第115話
ダーナの東の城門は、冒険者の出入りで賑わっていた
彼等はGランクやFランクの冒険者で、普段は南の門から出入りしていた者達だった
今日は魔物が出ないと言われているので、安心して森や鉱山へ採取へ向かっていた
ここから森の中へ薬草や木の実を取りに行けるし、公道を通って鉱山へも入れる
鉱山は小規模だが、奥にはまだ鉄鉱石が眠っている
ここが稼ぎどころと、各々が荷車や籠を抱えて出かけて行った
勿論、道中には兵士が警戒していて、勝手に他の場所へ向かわない様に見張っていた
魔物が出ないと言われていても、何が起こるか分からない
もしもに備えて、危険な行動をしないかも警戒されていた
北の城門も賑わっていた
こちらは商工ギルドからも人が出ていて、突貫で広場に柵を作っていた
これは魔物が北門以外の場所に行かない様にする為と、街に容易に攻め込めなくする為だ
兵士が隠れる為の簡単な木の柵と、侵入を拒む石の壁を作って侵攻を阻む
兵士の出入りは左右と中央に門を作り、そこには鉄で補強した門が作られていた
「おーい
そっちをしっかり押さえておいてくれ」
「おう
しっかり押さえるから、思いっきり叩き込んでくれ」
男の声に応えて、その冒険者達は支柱をしっかりと支える。
それを確認してから、男は助走をつけて男たちの背中を駆け上がる。
「うおおおお
せりゃあああ」
ガコーン!
男が跳躍すると、大きなハンマーで支柱を叩き込む。
大きなハンマーで叩かれて、太い支柱も数㎝地面に食い込む。
そのままの勢いで、男は更に宙でハンマーを叩き込む。
「うらあああ
トリプルスタンプー!」
ガコーン!
ガコーン!
「うおおっ」
バランスを崩して、男は冒険者達の背中を転がり落ちる。
「うおっと、危ねえ」
慌てて冒険者の一人が、男をキャッチした。
「すげえな
これで支柱の完成か」
「ああ
スキルさまさまだな」
支柱はしっかりと叩き込まれて、冒険者達が押してもビクともしない。
さすがにオーガには無理でも、オークぐらいならなんとかなるだろう。
「しかし、そのスキルで戦えないのか?」
「ああん?
無理だ無理
あんちゃん達みたく動けないし、あくまで上から連続で叩けるだけだ
鍛冶場かこんな事にしか使えねえ」
「そ、そうか?」
「うーん
親っさんの筋肉なら、オークぐらい逃げ出すんじゃねえか?」
親っさんと呼ばれた男は、身長120㎝と小柄ながらも、筋肉は隆々としていた。
彼は昔この辺りに住んでいた、ドワーフという亜人の血が混ざっていた。
ダーナは奴隷制度等も無く、比較的安心だったが、彼の様な血が混ざった者は珍しく、他国では奴隷にされて売買されていた。
亜人は長命な者が多く、その血が混じった者も人間より長命であった。
それに血が多ければ、それだけ何かの力を継承している。
「親っさんはオレの爺様の頃から居るんだよな」
「ああ
ここに港を作った頃からじゃなあ」
見た目は壮年の男だが、実は既に80を超えているらしい。
若い頃にここへ来て、小さな町から発展させて来た功労者の一人だ。
港の工事には12名加わったが、存命なのは6名しか居ない。
親っさんもその一人だ。
「だからこの街は守りたい
後世に遺したいんじゃ」
「だからオレ達が居るじゃないか
親っさんが作ってくれたこの剣
こいつでゴブリンなんか…」
「馬鹿
お前は出れねえだろ」
「それに来るのはオークやオーガだ
オレ達じゃあ太刀打ち出来ねえ」
「なあに
兵士達がなんとかしてくれる」
「そうそう
それに、殿下や将軍もいらっしゃる」
冒険者は抜き出した剣を見詰めながら、微妙な表情をする。
「オレじゃあ…駄目かな?」
「そうじゃなあ
先ずはコボルトに勝てんとな
オークに挑むのは、それからじゃ」
「そうだよ
あのフランドール様でも勝てなかったんだ
お前じゃ犬死しに行くようなものだぜ」
「う…」
その冒険者は、魔物と戦う気満々だったが、仲間に諭されて落ち込む。
まだ、数人でコボルトの群れに挑んでいるレベルだ。
オークに挑むのは早いだろう。
それに進行して来るのは、鎧で武装したオークだ。
兵士でも勝てないかも知れない。
「ワシ等が作った武器が…
役立ってくれれば良いんじゃがなあ」
親っさんも心配なのか、作業を見守る兵士達を見詰める。
「あいつらも子供の頃から見ておる
ワシが作った武器が、あいつらを守ってくれれば…」
「何言ってんだい
親っさんが作った剣が、どれだけの兵士を救って来たか」
「そうだぜ
殿下も使っているんだろう?」
「あれは兄者が作った物じゃ
ワシのはせいぜい、兵士に回す剣や鎌ぐらいじゃ」
「それでも
親っさんが凄いのはオレ達が知っている
胸を張ってくれよ」
「そうじゃなきゃあ、オレ達まで自信を無くすよ」
冒険者に励まされて、親っさんは黙って頷いた。
「そうさなあ
お前らの為にも頑張らんとな」
「そうそう」
「そうとなりゃあ、早く次を打ち込もうぜ
十分休憩しただろう」
「おう!」
冒険者達は次の柱を持って来て、再び支える体制になった。
「準備は良いか?」
「おう!」
「任せろ!」
男達が支柱を立てる周りで、他の冒険者も働いていた。
ある者は柵をロープで固定し、またある者はそれを支えていた。
「おい!
曲がっているぞ?」
「そっちが曲がっているんだろう?」
「止せ
しっかりと支えないからだろう?」
「いや、最初から曲がって持ってるじゃないか」
下らない事で喧嘩を始める者も居て、当然減給対象となった。
「おい、お前等
いい加減にしろ
それ以上騒ぐなら、ギルド長に報告するぞ」
「え?
ギルマスに?」
「マズい、減給にされるぞ」
「お前がしっかり持たないから」
「うるせえ!
お前のせいだろ」
「あー…
全員減給だな」
「え?」
「そんなあ…」
そんなやり取りを横目にしながら、真面目なパーティーは順調に進めて行く。
「おい、ケイン
そこを持ってくれ」
「良いぜ
ハミルもしっかり支えてくれよ」
「何で魔術師のボクまでこんな…ブツブツ」
「何だって?
聞こえないぞ」
「何でもない
早くやってくれよ」
「おう
出来たぞ」
割かししっかりした柵が出来て、リーダー格の男が呟く。
「どうかなあ?」
「ところが奥さん
ここが素晴らしいんですよ
どうです?」
「まあ素晴らしい
これならオークが来ても大丈…って何の実演販売だ!」
「はははは」
馬鹿な事をしているが、彼等は仕事は真面目にするので、柵は頑丈に出来ていた。
この柵は侵攻後にも残っていて、本当に大丈夫だったと冒険者達の話のネタになる出来だった。
そんな作業現場に、ギルバートはフランドールと訪れた。
これから領主になるのだから、こういう作業現場を視察するのも慣れないといけない。
「大分しっかりした柵が出来ていますね」
「ええ
防壁の整備も…
ほら、あっちはオークが越えられない様に2mにしています。
そこでは冒険者達が、慣れない手つきで石を組み上げていた。
時々失敗したのか、崩れて慌てて逃げている。
それを見て、親方の男が怒号を上げている。
「こら!そこ!
危ねえから待てと言っただろう」
「でも、こいつが積めって…」
「言い訳するんじゃねえ
お前もだ
そこを積んでから積めと言っただろう」
「そこってどこだよ?」
「大丈夫…かな?」
「はははは
まだ昼前です
夕刻には完成するでしょう」
ギルバートは不安そうなフランドールを見ながら、言葉を掛け続けた。
昨日の事を心配して、それでも励まそうとしていたのだ。
「でも、良かったんですか?」
「ん?」
「フランドール殿の事ですから、今日は猛特訓とか言って…」
「あ…
それも実は、考えていました」
「やはり」
「確かに疲れていました
それに冷静な判断に欠けていたと
しかしそれでも…」
「負けたのが悔しいですよね」
「はい」
フランドールは悔しそうに唇を引き結び、拳を握り締めていた。
ギルバートはその心情を理解しつつも、優しく言葉を掛けた。
傷付けない様に言葉を選びながら。
「あなたの気持ちが分かるとは、私には言えません
私はまだ、あなたの半分ぐらいしか生きていませんから」
「ギルバート?」
「でもね、負けたら悔しいですよね」
「ああ…」
「私も子供の頃…
あ、いや
まだ子供か?」
「ぷっ」
「兎に角
兵士に負けては、悔しかったんです」
「今考えたら、将軍に勝とうとしてたんだから、そもそもが間違っているんですけどね」
「それは…」
並みの兵士にではなく、将軍の様な猛者に勝とうだなんて、普通の子供なら考えない。
それでもギルバートは勝とうと思って、兵士達と同じ訓練をしていた。
まだ6歳ぐらいの少年が、大人の兵士の真似をして訓練するのだ。
よく親が許したなと思う。
「アルベルト様は…
よく許してくださったな」
「いえ
普通に叱られていましたよ?」
「え?」
「叱られても行くので、兵士達は半ば、諦めていました」
「それはまた…」
「それでも不思議と、段々と上達したんですよね
無茶したからかな?」
「それは…」
才能と言うには、些か疑問がある
どうすればそんな事が出来るのか?
それはフランドールには理解が出来なかった。
ギルバートに何かがあるのは確かだが、それはまだ、理解を超える事であった。
「君は凄いよね」
「え?」
「時々、君が本当は、私とそう変わらない
いや、それ以上の大人に感じるよ」
「そう…ですか?」
「ああ」
そうだ、負けていられない
私も強くなるんだ
彼に比べられても、遜色の無い様な領主に…
「しかし、将軍に勝とうだなんて
子供心とはいえ、随分と大きな目標を持ったね」
「そうですか?」
「ああ」
「アレは私でも厄介な戦士だ」
「攻撃力はまあまあ
攻める速度は残念だが、守りに関してはかなり厄介だと言えるだろう
間違いなく、私や君が居なければ稀代の英雄と言えるだろう」
「え?
そんなに?」
「そうだよ
私も攻めの速度に自信があるが、勝敗は五分五分
スキルや身体強化が無ければ、間違いなく持久戦で負けるだろうね」
「ううん
今一実感が湧かない」
「それは君が、普段の将軍に接し過ぎているからだよ
王国にとっては、稀代の戦士なんだよ」
「へええ」
そこでギルバートはニヤリと笑った。
子供が悪戯を思い付いた顔だ。
「それ、将軍に言っても…」
「ダメだよ
魔物の侵攻を前にして、変なプレッシャーを与えないの」
「はあい」
「聞いたらあの人の事だから、変な力が入って失敗しそうだ」
「ああ…
そりゃありそうだ」
そこで二人は顔を見合わせて、声に出して笑った。
既に昨日の蟠りは無く、いつものフランドールに戻っていた。
ギルバートはそう感じていた。
これならば大丈夫と思い、ギルバートは視察を終えて、商工ギルドへと向かった。
「ここには何の視察が?」
「それはですね…
見てのお楽しみ、ですかね」
「??」
ギルバートに促されて、フランドールもギルドに入る。
久しぶりに来た商工ギルドは、増産と改良に忙しくて、中は殺気立っていた。
「おい!
受注の剣が足りないぞ!」
「こっちはポーションがもう2箱
さっさと持って来い」
「手が回らねえ
すぐに箱を作ってくれよ」
怒号が響き渡り、忙しそうに職人が右往左往する。
そこで小走りに走っていた、ギルドマスターが振り返る。
「誰だ、こんな忙しい…
殿下?」
「ああ
すまない」
「忙しそうだね」
「その原因が何を…」
「まあ良い
例の物ですね?」
「ええ
お願いします」
「ふん
あそこに出来上がってます
持って行ってください」
ギルド長は不満そうだったが、忙しくてそれどころでは無さそうだった。
「あ?
調整は?」
「それぐらい自分でやってください
こっちはそれどころじゃないんです」
「は、はあ…」
ギルド長はそう言うと、そそくさと駆け出した。
これ以上は構っていられ無いんだと言わんばかりに、次の仕事に取り掛かる。
それを見て、ギルバートは仕方が無さそうに奥へ向かった。
「で?
何なんです?」
「これです」
ギルバートが向かった先には、2組の装備が置かれていた。
片方は少年向けに小さく軽く。
もう一方は大人向けで、軽く作ってあったが、要所にはガードも作られていた。
「これは…」
「約束してあった、ワイルド・ベアの防具です」
「これが…」
「フランドール殿の方にゃあ、アーマード・ボアの素材も使ってやす
そのガードはアーマード・ボアの皮と骨を使いやした」
近くに居た職人が、自慢そうにそう呟いた。
「防御力もですが、衝撃に対しても…」
「おい
そこで油売ってなくて、さっさと剣を作れ
追加のオーガの骨が来たぞ」
「おいおい
もう加工したのか?
勘弁してくれよ」
そう言いながらも、職人は嬉しそうに骨が入った箱を抱えて行く。
それは大きな箱に入っていたが、身体強化で軽々と持てるのだ。
「説明が…」
「良いじゃないですか
さっそく試してみましょう」
「え?」
「訓練場で試しましょう
剣も出来上がっています」
そこにはフランドール用の新しい長剣と、ギルバート用の幅広な大剣が置いてあった。
一緒に小剣とナイフも置いてある。
これで1セットとなっているのだろう。
早速装備を変えてみて、今までの装備は工房に預けた。
修理すればまだまだ使えるので、予備の装備として調整してもらうのだ。
「では、さっそく試しに行きましょう」
「うーん
しかしどんな効果があるんだろう」
「そうですねえ
身体強化は強力になっています
何ヶ所か魔石も組み込んでますね」
装備の胸や手甲、腰のベルト等に魔石が埋め込まれていて、そこから魔力も感じられる。
これがどの様な効果を発揮するのか?
詳細を聞きたくても、職人は忙しそうで聞けそうにも無かった。
「しまったな
アーネストが居たら、鑑定してもらえたんだが…」
「そうは言っても、彼も忙しいでしょう
ギルドで魔法の指導をすると言っていましたから」
アーネストが鑑定の魔法を身に着けているから、簡単な効果は鑑定できる。
しかしアーネストは、最後の詰めとして魔術師に魔法を指導しに行っている。
それが忙しくて、同行を断ったのだ。
本当はギルドへ行くのが面倒で、こっちに来たそうにしていたが…。
「仕方が無い
訓練場で色々試してみましょう」
「そうですね」
二人は観念して、訓練場へ向かう事にした。
二人が出て行った後で、一人の職人が探し物をしていた。
「おい
何サボってんだ!」
「いや、ここに置いてあった試作品が…」
「ああん?」
「あれはまだ、試作品で危険なんだよ
試していないし、どれぐらいの威力があるのか…」
「無いなら仕様がないだろう
さっさと箱を作れよ」
「弱ったなあ…」
しかし職人は、忙しくて忘れてしまった。
それ以降、彼の頭から試作品は、暫く忘れ去られるのだった。
何とか間に合ったので20時にもう一本上げます




