第117話
約束の朝が来た
戦う者はみな、十分に休む様に言われていた
7時の鐘を合図に集まり、8時の鐘で開戦の予定になっている
7時に集まれば良い様に言ったのは、最後の時になるかも知れないからだ
今回の魔物は統制の取れた軍になっている
恐らく多くの死者が出るだろう
だからギルバート達は、兵士達に十分休む様に言ったのだ
日が登り始めて、朝日が城門を照らし出す
そこには時間を待ち遠しいのか、多くの兵士が集まっていた
時刻はまだ6時を過ぎたところで、集合時間にはまだ早かった
「これは…どういう事だ?」
「はあ…」
集まった兵士達を見て、ギルバートは驚くより呆れていた。
よく休めと言ったのに、こんなに早く来ているのだ。
十分に休めたのか心配になる。
「殿下も早いじゃないですか」
将軍は嘆息しながら言った。
この時間に十分装備を固めているって事は、5時に起床したのだろう。
子供が起きる時間には、些か早い時刻だ。
「オレは良いんだよ
まだ領主の息子として代表に立たないと」
「それはそうですが…」
「それにこれぐらいは、朝の訓練で起きたのとそう変わらないよ」
「そうですか?」
兵士の曹長訓練は、夜間の兵士との交代もあるので、朝6時から行われていた。
ギルバートもよく、アルベルト存命の頃には参加していた。
勿論警備には立たせなかったが、早起きして訓練するのは許されていた。
いや、許されたと言うよりは、アルベルトが叱っても聞かなかったとういのが真相だが…。
「よく早起きして参加してたから、このぐらいは平気だ」
「そりゃあ…そうでしょうが…」
将軍は困った顔をして、横で書類を確認している兵士を見た。
兵士もそれに気付いたが、こちらも困った顔をするだけだ。
「私に振られても困ります
殿下には号令を掛ける以外の仕事はありません
暫くは待ってもらうしか…」
「だよなあ…」
「良いですよ
ここでみなの士気が上がる様に、見張っていますから」
「いや、それだと…」
「居心地が…」
将軍と兵士が、尚も何か言いたげだったが、ギルバートは簡易の宿舎から椅子を持って来て、兵士からよく見える場所に陣取った。
そこから忙しく動き回り、準備をしている兵士を眺める。
兵士達は最初、ギルバートに見られていてやり難そうだったが、暫くすれば慣れたのか気にしないで作業に没頭した。
最期の詰めの準備なので、少しの予断も許されない。
ここで忘れ物があれば、それは死に直結するかも知れないからだ。
「ポーションは持ったか?」
「ああ
傷止めと止血
それから疲労回復と魔力補充…
それに…」
「おいおい
幾つ持ったんだ?」
「いくら無料で支給とはいえ、持ち過ぎだろう」
「そうか?
各1本ずつだぞ
包帯も1本しか持っていないし」
「え?」
ポーションで止血も出来るが、腕や脚を切られては包帯1本では足りないだろう。
止血だって、ポーション1本では心許ない。
「携帯食料は持たない
持つのは水だけだ」
「逆にそれで大丈夫か?」
「ああ
オレは第2陣だし、生きてれば交代の時に補充すれば良い」
「そ、そうか…
お前がそれで良いなら…」
「ああ」
彼はその兵士より早い、第1陣で出発する。
そう思えば、彼よりは生き残る可能性が低いのだ。
それでも止血と痛み止めのポーションは持っている。
いざとなったら、痛み止めを飲んで、最後まで戦うつもりだった。
それまで生き残れたらだが…。
その向こうでも、兵士達が話している。
「お前と顔を合わせるのは、これが最期だな」
「な、何を言ってるんだ!」
「オレが死んだら、妹の事は頼んだぜ」
「おい、止せよ」
「良いんだ」
「何を言ってるんだ
こんな時に」
「そうだぞ
出撃前に不吉な…」
男の言葉に、周りの兵士達も不満を言う。
彼等は一緒の部隊になり、妹を頼まれた兵士とは違う部隊だった。
その兵士は、これからの戦いに気合を入れようと尋ねて来たのだが、予想外の展開になっていた。
「お前はいつも、妹を紹介しろって言ってただろう?」
「ん?
ああ…」
「何だよ?
歯切れが悪い
妹を紹介しろってのは遊びのつもりだったのか?」
「いや、そうじゃないぞ
本気で好きになったから…
って何だ!その目は!!」
兵士が思わず告白した事で、周りの兵士達が生暖かい目で見る。
若く初々しい恋の告白に、思わず応援したくなったのだ。
「おい」
「そうだなあ」
「な、何だよ!」
「こいつは絶対守るぞ」
「そうだな
生きて返してやらないとな」
「どうだ?
この際、生きて帰れたら、付き合うのを許してやったら…」
「それとこれは別だろう…」
男はそう言って険しい顔をするが、内心ではそれも有りかと思っていた。
こいつなら安心出来るし、いざとなったら叱る事も出来る。
だがそれも、これから生きて帰れたらだ。
「お前は信用しているが…
先ずは正式な顔合わせをしてでな…」
「何が顔合わせだよ」
「そうだぜ
見合いじゃ無いんだから」
「そうは言ってもなあ…」
「お兄さん
心配しないでください」
「え?」
「お兄さん?」
「イリヤには帰ったら、結婚してくれと伝えました」
「ええ!」
「何だと!!」
「お、おま…
いつの間に」
「実は先日のオーガの襲来の時に出会って…
昨日プロポーズしました」
「それならそうと…」
「イリヤと話したんです
生きて戻れるか分からない
だから兄さんには、無事に帰ってから話そうって」
「そうか…」
「こりゃあ…」
「ますます生きて帰さないとな」
「ああ」
無事に帰れたら、目出度い話が待っている。
兵士の士気が否が応でもなく上がった。
恋人や家族が居る者は、そこかしこで別れを惜しんでいた。
無事に帰って来て欲しいが、街を守る為には戦わないといけない。
それも今回は、オーガの様な脅威では無く、魔物の軍が攻めて来ている。
その姿を見た者が、まるで帝国の兵士でも攻めて来た様な、立派な戦士が来ていると言った。
それが攻めて来るので、住民達には違った恐ろしさが伝わった。
正体不明の恐怖よりも、想像出来る具体的な物の方が恐ろしいのだ。
「あんた、無事で帰って来るんだよ」
「ああ」
「私、待つわ
いつまでも待つわ…」
「エリザ…」
ギュッ!
「お父ちゃん
夕飯には帰ってよ
今日は肉を焼くって、母ちゃんが言って…」
「こら!
こんな所でそんな事を…」
「はははは
久しぶりの肉だ
楽しみにしているよ」
別れを惜しむ恋人達。
無事に帰ると伝える父親。
しかしどの家族も恋人達も、今回は無事では済まないだろうと予感していた。
今までの魔物と違って、今回は異質な感じがしている。
まるで人の軍と戦う前の、戦争の開幕を待つ様な雰囲気がしていた。
その緊張を感じて、街の住民達も不安そうにしていた。
続々と兵士が集結して、北の城門前の広場に集まる。
ある者は家族に手を振って別れ、またある者は家で待つ者を思って祈る。
そうして広場に集まった兵士は、資材を受け取って戦いに備える。
既に準備が整った者は、並んで点呼を取っていた。
「歩兵が集まりました」
「その数は予定通り、360名です」
「よし、15部隊に分けて編成しろ
各隊長に伝達して、部隊は城門前に集合させろ」
「はい」
「弓兵が揃いました
少し減りましたが、その分は城壁から冒険者が支援します」
「うむ
人数は?」
「はい
総勢で200名です」
「そうか…
減ったのは?」
「一昨日の怪我で補充をしたので、一部歩兵に編成されています」
「そうか
怪我人は大人しく、自宅で療養しているのか?」
「いえ
働ける者は後詰で、物資の補給に回ります」
「ん?
それはギルドで…」
「はい
商工ギルド始め、冒険者ギルドの職員も参加していますが、人数が足りません
住民も有志を募って参加しています」
「そうか…」
「殿下の許可も取っています」
「ならば…問題無いか」
「はい」
騎兵部隊も集まり、各自の騎馬を受け取って集合する。
こちらは部隊長が指揮して、各自で確認をしている。
「第5部隊も集合しました」
「うむ」
「彼は今回が初陣ですが、大丈夫でしょうか?」
「ああ
しかし既に、魔物との戦いには慣れている
あの砦での事の様には…ならんだろう」
第1からダナン、アレン、ハウエル、エリックとベテランの部隊長が並び、その横に若者が立つ。
彼は砦から帰還した兵士の生き残りで、名はジークフリードと名乗っていた。
「ジーク
緊張してるか?」
「は、はい」
ジークフリードは顔を強張らせており、落ち着かな気にしていた。
彼の部隊は新たに編成された部隊だが、若者が多くて勢いがあった。
若干突出し過ぎるが、若さとスキルを活かして魔物を狩っていた。
オーガはまだ狩っていなかったが、実力的には十分戦える強さを持っていた。
「逸って前に出過ぎるなよ」
「はい」
「お前は後方からの奇襲になる
言わば切り札だ」
「はい」
「それまでは後方で待機していて、戦場の雰囲気に慣れろ」
「はい」
ジークフリード元気よく返事をして、それから疑問をぶつけて来た。
「しかし戦場に慣れろとはどういう事です?
私達は何度も魔物と戦い、十分に慣れていると思いますが…」
「くっ…」
「はははは」
ダナンとハウエルが笑う。
アレンとエリックも苦笑いを浮かべていた。
「??」
「分からんだろうな」
「そりゃそうだろ
それが若さと思い上がりだと…
気が付いた時には倒れているからな」
ダナンとハウエルの酷評に、ジークフリードは不満で鼻を鳴らす。
「何だって言うんです
二人共若い、若いって」
「そりゃあ…」
「若いからな」
「止せ止せ
それじゃあ若いのが、羨ましくて僻んでるみたいだぞ」
「そりゃあないでしょう
将軍もそう思ってるから、さっきからニヤニヤしてるんでしょう?」
言われて見てみると、将軍はニヤけてジークフリードを見ていた。
若者らしい怖い物知らずで、戦場の恐ろしさを知らないからだ。
「そうだな
本物の戦場は違う
その目と肌で、しっかりと感じ取るんだぞ」
「え?
はあ…」
ジークフリードは部隊長達の言う事がよく分からず、曖昧な返答しか出来なかった。
部下の騎兵達も戦場の経験は無く、戸惑ってジークフリードを見ていた。
何が何だか分からないが、部隊長に従うしか無かったからだ。
今回の戦いには、騎士団からも参戦する。
人間同士の戦闘では、彼等の方がベテランだ。
しかし軍とはいえ、相手は魔物になる。
騎士の戦いがどこまで通用するのか?
それはやってみなければ分からなかった。
「騎士団も5部隊の内、3部隊が参加させていただきます」
「ああ
よろしく頼む」
騎士団を代表して、オーウェンが進み出る。
彼はガレオン将軍が亡くなってから、騎士団の隊長として就いていた。
本来は将軍と隊長は兼任で、西部騎士団が実質の守備部隊の要だった。
しかし魔物は野生で、人間相手の様には行かなかった。
そこで騎士団は国境の守備に専念して、オーウェンが隊長として就任していた。
しかし今回は軍を成して向かって来る。
騎士団からも守備部隊を残して、参加をする事となった。
「形式上は友軍として奇襲に備えます
主に城門の死守になりますが…
それで良いんですか?」
「ああ
殿下からもそう聞いている」
あくまで街の守備隊で無いので、不測の事態にならない限りは、後方で待機になる。
これは魔物の軍がどう機能するか見極める為と、無駄に騎士を死なせれない事情があった。
騎士となれば、フランドールが連れた王都の騎士も残っている。
国教の守備である騎士を、この街の為に使い潰せない理由があるからだ。
「本来は我々も、あなたと轡を並べて戦いたいんですが…」
「しかし国王から…
いや、宰相の許可が出ていないんだろう?」
「はい」
アーネストが王都へ伝えたが、フランドールの騎士は許可が出たが、騎士団には許可が出なかった。
あくまで街の住人を逃がす際の、守りとして配備を許可されている。
あまり戦いに参加しては、後で何を言われるか分からないのだ。
「そこは政治的な物だろう
オレには分からん事だ」
「ええ
残念ですが…」
「代わりにフランドール殿の騎士が居る
ほら、あそこに2部隊居るぞ」
「ええ」
先の内乱の時に、多くの騎士が罷免になって、鉱山労働に出されている。
残された平民での騎士達が、フランドールを慕って参加している。
中には辞令を無視して、街中に残っている者もいたが、なんとか50名が集まった。
他にも歩兵と弓兵も居たが、こちらはそれぞれ合流していて、既にダーナの守備隊となっていた。
「個人の抱える騎士とはいえ、50名は多いですね」
「それだけフランドール殿が、人として信頼されているんだろう」
「そうですな」
城門の前に集まったのは
歩兵が300名
弓兵が200名
騎兵が125名
騎士が128名
それぞれが24名を1部隊として、各隊長の指揮の元に動く。
その総指揮を務めるのが、ダーナの守備軍が代表のヘンディー将軍だ。
他にも魔術師が52名加わり、別部隊として動く。
こちらはアーネストが指揮して、ミスティとミリアルドが補佐として動く。
フランドールは騎士を3組率いて、正面から突撃する役を担っている。
これは危険があったら、直ちに部下が退却を指揮する約束になっている。
フランドールは反対したが、領主が倒れては不味いと説得されて、部隊の後方で指揮する約束を強引にさせられた。
本人は冷静だと言っていたが、昨日の事を考えれば当然だった。
ギルバートは将軍と共に騎馬で参加して、状況に応じて行動する事となっていた。
最初に将軍は、せめて守る為の部隊を就ける様に懇願した。
しかしギルバートに並ぶ者が、将軍かフランドールぐらいしか居ないとなり、仕方なく承認した。
不安で仕様が無かったが、部隊を連れた方が却って足手纏いになる。
それで危険になるよりは、単独で戦わせた方が良かったからだ。
その分、ジェニファーの説得には時間を要したのだが…。
「戦いに参加する者は、全て揃いました」
「うむ」
「いよいよですね」
「そうだな…」
北の城門がゆっくりと開き始める。
その先には柵と防壁が建ち、既に準備は出来ていた。
「それでは者共!
開戦の準備に掛かれ!」
『おおおお』
歩兵が防壁に駆け出して、さっそく準備に取り掛かる。
7時の鐘が、ダーナの街中に聞こえる様に鳴り響いた。
すいません
後進が少し遅れました
明日は17時の予定です
時間があれば追加で上げます




