第120話
轟音が響き渡り、北の城門前に大きく煙が立ち上る
それは大爆発と言うに相応しく、住民を不安に貶めた
住民達は恐れ慄き、一部の者は家に逃げ戻って窓を閉め切った
それでも街を守りたいと思う者は、恐怖に震えながらも持ち場に残る
ここで物資を届ける事が兵士を助け、街を待る事に繋がると信じていたからだ
立ち込める煙の中に、大きな影が姿を見せる
それは身長が2mは優にある、熊の魔物のワイルド・ベアであった
その周りには、大きな犬の様な姿が見える
フォレスト・ウルフも同時に召還した様だ
次第に煙が晴れて来て、その姿がゆっくりと現れる。
しかし予想に反して、魔物はその場から動こうとしなかった。
「??」
「どうした?」
「何故動かないんだ?」
よく見ると、魔物は苦しがっていた。
その煙に咽て、視界と嗅覚を奪われていたのだ。
「今が好機だ!
弓兵は狼を狙え!」
「は、はい」
将軍の指示に従い、弓兵達は弓を番える。
「どうするんだ?」
「い、良いのかなあ?」
「構わん、撃てー!」
「はい」
一斉に矢が放たれて、フォレスト・ウルフ目掛けて飛んで行く。
ギャワン
キャイーン
50匹も居たフォレスト・ウルフだが、その場で煙に苦しんでいては躱しようが無い。
次々と矢に倒れて、あっという間に10匹も居なくなっていた。
「なん…だと?」
「ダカラアレホド、ケムリハダメダト…」
「ええい!
すぐに向かわんか」
フォレスト・ウルフ達は、煙に視界を奪われながらも前に進んだ。
使徒の命令は絶対で、逆らう事は出来なかったからだ。
それに、そのままそこに居ても、間違いなく狙撃されるだろう。
しかし前に出ても、そこには騎兵が残っていた。
「今だ、突撃!」
『おおおお』
騎兵が再び突撃して、フォレスト・ウルフを切り飛ばして行った。
そのまま残るオークにも襲い掛かり、彼等が煙に苦しんでいる間に打ち倒していった。
「くっ…むむむむ」
「ドウシマスカ?」
「ワイルド・ベアは?」
「マモナクシカイガハレマス
ソウナレバ…」
「ようし
目に物見せてやる」
アモンはニヤリと笑うと、ワイルド・ベア指示を出した。
「そのまま前進して、奴等を蹴散らせ」
グガアアア
グオオオオ
ワイルド・ベアは視界を覆う煙を振り払い、ゆっくりと前進を始める。
まだ視界がハッキリしていないので、すぐには動けないのだ。
どうやら獣と言っても、それぐらいの分別はある様だった。
「くそお
こんどはこいつが相手か」
「構うな
先にオークをやれ」
「今の内に奴等を叩くんだ」
防壁の前のオークも倒され、残る歩兵のオークも数体となった。
そこへワイルド・ベアが迫り、唸り声を上げて襲い掛かる。
乱戦になったが、ワイルド・ベアの大きさが徒となった。
乱雑に振るわれた腕は、騎兵も襲ったがオークにも当たった。
グガアアア
プギイイイ
ブモオオオ
「くそっ
ケントがやられた」
「それでもオークが居なくなった
十分だ」
騎兵は馬を操って、ワイルド・ベアから距離を取る。
しかしワイルド・ベアも素早く動き、間合いを詰めて強靭な腕を振るった。
また一人、騎兵が馬ごと切り裂かれる。
グガアアア
ズガッ!
「ぐぼあっ」
振るわれた爪は鋭く、頑丈な筈のクリサリスの鎌を容易くへし折り、そのまま騎兵を横薙ぎに切り裂いた。
ブヒヒ…
馬も首を切り裂かれて、断末魔の声を上げる。
「将軍
今度こそ…」
「ああ
オレも出ます
これ以上は部下を死なせません」
「左は任せてくれ
オレが切り込んで来る」
「殿下!」
「行くなとは言うなよ」
「しかし…」
「行きましょう
そして決着を付けるんです」
「ええ」
フランドールも頷くのを見て、将軍も覚悟を決めた。
「なあに、死にはしないさ」
「しかし…
今回は10匹ですよ?」
「そうです
危ないですよ」
「それでもオレ達なら…
それに騎兵も居る」
「分かりました」
「急ぐぞ
これ以上は死なせられない」
三人はすぐさま救援に向かった。
その後ろには騎士達も着いて来た。
「フランドール様」
「私達も一緒に」
フランドールの騎士達が、後ろに着いて来た。
「お前達
あれはオーガとは違うぞ」
「分かっていますが」
「オレ達はフランドール様の騎士です」
「何処までもご一緒しますぞ」
「お前達…」
「ようっし
いっちょ暴れましょう」
「ああ
今度はこっちの番だ」
「はい
行きましょう」
将軍は鎌を振り回すと、先頭に立ってワイルド・ベアに向かって行った。
ギルバートも左の熊に向かい、フランドールも右へ向かって行った。
「これを片付ければ…」
「全てが終わる」
「守れるんだ、オレ達の街を」
騎士達も後ろから続き、魔物に向かって鎌を構える。
しかしワイルド・ベアの咆哮に怯えて、馬が怯えて前に進まなくなる。
グガアアアア
ヒヒーン
「おい、どうした」
「くそっ、ここまで来て…」
「仕方が無い、馬から下りて戦うぞ」
見れば騎兵達の馬も怯えて、上手く逃げ出せないでいる。
ギルバート達も馬を捨てて、徒歩で魔物に向かって行った。
「うおおおお」
ガキーン!
グオオオオ
ワイルド・ベアの鋭い爪が、鎌の刃を防いで弾き返す。
「くっ
こいつ…手強いぞ」
「ええ
今までのワイルド・ベアとは違います」
防壁の向こうでは、逃げて来た騎兵や兵士達が、怪我を直す為に運ばれて行く。
それを横目に見ながら、アーネストは指示を出す。
「急げ
魔術師は魔法で応戦するんだ」
「はいよ」
「分かったぞ」
「頭を狙うんだ
兵士に当たらない様に気を付けろ」
「任せろ」
「ワシ等でも活躍出来るところを見せてやる
マジックボルト」
「マジックアロー」
魔術師達は魔物の頭を狙って、魔法を放って行く。
効果は低く、ほとんどが浅手を負わす程度だった。
しかしそれでも攪乱出来るので、撃っている間は騎兵が狙われる事を防げた。
「しっかり狙えよ」
「おうさ
マジックアロー」
グガアアアア
「ひ、ひいい」
「ここでも効くなあ
騎士達は大丈夫か?」
魔術師達では耐性が低いのか、ワイルド・ベアの咆哮に震えだす者も居た。
「アーネスト
オレに出来る事は?」
「ミリアルド
今のあんたでは無理だ
これが終わったら…覚悟しておけよ」
「え?」
「フランドール殿の臣下に相応しい様に
じっくりと仕込んでやる」
「え…っと?」
「魔力枯渇で眠れなくなるからな
くっくっくっくっく」
「お、お手柔らかに頼むぜ…」
「ここは良いから、向こうで怪我人の治療を手伝ってくれ
人手が足りないからな」
「分かった」
ミリアルドはそう言って立ち去ろうとするが、最後に一言言った。
「フランドール様を…頼んだぞ」
「ああ」
アーネストが頷いたのを見て、ミリアルドは安心して後ろへ下がった。
アーネストはその後姿を見送って、再び指揮に戻った。
「左の魔物が出て来る
ギルの前に出さない様に牽制しろ」
「マジックアロー」
ドスドス!
グガアアア
ワイルド・ベアの眼に刺さり、ワイルド・ベアは苦悶の悲鳴を上げた。
それに気が付いて、ギルバートは後方へ飛び下がった。
振るわれた爪が、さっきまでギルバートと戦っていたワイルド・ベアの腕を切り裂く。
グガアアアア
それを見逃さず、ギルバートは跳躍した。
「バスター」
ザン!
グガア…
1匹のワイルド・ベアが、首を刎ねられて息絶える。
それに合わせて騎士達が出て、視界を奪われたワイルド・ベアの腕や脚を切り裂く。
「食らえ、スラッシュ」
「ブレイザー」
ズザン!
ザシュッ!
ゴアアアアア
「うひい」
「耐えろ
まだ倒れていない」
「せりゃああああ
バスター」
よろめく熊の脚を踏み台にして、一人の騎士が跳び上がる。
ズザン!
「よし…」
グガアア…
しかし熊が振るった最後の一撃が、空中に居る騎士の胸を叩いた。
ブン!
ズガッ!
「ぐはっ」
騎士は胸元を切り裂かれて、そのまま地面に叩き付けられた。
一目で即死と分かる状態で、仲間も思わず目を背ける。
「くっ」
「殿下の真似をするから…」
身の丈に合わない無茶をするからだと、彼の死は残念がられた。
これで決まっていれば、彼は暫くは時の人になっていただろうが、残念ながらその器では無かった。
「ふうんぬうう」
ズドン!
ゴガア…
力任せに振るった大剣が、バランスを崩した魔物の胴を切り裂く。
そのまま将軍は剣を振り抜き、その勢いでもう1匹のワイルド・ベアの攻撃を弾く。
グガアアアア
ガキーン!
その向こうではフランドールが剣を振るい、魔物の腕を切り裂く
「せりゃあああ」
ザシュッ!
ガアアアア
「今です、脚を狙ってください」
「はい」
「掛かれえ」
ズバッ!
ザクッ!
グオオオオ
魔物がバランスを崩して、騎士がその胸と首に剣を突き立てる。
ゴガア…
魔物が切られた腕で騎士を振り払い、数名が跳ね飛ばされた。
軽い打撲はあっただろうが、幸いにも腕は切り落とされていたので、負傷は軽かった。
「後2匹…」
グガアア…
ゴアアア…
残る魔物は、ワイルド・ベアが2匹だった。
騎士や騎兵に囲まれて、その魔物も後が無かった。
「アモンよ
もう良いだろう?」
「ん?」
「どうしても…
最後の魔物を倒すまで、認めない気か?」
「そうだな…」
アモンも、もう勝敗が決したと感じたのだろう。
椅子から立ち上がった。
そうして勝敗を告げようとした時、不意に騎士の一人が呟いた。
「おい…
何だこれ?」
みながそちらを見ると、魔物に黒い靄が巻き付いていた。
グガ…?
ゴアア?
魔物も気が付いたが、それが何であるか分からなかった。
「何だ?」
「これは…
まさか!」
ギルバートはハッとしてアモンを見る。
しかしアモンは気が付いていないのか、怪訝そうな顔をして見ていた。
「アモン
あんたは可愛い子供と言っておきながら、こんな残酷な仕打ちをするのか?」
「何の事だ?」
言っている間にも靄は大きくなり、それは魔物を包んでいった。
それは魔物を苦しめて、より大きくなって行く。
「みんな離れろ
これはあの時と同じだ」
「あの時?」
「ベヘモットが呼び出した、あの黒い骸骨の事だ」
「え?」
騎士達は分からなかったが、騎兵達はその生き残りが多かったので、思わず後退った。
「何い?」
騎士達も意味が分からなかったが、少しずつ後ろに下がる。
靄はどんどん大きくなり、魔物を包んで行く。
しかしあの時と違って、靄は死体を吸収する事は無かった。
使者が死霊として生き返る事も無く、ただ死体から黒い靄が出て来て、魔物に吸収されていった。
「何だ?
何が起きている?」
離れた場所で、アーネストも事態を見守っていた。
何かが起きているのは分かるが、それが何なのかが分からなかった。
「どうやら…魔力が集まっておるのう」
「魔力?」
「そうじゃ」
「ワシも魔力を探知する方法を学んだが、これはその魔力が集まって行く様子を感じられる」
「何だって」
アーネストも慌てて索敵魔法を発動して、魔力の流れを見る。
そうすれば、確かに魔力が渦巻いて1点に集まって行くのが感じられた。
それはギルバート達の近くに集まり、2匹の魔物に注がれていた。
その注がれた魔力で、魔物の魔力が弾ける。
「何だ?
何かがおかしい」
「そうじゃのう
中心の反応が弾けて消えて…
いや
これは新しい反応に集まっておるわい」
「これは…!!
危ない!
ギル、離れるんだ!」
アーネストが叫ぶと同時に、急激に周囲の空気が変わった。
それはまだ、夏の暑さを感じていた空気が、急激に冷やされて真冬の様な冷たさに変わった。
「不味いぞ!
すぐに離れるんだ」
「は、はい」
「急いで逃げろ!」
ビュオオオオ!
空気が音を立てて集まり、同時に周囲の空気が冷たくなる。
慌ててみなが離れるが、数歩も行かない内に大きな音がした。
パリン!
高い音が、ガラスが割れる音を彷彿させた。
ガラスは貴族が持つ物で、世間的にはそこまで普及はしていなかった。
しかしその割れる音は聞いた事があるので、みなはそれが大きくなって聞こえた気がした。
パリパリパリーン!
ドシャーッ!
ビュオオオオオオ…
次々と破砕音が続いて、それから何かが落ちて来る音がした。
そして轟音を立てて冷たい空気が吹き抜けて行く。
それに煽られて、周りに居た者は数m吹き飛んで行った。
ギルバートや将軍も煽られて、必死になって踏ん張っていた。
その空気の流れの向こう側に、何か大きな姿が見えた。
「これは…どういう事だ」
「ハ、ワレラニモワカリマセン」
「リカイデキナイジタイデス」
吹雪が吹き抜けて止むと、そこには3mの大きさの熊が居た。
しかしその姿は変わっており、真っ白な新雪の様な毛をした大きな熊になっていた。
牙と爪は黒々と黒曜石の様に輝き、その頭は角の様に尖った毛が立っていた。
グオオオオオオ
咆哮が轟き、それだけで正面に居た騎士が吹き飛ぶ。
それは恐怖を引き起こす効果だけでは無く、同時に吹雪を纏っていた。
吹き飛んだ騎士は雪に包まれて、寒さで震えていた。
まともに食らい続ければ、寒さで凍傷や凍え死んでしまうだろう。
「何だ?
これは…」
「初めて見る魔物だ…」
騎士だけでなく、騎兵までが恐怖に震えていた。
将軍も膝が震えていて、ギルバートも顔を叩いて意識を覚醒しようとする。
フランドールは騎士に支えられて、何とか踏ん張っていたが、それでも油断すれば意識が飛びそうになっていた。
支えてくれている騎士の声に助けられて、何とか踏み止まっている。
それでも気持ちが挫けそうになり、歯を食いしばって堪えている。
そして驚いていたのはアモンもだった。
「何だ…あの魔物は
何が起きてるんだ?」
アモンも何が起きたか分からず、ただ茫然として見ていた。
それが何が原因で、何でそうなったかは分からない。
しかし分かる事が一つだけある。
誰かが何かをしたんだ。
自分の子供達に何かを仕込み、こうなる様に仕込んだ。
「…仕込んだ?
まさか?」
アモンはハッとする。
そういえば、これも仕組まれた事なのか?
そもそも、女神様がこんな事をするなんて…
それに、あの子達をくれたのは、他ならぬ女神様では無いか
それがこんな…
アモンは女神様の真意が分からず、ただただ困惑していた。




