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聖王伝  作者: 竜人
第四章 新たなる脅威
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第112話

魔王が派手に去って行った後、アーネストはフランドールの元へと向かった

放っていたわけでは無かったが、魔王との交渉が先だった為に、近付く事も出来なかったのだ

それに、アーネストは森の中だし、フランドールは森の外、城門の前の広場に倒れていた

そこへ向かうには、先ず魔王をどうにかしなければいけなかった

森の中に待機していた兵士達と共に、アーネストはフランドールの元へ駆け寄った

そして助け起こそうとした時、彼は冷たくその手を払い除けた

パーン!と乾いた音が響き、その手は拒絶される

彼の眼には屈辱と怒りが宿り、無言で立ち上がろうとしていた


「無茶です」

「黙れ!

 触るな!」

「フランドール様…」


フランドールは何度もよろけながら、それでも意固地になって立ち上がった。

そして剣を支えにしながら、よろよろと城門へ向かって歩き始めた。


「フランドール殿…」


アーネストは呆然とその背を見詰めて、黙って見送るしか無かった。


「さっ、手を貸して」

「せえのっ」


次々と兵士が立たされて、城門の中へと運ばれる。

怪我こそしていなかったが、強く打たれた衝撃で、まだ一人では立てなかった。


「ちくしょう…」

「あんなオークなんぞにやられるなんて」

「しかし奴等は強かったぞ」

「ああ

 それに知性もあった」


「そこらに居るオークと違って…

 はるなんたらオーク?」

「違う違う

 ハイキングオークだろ」

「それじゃあ散歩だろ!」


兵士は名前を忘れてた。


「名前なんてどうでもいい

 要は奴等は、普通のオークじゃねえって事だ」

「そうだ」

「そうだけど…

 どうする?」


勝てそうにも無いと思うけど、誰もそれを言う勇気が無かった。


「そうだね

 今のあんたらじゃあ、勝てないだろうね」

「こ、このっ!」

「アーネスト!」


アーネストはあっけらかんとして言って、兵士に事実を突きつけた。

あんなあっさりと負けたのだ、命が有っただけでも見っけもんだろう。


「ボク達魔術師なら、方法は違えど一泡吹かせただろう」

「な…

 言わせておけば」

「オレ等だって、本調子だったら負けないんだぞ」

「そうですか?」

「ああ」

「なら、明後日の決戦では、見事生き残ってくださいね」


「あ…」

「うう…」


アーネストの言葉に、兵士達の反論も詰まる。

明後日までには、もう時間が無いのだ。

死なないでという言葉は、アーネストの優しさだろう。


「くそう

 こうなったら」

「ああ

 すぐにでも特訓だ」

「ああ…

 無茶はしなさんな」

「まだ身体は動かんじゃろう」

「そうですよ

 少し休んでてください」


無理に立ち上がろうとする兵士達を、発破を掛けたアーネストまでが止めた。

ここで無理をしても、怪我をするだけだろう。

せめて少しでも休んで、身体の痺れぐらいは取り除くべきだろう。


「まったく、無茶をなさる」

「そうそう

 フランドール様も…」


みなは口には出さなかったが、今頃はフランドールも、訓練場へ向かっているだろう。

さっきのオークに着いて行けなかった事を悔やんで、素振りでもするつもりだろう。


「魔力切れを起こしていたんです

 十分に身体強化が出来れば、少しはマシになるでしょう」

「そうだなあ

 ワシ等も何か使えないか、調べてみよう」


魔術師達はそう言うと、そそくさとギルドへ向かって走って行った。

普段なら走るも嫌がるのに、時間も惜しいとみえる。

アーネストも帰って、何か対策を練ろうと思った。


「良いですね

 くれぐれも無茶はしないでください

 あなた達が倒れたら、街を守る人が居なくなります」

「ぐ…」

「分かったよ」


「すいません

 彼等の代わりに、守備兵を呼んでください」

「ああ

 こいつ等じゃあ、暫くは出来ないだろう」


アーネストはまだ元気な兵士に頼んで、代わりの兵士の要請をした。

彼はアーネストの行軍に着いて来た兵士で、まだ走るぐらいの余力は残っていた。


「それまでは我々が残ろう」


中隊長がそう言い、代わりが来るまでの見張りを買って出た。


「良いんですか?

 みなさんも疲れてるでしょう」

「なあに

 あのアモンって奴も言っていた

 魔物は攻めて来ないんだろう?」


確かにアモンは言っていた。

これから来る部隊以外は下がらせると。


「そうですね

 それではお願いします」

「ああ

 任せておけ」


中隊長はドン!と胸を叩いて言い、兵士を連れて城門へ向かった。


「そういえば…

 ギル達はどうしたんだろう?」

「え?

 聞いてませんか?」


横になっていた兵士が、怪訝そうに呟く。


「どういう事?」

「殿下と将軍は、魔物の戦いで倒れら…」

「何だって!」


「何処だ!

 ギルは何処に居る?」

「え?

 邸宅へ戻られて安静に…」

「邸宅だな!」


アーネストは疲れも忘れたのか、慌てて駆け出した。


「やれやれ…」

「碌に聞かずに飛び出したよ」

「こりゃあ騒ぎになるぞ」

「オレは知らねえ」

「おい!」


残された兵士達は、慌てて駆け出したアーネストが、邸宅でどんな騒ぎを起こすか想像した。

それでとばっちりを食らうのも面白く無いので、知らない振りを決め込んだ。


アーネストは走った。

魔力切れは治っていたが、身体はまだ鉛の様に重たかった。

それでも構わず、友の身を案じて走った。

そうして領主邸宅の前に来ると、欠伸をしている門番に噛み付いた。


「何をしているんだ

 ギルは?

 ギルバートはどうしたんだ?」

「え?」

「倒れたんだろう?

 怪我は?

 無事なのか?

 大丈夫なんだろうな?」

「は?

 はあ…」


「何でそんなに暢気なんだ!」

「え…

 でも、殿下は寝てるだけで…」

「寝てる?

 起きれないほど負傷しているのか?」


「いえ

 ただの疲労だそうです

 強い魔物を倒す為に、魔力を使い過ぎたって」

「え?」

「ですから

 疲れてお休みになっているんです

 お静かにお願いしますよ」

「寝てる…だけ?」

「ええ

 ですから先ほどから申しているでしょう

 疲れて眠っているんです」


アーネストはそれを聞いて、へたへたと座り込んだ。

友の一大事と駆け込んだが、ただ寝ているだけだと聞いて力が抜けたのだ。

そこへ騒ぎを聞きつけて、ジェニファーが娘を連れて現れた。


「どうしたのです?

 騒々しい」

「あ…

 ジェニファー様

 アーネストが…」


「あら?

 アーネスト

 どうしたんです?

 そんな泣き腫らした顔をして」

「ああ

 アーネストが泣いている」

「どうしたの?

 お腹痛いの?」


ジェニファーの言葉に、セリアとフィオーナがアーネストを見る。

そして泣いているのを見て、駆け寄って背中を摩る。


「大丈夫?」

「もう

 また変な物を食べたの?

 仕様が無い人ねえ」


的違いな事を言いながらも、二人は心配して慰めようとする。


「い…いえ

 ギルが

 ギルが倒れたと、聞いて」

「まあ

 それで…」


ジェニファーは呆れながらも、息子の事を案じて泣いてくれる、そんなアーネストを可愛く思った。

肩に手を置き、優しく諭す様に言う。


「ギルを案じてくれるのは嬉しいわ

 でもね、大丈夫

 今日はちょっと、疲れて休んでるだけ」

「は、はい…」


「あなたも疲れているでしょう

 少し休みなさい」

「はい…」


ジェニファーに優しく促されて、アーネストは食堂へと通された。

その道中にもジェニファーは、アーネストに優しく語り掛けた。


「大丈夫

 大丈夫よ

 あの子は強い子です」

「はい」

「きっと父親に似たのね」

「はい」


「大丈夫?」

「アーネスト…」


娘二人も、アーネストを案じて優しい声を掛けた。

普段はお転婆なセリアも、優しく手を握って見詰めてくる。

小馬鹿にしてキツイ言葉を投げ掛けるフィオーナも、心配そうに見詰めていた。


そうして食堂に案内して、お茶と菓子が用意された。

砂糖は貴重な物なので、甘いクッキーは領主の館でもそうそう用意されない。

それでも疲れているだろうからと、一皿用意された。


「甘い…」

「うん

 美味しい」

「こら、セリア」


アーネストの前に用意されたのに、ちゃっかりセリアも1枚食べる。

甘いクッキーが美味しかったのか?

それともアーネストが落ち着きを取り戻したからだろうか?

フィオーナも微笑みながら、クッキーを1枚摘まんだ。


「もう

 フィオーナまで

 仕様の無い子達ね

 夕飯がもうすぐ出来るから、あまり食べないのよ」

「はーい」


二人が元気よく返事をするのを見て、アーネストの顔にも笑顔が戻った。


「あ!

 アーネストが笑った」

「もう

 そんな顔して見ないでよ」


フィオーナが口を尖らせて抗議する。

最近は年頃なのか、ませてきて、アーネストの事を意識し始めていた。

それでも女の子だからだろうか、フランドールの方を見詰める事が多くなって来ていた。

ジェニファーもそれには気が付いていて、これ幸いと見合いの計画を練っていた。

ギルバートはまだ早いと止めていたが、貴族の婚姻は早い。

ジェニファーとしては、この話は早めに決めたかった。


その実情として、ギルバートが息子では無い事が判明したのがある。

このままでは、夫である領主を無くしたジェニファーは、未亡人として実家に帰るしか無かった。

しかしジェニファーとしては、愛する夫の墓からは離れたくは無かった。

だからフランドールとフィオーナが結婚すれば、その母としてこの地へ留まれる。

ジェニファーがこの街に残るには、この方法しか無かった。


しかしその事が、アーネストの心を苦しめていた。

本人はまだ、気付いていなかったが、アーネストはフィオーナに恋していた。

いや、それはまだ、憧れであったかも知れない。

そこまで気持ちが動いていないので、何とも言えないもやもやとした気持ちになっていた。

それが為に、酒の席で思わず口走ったり、知らず知らずにフィオーナを目で追っていた。

それに何となく勘付いた為に、フィオーナはアーネストに冷たく当たっていた。

お互いが意識しているのに、互いを牽制している。

思春期にありがちな、もどかしい初恋のやり取りであった。


隣でクッキーを齧っているセリアには、まだこういうのは早かった。


フィオーナとアーネストの様子を見て、ジェニファーも何とかしてあげたいとは思っていた。

フランドールの件や、夫が亡くなっていなければ、或いは違っただろう。

アーネストにも貴族に叙爵される話は来ている。

そうなれば、身分的にも問題は無かった。

しかし残念ながら、二人の恋は実らないだろう。

それならば、二人が気持ちに気付く前に、事を起こした方が良いだろう。

ジェニファーは、そんな苦い思いを飲み込みながら、二人を見ていた。


メイドが厨房から出て来て、食事の準備が整ったと告げる。

じゃあ私はとアーネストが席を立とうとしたが、ジェニファーがそれを止めた。


「良いから一緒に居なさい」

「はい」


アーネストは居心地悪そうに、チラリとフィオーナを見た。

フィオーナもそれに気が付き、頬を染めながらそっぽを向いた。


もおう、もどかしい!


心の中ではそう思いながらも、ジェニファーは淑女然として落ち着いて座っていた。

応援してあげたいが、そう出来ない。

彼女の心の中も、もどかしい状況であった。


執事のハリスが部屋へ向かい、ギルバートを支えながら戻って来る。


「ギル!」


ギルバートは片手を上げて応える。


「来てたんだな…」

「当たり前だろ

 心配かけやがって」


「大丈夫だ

 疲労で倒れただけだ

 そう…疲れた…」

「そ、そうか」


「どこか痛むところは無いか」


アーネストは心配して駆け寄り、ギルバートを支える。


「大丈夫だ

 もう、大分良くなったから」

「そうか

 それならば良かった」


アーネストはホッとしながらも、ギルバートを支えて食卓に着かせる。

しかしギルバートは、大丈夫だと言いながらも、どこか様子がおかしかった。

それは顔色とかでは無く、気持ち的に余裕が無さそうな、そんな様子だった。


「本当に大丈夫か?」

「ああ

 問題無い」

「そう…か?」


アーネストは気になったが、本人がそう言う以上、それ以上は何も言えなかった。


「アーネストは心配性ねえ」

「馬鹿ね

 それが男の友情ってやつでしょう」

「そおう?」

「そうなの」


フィオーナは訳知り顔でそう言ったが、これは違うだろうとジェニファーや使用人達は思った。

この世界に薄い本の文化があれば、間違いなく題材にされただろう。


「それで?

 どうしてそうなったんだ?」

「ああ

 実は…」


ギルバートは事情を説明しようとして、母や妹が居るので躊躇った。

アーネストもその様子を見て、深くは聞かなかった。


「分かった

 後でフランドール殿が来てから聞くよ

 その方が良いんだろう?」

「すまん

 助かる」


「良いって事よ

 それに…

 食事は旨く召し上がらんとな」

「そうだな」

「旨く、旨く」

「こら、セリア

 まったく…」


セリアが真似をして、フィオーナが窘める。

食堂が笑い声に包まれ、暫し穏やかな空気が流れる。


「そう言えば…

 フランドール殿は?」

「あ…」


「あら

 そういえば、まだ戻られないわね

 どうしたのかしら?」

「街には戻ってらっしゃる筈です

 私も報告を受けましたから」

「そうよねえ

 帰って来たと聞きましたわよ」


ハリスもジェニファーも、フランドールの帰還の報告は受けていた。

だから夕食にも、そのまま来ると思っていた。

しかし肝心の、フランドールの姿は見られていなかった。


「お部屋にもまだ、戻られていません」


メイドも見掛けていないと答える。

そこで一同は、事情を知っていそうなアーネストに視線を向ける。


「あ…

 あはははは…」

「何を隠してる?」


「言わなきゃ…駄目?」

「ああ」


「実は…

 先ほど城門で、挨拶に来た魔王とひと悶着があって…」

「何だって?」

「魔王?」


「そう、魔王

 例のアモンって奴が尋ねて来てて…」

「そんな報告は聞いてないぞ!」

「だよね…」


「恐らく内々に済ませようとしたんだろう

 でも、フランドール殿はそのアモンに喧嘩を売って…」

「それで?

 フランドール殿は無事なのか?」

「そんな

 フランドール様!」


「大丈夫…かな?

 プライドはズダズダみたいだったけど」

「そう…か」


「今は少し、そっとしてあげよう

 そのうち腹が減って、帰って来るから」

「それなら良いが…

 負けたのか?」

「ああ

 完膚なまでに」

「そうか…」


せっかく明るくなりかけていた食卓が、再び暗く沈んでしまった。

明日も17時に上げる予定です

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