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聖王伝  作者: 竜人
第五章 魔王との戦い
121/800

第121話

その魔物は、アモンも知らない魔物であった

通常の魔物からは掛け離れた存在で、その能力は未知数であった

見た目は白く雪に包まれた様な姿で、ウィンター・ベアという魔物には似ていた

しかし咆哮はするが、吹雪を吐き出す様な能力は無かった筈だ

そこを考えても知らない魔物であった

アーネストも魔物はウィンター・ベアと推測していた

しかし彼も、文献に載っていた魔物とは違うと思っていた

文献には強力な膂力からの爪と、岩をも噛み砕く強靭な牙に注意とあった

吹雪の咆哮など書かれていなかった

それが記述漏れとは思えないし、当時の著者が知らなかったとは思えない


それに…

アモンの様子がおかしい


アーネストは遠目に戦場を見ていたので、彼の様子は見れていた。

そして、彼が魔物が現れた事に驚くのを疑問に感じていた。

もし彼が仕込んでいたのなら、あんな驚いた様子は見せないだろう。

しかし、今はそれどころではない。


「ギル、そいつの正面に回るのは危険だ

 側面や後ろに回って攻撃するんだ」


「アーネスト…

 分かった」


ギルバートは寒さで感覚の鈍った身体を動かし、魔物の正面から離れようとした。

将軍も聞こえていたので、部隊長に檄を飛ばす。


「聞こえたな

 正面には立つな

 側面に回れ」

『はい』


「動ける者は側面に回れ」

「負傷した者は下がれ

 防壁の向こうなら治療も出来る」

「はい」

「良いか、死ぬなよ

 死んだらオレが、ぶっ殺すぞ」

「はい」


無茶な命令だが、部隊長からしても必死なんだろう。

兎に角、部下を死なせたくない一心で、懸命に指示を出す。


ゴガアアア

ビュオオオオ!

「ぬおおおお」


将軍が正面に立って、剣を盾代わりに必死に囮になる。

その間に負傷者を運んで、騎士達も後方に下がった。

フランドールも震えて、唇を真っ青にして運ばれていた。


「フランドール様

 しっかりしてください」

「私は、良い

 早く、みなを…」

「はい

 すぐに負傷者は運びますので」


フランドールは慣れない寒さと、強烈な咆哮の影響で、意識が混濁していた。

騎士達も王都暮らしの者が多くて、こんな寒さには慣れていなかった。

それに寒さに慣れている者でも、夏のこの暑さから急に真冬の様に冷えては、身体が追い着かないだろう。

ほとんどの者が寒さに震えて、剣を握る力も失っていた。


次々と負傷者が運ばれる中、アーネストはどう対策をするか考えていた。

しかし具体的な考えが浮かばずに、いたずらに時間だけが過ぎて行く。


「くそっ

 雪や冷気を吐き出す熊なんて、どうすれば良いんだ」


思わず口から出た言葉に、ミリアルドが答える。


「なあ

 燃やしたらどうだ?」

「馬鹿か!

 あんな大きな熊を…」

「いや、寒かったら焚火や暖を取るのに燃やすだろ?

 周りで火を焚いたら…」


「そうだな

 すぐに焚火をして、凍傷に罹りそうな者には暖を取らせよう」

「すぐに薪を集めます」


ミリアルドの意見は、負傷者への処置と思われて、すぐに兵士達が薪を集めに向かった。

しかし薪なんてすぐには集まらない。

まだ季節は夏なので、枯れ木や枯れ枝はそうそう無い。

街に戻って集めるにしても、焚き付け用の枝など早々に集められないだろう。

住民達が走っているだろうが、時間が掛かる。


「凍傷になりそうだ

 何とか暖める方法は無いのか?」

「だから、それこそ火魔法で…」

「ああ!!」

「何だよ」

「そうだよ、火魔法だ」


ミリアルドの言葉で、ようやく魔術師達は気が付いた。

薪が無いのなら、魔力で補えば良い。

幸いここには、火魔法ぐらいなら使える魔術師は幾らでも居る。

寒いのなら人数でどうにかすればいい。


「すぐにやろう

 我、女神様に乞う

 汝が子に暖かな火の温もりを与えたまえ

 ファイヤー」


直接人に当てては危険だ、火傷を負ってしまうだろう。

だから近くに火を魔法で出して、魔力で維持を続ける。

そうして燃えてる間は、暖が取れるだろう。


「うう…

 暖かい」

「ブルブルブル

 ああ…でも、暖かい」


「良いか

 直接当てるなよ

 それこそ火葬になるぞ」

「分かっとるわい

 なんならお前を火葬して、焚き付けにするか?」

「勘弁してくれ

 分かったよ、もう黙るよ」


余計な事を言った兵士が、魔術師に脅されて黙る。

そんな同僚を見て、仲間が燃えそうな物を探して来る。


「ほら、そこの柵を壊してきた」

「馬鹿、それが無かったら…」

「もう、魔物はアレだけだろう?

 なら大丈夫だ」


兵士は柵や台を壊して、焚き付けにする為に集めて来た。

それに魔術師達は火を点けて、燃やして焚火を作った。


「これだけでは足りないな

 まだまだ必要だ」

「今、街で住民が集めています」


寒さに凍える騎兵や騎士達を集めて、焚火の側で手当てをしてやる。

その焚火を見ながら、アーネストはブツブツと呟いていた。


「そうか…

 寒いのなら…燃やせば」

「だから、オレが言っただろう

 燃やせば暖かくなるって」


「そうだよ

 魔物に火魔法を…

 ミリアルド!」

「何だよ」

「この魔法を使ってくれ」

「え?」


アーネストは羊皮紙を探してペンを取ると、そこへ書き付けた。

ミリアルドはそれを見て、難しそうな顔をする。


「こりゃあ…

 呪文があれば使えるのか?」

「ああ

 触媒は要らない

 大気中の魔力を触媒にして作れる

 あとは呪文を間違えなければ使える…筈だ」

「筈?」

「後はお前の魔力と、集中力次第だ」

「そうか…」


「やれるか?」

「やるしか無いんだろう?」

「ああ

 この中で火魔法が得意で、これを使えそうなのはお前と私だけだ」

「なら…やるだけだ!」


ミリアルドは決意し、アーネストと共に前に出る覚悟を決めた。

正直、あんな恐ろしい魔物の前に行くのは御免だが、ここで行かないわけにはいかなかった。

街を守りたいし、何よりも尊敬するフランドールの為に、ここは勝利を掴む必要があった。


「この勝利を…

 フランドール様の為に

 オレはやります」

「よく言った

 騎士のみなさん、強力してください」

「はい」

「我々は何をすれば良いんでしょう?」

「先ずは…」


アーネストは作戦を伝えた。

それはおおよそ作戦と言える物では無かったが、急造なので仕方が無かった。


アーネスト達が後方で作戦を練っている間にも、ギルバート達は戦っていた。

と言っても、おおよそ戦いとは言えない物であった。

将軍が寒さに震えながら、魔物の注意を引き付けるが、迂闊には近づけなかった。

近くに寄っても咆哮で動けなくなり、吹雪を浴びせられる。

吹雪を浴びせられると冷たさで身体が硬直して、体力を奪われたり凍傷に罹ってしまう。

1回、2回受けただけでは痺れる程度だが、続けて受ければ指先の感覚が無くなり、剣を握る事も困難になってしまう。

将軍も時々避難しては、ポーションを飲んで凌いでいた。


「うう…

 手の感覚が無くなる」

「将軍

 無茶はしないでください」

「そうですよ」


「馬鹿野郎

 お前達では1回でも耐えられんだろう

 オレが注意を引くしかない」

「しかしポーションでは、痺れは治まっても凍傷までは…」


「今は堪えるしか無いんだ

 後ろでアーネストが何か考えている

 それまで…オレが何とかする」


「あ!

 殿下が危ない」

「くそっ

 オレがまた出る

 お前らは殿下を下がらせろ」


将軍の代わりに前に出たギルバートが、続け様に受けた咆哮に吹っ飛んだ。

寒さで身体の動きが鈍り、まともに正面から受けてしまったのだ。

寒さで震えながら、懸命に立ち上がろうとするが、感覚が鈍って上手く立ち上がれない。

アレンが飛び出して肩を貸すが、ギルバートは震えて唇も紫になっていた。


「殿下

 下がりましょう」

「し、しかい

 まだ、ひょうぐんが…」

「うおおおお」

ゴガアアア

ビュオオオオ!


「ぐ、くう」


何とか将軍が前に出て、再び剣を盾にして吹雪を防ぐ。

その間にアレンが、ギルバートを支えながら離れる。


「殿下

 すぐにポーションを」

「あ…ああ」


ギルバートは震えながらポーションを呷り、身体の痺れが治まって行くのを感じる。

活力を与えるポーションが寒さに弱った身体を労り、傷の痛みを抑えるポーションが痺れを治す。

このポーションが無かったら、この場の全員が既に死んでいただろう。


騎兵部隊の面々も、将軍が危なそうな時には魔物の気を引いていた。

それで何とか時間は稼げているが、それでもこのままでは、全滅は時間の問題だろう。

どうしたものかと思案していると、騎士団が馬で駆けて来た。

魔物の咆哮に怯えるので、近くまでしか来れなかったが、そこからアーネストの姿が見えた。


「ギル

 今から魔法を試してみる

 効果が出たら、一斉に攻めるんだ」

「良いですか?

 オレもやりますから、必ず倒してください」


「何だ?

 何をする気だ?」


騎士達の馬の背に乗った、アーネストとミリアルドが呪文を唱え始めた。

二人は同時に呪文を唱え、魔力が大気に満ち始める。


『おお、女神様

 汝ら子等に炎の加護を

 寒さに暮れるその身に、暖かき火の温もりを授けてください

 雄々しく燃え盛る火柱を、熱く高く燃え上がらせてください

 フレイム・ピラー』


呪文が完成して、二人の中から魔力が迸る。

それは魔物を中心にして燃え上がった。


シュゴオオオオ!

ゴアアア…


激しく燃え上がる火柱に、しかし魔物は耐えていた。

そして次の瞬間、魔物は強烈な咆哮を上げた。


ゴガアアアア

ゴオオオオ!


今までにない猛烈な吹雪に、魔法の火柱は搔き消された。


「くそっ

 これさえも効かないのか?」

「まだだ

 まだやれる

 行くぞ、ミリアルド」

「はい」


『おお、女神様

 いと輝かしきあなたの聖名をもって

 ここに一つの軌跡を起こしたまえ…』


再び二人が呪文を唱え始めるが、今度は熊も警戒して、二人に向けて咆哮を放つ。


ゴガアアアア

ビョオオオ!


先の咆哮に力を使ったからか、今度の咆哮は少し弱かった。

それでも危険なので、将軍が正面で受け止める。


「ふうんぬうう」


熊は力の使い過ぎか、荒く肩で息をしていた。

口元からは涎も垂れている。


『我等は聖なる聖名において、ほのおの軌跡を求めたもう

 邪悪なる者を縛り、封じ込める力を与えたまえ

 燃え盛る炎の輪よ、激しく立ち上がれ

 フレイム・ウオール』


再び呪文が完成するが、今度は二人からも魔力が流れて行く。

アーネストはそうでも無いが、ミリアルドは若干苦しそうだ。

二人の魔力が直径10mほどの輪を作り、その輪は魔物の中心にして炎の輪を作った。

その輪の中では、魔物は力を奪われて動作も緩慢になっていた。


「今だ!

 やってください!!」


ミリアルドは額から汗を垂らしながらも、必死になって叫んだ。

かなりの魔力を放出しているのだろう、足元がふらついている。


「大丈夫か?」

「ほら、ポーションだ」


騎士達が支えて、ミリアルドの口にポーションを宛がう。

魔法の行使で両腕が塞がっているので、口に咥えて飲み干す。

しかしすぐに魔力が尽きて、またふらつく。

騎士は何本かポーションを持って来ていたが、すぐに尽きるだろう。

それまでに魔物を何とかしなければならない。


「ようし、やるぞ」

「はい」


ギルバートが気合を入れて抜刀して、騎兵達もそれに倣う。

将軍も立ち上がると、腰に手を当てながらポーションを飲み干した。


「気力十分

 やります!」


地面に突き立てていた大剣を引き抜き、大きく構える。

魔物の周りは炎で囲まれているが、維持をする為に魔力は抑えてある。

炎の中に突っ込んでも、軽く火傷をする程度だった。

それでも熱気はあるので、魔物の体力を奪っていた。


ゴガアアア

ボフッ!


咆哮は小さく、吹雪も不発だった。


「チャンスだ、行くぞ!」

「おお」


「うわああああ」

「とりゃあああ」


騎士が、騎兵が、一団となって炎に飛び込む。

ギルバートと将軍も飛び込んで、魔物に向かって行った。


「うりゃあああ」

「せりゃあああ」

グガアアア

ガキーン!


「うわああ」


それでも熊は強く、太い腕で騎士達を弾き飛ばす。


「くそう

 こいつ、動くぞ」

「直接攻撃でも、これだけ強いのか」


騎兵の一人は胸に大きな爪痕を残し、担がれて後ろに下がる。


「気を付けろ

 爪も十分に強力だ」

「ふううん」

ガキン!


ゴガアアア

ブンブン!


熊は腕を振り回して、近付く騎士達を弾き返す。

立ち上がって両腕を広げて威嚇しては、咆哮を上げながら腕を振り回す。

時々四つん這いになると、突進も仕掛けて来る。

突進に飛ばされる者も居たが、爪で裂かれるよりはマシだった


しかし、徐々に魔物の力は弱まって行く。

段々と大振りになって、疲れて動きが止まり始めた。


「今だ、動きが止まってる」

「しかし剣が刃が立たないぞ」


動きは止まっていても、頑丈な毛皮が刃を防いで、思う様に傷を与えれない。

魔物も弱っていたが、炎の勢いも弱ってきていた。

十分な手傷も与えれないままに、遂に炎が半分ほどの大きさになってしまった。


「ミリアルド!」

「あ、あとは…た…」


ミリアルドが気を失い、馬上から崩れる様に落ちた。

アーネストも玉の様な汗を流して、必死に歯を食いしばって堪えていた。

それを振り向いて見た将軍は、意を決して叫んだ。


「殿下!」


二人は目を見て頷く。

それで意思が通じたのか、将軍が剣を前方に構えて突っ込んだ。


「うおおおおお…」


その後ろにギルバートが続く。


「ああああああ…」


ゴガアアア

ガキーン!


将軍の大剣に阻まれて、熊は大きく体制を崩した。

その将軍の背中を駆け上り、ギルバートが宙に舞う。


「はああああ…」


みながこれで決まる、そう思って見上げた。

しかしそこには、苦し紛れに振り上げられた、熊の右腕が迫っていた。


「っちい」

ガアア…


「危ない!」

「殿下!」


空中で成す術も無く、ギルバートに向けて爪が振り下ろされようとしていた。

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