第11話
遂に戦端は開かれた
交わす刃に響く怒号
降り積もるは魔物の屍
しかし、魔物の軍勢は未だ全貌を現していなかった
暗雲立ち込める、第1砦
時刻は夕刻の少し前
住民の代表は声を荒らげて、砦の守備に来た兵士達の代表につかみ掛からんとしていた
危険な生物から守られているとはいえ、生活もままならず、不安に堪えられず苛立っている様だった
「冗談じゃない
我々は危険が無いからとここまで来たんだ」
「しかしな
魔物はもうすぐそこまで来ているんだ」
「君達の身を護る為、出来得る事はするつもりだ」
「しかし、魔物の数が多過ぎる
どこまで防げるか…分からない」
「ふざけるな!
魔物だかなんだか知らないが
お前達が死んでも俺達を守るべきだろう!」
「俺達の安全が守られないなら、集落へ帰してくれ!」
「それこそ無茶だ!
魔物達は真っ先に貴方がを狙うだろう」
「魔物にとっては、私達兵士を襲うより
武器を持った事も無い様な貴方達を襲う方が楽だし」
「じゃあ、私達を集落ごと守るべきだろう!!」
「それこそ無理ですよ
敵が、魔物がどれだけの数来るのか…
それこそ、あっという間に蹂躙されてしまいますよ!」
魔物に囲まれてからでは、住民がパニックになる
そう思ったから大隊長は、住民の代表を呼んで説明をしようとしたのだが、警備隊長の懸念した通り住民は反対した。
砦を戦場として魔物を迎え撃つ。
それも魔物の侵入を防ぎきれない為に、砦の宿舎に避難するようにという話はしたが、それでも護りきれないかも知れないと伝えた。
避難民としては、危険から守る為の砦と兵士なのに守り切れないとはどういう事だとなるわけだ。
そうは言っても、このままここで籠城していてもいずれは限界がくるだろう。
「死ぬかも知れないと言うのなら、せめて、あの集落で死なせてくれ」
「そうだ」
「こんなところで死にたくない」
「気持ちは分かるが、ここでなら守れるかも知れないんだ」
「外に出たら、それこそ死が待っているだけだぞ」
「それでも、自分の家で死ねる」
「ここで死ぬよりましだ!」
避難民は必死だった。
折角住居を捨ててまで開拓に出て、新たな生活に期待していたのだ。
それが訳も分からない化け物のせいで、生命さえも脅かされている。
どうせ死ぬかも知れないなら、せめて集落で死ぬまで生活したいと言うのだ。
だが、それはあくまで生き残れるかも知れないと思っているからだ。
最悪、兵士が身代わりになって自分達を守れと思っている者もいただろう。
一部の避難民は、兵士を下に見て馬鹿にしている様にも見えた。
街のチンピラにも負ける事もある新兵を見ていた事もあるのだろう。
「いい加減にせんか!!」
不意に大きな声で大隊長は一喝する。
これには説得していた部隊長達も竦み上がる。
「さっきから聞いてたら、死にたい死にたい
よおし、良いだろう
小鬼共の前に先ずは、お前からぶった切ってやるよ」
「大隊長!
おやめください!」
「あぶないですって」
大隊長は腰の長剣を抜き放ち、住民達に切り掛からんとする。
「ひ、ひいい!」
「お前ら、大隊長は我々が抑えておく
早く逃げるんだ!」
住民達が逃げ出す。
さすがに、警備兵ではない本職の兵士は恐かったのだろう。
ましては彼は騎兵部隊の大隊長だ。
鍛え上げた筋肉と大柄な身体は、先の魔物よりも恐ろしかっただろう。
逃げ出す避難民の背に向けて、兵士達が声を掛ける。
「ひいい」
「たすけてええ」
「いいな
お前達
逃げたらしっかりと鍵を掛けて大人しくしてろ!」
「朝まで大人しくしてるんだぞ」
「決して外へ出るなよ」
部隊長達は、逃げる住民達へ向けて剣を振りかぶった大隊長を羽交い絞めにして抑える。
住民達が見えなくなるまで、大隊長は大声で叫んで腕を振っていた。
「うおおお
ぶん殴ってやる!」
「隊長」
「大隊長?」
「もう…いいですって」
「ん?」
「っごほん
行ったか」
「ええ」
部隊長達は手を放し、大隊長も剣を収める。
側に居た副隊長はポカーンとしている。
「ん?
演技ですよ?」
「そうですよ」
「本気で大隊長が抜くわけないじゃないですか」
「ああ…
演技な、ははは…
いつもやっているのかね?」
副隊長は苦笑いを浮かべ、部隊長も、大隊長も首を振る。
堪らず警備隊長は笑い出す。
「ぷっ、くくく
まあ、よいじゃないですか
これで住民達も大人しくなるでしょう」
「はあ…」
「一先ず、これで問題は一つ消えたわけです」
警備隊長は敢えてニコやかに告げて、大隊長へと向き直る。
「で、どうします
よろしければ、まだ時間もあります
食事にでもしませんか」
「食事ですか?」
「ええ、食事です」
警備隊長は副隊長へ何か囁き、副隊長は準備へと走った。
「こんな状況でなければ、秘蔵の一杯を開けるんですが
せめて英気を養う為に、温かい物を用意させてください」
そう言うと、警備隊長は先頭に立って執務室の隣の応接室へと向かった。
道すがら、数名の兵士が部隊長へ近付き、指示を受けては走り去った。
みなが応接室に入ると、副隊長が先導して兵士達がぞろぞろと入ってくる。
兵士達は台車に料理を色々と載せており、順番に置いていく。
出されたのは、ミートパイと野菜と肉を煮込んだスープ、固い黒パンであった。
「柔らかいパンが用意出来れば良かったんですが、生憎と保存がきく黒パンしかございませんで」
「いえ
こんなご馳走を用意していただいて、ありがとうございます」
大隊長が代表して告げ、部隊長も深々と礼をする。
「いや、こんな物…と言うと部下に怒られるか」
副隊長がため息を吐く。
「まあ
皆さんに頑張っていただく為に、私からのせめてもの気持ちです
さあ、召し上がりましょう」
そう言うと、警備隊長委はパイを切らせて配らせた。
それが終わると兵士と副隊長は退出した。
食事が終わったら、警備隊長が合図のベルを鳴らし、兵士が片付けていく。
片付け終わってから、副隊長が羊皮紙の束を持って入る。
砦の人員と物資の量、砦の平面図等を広げ、兵士の配置と作戦の確認をする為だ。
「では、こちらは主に住民の宿舎の周りに部隊を展開させます」
「第1部隊をこちらの門に配置します」
「第2、第3部隊で開門と同時に突っ込みます
タイミングは第1部隊の方で掛けてください」
「歩兵部隊に火矢を撃たせ、第4部隊に盾で守らせます」
「第5部隊は中央に控え、侵入した魔物を倒します」
「問題は、今夜来るかどうかですね」
「斥候の話では、近場の森の様子がおかしいと言ってました
鳥の声も聴こえなくなったとか言ってましたから、恐らく近くまで来ています」
「そろそろ下がらせた方が良いか?」
「そうですね
これ以上は危険ですね」
「あいつらは、決死隊になって見張るとか言ってましたが
大事な歩兵を減らすワケにはいきませんから」
「そうだな」
第1部隊の隊長が部屋を出て、兵士達に指示を出す。
同時に、兵士の一人が報告に来て、外の様子を伝える。
「報告が入りました
敵は砦から北西に1㎞離れた公道に斥候を出してます
本体も近くの森に潜伏している様です」
「斥候に出ている者は?」
「半数が帰還しましたが、まだ出ている者が居る様で
戻るように伝えました」
「そうか」
「斥候に出ていた者は暫く休ませてやれ
夜は長い
後で必要になるかも知れない
今の内に休める者は休ませておけ」
『はい』
外が少しずつ暗くなってきた。
雲が多く出ているから、夕焼けも判らない。
気が付けば既に暗くなっていた。
「雨が降っていないのが良かったな」
「はい
火矢が使えますから、相手の集まる場所に打てば明かりにもなりますから」
「この辺は雨が降ると泥濘ますしね」
「集落や砦では、大勢に囲まれてやられていたからな
今度はこちらが騎馬で掻き回す番だ」
「馬もしっかり休ませています
我が第3部隊の力を見せてやります!」
「うちの第2部隊の方が活躍しますよ」
二人の部隊長が睨み合う。
「あー
気張るのはいいけど、足を引っ張り合うなよ」
「お前ら、ヘマだけはするなよ」
二人は睨み合いながら部下達の元へ向かう。
それを見送り、第4部隊長達は肩を竦める。
「あいつら、本当に仲がいいなあ」
「大隊長にいいとこ見せたいんでしょうな」
「オレにか?」
「活躍してチャーリーの店に連れてって欲しいんでしょうな」
「あいつら、ニーナちゃんにベタ惚れだから」
「ああ
あの胸が大きい娘か」
「大隊長、約束ですよ」
「オレらも行きたいんですから」
「勝って凱旋しましょう」
少々不純な動機だが、部隊長達の士気は上々だ。
大隊長は苦笑いを浮かべる。
「分かった、分かった
勝って帰ったら、オレが奢ってや」
『やったー!!』
現金な部下達に少し呆れる。
「はあ…
ただし
死ぬなよ」
『はい!!』
第1、第4、第5部隊長も各自の持ち場へと向かう。
そんな部下達の様子を、頼もしそうに見送る大隊長。
その後ろへ、人影が近付く。
「頼もしい奴らだ」
「いいんですか?
しっかり締めなくて」
少年が尋ねる。
「大丈夫だ
あれも大きな戦いの前で緊張しない為の儀式だ」
「いかがわしい店へ行く約束がねえ…」
「子供には判らないさ」
「へいへい
分かりたくもないですがね」
口をへの字に曲げて、少年は呟く。
「いいのか?
下がって避難民と一緒に居ても良いんだぞ?」
「へ?
ボクが居ないと、誰がオジサンを守るんです?」
「な!」
「それに…
約束を守らせる為にも、ボクがみんなを守らないとね」
そう言うと、少年は呪文を唱え始める。
ひとしきり唱えると、少年の膝がガクガクと震え始める。
「おい!」
少年は支えようと近付く大隊長を片手で制すと、懐から出したポーションを呷る。
一気に飲み干すと、震える足をしっかりと踏ん張って、残りの呪文を唱える。
辺りに薄水色の光が漂い、砦全体を包み込むと、一際輝いてから消えた。
「うぇっぷ
不味い」
「アーネスト
大丈夫か?」
少年は再びポーションを取り出し、今度はチビチビと飲みながら頷く。
「うー、不味い
これだからマナポーションは嫌いだ」
余程不味いのか、端正な顔を歪めながら飲み干す。
「これは…
何の呪文だ?」
大隊長は、自身の身体を包む不思議な光に、温かさと安らぎを感じていた。
何て言えば良いのだろう?
昔、母親に抱きしめられた様な、そんな安心感だ。
「プロテクション・イーブル
女神様の加護の様な物です」
それは、宮廷魔術師が使う大規模戦闘用の呪文で、複数人の魔術師で行使する呪文の名前だ。
効果は術者と被術者の技量や信仰心に依存すると言われるが、本来の効力なら、魔を退け、被術者を魔の呪文や攻撃から守ると言う最上位の魔法だ。
「な?
お前、そんな物を…」
「効果は気休め程度かも知れません」
「そもそも、集団で発動させる大規模魔法ですし
ボクも実践は初めてです
理論値では明朝迄十分に保つ筈なんですが…」
「ばかやろう
それでも十分だ
それでも…」
「痛い
苦しいって」
感極まって、大隊長は少年を抱きしめる。
「ありがとうな
こんな取って置きまで使わせちまって」
「いいえ
ボクもオジサンには死んで欲しくありませんから
それに」
「それに?」
「今ので、ボクは殆どの魔力を使い切りました
ここ数日、護符やスタッフに貯めていた分も全てです」
「んなあ!」
「ですから
しっかりボクも守ってくださいね」
少年は少し蒼くなった顔で、ヘラヘラと笑った。
顔色を見る限りでも、相当無理しているのが分かる。
「…」
「大丈夫、死にはしませんから
ただ、ポーションを飲んでも回復が間に合わないぐらいごっそりと魔力を持ってかれただけです」
「分かった
後は、任せろ」
大隊長はそう呟くと、少年に背を向けて門の方へと向かった。
少年のプライドを守る為に、心配だが振り向かずに、前へ前へと進んだ。
大隊長を見送りながら、少年は気力を振り絞ってヨロヨロと隅の木へと歩み寄り、もたれ掛った。
心配そうにする兵士も居たが、手を出して制止、小さく呟く。
「後は任せましたよ、ヘンディー大隊長殿」
そう言って、少年は木にもたれ掛ったまま、意識を手放した。
少年が意識を失って眠っている間に、大隊長は正門の前で大音声で口上を述べた。
「聞け!!ダーナの兵達よ!!」
「諸君達も、あの奇跡の御業を見たであろう!」
『おおおお!』
「アーネストが、あの少年が授けてくれた、女神様のご加護
魔物に対抗する為の大いなる加護の力だ!!」
『おおおお!』
「あんな少年が、力を振り絞っているのだ
この戦!負けられんぞ!!」
『おおおお!!』
部隊の士気は一気に上がり、長剣を翳して大音声を響かせる。
その声に驚き、門の近くまで迫っていた魔物達も一瞬怯む。
その様子を確認した第4部隊が合図を送り、それに合わせて第1部隊が声を上げる。
『かいもーん!
かいもーん!!』
「第2、第3部隊
出撃!!」
「者共、行くぞー!」
「我に続けー!」
『うおおおお!!』
怒声を上げて、騎馬の群れが掛け抜ける。
駆け抜け様に、手に持った長柄の武器が閃く。
槍の横に斧の様な横刃を持った、クリサリス騎馬兵団の武器、クリサリスの鎌だ。
鎌と言っても、一般兵の者はポールアックスに近い形状をしている。
元は、本当に槍と大鎌を合わせた様な形をしていたが、使いこなせる者が少ないので今の様な形に変わっていった。
今では、本当の鎌を使える者はごく少数で、もっぱら儀礼等でしか見掛ける事は少ない。
その少ない者の一人が、第3部隊の隊長だ。
彼は鎌を縦横無尽に振り回し、当たるのを幸いにと次々と魔物の銅を薙ぎ払い、ぶった切り、死体の山を築いていく。
それに負けじと、斧の様に振り回し、穂先で突き刺し、第2部隊の隊長が続く。
ギィギイイ
ギャヒイイ
魔物の悲鳴と断末魔が響く。
第2部隊と第3部隊が駆け抜けると、そこには数十の魔物の死体が転がっていた。
ギイイギイイ
ギャギイイ
それを追う様に、森や茂みから更なる魔物が現れる。
「総員!
撃てー!」
『おおおお!』
部隊長の合図で、砦の上から火矢が撃ち込まれる。
ギャアアア
グヒイイ
再び上がる、魔物達の悲鳴。
先ほどの攻撃に比べれば殺傷能力は低いが、燃える矢が刺さり、燃え広がる。
殆どのゴブリンが粗末な布や皮の服を着ている為、とても燃えやすいのだ。
『うおおおお!』
『とつげきいー!』
そこへ回頭を済ませ、再び第2、第3部隊が突っ込んで来る。
騎馬の往復と火矢で一気に100匹以上は殺せたのではなかろうか?
部隊の士気は、否が応でも増すばかりだ。
しかし、第4部隊だけは気付いていた。
暗がりから、先ほどの数に負けない数の魔物が出て来ていた。
「おい」
「まだまだ居るぞ」
「火矢だ
火矢を放て!」
今度はその数に圧倒されたのか、圧されてばらばらに火矢を放つ。
慌てて放つので、先に比べれば命中率も格段に下がっていた。
「慌てるな!
落ち着いて射るんだ!」
第4部隊長が声を上げる。
ゴブリン達からも、仕返しとばかりに矢が放たれる。
「全体!
弓兵を守れ!
盾を展開しろ!」
部隊長の号令で、第4部隊の兵士が盾を構えて前へ出る。
鉄を前面に張った大楯は、ゴブリンの歪な矢を軽々と弾く。
「よおし
今だ、反撃
撃てー!」
『うおおおお!』
ギャピイイ
グギャアア
また火矢に射抜かれ、火達磨になるゴブリン達。
しかし、更なる増援が出て来て、弓を番える。
「くそっ
一体何匹居るんだ
盾を展開しろ!」
「不味いな」
「ああ
総員、直ちに回頭しろ
再度突撃する」
『おおおお!』
第4部隊が盾で防いでいる間に、第2、第3部隊は再び突撃を仕掛ける為に向きを変える。
「ううむ
思った以上の数が居るな」
大隊長も険しい顔をする。
再び、掛け声が上がり、騎馬兵団が掛けて行く。
しかし、それを無視してゴブリン達は矢を射掛け続ける。
その隙を突く様に、再び茂みからゴブリンの一団が湧き出て来て、開放されている正門から入ろうとする。
「そう来るだろうな
総員、抜刀!
構えろー!」
『おおおお!』
正門で待ち構えていた第1部隊が長剣を抜き放ち、迎え撃つ。
そうして入り口を抑えておいて、回頭した第2、第3部隊が戻るタイミングで下がる。
魔物達は背後からの急襲で一気に蹴散らされる。
「今のところは、順調だな
しかし、数が多すぎる
一体どれほどの兵力なんだ」
大隊長の顔は更に陰る。
既に殺した魔物は300は優に超えるであろう。
これだけの部隊が相手なのだ、当然だ。
だのに、魔物の群れは一向に減る気配が無い。
いや、寧ろ増えている。
警備隊長と相談した時には、多くても数百であろうと話していたのだが。
これでは1000どころか、2000は居るのでは?と思えてくる。
このままでは不味い。
今は士気が高いから良いが、疲労が蓄積してくるとポッキリと折れてしまう。
その時、敵の兵力が十分に残存していれば、砦なぞ一溜りも無いだろう。
「このまま
このまま倒しきれれば…」
大隊長は祈る様に呟いた。
いよいよ第1砦の攻防戦です
いまのところ人間側が優勢です
さて、このまま勝利するのでしょうか?




