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聖王伝  作者: 竜人
第五章 魔王との戦い
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第124話

フランドールの詰問は、みなを不安に陥れた

彼の疑問は当然であり、この問題の危険性は見過ごせなかった

ギルバートが本当は、王太子アルフリート殿下であるにしても、魔物の様な危険な存在では見過ごせない

今は安らかに眠っているが、いつ先ほどの様に暴れるか分からないのだ

騎兵や騎士達は、今までは敬愛する前領主の息子として接して来ていた

しかしあの姿を見た後では、それも難しいだろう

アーネストは、もう一つの疑問にも目を向けていた

ギルバートが暴れたのは分かった

アモンが封印を解いたので暴れたと言うのは本当だろう

しかしそれなら、エルリックは何しに来たのだ?


「ギルの事は分かりました

 それで?

 あなたは何故ここへ?」

「おい、アーネスト

 彼は危険だぞ!」

「いいえ、危険ではありません

 ここで何が起こったかは分かりません

 しかし今後も危険なら、何らかの対策を取れば良い事

 そうではありませんか?」


フランドールが尚も危険と言うが、アーネストはエルリックの方を見ていた。


「何かあるんでしょう?

 今までも封印していたんでしょうから…」

「ああ…うん

 でも自信は無いかな?

 一度は強引にとは言え、破られてるわけだし」


しかしエルリックは、自信が無さそうにしていた。

無理も無いだろう。

封印は破られたばかりか、力も増していて抑えるのもやっとだった。

もしあそこで精霊女王が現れなければ、こうして無事に収めれたかは自信が無かった。


「それに…」

「それに?」

「彼が望んでいても、本物のギルバート?

 ややこしいな

 ギルバートが興奮していては、自力で封印を破る恐れがある」

「自力で…」


「どうやら、父親が殺された事も原因みたいでね

 憎しみの心に捕らわれていてはどこまで出来るか…」

「憎しみ…

 父親が殺されたって、もう一人のギルバートは知っているんですか?」

「ああ

 表面には出て来ては居ないだろうが、普段から感情や外界からの刺激は受けている

 恐らく、こうしている間にも、我々の声が聞こえているだろう」


そう言ってエルリックは、ギルバートの方を見ていた。


黙って寝ている様に見えるが、もう一人のギルバートが居て、今も聞き耳を立てているのだろうか?

何を思って、何を考えているのだろう?

憎しみというのなら、今も憎悪を滾らせているのだろうか?


アーネストもギルバートの方を見ながら、複雑な思いを抱いていた。


「このままでは危険だ

 言いたくは無いのだが、彼を拘束させてもらうぞ」

「そ、そんな!」

「それはあまりにも酷い」


フランドールの言葉に、騎兵達が不満の声を上げる。

幾ら危険だと言っても、ギルバートを拘束させるなど許されないと思っていた。

前領主の息子と思って慕っていたし、それに王太子となれば迂闊な事も出来ないだろう。

しかし危険な事には変わりが無い。

彼等がどうするべきか思案をする間にも、フランドールは騎士に命じて縄を用意させる。


「おい

 街に戻って拘束用の縄を用意しろ」

「はい」

「待ってください」

「そうですよ

 あの方は王太子でもあるんですよ」


「それでも…危険だろう?

 さっきみたいに暴れても、もう精霊女王とやらが現れる保証は無いぞ」

「精霊女王?」

「ああ

 さっき現れた

 彼の妹らしい」


フランドールは不満そうに、エルリックの方を指差した。


「妹?

 その女性は何処へ?」

「さあ?」

「来た時もそうですが、光の様な姿で…」

「不意に現れては、また消えました」

「何者なんでしょうか?」


「精霊王…

 物語の存在と思っていたが、実在するとは…」

「言っておくが、過去の事だぞ

 今の私は単なる使徒だ」

「単なるって…

 お前も立派な女神様の使徒だろ

 自覚を持てよ…」


エルリックは過去の事と言っていたが、アモンはそうは思っていなかった。

確かに精霊王としての力は失っているだろうが、使徒としての力を持っている。

その気になれば、例え覇王と言っても子供だ。

何らかの方法で抑える事は出来るだろう。


「その…

 精霊女王だとかがギルを鎮めたのか?」

「はい」

「抱き着いてキスして…」

「ふううん…」


こういう時にだが、アーネストはニヤリとしていた。

あの初心なギルバートが、精霊の女王とやらに抱き着かれてキスまでされたのだ。

正気だったらどんな顔をしただろう。


「しかし妙ですよね?」

「そうだよなあ」

「何が?」


「あの少女は…」

「お兄ちゃんって言っていました」

「お兄ちゃんだろ?」


アーネストがエルリックを見るが、騎兵達はそうではないと言う。


「いえ

 あちらの方では無く、殿下をそう呼んで…」

「そうです

 殿下をお兄ちゃんと言っていました」

「え?

 妙だなあ」


アーネストは尚もエルリックを見るが、彼は何かを隠しているのか視線を逸らした。


「それに…」

「何だか聞いた事がある様な…」

「え?」


「そうですよ

 姿こそ見た事無い少女でしたが、どこかで見た様な…」

「ああ

 あの…独特な喋り方を聞いた様な…」

「うーん

 益々謎だな」


精霊女王の事も気になったが、騎士達が縄を持って来たので話が中断した。

フランドールは騎士達に拘束する様に指示を出すが、騎士も相手が王太子とあって抵抗した。


「さあ、すぐに縛るんだ」

「しかし…」

「王太子様ですよ?」

「だから何だ?」

「いや…あのう…」

「いい、貸せ!

 私が縛る」


フランドールは苛立ち、騎士から縄をふんだくった。

そのまま縄を持って、ギルバートを拘束しようとするが、騎兵達が立ち塞がって邪魔をする。


「させませんよ」

「お前等、何のつもりだ」

「殿下に縄を打つなんてさせません」

「そうですよ

 私達が認めませんよ」

「だったらどうする

 また暴れさせるのか?」


フランドールは苛立ちながら吐き捨てた。

しかしアーネストが進み出ると、静かに肩を叩いた。


「その必要は無さそうです」


見るとエルリックが進み出て、静かにギルバートの前に跪いた。


「やるだけやってみます

 それで駄目な時は私が残ります

 押さえるぐらいは出来るでしょう」


エルリックはそう言って、呪文を唱えながら懐から何かを取り出した。

それは銀製のネックレスで、中央に魔石が填め込まれていた。


無事に呪文を唱え終わり、首にネックレスを掛けたところ、ギルバートを淡い光が包んだ。


「これで理性で抑えれるでしょう

 しかし忘れないでください

 一度は破られています」


「特に怒りや憎しみといった負の感情が高まった時、また破れる可能性があります

 そういう事が無い様に、気を付けてください」


エルリックがそう言うと、ギルバートを包む光が消えて、ネックレスの魔石が輝いた様な気がした。


「本当に…大丈夫なのか?」

「ええ

 このままそっと連れ帰って、休ませてください

 くれぐれも余計な事をして、封印を破らない様に」


エルリックはそう言うと、思い出したかの様にアモンを睨んだ。

アモンは慌てて視線を逸らすと、口笛を吹いて誤魔化していた。


「ありがとうございます」


アーネストは素直に礼を言い、エルリックに頭を下げた。


「止してください

 これは当然の事ですし、私にも責任があります」

「しかし、あなたに指示したのは女神様でしょう?」

「そう…なんですが

 些か疑問があります」

「と、言うと?」

「あれは本当に、女神様なんだろうか?」

「おい!!」


アモンが怒りに満ちた顔で睨む。

しかしエルリックは続けた。


「妙だとは思わないのか?」

「そりゃあ…思わなくは無いが…」


「出された指示と違う指示が出ている」


「例えば、人間を滅ぼせと言う指示と殺さずに試せという指示だ」

「ああ」


エルリックの言葉に、アモンも不満そうだが頷く。

確かに滅ぼせと言ったのも女神だが、その後になるべく殺さない様に嘆願していた。

どちらも女神からの指示だったが、それだからこそ混乱していた。

だからこそ、実際に手渡された魔物以外には連れて来なかった。

しかし魔物の中には、明らかに危険な物が仕組まれていた。

あれは下手したら、この国すら危険な魔物であっただろう。


「そういえば

 あの魔法はどうやって覚えた?

 確か一度は魔法は取り上げた筈だが?」

「それは女神様の指示で、魔導書を渡していたからな」

「そうか…

 そこでも指示が…」


「おかしい

 何かがおかしい」

「ああ」


二人の使徒は頷き合い、互いに疑問を持っていた。

それは互いの仕事で違いがあったが、指示が食い違うという事は同じだった。


「ワシはもう一度、女神様にお目通りして来る

 このままでは納得がいかん」

「そうだな

 しかし、最近は再びお姿を見せられていらっしゃらない

 素直に会えるのか?」

「ううむ」


二人の言葉に疑問を覚えて、アーネストは聞き返した。


「なあ

 姿が見えないのに、どうやって指示を受けていたんだ?」

「ああん?」

「それは…

 直接声が聞こえるんだ

 使徒はそうやって、指示を受けている

 信託と原理は同じだ」


「それならば、どうしてそれが女神様だと思ったんだ?」

「そりゃあ…」

「神託を降せるのは女神様だけだ

 他ではあり得ん」

「そう…なのか?」

「何だと?」


「そもそも

 女神様は姿を見せられていないんだろう?」

「そりゃあそうだが…」

「一度は現れておられる

 特に13年前の時には、久しぶりに姿を見せられた

 だから私は、素直に禁術の書を渡したんだ」

「そうか…」


使徒の話には嘘が無かったが、疑問が残った。

姿を見せた事もあったが、それ以外は声しか聞いていない。

それに従って動いていたわけだが、その指示がちぐはぐでもあった。

これでは信用も無いだろうに、相手が女神では使徒は従うしか無かった。


「気になる事はあるが、姿が見られるまでは信じて従うしかない

 だからワシは、神殿に向かって確認する

 お前はどうする?」

「どうすると言っても…

 今は指示を受けていないし」

「ならば、こいつ等を殺せと言われたら?」


アモンが物騒な事を言ったが、エルリックは悩む事無く答えた。


「今のところは従えない」

「女神様の指示でもか?」

「ああ

 この子達には可能性を感じている

 だから…従えない」

「勝手にしろ!」


アモンはそう吐き捨てる様に言うと、腹心のオークを連れて去ろうとした。

しかし振り返ると、フランドールの方をじっと見詰めた。


「あー…

 おほん」

「?」


「開戦前にはああ言ったが、貴様はよく頑張った」

「え?」


「これはワシからの褒美じゃ」


そう言ってアモンは剣を一振り出すと、フランドールに向かって放った。

フランドールはそれを受け止めると、黙って抜いてみた。

小振りだが1mほどの刀身は黒く輝き、柄に飾られた魔石には魔力を感じられた。

小剣よりも長剣に近かったが、重くてしっかりとした造りの剣であった。


「竜の牙から作られた逸品だ

 大事に使うが良い」


「良いのか?」

「うむ

 ワシは勇敢な武人は好きだ

 だから褒美はその者に似合った者を授けている」

「ありが…とうございます」


フランドールは一瞬悩んだが、素直に受け止めて頭を下げた。

その様子を満足そうに見て、アモンは頷いた。


「小僧にやった剣も、同じドラゴントゥースから作られた剣だ

 大事に使う様に伝えておけ」


そう言いながら、鞘をギルバートの前に放った。


「では、ワシはこれで行く

 さらばじゃ」

「ア!

 アモンサマ、カエリグライハ…」

「タノミマスカラアレハ…」


慌てて側近のオークが叫ぶが、構わずアモンは高笑いを始めた。


「ふはははは…」

チュドーン!


直後に轟音を轟かせて、盛大に煙が包んだ。

そのまま笑い声だけ暫く残して、魔王は去って行った。


「最後まで騒々しい…」

「あのオーク…」

「いつもああなのか…」


みなは色々と思う事はあったが、その残された煙を見ていた。

煙が晴れたところで、エルリックも立ち上がった。


「さて、私も去ろうと思う」

「そうですね」


「まだ聞きたい事は、色々とあると思う

 しかし、私も話せない事が多い」

「それは分かりました」


しかしアーネストには、確認しておく必要がある事が残っていた。


「ですが、これだけは確認させてください」

「何だい?」


「これで戦いは終わったんですか?」

「ああ

 他の魔王が指示されない限りは、暫くは何も起きないだろう」

「他の魔王ですか…」

「ああ

 こればっかりは、女神様の指示次第だろうね」


「分かりました」


アーネストは頷いたが、続けて将軍が尋ねた。


「それでは、魔物ももう出ないんだな?」

「いえ

 それは無いでしょう」


「既に新たな魔物は放たれていますし

 そもそも魔物には指示が出ていませんからね」

「え?」

「当然でしょう

 一々魔物に、女神様が指示を出す事はありません

 その為の魔王であり、使徒ですから」


「それなら、その使徒の指示で…」

「私達も、女神様の指示が無いので出来ません

 後は魔物達が勝手に、好きに動くでしょう」

「だったら今後も…」

「ええ

 魔物は増え続けるでしょう」


エルリックは、それは仕方が無い事だと言った。

そもそも、女神は人間と接触させない為に結界を張ったのだ。

魔物を守る為であって、人間を守る為ではない。

それに、明確に人間を守る様には指示を出していない。

そうである以上は、勝手な事は出来ないのだ。


「そういう訳で、魔物がどうするかは彼等次第です」

「そんなあ…」


「まあ、逆に考えれば、アーマード・ボアの様な獲物も増えるわけですから

 そこは考え方しだいです」

「自由に狩っても良いのか?」

「ええ

 さすがに、魔物が攻めて来るのに狩るなとは言わんでしょう

 他の魔王にも話は通しておきます

 好きにしてください」


エルリックの言葉に、フランドールが答えた。


「分かりました

 それでは、こちらで自由に狩らせてもらいます」

「うん」


「もう無いのなら、私も行くよ」

「はい」

「では、また何かある日まで」

「もう…来なくて良いです」

「そんな

 冷たい事を言うなよ…」


エルリックは落ち込んだフリをして、しょげながら去って行った。

森の入り口に差し掛かる頃には、転移でその姿は消えていた。


後に残された面々は、これからどう説明するべきか悩みつつ、凱旋する事となった。

ギルバートを始めとした意識を失った者は、馬車や荷車に乗せられて運ばれた。

住民は勝利に酔っていたが、兵士達は暗く沈んでの帰還であった。

明日も17時予定です

次はギルバート視点での戦後です

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