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聖王伝  作者: 竜人
第四章 新たなる脅威
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第110話

森の中で、狼の群れと対峙する兵士達

その狼は大きく、灰色の美しい毛並みをしていた

狼の魔物、フォレスト・ウルフ

ランクGの魔物ながら、集団ではランクF扱いになる危険な魔物だ

その力は強力で、オーガにも匹敵するだろう

最低ランクとは言え、目の前に居るのだけでも8匹居る

周囲にも数匹囲んでいるので、オーガに囲まれているのと変わらない威圧感がある

そして魔物は、低く唸りながら身構えている

今にも襲い掛かって来そうな迫力に、兵士達は飲まれそうになっていた


「しっかりしろ!

 それでもお前らは、オーガと戦ってきた兵士か!」

「は、はひ」

「そ、そうだぜ」

「オレ達はオーガも倒せたんだ

 こんな犬っころなんて…」

ガルルル

「ひいっ」


強がっていても、相手は未知の魔物だ。

どんな攻撃が来るか分からない為に、余計な恐怖心が募る。


「大丈夫

 みんなをやらせない」

「アーネスト?」

「何をする気だ?」


アーネストは呪文を唱えて、周りに魔力を展開して行く。

それは兵士達より外側で、周りの魔物に向かって広がって行く。


「暗き夜を…常しえの眠りに…」

「何やらするきじゃが、魔物も黙っとらんじゃろう

 マジックアロー」

シュババッ!

ウオン!


魔術師が低く構えた狼に向けて、魔法の矢を放つ。

それは牽制であったが、そのまま待っていれば、狼はアーネストに飛び掛かっていただろう。

それを見越しての牽制であった。

この行動を契機に、8匹は距離を取って広がり、狙いを絞らせない様に身構えた。


「くそっ

 迂闊に出れないな」

「よせ

 今は前へ出る事より、襲われて怪我をしない事を心掛けろ」


中隊長が前へ出て、他の兵士を庇う様に構える。

ここで前へ出させたら、その兵士はたちまち襲われて死ぬだろう。

アーネストが何をする気かは分からないが、ここはそれを待つのが賢明だろう。


「我が魔力は大いなる混沌の微睡み!

 食らえ、クロウリング・ケイオス」


アーネストが叫ぶと、周囲に黒い煙が沸き上がる。

それは一気に広がり、周囲数mを覆いつくした。

それと同時に、強力な魔力が流れて、周囲の魔物を襲っていった。


「こ、これは…」

「へ、へへ

 ボクの、取って置き、ですよ」


アーネストがふらつき、横に居た魔術師が慌てて支える。

そのせいで彼の魔法はファンブルして消えてしまったが、その代わりの効果は絶大だった。

黒い煙が出た割には、魔物が襲い掛かって来なかったのだ。

それは煙を警戒したのもあるだろうが、視界が奪われた今なら、狼には絶好の機会だろう。

何せ彼等は、嗅覚で相手の場所を判別出来るのだから。


「この煙は…

 いや、すぐに晴れるのか」


広がった煙は、その速度をそのままに、すぐに掻き消えて行った。

そして煙が晴れた先には、ふらつき倒れる狼の姿が見えた。


「すぐに…

 止めを

 そんなに、もちませ…」

「ああ

 分かった」

「行くぞ」


兵士は直ちに飛び出して、倒れている狼に止めを刺した。

魔術師達も周囲に魔法を放ち、魔力のある方へ向けて攻撃した。


「マジックアロー」

「マジックボルト」

ギャイン

キャワン


次々と魔物の断末魔が聞こえて、周囲にあった気配が消えて行く。


「あと…どれくらいだ?」

「あっち

 あそこにまだ1匹、残っている」

「分かった

 マジックアロー」

シュババッ!

キャイイイン


「これでもう、周囲には魔物は居ません」

「そうか」


「それで

 あれは何だったんだ?」


中隊長はアーネストに質問した。

アーネストは魔術師に膝枕をされて、青い顔をして休んでいた。

魔力枯渇まではならなかったが、一気に魔力を使い切って、魔力不足で頭痛になっていたのだ。


「うう…

 どうせなら、美人のお姉さんの膝枕が良かった…」

「馬鹿野郎

 そんな奴が魔術師に居るか」

「一番マシなのでも…ミスティの姉さんだぜ…」

「おい、バレたら殺されるぞ」

「うう、ブルブル」


そんな馬鹿な会話をしていたが、中隊長は溜息を吐きつつ、もう一度質問した。


「あの魔法は、何だったんだ」

「あ…

 ええっと

 答えなきゃ…ダメ?」

「ああ

 どうやら、殿下にしっかりと叱ってもらう必要がありそうだからな」

「はあ…」


アーネストは観念したのか、ポツポツと説明を始めた。


「あれは…

 教会の禁書の中にあったんです」

「禁書?」

「ええ」


「確か閲覧禁止の書物が何冊か…

 それでも厳重に管理されていた筈だが?」

「そうです

 その管理が正しいのか疑問になって、調べたんです」

「なに?」

「教会の決定に疑問じゃと?」


教会のしている事に疑問を持つという事は、女神様に疑問を持つという事だ。

それがこの世界に住む者にとって、どれだけ危険で罪深い事だろう。

この世界を生み出し、人間を作った女神様を疑うと言うのだ、罰が当たっても仕方が無い事だ。


「何と恐れ多い…」

「お前、よりによって教会を疑うとは…」

「そうは言うけど、そもそも魔物を嗾けているのも女神様なんだよね

 だから、禁書にも何か書いてあるんじゃないかって

 言っとくけど、これはアルベルト様にも許可されていた事だからね

 司祭様にも事情を話して、特別に見せてもらったんだ」


そう言って一息吐くと、アーネストはマジックポーションを呷った。

そろそろ回復してきたのか、顔色も良くなってきていた。


「それで?

 どんな魔法なんだ?」

「そうさなあ

 お前があんなに長々と呪文を唱えるところなんぞ、ここ数年見た事も無かったぞ」

「ああ

 いつもは詠唱破棄をしたり、簡略化しているもんな」


「それだけ危険で、難しい魔法なんですよ」

「危険?」

「ええ

 混沌から力を引き出し、周囲を巻き込んで倒す

 広範囲の魔法です」


「倒す?

 それならば…」

「ああ、いや

 効果は混乱や昏睡、一番効いた状態で、そのまま目覚めなくなる眠りです

 ですから効かなかった場合を考えて、早急に倒して欲しかったんです」

「なるほど

 主な効果は眠りなわけだ

 それで倒れていたんだな」

「ええ

 恐らくは倒れていたのは、ほとんどが眠っただけでしょう」


「じゃが、それなら

 普通に眠りの雲を出しても良かったんでは?」

「そうだなあ

 お前なら、眠りの雲が使えただろう」

「いえ

 スリープ・クラウドは範囲が狭いんです

 私の持つ魔法では、あれが一番広範囲なんです」

「そうか

 奴等は周囲を囲んで居たから、それを狙ったんだな」

「はい」


「それで…

 危険とは?」

「あ…」


アーネストは誤魔化そうとしたが、中隊長は睨んでいた。

溜息を吐きながら、アーネストは続ける。


「実は使うのは、初めてなんですよ

 効果が効果ですし、危険ですから」

「うむ」


「しっかり集中しないと制御出来ないし、練習で周りの人が被害を受けたら…」

「そりゃそうだなあ」

「試さんで正解じゃ」


「それに、使う魔力も馬鹿に出来ませんし」

「と、言うと?」


「私の魔力は、大人の魔術師の数人分を超えています

 それでもほとんどすっからかんです

 簡単には使えませんよ」

「なるほど

 状況と魔力の残量を考えて、アレを使ったんだな」

「はい」


「しかし数人分とは…」

「そうですね

 こいつは優秀な魔術師であるだけでは無く、普段から過酷な練習をしてましたからな」

「過酷な?」

「ええ」


そう指摘されて、アーネストは顔を赤らめて俯く。


「こいつは子供の頃から、毎日の様に魔力枯渇になるまで魔法を使っとりました」

「魔力枯渇になると、回復した時に魔力の上限が増えます」

「という事は

 使えば使うほど、魔術師は強くなれるのか」

「…そうですが」

「そうなんじゃが

 そんなに簡単な事じゃあありません」


「魔力枯渇とは、酷い頭痛に昏倒し、大人でも倒れてしまうぐらいなんです」

「それを小さな子供が、歯を食いしばって続けるんですよ」

「それはまた…」


さすがに中隊長も絶句していた。

大人が昏倒する様な頭痛を、小さな子供が毎日の様に耐えていたと言うのだ。

それは大変な苦痛であっただろう。


「全ては殿下と並ぶ為に」

「仲の良い殿下の親友である為に、宮廷魔導士になるんだと言って、聞かなくて…」

「おい

 止めろよ」

「ふおっふおっふおっ

 生意気な子供じゃと思っておったが、お前はやり遂げた

 それは誰にも真似出来ん事じゃて」

「そうそう」


魔術師達の優しい眼差しに、アーネストは照れて黙り込む。

こういうところは、まだまだ年相応な子供なのだ。


「そういう事か」

「…」


「それなら、今日の事は黙っておかないとな」

「!!」


アーネストはガバリと起き上がると、中隊長の眼を見詰めた。


「オレ達は何も見ていない

 アーネストが眠りの魔法で魔物を眠らせて、魔術師が頑張って倒した

 それだけだ」

「黙っててくれるのか?」

「ああ

 殿下にはそう報告をする」


中隊長はそう言って微笑むと、優しくアーネストの肩を叩いた。


「その代わり

 しっかりと頭痛を治しておけよ

 じゃないと心配されるからな」

「あ…はい」


言われてアーネストは、再びポーションを呷った。

不味そうな顔はするが、苦いとは一言も言わない。

そういえば、アーネストはそういう不満は滅多に言わない。

大人でも文句を言うのに、我慢強いのか、それとも子供らしく負けず嫌いなのか不満は一切言わなかった。


「さあ

 これで狩も出来たし、そろそろ帰りましょうかね」

「そうですな」

「さすがに疲れたわい」


年配の魔術師は、マジックアローの連発で魔力も気力も使い果たしていた。

遠くの魔物を狙うのは集中力も使うのだ。


目頭を揉み解しながら、ポーションの苦みで顔を顰める。

そんな様子を見ながら、中隊長は荷物の事を思い出した。

そういえば、ワイルド・ボアの干し肉を預かっていた。

鹿の肉の魅力に負けて、すっかり忘れていた。


兵士の一人に伝えて、運んでいた荷物から干し肉をだす。

それは美味しそうな匂いを放っていて、魔術師達もすぐに気が付いた。


「なんじゃ、それは?」

「ワイルド・ボアの…干し肉?」

「そうです

 殿下からの差し入れです」

「そういえば、何か言ってたな」

「鹿の肉も良いですが、こいつも旨いですよ

 ポーションの苦みも忘れさせてくれるでしょう」


「おお

 これは…」

「旨い」


「あ!

 先に食べちゃダメですよ

 ポーションが余計に…」

「うげえ

 不味い…」

「ああ

 だから言わんこっちゃない」


一行はワイルド・ボアの干し肉に舌鼓を打ち、暫しの休息を楽しんだ。

兵士も交代で警戒をして、ゆっくりと休憩をした。


「これだけ休めば、魔力も十分に回復したわい」

「今なら、熊が出ても平気じゃ」

「止めろよ

 そういう事言うと、本当に出るんだぞ」

「何い!

 そりゃ本当か?」

「さっそく論文に纏めなければ」


兵士の苦言も、魔術師達の平常運転の前では形無しであった。

いつもの様にわちゃわちゃと論説を始めて、それを兵士が諌める。


「まだ魔物が居るかも知れません

 お静かに」

「論文がどうこうは、帰ってからにしてください」

「そうかのう?」

「そうしよう

 これ以上は御免じゃ」


魔術師達が大人しくなったところで、一行は帰還する事になる。

フォレスト・ウルフ遺骸は、先に城門に向かった兵士が、応援の兵士を連れて回収する手筈になっている。

後は気を付けて街に帰還するだけだ。

昔から言われているが、狩は帰って来るまでが狩り。

帰りに何が待ち受けているか分からない事は、先の兵士の言う通りだ。

それこそ熊が、道の真ん中で待ち構えていてもおかしくないのだ。


油断なく進んで、森をゆっくりと抜けて行く。

もう少しで森を抜けて、街の城門が見えて来る辺りに差し掛かった時、不意に前方から騒がしい声が聞こえ始めた。


「な、何だ?」

「戦闘が起こっている?」


確かに怒号に紛れて、獣の声が聞こえて来る。


「まさか、本当に熊が出たのか!」

「そうじゃあないだろう

 熊ぐらいじゃあこうまで騒がない

 魔物が現れたんだ」


「だが城門の前だろ

 何でそんなに騒いでいるんだ」

「兵士が沢山残って居ただろう

 騎兵部隊も居る筈だ」

「胸騒ぎがする」


中隊長はそう言ったが、ここで駆けだすわけにはいかなかった。

何よりも魔術師達が居るし、この先の状況が分からないのだ。

多少は早歩きになるが、警戒しつつ前進を続けた。

ようやく森を抜ける頃、城門が見える手前で中隊長はみなを止めた。


「どうしたんじゃ?」

「しっ!

 静かに」


中隊長は先を指差し、そこに何が居るかを示した。

そこには鎧に身を固めた大きな男が立っており、その周りには魔物が取り囲んでいた。


「ふはははは

 どうした人間共

 お前らの力はこんなものか」


その眼前には数十名の兵士が倒れており、鎧を着た魔物が傍らに立っていた。

どうやら兵士達は、みな打ちのめされているが生きているらしく、苦痛に呻いていた。


「折角挨拶に来てやったのに、その程度の実力とはな

 このまま滅ぼしてやろうか」


男はそう言うと、くっくっくっと含み笑いをしていた。

どうやらこの男が魔物を率いて、この北の城門を攻めている様だ。


「くっ、何だあいつは…」

「街が攻め込まれているのか」

「待て

 今、迂闊に出ても、あまり変わらんだろう」


中隊長が指し示した先には、膝を着いたフランドールの姿も見えた。

完全武装したオークとは言え、フランドールが膝を着く相手だ。

後ろから奇襲してもどれだけのダメージを与えられるのか分からない。

中隊長が判断を決めかねていると、アーネストが一人で前へ歩いて行った。


「ま、待て

 アーネスト」

「しっ

 みなさんはこちらで待機してください

 私が話して来ます」

「しかし」

「大丈夫です

 私はあれが、誰だか知っています」

「何だって?」


「ここは任せてください」


アーネストはそう言って、一人で男の方へ向かって行った。

本当に誰だか知っていて、勝算がある様子で向かって行ったのだ。

中隊長を始めとして、みなが祈る様に見ていた。

一応、明日と明後日は1本ずつ上げる予定です

用事があるのでなかなか上げれなくてすいません

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