ。


「私には…

 面倒臭い政治の遣り取りは興味ありませんね」

「そうか?

 一城を持って采配を振るうのは楽しいぞ」

「そうですかねえ?」


アーネストが興味無さそうなのは、実際にそれの嫌な面を知っているからだ。

しかしフランドールは知らないので、暢気に夢想を膨らませていた。


こりゃあ…

ボクが居ない間はハリスが大変だろうな


アーネストが居なくなると、ハリスが主に裁決を下す事になるだろう。

その時に、フランドールが関わるかどうかはハリスの腕に懸かっている。

上手く回せれば良いのだが…とアーネストは心配していた。


フランドールの機嫌が治った様なので、彼の私兵達も安心していた。

これで恙無く、合同葬儀が行われるだろう。

主が渋面を作っていては、葬儀はより暗い物になっただろうから。


「それでは、家族の者達に最期の別れをさせます」

「うむ」

「女神様への祈りは、対面の後に広場で行われます」

「司祭や教会の関係者は?」

「はい

 既に到着しております」


兵士が示す先に、白いローブに身を包んだ一団が控えて居た。

それを確認してから、フランドールは式の決行を宣言した。


「ここに、第2次魔物侵攻に於ける、犠牲者の合同葬儀を執り行う

 犠牲者の家族となった者達よ

 家族に最期の別れを済ませるが良い」

「はい」


宣言と共に8時の鐘が鳴り響き、死者の家族がその亡骸へと集まって行く。


「うう…あなたあ…」

「ねえ、パパは?

 パパはどうしたの?」


「安らかに…」

「まるで眠っている様ね…」


あちこちで家族が集まり、亡くなった者達の顔を見ている。

その顔には涙を浮かべて、安らかに眠れる様に祈っている。

中にはその死を信じられずに、泣いて抱き着く者も居た。

しかし兵士が優しく引き離して、他の家族が慰めていた。


そのまま悲しんでいては、死者が安らかに旅立てない。

そうすれば、死体に縛られた魂が、亡者として死体を支配してしまう。

そうなればもう、焼いて滅ぼすしか方法が無くなる。

そうならない為にも、兵士達は心を殺して、家族を死体から引き離すしか無かった。


やがて9時の鐘が鳴り、女神への祈りを捧げる為に、住民達は広場へと移動した。

空は青々と澄み渡り、祈りの声は天まで届いた。

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