第111話
フランドールの部隊は、途中まで意気揚々と帰還していた
狩の成果は上々だったし、ミリアルドが家臣に成る仕官が理由だった
気分良く森を抜けていた一行だったが、途中で伝令の兵士に出くわした
彼の報告で将軍とギルバートが倒れたと聞いたのだ
怪我は無かったが、強敵の出現に戦いに疲れ、街で休んでいると聞いたのだ
一同は騒然としたが、逸る気持ちを押さえながら、フランドールは街への帰還を急いだ
フランドール達が城門に近付いた時、そこはまだ静かだった
ギルバートと将軍が倒れたとはいえ、疲労によるものだったと言う
だから兵士も安心して、強力な魔物が倒された事で喜んでいた
まさかここで、大きな事態が起きようとは思っていなかったのだ
それもフランドールにとっては不運な事であった
フランドールは城門に到着すると、中に入りながら事態を聞いていた。
「それで、将軍とギルバートは?」
「はい
お二人共無事ですが、極度の緊張から疲れた様子で…
殿下は邸宅にて、将軍は宿舎で休まれています」
「そうか
怪我は無いんだな?」
「はい
将軍は掠り傷を負っていましたが、手当てを受けられました」
「掠り傷…
まあ良い
無事ならばそれで…」
一瞬迷ったが、それで兵士を叱ってもどうにもならない。
将軍の怪我も、二人が倒れたのも、兵士を護る為には仕方が無い事だったのだろうから。
怪我人は居た様だが、死者が居なかったのは結果としては良かったのだろう。
「それで、フランドール様は、如何でしたか?」
「ん?
ああ
狩の成果は良かったよ」
「そうですか」
「それもあって、早めに帰還したのだが…」
そう話しながら、城門の中の広場を過ぎようとした時、不意に後ろで大きな音がした。
ズドーン!
まるでミリアルドの火球を数倍に大きくして、城壁にでもぶつけた様な音だった。
轟音に振り返ると、開け放たれた城門の向こう側に、煙が立ち込めているのが見えた。
「何だ!」
「分かりません
何かが向こうの森の入り口に落ちた様です」
「何かとは何だ
何が起こったんだ?」
「申し訳ありません
不意の轟音と煙で、誰も何も見えていません」
騒然とする中、フランドールは真っ先に城門へ向かった。
そこへはまだ、帰還した兵士達が残って居たからだ。
「おい!
大丈夫か?」
「はい
私達は…」
「しかし、森の入り口が…」
もうもうと立ち込める煙の中から、不意に野太い哄笑が聞こえた。
「グワハハハハ
これが今の人間の街か
些か貧相な入り口だな」
「エエ
ソノヨウデス」
「ココガシテイノマチデ、マチガイアリマセン」
笑い声の主は大きな声で話しており、その側から不可思議な声も聞こえてきた。
煙が徐々に晴れてくると、そこには鎧を着飾った魔物の群れが立っていた。
「な、なっ」
「魔物?」
しかし兵士達は、これまで見た事が無い姿に圧倒されていた。
皮鎧を着たコボルトは見た事があったが、その魔物は鉄製の騎士鎧を身に着けたオークだった。
人間より一回り大きなオークが、はち切れんばかりの筋肉の上に鎧を纏っている。
それだけでも十分に脅威なのだが、どいつも知性を感じさせる顔をしていた。
どうやら普通のオークでは無さそうだ。
その上で、その後ろには2匹のオークが控えて居て、それはさらに大きく強そうだった。
そして2匹のオークの間には、黒い鎧に身を包んだ、長身の男が立っていた。
男は人間に近く見えたが、その額には2本の角が生え、口元には牙が生えているのが見えた。
「何者だ!」
こちらも負けじと、フランドールが大音声で詰問した。
「ナントブレイナ」
「コノワタシガコロシテマイリマス」
「まあ、待て」
身構える側近のオークを手で制して、男はニヤリと笑う。
その笑みは邪悪な雰囲気を醸し出し、細めた目が不気味さを演出していた。
「あのオークが従っている…」
「あの男が一番偉いのか?」
「おい!
あのオーク、喋っているぞ??」
「それよりも、鉄鎧を着たオークが1個師団だと?
増援を呼べ」
遠目に見ていた兵士が、宿舎に増援を要請する。
しかし主力は狩に出ており、戻って来た兵士は疲れていた。
残るは騎兵部隊と留守居の兵士達だけだ。
それだけで敵うのだろうかという、不安と動揺が広がる。
「将軍と殿下にも…」
「止せ!
二人共疲れている
今は休ませてあげろ」
この時フランドールは、二人を呼ぶのを留めた。
この場にギルバートかアーネストが居れば、事態は変わっていただろう。
「良いのか
頼みの綱を呼ばなくても」
「舐めないでもらおう
これでも剣の腕には自信がある」
「ほお…
その貧弱な成りで…ねえ」
男は面白そうに呟くと、片手を挙げた。
「今日は挨拶だけと思ったが
良いだろう
その思い上がった心をへし折ってやろう」
「何?
挨拶だと?」
「ふっふっふっふっ
私は優しいからな」
「エ?
ヤサシイ?」
「オイ
ヤメテオケ」
「お前等…
まあいい、2人出ろ
あの程度なら2人で十分だ」
男に促されて、手前の24匹のオークから、2匹が前に出て来た。
「な…
2匹だと?
舐めやがって」
フランドールは怒りに歯を食いしばり、剣を握る手に力が入る。
「フランドール様
私も戦います」
「そうです
オレ達も居ます」
「お前達、止せ
相手は強いぞ」
「構いません
こうまで舐められては、沽券に関わります」
「そう言う事です」
守備隊の兵士も加わり、合計18名の兵士が前へ出る。
他にも戦いたい者は居たのだが、疲労と魔物の様子に気圧されて、静観する事に決めていた。
19名が2匹のオークと対峙して、代表して先ず、フランドールが前へ出る。
「良いんだぞ
一度に掛かって来ても」
「ふざけるな
私一人で十分だ」
「ふん
少し遊んでやれ」
無言でオークは頷き、片方がフランドールの前へ出た。
そして手に持った長柄の斧を地面に突き立てると、腰の小剣を引き抜いた。
お前にはこれで十分だというパフォーマンスだろう。
「くっ
舐めるなー!」
気勢を吐きつつ、フランドールは一気に前へ詰め寄った。
「ほおう
少しは心得がある様だな
だが、まだまだ未熟」
男がその様子を見ながら、小さく呟く。
事実、オークはフランドールの攻撃を難なく躱し、ゆっくりと様子見をしている。
その剣筋は鋭く、並みの兵士なら一溜りも無いだろうに、オークは簡単に躱しているのだ。
それだけでは無い、時々男の方を振り返り、指示を待っている余裕も見せていた。
「おい…」
「ああ
おかしいぞ」
「フランドール様の剣が、全然当たらない」
「ふん
少しは出来る様な事を言っていたが、全くだな
弱すぎる」
男の合図に頷き、オークが前に出た。
そして剣を素早く振るうと、一撃でフランドールは倒れた。
「ぐわあっ」
「フランドール様!」
そして剣を振り翳す。
「待て
殺す程度でも無い」
オークは頷き、振り上げた剣を収める。
先の一撃も手加減したのか、剣の腹で打っていた。
その気があれば十分に、フランドールを殺せていただろう。
「くそっ」
「こうなれば」
兵士が一斉に飛び出すが、その前にもう一方のオークが進み出る。
まるで散歩でもする様に、ゆっくりと進み出て、斧の柄の方で振り払う。
無造作だが鋭い振りで。兵士達は次々と吹き飛ばされる。
強く打たれた兵士達は、全身が痺れて地面に突っ伏していた。
「ぐ…」
「があ…」
「弱い
弱過ぎる」
男の視線が鋭さを増して、倒れた兵士達を睥睨した。
それは歯向かった事への怒りでは無く、寧ろ弱い兵士を嘆いて怒っている様だった。
「何だ、その体たらくは
今の人間とは、その程度なのか」
男は嘆く様に顔を手で覆い、天を仰いだ。
「女神がスキルを取り上げた結果が、この様な無様な事になろうとは…」
男の言葉に、フランドールは疑問を持っていた。
こいつは女神様の事を知っているのか?
そういう様な事を言っている。
「くそお
こうなりゃ自棄だ」
さらに数名の兵士が飛び出すも、やはりオークには敵わず、一撃でのされて行った。
「ふはははは
どうした人間共
お前らの力はこんなものか」
倒された兵士達は、悔しそうに男を見上げる。
しかし全身が痺れて力が入らず、顔を上げる事しか出来なかった。
「く、くそお」
「何でオークが、こんなに強いんだ」
「フン
ワレラはタダノオークニアラズ」
「ソウ
シトサマニエラバレタ、ハイランドオークダ」
側近の2匹のオークが、そう誇らしく宣言した。
それが何を意味するのか分からなかったが、どうやら普通のオークでは無いらしい。
そして彼等は、どうやら使徒という者に選ばれたらしい。
男は残念そうに首を振り、厳かに宣言した。
「折角挨拶に来てやったのに、その程度の実力とはな
このまま滅ぼしてやろうか」
そう言いながら、男はチラリと後方を見た。
そこにはこの時、帰って来たアーネスト達が潜んで居た。
男はそれに気付いており、その出方を窺がっていた。
「くっくっくっくっ」
含み笑いをしながら、男は悪役を演じるのを楽しんでいた。
案の定、後方では殺気立っており、兵士が身構えていた。
それを制して、アーネストが一人で前へ出た。
ほおう
アレを目にしながら、臆する事無く一人で来るか
度胸があるのか、それとも…
男はニヤリと笑い、アーネストが近付くのを待った。
側近達も気が付いたが、男から指示が無いので待っていた。
内心はまた悪い癖が…と嘆いていたが、それはおくびにも出さなかった。
「こんにちは」
「ん?
いきなり向かってこなくて、挨拶とは…」
「そうですね
あなたも挨拶に来たんですよね」
「む!」
「それでどうして、こうなったんですか?」
「くっ…はははは
こりゃまいった
些かふざけ過ぎたか」
「ええ
戦いは明後日の予定、違いますか?」
「そうだな
すまなかった」
男はそう言うと、態度を一転して、礼儀正しく受け答えをした。
「お前がベヘモットが言っていた小僧か?」
「ん?
誰の事か分からないけど…
ベヘモットの知り合いって事なら、やはりあなたがアモンですね」
「そうだ
ワシがフェイト・スピナーが一角を成す、戦の魔王アモンだ」
ドガーン!
何かの演出なのか、アモンが名乗った瞬間、その後ろで音と煙だけの爆発が起こった。
「ウ…ゲホゲホ」
「ダカラアレホド、ソレハヤメテクダサイト…」
側近のオークが、もろに煙を浴びて咽返る。
普段からやっていて、小言を言われているんだろう。
男は顔を顰めながら言う。
「何を言う
男の名乗りと爆発は浪漫だ!
これなくして名乗りは上げられん」
男の頑なな言葉に、側近達は首を振った。
その光景に、アーネストは些か気圧されて見ていたが、要件を思い出して言う。
「それは良いんですが、挨拶は?」
「お?
お前も分かるか
やはり男の…」
「そっちじゃない!
あなたは何をしに来たんですか!」
「お、おう…」
「お前…ベヘモットに似ているな
あいつと同じ感じがする」
「良いから、何しに来たんです」
「おう」
アーネストは、ベヘモット同じ様な下りを毎度していると思うと、少し同情した。
彼は人の話を聞かないし、対話をするのもこれでは、苦労をしているだろう。
「既にベヘモットから聞いているようだが
ワシはこれから、明日の夜にここへ進軍して来る」
「ええ
そう聞いています」
「うむ
オークが5個師団とワイルド・ボアの騎乗したオークが2個師団
それとは別に、ワイルド・ベアが10匹とフォレスト・ウルフを50匹連れている」
「良いんですか?
そんなに簡単に手札を見せても」
「構わん
元々報せるつもりだったし、それぐらいは倒せる様ではないとな」
アモンはそう言いながらも、倒れた兵士達を見ていた。
「オーク?
あの武装したのが5個師団?」
「師団なら帝国式だから
5個師団なら24匹が5部隊」
「それにワイルド・ボアに乗ったのが48匹もか…」
勝てるのか?等とは誰も言わない。
今まさに、たった2匹に圧倒されたのだ。
それが150匹を超えて攻めて来る。
もはや絶望でしか無かった。
「おい
あいつ等で大丈夫なのか?」
「ええ
心配には及びません」
「なら良いが…
ワシを落胆させるなよな」
そう言いながら、男は溜息を吐いていた。
試しと思ってみたが、予想より遥かに弱かったからだ。
これでは楽しめそうに無い、そう思っていた。
「あなたが戦わせたのは、訓練で疲れた兵士達です
明後日には順当に仕上げてみせます」
「それなら良いが…」
チラチラとフランドールを見ている。
何があったのかは予想出来るが、それも何とかしなければならないだろう。
「ベヘモットからは、今回も試練の様な物だと聞きました
間違いありませんか?」
「ああ
先ずはオークを退け、ワイルド・ベア達を退けさせるんだな
そうすれば数年は、女神様にも何もさせない様に、ワシからもお願いするつもりだ」
「良いんですか
そんな大盤振る舞いして、女神様に叱られませんか?」
「ああ
ワシ等も些か、今回の事は腑に落ちん」
「と、言うと?」
「女神様は人間と、ワシ等の連れる魔物との争いを嘆いておられた
だから人間のスキルを取り上げて、ワシ等との間に結界を張られた」
「スキルを…
そんな事があったのか…」
「何だ?
知らんのか?
ほんの数百年前の事だろう」
「いや
人間は60ぐらいまでしか生きられませんから
そんな昔の事は正確な記録が…
記録が?」
「ん?
どうした?」
「いえ、何でもありません」
「そうか?」
「兎も角
これで挨拶も済みましたね」
「ああ」
「これからどうするんです?」
「そうだなあ
どうせなら、お前とも一勝負…」
「しません!」
「なんだ、つまらんな」
アモンは本当につまらなそうな顔をした。
ここで下手な答えをしていたら、本気で勝負をさせられただろう。
それは面倒だし、これ以上は手札は見せたくなかった。
幸いにもギルバート達は近くに居ない様だし、早々に引き払ってもらおうと考えた。
「他は良いのか?
明日の夜には周辺に到着するが、それまでは魔獣や魔物を狩るのか?」
「いえ
さすがに明日は、休息して英気を養います」
「そうするが良い
それでは魔獣共には、ワシから下がる様に伝えておこう」
「良いのですか?」
「ああ
なんせあ奴等は、ワシの子供でもあるからな」
そう言うと、アモンはこれ以上は殺すなよと鋭く睨んだ。
弱肉強食の理を理解し、殺される事も納得していた。
だがそれでも、魔物は彼の子供達なのだ。
殺される事への怒りは、当然あった。
「それでは
暫しの平穏を楽しむが良い」
アモンは部下を引き連れて、森の入り口に向かう。
「さらだば
ウワハハ…」
ドゴーン!
来た時と同様に、派手な轟音と煙を撒き散らせながら、魔王は去って行った。
20時にもう一本上げます




