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聖王伝  作者: 竜人
第五章 魔王との戦い
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第118話

開かれた北の城門を通って、兵士が続々と現れる

彼等は予備の資材を手に、防壁の中で敵襲に備える

負傷した者がここに戻れれば、手当てを受ける事が出来る

その為にも、ここは必ず死守しなければならない

防壁の門を開けて、騎兵が出れる様に準備をする

準備と言っても、騎兵が門まで出て来るだけだが、そこを守る兵士も配置に着く

魔物がいつ来ても良い様に、守備をする為だ

門が開かれて、騎兵達がいつでも出れる様に並ぶ

そこで彼が見た物は、予想外の光景だった


「え?」

「あれ?」


北の城門の外は、大体500m四方ぐらいの広場になっている。

ここは魔物が近付いても分かり易い様に、わざわざ木を切り倒して整備されていた

しかしその半分ぐらいに、防壁や柵が建てられた。

だから魔物は、昨日居た森から出て来るだろうと推測していた。

しかし、目の前には広大な広場が出来ており、そこに魔物が整列していた。


「な、何だと!」

「森が…消えてる?」


正確には、さらに森が切り開かれて、1㎞四方ほどの大きさの広場になっていた。

そこへオークの兵士が並んで待機して、こちらが打って出るのを待ち構えていた。


「ふはははは

 どうだ、驚いたか?」


アモンが先頭に立ち、こちらを見ながら高笑いをしている。


「これは…

 どういう事だ」


「ふん

 簡単な事だ」


「貴様らがそこに防壁を築いたのを見てな

 このまま森から出て来るのを迎え撃とうとしていると気付いたのだ」

「くっ

 さすがに考えが甘かったか」


「そうだな

 貴様らが待ち伏せする気なら

 その小賢しい策を潰す為に、森を削れば良い

 それだけだ」


アモンはそう言うと、得意気に高笑いを続けた。


「くそっ」

「しかし、それだけの為に、一晩で森をこれだけ開くとは…」

「ふん

 簡単な事だ」


「まさかアモンの力で…」

「ワシの優秀な兵士達からすれば

 これくらいの事は造作も無い」

「え?」


「まさかとは思うが

 一晩掛かって、あのオークの兵士が切り開いたのか?」

「たぶんそうかと…」


「ふはははは

 こいつらに掛かれば、それくらい容易い事よ」


アモンは笑っているが、将軍達は呆れていた。

幾ら人数が居ても、これだけ切り拓けば、木材の片付け等相当な労働になった筈だ。

それを一晩で熟し、それから碌に休まずに整列して待っていたのだ。

幾らオークに体力があっても、疲れているだろう。

現に、不満そうな様子のオークも居る。


「さあ

 これで奇襲も出来まい

 正面から正々堂々と掛かって来るが良い」


アモンのセリフに、隣の側近のオークの一匹も、思わず頭を振っていた。

オーク達の士気は見るからに低く、若干やる気が無さそうであった。

それは主であるアモンの命令とはいえ、一晩掛かって作業して、それからそのまま戦闘なのだ。

やる気を出せと言う方が無茶だった。


「あのう…

 その…

 お前らはそれで良いのか?」

「あん?」


「兵士は疲れているだろう?」

「何を馬鹿な事を

 ワシの精鋭達が、これぐらいで疲れるわけが無かろう」

「いや…

 それなら良いんだが」


「さあ、いつでも掛かって来い」


アモンは早く戦いを見たいのか、そわそわし始める。


「いや、開戦は8時と言っただろう?」

「あん?

 まだ準備が必要なのか?」

「そうじゃない!」

「ああ!もう

 どうでも良いから、8時の鐘が鳴るまで待ってろ」

「そ、そうか…」


アモンは残念そうにしょげて、すごすごと後ろに下がった。

よほど開戦が待ち遠しかったのだろう、まだ始まらないと聞いたら、途端に興味を失ったのだ。

人間側が準備をするのを見ていてもつまらないらしく、後方で椅子に座っていた。

オーク兵達は、その様子を不満そうに見ていた。

自分達は一晩中働かされて、その上でこうして立っている。

そしてこの後、命を懸けて戦わないといけない。

それなのに主は、働かずに座って見ているばかりだ。

いくら相手が強いからと言いても、従う気が無くなってしまうだろう。


そんなオークの様子を見ながら、将軍はひそひそと話していた。


「あいつは馬鹿なのか?」

「そうですね

 戦争が大好きで魔王にはなっているものの、頭は弱そうです

 脳筋具合は将軍と同等でしょう」

「おい

 何故にそこで、オレが引き合いに出される?」


「あれ?

 自分が脳筋って気付いていないんですか?」

「アーネスト…」


アーネストがからかい混じりに言うので、将軍は怒りで肩を震わせる。

しかし部下達は正直で、必死に笑いを堪えて震えてた。


「将軍は一度、鏡を見た方が良いですよ

 自分がどれだけ、周りに脳筋に見られているか…」

「ちょっと来い」

「あ痛たたた

 耳は引っ張らないで」


アーネストは耳を引っ張られて、そのまま後ろに下がらされた。

叱るついでに確認したい事があったからだろう。


「それで?

 お前はどう見てる?」

「そうですね

 オークしか居ないのが怪しいですね」

「昨日も居なかったな」

「ええ

 しかしアモンは、確かにワイルド・ボアに乗ったオークと、ワイルド・ベアが居ると言っていました

 それが居ない筈がないんです」

「だろうな」


「そうなると

 いつ魔物が増援されるかだよな

 伏兵として伏せているのか?

 あるいは…」

「ワイルド・ベアは隠せませんから

 恐らく森に待機しているんでしょうね」


アーネストの予想を聞いて、先ずはオークだけに集中できる事が嬉しかった。

下手に混成部隊で来られると、さらに勝率が下がり、死傷者が増えるだろう。


「兎に角

 如何に損耗を少なく勝つかです

 勝って次の魔物が出ても、人数が減っていては勝てません」

「そうだな」


将軍はアーネストの意見に頷き、部下達の方を見た。


「良いな

 アーネストが言う様に、如何に傷を負わないかが重要だ

 みんな無茶はするなよ」

「はい」


「なあに

 これだけ開けた場所なら、オレの魔法でも当てられます

 兵士のみなさんが居ない場所は、オレ様達が頑張りやすぜ」

「うん

 ミリアルド、頼んだぞ」

「もう

 すぐあんたは調子に乗る…」

「へへへへ」


後ろに控える魔術師達から、ミリアルドが任せろと胸を叩く。

それにミスティが呆れるが、固まったオークに火球をぶつけるのは良い作戦だ。


「素材の事は気にしなくても良い

 オークに魔法を当てて倒してくれ

 なあに、魔力が切れたらポーションはたんまり用意している」

「うへえ

 アレは苦いから…」

「罰よ

 あんたはキリキリ飲んで、撃ちまくりなさい」

「そんなあ…」

「はははは」


ミスティに言われて、ミリアルドは嫌そうな顔をする。

さすがのミリアルドでも、マジックポーションは苦手な様だ。


「魔術師は防壁に隠れて攻撃しろ

 支援の魔法も忘れるなよ」

「はい」

「攻撃には味方の位置にも気を付ける様に

 ミリアルドも言っていたが、味方がいない場所は撃ち放題だ

 よく狙って魔物を退けるんだ」

「はい」


アーネストの指示に従い、魔術師達も配置に着く。

その際にマジックポーションの入った箱も忘れない。

それが無くては、魔力の補充が出来ないからだ。

後詰の兵士に手伝ってもらって、各々の配置の場所に箱を運ぶ。


「良いな

 これは大事にしろよ」

「ひっくり返して台無しにしたら、それこそ命に係わるぞ」

「はい

 ここに置きますよ」

「馬鹿、こっちの台の上に…」

「そこだと危ないでしょ

 足元の方が安全です」

「そ、そうか?」


あちこちで声が聞こえて、事前の打ち合わせが無いので混乱する。

突貫で作った防壁なので、打ち合わせが出来ていなかったのだ。


「ここはうちの部隊が持つから、お前らはあそこを守ってくれ」

「いや、そこは丸見えだろ」

「それじゃあどこが良いんだ?」

「ここから向こうで備える」

「あそこは…どうする?」


「飛び道具は持っていない

 敵は歩いて来るんだ

 必要の無い場所は開けておけ」

「はい」


将軍が防壁の先に立ち、大きな声で宣誓する。


「8時の鐘が鳴ったら

 魔物との戦闘に入る」

『おお!』


「敵は先ず、オークが120匹だ

 こっちは騎兵で先制するから、左右の空いた場所は歩兵で支えろ

 兵士が居ない場所には、弓兵と魔術師で押せるんだ」

「はい」

「承知しました」


「騎兵でも厳しい相手だろう

 良いか

 決して一人で相手をするな

 卑怯でも良い、こっちは人数が居るんだ

 数人で1匹を囲むんだ」

『おう!』


「その匹って表現は、止めてもらえるかな?

 ワシ等もお前等人間と変わらない

 下等な動物と同じ扱いは止めてくれんか?」


不意にアモンが苦言を呈する。

人間は何人と数えるのに、魔物を総じて、匹と数えるのは不当な扱いでないかと言うのだ。


「はあ?」

「しかし…

 何人とかは人間だからなあ…」

「一緒だと混乱するだけだろう」

「ワシは何人と数えているが?」

「それはあんただけだろ?」


後にこの一言が物議を醸すのだが、それはまた別の話だ。


「なら

 取り敢えずは何体って数え方で良いか?」


アーネストの提案で、その場では何体と数える事となったが、以後はこれが定着する事になった。

魔物にも個性や集団のアイデンティティがある様で、実際に何匹と言われている時には、オークも嫌そうに怒っている様子が見られた。

今まではコミュニケーションを取れると思っていなかったが、魔物によっては感情や言語もあるのではないか?

ギルバートはそう思いながらオークの様子を見ていた。


魔術師達も同じ結論に達して、戦後にはそれが議論される事になる。

後に大きな問題になるのだが、今は新たな発見とだけしか見られていなかった。


「どうやら魔物にも色々あるみたいですね」

「ん?」


ギルバートの呟きに、将軍は不思議そうな顔をした。


「彼等にとっては、オークという一括りの…

 村?

 街?

 いや、一つの国みたいなものなのかも?

「それはどういう…」


「他の魔物

 獣やゴブリン、コボルトなんかと一緒にされたくないって事ですよ

 それで同じ扱いの、何匹って言葉が嫌なんでしょう」

「そうか?」

「ええ」


「将軍も帝国の奴等と一緒にされたら…嫌でしょう?」

「そりゃあ…

 あんな変な至上主義は理解が出来んが」

「それですよ」


「オレ達が何匹と数えられたり、纏めて帝国の奴等と同じと思われたら…嫌でしょう」

「ああ」

「彼らも同じなんじゃないでしょうか」

「そういう物なのか?」

「ええ」


「ギルの考えは賛成だな」


アーネストも賛成してきた。


「どうやら…

 言語こそはまだ未熟だが、確個した意思も見られる」

「ああ」

「だからこそ、彼等は選ばれたハイランドオークと名乗っていた」

「ハイランドオーク…」

「それが彼等の、国の名前みたいな物だろう

 オークと一緒にされるのも嫌らしい」


「なるほど…」

「オレ達がクリサリス聖教国の民という誇りがある様に、あいつ等にもハイラ…なんたらの誇りがあるという事ですか?」

「ハイランドオークね」


「ならば、その誇りに賭けて、奴等は戦いを挑んで来るわけですな」

「そうですね」


「しかし、分からんですな

 何でそれなら、奴等は攻めて来るんです?」

「そうですよ

 あのアモンって男は何なんです?」


それを聞いていた兵士達が、当然な疑問を示した。


「あれは女神様の使徒だ」

「使徒?」

「あれが…使徒様??」

「そう、アレが…な」


「おい!

 アレに悪意が込められているぞ」


意外に地獄耳なのか、アモンが聞こえたらしくて不満を叫ぶ。

それを無視して、ギルバート達は話を続ける。


「女神様の指示で、この国を滅ぼせって話らしい」

「そんな…」

「女神様がオレ達を…」


兵士達は、改めて魔物が攻めて来る原因を聞いて愕然とした。

単に魔物が好戦的で、何らかの目的を持っているとは思っていなかったのだ。

それも自分達が神と崇める女神が、その子である自分達を滅ぼそうとしているのだ。

ショックを受けるなと言うのが無理な話だ。


「しかし、それなら

 なんで奴等は従っているんですか?」

「そうですよ

 教会の教えでは、魔物は女神様に嫌われて、女神様を憎んでいるって…」


女神を憎んでいる筈の魔物が、その女神の指示に従っている。

そんな事があり得るのか?

いや、実際に起こっているのだが、それが信じられ無い。


「何を言ってるんだ?」


アモンがまたもや、呆れた様に声を掛ける。


「我等は今も昔も、女神様を崇める敬虔なる僕であるぞ

 どこでそんな話になったんだ?」

「え?」


アモンの一言で、場は騒然とする。

今まで当たり前の事として信じられていた話が、ここで否定されたからだ。


「だって、魔物は女神様に嫌われて追いやられたって」

「そうだ!

 それで封印されて、魔物と人間の住む世界は分けられたって」


「何だ?

 その変な物語は?」


「どいう事だ?」

「魔物は悪だ、邪悪な存在だって

 だから封印されたんじゃないのか?」


「それは逆だろう?」

「逆?」


アモンは次第にイライラしだした。

戦いに来たというのに、その戦いもせずに、このような問答が続いている。


「もう良いだろう

 そろそろ時間になるぞ」

「あ…」


「くっ

 時間が無いぞ

 準備は良いか?」

「でも、将軍」

「これでは戦闘に集中して…」

「くそっ!」


そんな混乱している様子を見て、アモンは呆れた様に呟いた。


「仕方が無いな

 それならば、ワシ等に勝ったら幾らでも答えてやろう

 何故ワシ等がこの地を去ったか

 何故女神様がこの様な事をされるのか

 ワシが知る範囲でな」


アモンの言葉に、兵士達は不承不承ながらに頷いた。

気になる事が多いが、今はそれどころではない。

それに勝ったら答えてくれるのだ。

ここは勝って街を守り、疑問を解き明かすのだ。


アモンが知り得る範囲というのに不安があったが、兵士達は気合を入れ直す。


「こうなりゃ自棄だ!」

「そうだ」

「勝って聞きだしてやる」

「そうだ、このままでは気になって死ぬ事も出来ん」


「それは…違うだろ」

「お前なら、そのまま忘れて…」


「兎に角、やるぞ!」

「おう!」


「それでは…

 準備は良い様だな」


アモンもやっと出番かと立ち上がり、魔物達の前に進んで来る。

騎兵とオークが武器を構えて、距離を空けて睨み合う。

お互いの緊張がピークに達する頃、将軍が手を挙げて合図をする。

それに合わせてアモンも手を挙げる。

8時の鐘が鳴り響き、城門の外にまで聞こえた。


「騎兵部隊

 突撃ー!」

『おおおお!』


「我が子達よ、迎え撃てー!」

ブモオオオオ

プギャアアア


オークは言語が苦手な様で、豚らしい鳴き声を上げた。

遂に両軍が動き、戦闘が始まった。

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